第三十七話「私は、何も成し遂げられない」
俺は銃口をセラムから離さず、言った。
「エルナ。ザイン任せてもいいか?」
「えぇ。もちろんよ。」
そう言ったエルナは、すでにザインに杖を向けていた。
ザインが、煙草に火をつけた。
「ほぅ。もっと闇雲に突っ込んでくるかと思ったが、意外と冷静だな。」
「うるせぇ。テメェは今外野だ。後で殺してやるから黙っとけ。」
「っは。言うじゃねぇか。」
俺は、セラムへと向き直った。
「セラム。」
「はい。なんですか?」
相変わらず、静かな声だった。
銃を向けられても、揺れていなかった。
「聞きたいことがある。話してくれるか?」
「いったい、何を?」
「何が、目的なんだ?」
セラムは少しの間、ミカの方を見ていた。
それから、俺を向いた。
「……ミカを、『愛する』ことです。」
「は?」
セラムは、何を言っている?
これまでの日々、確かにセラムからはミカへの愛情を感じていた。
何かが、ズレている。
混乱する俺を察してか、セラムは言葉を紡ぐ。
「……順を追って、話します。」
「……。」
「少し、長くなりますが……。」
そう言って、彼は語った。
その、何も成し遂げられない人生を。
—
私は、昔から人と関わることが苦手でした。
でも、それを不便と思ったことはありません。
——本と、数式と、研究。
それが、私の世界の全てでした。
それ以外は、特に必要ありませんでした。
『魔術と生体組織の関連性』。
誰も興味を持たない分野でしたが、私は研究員としてその研究を一任されました。
今にして思えば、ろくにコミュニケーションの取れない私を、重箱の隅に追いやりたかったのでしょう。
でも、特に気になりませんでした。
それで十分でした。
そんな時、私の世界を広げてくれる存在に出会いました。
「すみません。この本、どこにあったか分かりますか?」
「……。?え、私ですか?」
「はは!他に誰がいるんですか!」
図書館で、棚の前で、唐突に声をかけられました。
赤毛で、声が大きくて、笑い方が子供みたいでした。
少しだけ、恐怖を覚えました。
「あ、私、ミカっていいます!」
唐突な自己紹介でした。
「カミュ。です。」
それを切っ掛けに、何度か挨拶をするようになりました。
二度目は偶然、三度目からはミカが意図的に声をかけてくれるようになりました。
「何故、私に話しかけてくださるんですか?」
「ん~~?いつも難しそうな顔して本読んでるから。気になって。」
深い理由なんて、ありませんでした。
ミカは人付き合いが自然でした。
どこにいっても、すぐに人の中に溶け込んでいました。
私にとって、それは見ていて少し怖いくらいのことでした。
どうやってそんなに自然にできるのか、分からなかった。
「難しくないですよ。ただ話しかけるだけです。」
「あなたと一緒にいると、怖いです。」
「全然、怖くないですよ!あなたは、知らないだけ。」
「……。」
「あなたが思っているより、この世界は、ちょっとだけ優しいですよ?」
その時、私の見ていた景色が、少しだけ違って見えました。
それから、彼女は私を様々な場所に連れ出しました。
初めて一緒に外食したのは、フィーレの坂の途中にある小さな店でした。
「何が食べたいですか?」
「……分からない。」
正直に言うと、彼女は少しだけ考えてから、店員に向かって言いました。
「すみませ~ん!二人とも初めてなんですけど、お勧めってありますか?」
それだけで、全部解決しました。
その帰り道、ミカが言いました。
「楽しかったですね。」
私は頷きました。
本当にそう思っていたから。
—
私たちは、一緒に暮らし始めました。
研究から戻ると、家に灯りがついていた。
「それは、どうしたの?」
「ん?お花!近所の人が、少しわけてくれたの。」
「……綺麗ですね。」
「お花が家にあると、少し気持ちが違うよね!」
窓際には、ミカが飾った花がある。
食卓を囲んで、他愛のない話をする。
それだけのことが、一日の中で一番好きでした。
………………。
…………。
……。
ミカの体調が悪化し始めたのは、ある冬のことでした。
私には分かっていました。
研究者として、見覚えのある症状でした。
——魔石化現象。
奇しくも、私が研究をしていたものと領域が重なっていました。
天啓だと、思いました。
私はこのために生まれて来たのだと。
——救える。救わなければ。
絶対に間に合わせる。間に合え。間に合え。
間に合う。大丈夫だ。間に合う。間に合う。
間に合ってください。どうか。どうか。どうか。お願いします。
それからは、寝ることも忘れて研究に没頭しました。
………………。
…………。
……。
結果は、間に合いませんでした。
解決の糸口すら掴めないまま。
彼女は息を引き取りました。
研究に没頭するあまり、死に目にも会えませんでした。
思えばミカは、最後まで私を責めませんでした。
むしろ、「無理しないでね。」と、笑っていた。
それが、余計に苦しかったのです。
私は彼女に、最後まで何も返せませんでした。
—
「ミカが、死んだ?」
俺は、その言葉を聞いてフリーズする。
じゃあ、今、ここにいるミカは何なのか。
「あなた…。『作った』のね……。」
エルナが、唖然とした顔で呟く。
そのまま、言葉を続けた。
「魔石化した彼女から、素体の情報を複製、肉体を魔石で生成……。そんなところかしら。」
「さすが、よく研究されていますね。」
「……外道が。命を何だと思ってんのよ。」
エルナの声が、工房内に響く。
それでも、セラムに動揺は見られなかった。
「……あなたも、私と同じでは?」
「どこが、同じだっていうのよ!!」
「同じですよ。あなたは、もう気づいているはずです。」
セラムは、そこで一度言葉を切った。
工房の機械音が、低く続いていた。
台の上のミカが、小さく息をしていた。
セラムは、少しの間だけそれを見ていた。
それから、また話し始めた。
—
ミカが死んでから、しばらくの記憶がほとんどありません。
でも、あるとき気づいていました。
研究で積み上げてきたものが、使えるかもしれない、と。
一線を越えたという感覚は、あまりありませんでした。
ただ、やるべきことをやっている感覚しかなかった。
——そうして、今のミカを作り上げました。
本当にミカが戻ってきた。
赤毛で、声が大きくて、笑い方が子供みたいで。
あの日、図書館で声をかけてきた人が、またそこにいた。
……取り戻せた。と思いたかった。
………………。
…………。
……。
最初の違和感は、本当に小さなものでした。
言葉の選び方の違い。生まれたばかりのような幼さ。知識の相違。
でも、そういうこともある、と思っていました。
時間が経てば、きっと戻ると。
ある日。
今のミカと二人で市場へ初めて出かけました。
「いらっしゃい!今日も良いネタ入ってますよ!」
「…………。」
「……ミカ?」
ミカが固まっていました。
普通なら、あの瞬間に自然と返していた。
笑って、少し話して、私を振り返って「行きましょう」と言う。
ミカは、そういう人でした。
でも今のミカは、それができなかった。
私が代わりに返事をして、その場を離れました。
ミカは私の隣で、少し俯いていました。
「……ごめんなさい。うまくできなくて。」
その瞬間に、完全に分かりました。
——ミカは戻っていない。
私が取り戻したかった人は、ここにはいない。
でも手放せなかった。
ここでやめたら、完全にミカはいなくなる。
この存在を、私自身が否定することだけはできませんでした。
だから研究を続けました。
——記憶を移植する方法を。
本来のミカが生きてきた時間を、今のミカの中に流し込む方法を。
正しくないことは分かっていました。
でも、やめるより続ける方を選びました。
ただ、取り戻したかった。
ただ、ただ、ただ私は、ミカに、ミカを愛したかった。
—
セラムは、そこで話をやめた。
工房の中が、静かだった。
機械の音だけが、低く続いていた。
俺は何も言えなかった。
言葉が、出てこなかった。
セラムが、台の上のミカを見た。
「今のミカは……本当に、いい子です。」
静かな声だった。
「でも私は、今のミカを、そのままでは愛せなかった。」
それだけ言って、セラムはまた黙った。
俺は、ミカを見た。
眉根を寄せたまま、小さく息をしていた。
かわいそうだとは思わなかった。
許せないとも、思わなかった。
この人はもう、止まれないところまで来てしまった。
ただ、そう思った。
第三十七話、お読みいただきありがとうございました!
今回は、セラムお兄さんの過去回でしたね。
ぶっちゃけ、何度も書き直した難産回でもありました。
気持ちは分かるんだけどね。やってることがね。
次回はいよいよクライマックスです!
明日も20:10に更新予定!
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よろしくお願いします!




