表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/51

第三十六話「戻らないあの日々」

「で、これからどうするの?」


ゼナが尋ねた。

ジャスが書類を閉じながら、返答する。


「私の見立てでは、もうセラムは黒です。本部に連絡して、本日中に確保に移ります。」

「じゃあ、ギルドへの依頼はここまでってことか?」


バッツにとっては肩透かしだったのだろうか。

少し不満そうだ。


「いえ。あなた達はむしろ、これからが本題です。本部からの増援は期待できない。容疑者確保の際に傭兵として助力ください。」

「っは。らしい依頼になってきたじゃねーか。」


バッツが口端を上げた。


「相手は禁術使いです。最悪、容疑者の生死は問いません。」


バッツの口元から、さっきまでの軽さが消えた。

ゼナは何も言わなかった。

サヤの手が止まっていた。

その沈黙が、余計に重かった。


「……え、殺すってことか。」

「えぇ。申請のない禁術の使用は重罪です。相手が抵抗した場合、やむを得ないかと。」

「……。」

「具体的にはいつ動くんだ?」

「今夜が妥当でしょう。この件には時間をかけすぎた。」


今夜。

時間がない。


自分でも、現状をどう整理すればいいのか分からなかった。

ただ、このまま政府とセラムを接触させるわけにはいかない気がした。


公園で笑っていたミカの顔が浮かんだ。

夕飯の時のセラムの声も。

あいつが黒かもしれない。

それでも、セラムが殺される事態だけは、どうしても飲み込めなかった。


「悪い。用事を思い出した。」


立ち上がった。


「ちょっとジュディ!」


サヤの声を背中で聞きながら、ギルドを駆け出した。

走りながら、エルナに脳内通信を掛ける。


「……ジュディ?どうしたの?」

「エルナ!今、図書館か?」

「え、えぇ。」

「セラムはいるか?」

「セラム?」

「頼む!」

「……おかしいわね。さっきまでいたはずなのだけど。」


くそ!


「エルナ、図書館の入口にいてくれ。今から行く!」

「さっきから、本当なんなのよ。」

「頼んだ!」


通信を切って、坂を駆け上がる。

胸騒ぎがした。

根拠はなかったが、何故か嫌な確信だけはあった。







図書館の前でエルナと合流した。


息が切れていた。

エルナが俺を見て、少し目を細めた。


セラムの家へ向かいながら、話した。


ギルドで禁術調査の依頼を受けたこと。

容疑者として、セラムが上がっていること。

今夜、政府がセラムの確保に動くこと。

生死は問わない、ということ。


「……あんたねぇ。こまめにこういうことは言いなさいよ!」

「悪い。なんか色々、余裕なくて。」

「それは……。私も人のこと言えないわね。」


坂を下りながら、二人とも黙った。

言葉にしなくていいことが、いくつかあった。


………………。

…………。

……。


セラムの家の前に着いた。

俺は扉をノックした。


「セラム。ミカ。いないか?」


返事がない。

もう一度、叩いた。

静かだった。


取っ手に手をかけると、鍵はかかっていなかった。


「……入るぞ。」


エルナが頷いた。

そのまま、中に入った。


テーブルの上には、使いかけのカップが二つ置かれていた。

台所の棚には調味料がきちんと並んでいて、窓際にはミカが飾った小さな花瓶がある。


生活の匂いが、まだ残っていた。

なのに、人の気配だけがない。

それが、妙に気味悪かった。


「誰も、いないわね。」

「あぁ。ミカも。」


何にしても都合がいい。

家主には悪いが、このまま調べさせてもらおう。


空気が、どこかひんやりしていた。

外の気温とは違う、地面の底から来るような冷たさ。


台所の床を見た。

四隅の継ぎ目が、他の場所より細い。

何度も開閉した跡のような、微妙なすり減りがある。


俺は網膜スキャンを起動した。

その一角だけ、温度が異様に低かった。


床の端に、取っ手があった。

小さくて、目立たない。


「ジュディ。これって……。」

「あぁ。」


引いた。

重かった。

地下へと続く、暗い道があった。







俺達は、そのまま地下へと降りた。

石造りの、狭い階段だった。

一段降りるたびに、空気が冷たくなる。


湿った石の匂いに混じって、薬品みたいな鼻を刺す匂いがする。

灯りはなかったが、奥から青白い光が滲んでいる。

低い機械音が、階段の奥からずっと響いていた。

腹の底に残るような、不快な音だった。


エルナが、杖を構えた。

俺は、銃を抜いた。


階段を下り切った瞬間、視界が急に開けた。

思わず足が止まった。


広い。

天井が高い。


想像していた何倍もの空間が、そこには広がっていた。

壁沿いに、複雑な装置が並んでいる。


魔力パイプが縦横に走って、何かを循環させていた。

中央に、一つの台があった。



——ミカが、そこに繋がれていた。



細いチューブが、何本も腕に刺さっていた。

指先は冷たそうに白く、顔色も悪かった。

眠っているというより、無理やり繋ぎ止められているように見えた。


「ミカ……。」


声が出ていた。

その前に、セラムが立っていた。


「……来てしまいましたか。」


振り返らないまま、セラムは言った。

怒っているわけでも、怯えているわけでもなかった。

ただ、いつかこの瞬間が来ると分かっていた人間の声だった。


俺は銃を構えたまま、一歩踏み出した。


「セラム。」


返事がなかった。


「ミカを、離せ。」


セラムが、ゆっくりと工房の奥へ目をやった。


そこに、人が立っていた。

暗がりの中で、こちらを見ていた。


「……ザイン。」


思い出したくもない顔だった。

クロウを殺した、男だった。


フィーレでの日々が、頭の中を過ぎった。

公園で笑ったミカ。

セラムが作った夕飯。

ただの、普通の夜。


もう、あの日々には戻れない。

そう確信した。






第三十六話、お読みいただきありがとうございました!


今回は事態が大きく進展しましたね!

進展ってことは戻れないってことですね!現実と一緒ですね!


明日も20:10に更新予定!

ブクマやコメント、評価をいただけると、あなたの家に地下への隠し扉が見つかるかもしれません。

よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ