表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

36/53

第三十五話「確かな違和感」

ギルドに全員が揃ったのは、朝のうちだった。


ジャスが書類をテーブルに広げた。

いつも通り、背筋が伸びていて、表情がない。


「昨日調査した、図書館の件から報告します。」


全員が、静かに聞いた。


「閉鎖して内部を確認しましたが、めぼしい手がかりは見つかりませんでした。資料の持ち出し記録、閲覧履歴の改変痕跡、いずれも現時点では確認できていません。」

「空振りか。」


バッツが腕を組んだ。


「一点だけ、確認いいか?」


ジャスが、俺を見た。


「そもそも、この禁術はいつから起きていて、いつから調査しているんだ?」

「前にもお伝えしましたが、最初の痕跡が確認されたのは半年前です。それから断続的に、禁術の使用ログが発見されています。」

「直近は?」

「五日前ですね。」


五日前。

俺達がフィーレに着いたのは、ほぼそのくらいだ。


「場所は?フィーレのどのへんだ。」

「詳細な場所までは絞れていません。ただ、図書館周辺のどこかまでは絞れています。」


俺は少し、考えた。


「だとしたら、やっぱりエルナの線は薄いな。」

「……どういうことですか。」

「ログを改変している可能性もなくはないけど、直近の五日前——その頃、俺達はそもそもフィーレにいない。」


ジャスが、一瞬だけ間を置いた。


「……なるほど。まぁ、妥当ですね。」


メモを走らせる。

サヤが、棒をくるりと回した。


「依頼主の件、俺らも別ルートで調べてみたぜ。」


バッツが、書類をテーブルに叩いた。


「大した情報はなかったけどな。ただ、依頼主は『図書館に勤務』しているらしい。」

「おい、それって、かなり絞れてないか?」


俺は思わず身を乗り出した。


「へへ。チップくれてもいいぜ?」


バッツが頷いた。


「まぁ元々、生活工房からの依頼だからな。その監視下に置かれている『図書館の職員』っていうのは、辻褄が合う。」

「でも、なんで自社の社員ではなく、外部の傭兵に依頼を?」


サヤが静かに言った。


「社内に知られることにリスクがあったから?」


テーブルの空気が、重くなった。


「一度、休憩にしましょう。」


ジャスが言った。







外に出ると、ジャスが壁に背を預けて立っていた。

煙草を取り出す前に、向こうが先に気づいた。


「吸うんだな。」


答えずに、火をつけた。

煙が朝の空気に溶けていく。


ジャスが自分の煙草を取り出した。

俺が差し出したライターを、一瞬だけ見て、静かに受け取った。


「お前も若いのに、もう傭兵をやっているのか。」

「まぁ。」

「事情があるようだな。」

「あんたに話すことじゃない。」


ジャスは特に気分を害した様子もなかった。


「この世界に生きている人間は、大抵は『訳あり』だ。珍しいことでもない。」

「ふ~。そっすか。」


しばらく、二人で黙って吸っていた。

フィーレの空が、今日は高かった。


「あんたは?」


俺は言った。


「政府ってやつは、そんなに信用できるもんじゃないだろ。それでも働いてるのは、なんでだ。」


ジャスは少しの間、煙草を見ていた。


「腐っているのは分かっている。」


淡々としていた。

感情がないわけじゃない。

もう答えが出ている人間の声だった。


「上も、制度も、金の流れも。見えているものだけで十分すぎるくらい理解できる。それでも。」


煙を吐く。


「抑止力は必要だ。腐った場所は、内側から直すしかない。外から壊しても、次に立つものが同じになるだけだ。」

「信じてるのか、それを。」

「信じていなければ、やっていられない。」


俺はジャスを見た。

真面目な顔だった。

腹が立つくらい、真っすぐな顔だった。


「変なやつだな。」

「ふ~。お前もな。」


ジャスは煙草を短くなるまで吸い切って、丁寧に踏み消した。







ギルドに戻ると、全員がテーブルについていた。

サヤが俺を見ていた。


「……なんだよ?」

「その匂い。煙草、もしかして兄貴と同じの?」

「え、分かる?」

「分かるわよ。」

「まぁ、始めたのもあいつが切っ掛けだしな。」

「……そう。」


サヤは俯いていて、表情が見えなかった。

まぁ、思うことはあるよな……。

それよりも、今はこの事件に関して詰めよう。


「ここまでの話を整理すると、『女性』で『図書館の職員』だよな?」


俺は言った。


「えぇ、そうね。」


サヤが棒を転がした。


「そもそも、魔術ログで得られた情報が性別だけっていうのも、おかしな話じゃない?」

「いえ。」


ジャスが答えた。


「それは、魔術ログの残り方の問題かと。性別情報は残りやすいんですよ。男女で魔力の質が違いますから。年齢や体格は、ログからは読み取れません。推測することはできますが。」

「なるほどな。」


俺は少し考えた。


「新しい情報も掴んだし、容疑者を、もう一度洗った方がいいかもしれない。」

「同感です。」


ジャスが書類を広げた。

そういえば、容疑者の名簿って見ていなかったな。


「もう一度、絞り込んだ十二名の名簿を見ていいか?」

「どうぞ。」


俺は書類を手に取った。

一人ずつ、目で追っていく。

名前。年齢。所属。

その中の一行で、俺は一瞬、目を疑った。


——セラム・マルソン(35):女性


「……女性?」


声が、出ていた。


「どうしたの?」


サヤが俺を見た。


「いや。」


俺はもう一度、その名前を見た。


セラム・マルソン。

三十五歳。

女性。


「じゃあ、俺といたあいつは……誰だ。」


テーブルが、静かになった。


「セラムって人の家は、図書館から近いの?」


サヤは冷静に俺に質問してくる。

おかげで、俺もそれとなく平常心を保てた。


「ああ。歩いてすぐだ。」

「でも。」


俺は言った。


「そんな大規模な魔術を使えるような家には見えなかったぞ。二階建ての、普通の家だ。」


俺はエルナの工房を思い出す。

工房は、魔術の実験などでかなりのスペースを必要としそうだった。

ましては、今回追っているのは禁術。

素人の想像でしかないが、大掛かりなスペースは必要だろう。


ジャスが、メモを閉じた。


「少なくも、現状では何とも言えません。確認しに行かないことには。」


全員が、頷いた。







私は、図書館にいた。


昨日は閉館していたし、調査の遅れを取り戻さなくては。

一刻も早く、このフィーレを出たいと思っているのが、私の正直な気持ちだった。

……故郷に思う感情じゃないわね。


手元にある時間魔術に関する文献を、もう一度最初から当たる。


やはり、めぼしいものはない。

時間の無駄だったかしら。


未来への時間差に関する魔術式のサンプルはいくらでもある。

でも、過去となると話は別だ。

参考になる魔術式がいくつかあれば、自分で組み立てることもできるのに。


私は本を閉じて、別の棚へ向かった。


——体組織と記憶、魔術属性の関連性について。


私の別の用事である、こちらの調査は順調だった。

いくつか、使えそうな文献が見つかっている。


「調べものは、順調ですか?」


声をかけられた。


振り返ると、セラムが立っていた。

職員証をつけて、本を数冊抱えている。


「半々ってところね。」

「そうですか。」


セラムが、私の机をちらりと見た。


「少しだけ、のぞかせていただいてもいいですか?」

「ええ、いいわよ。分かるの?」

「元々、研究員をしていたものですから。」


なるほど。

それで、物腰が柔らかいのかしら。


セラムが机の上の本を一瞥した。


「禁術は、しっかり政府に承認をとってからしてくださいね。」


少し、固まった。


「特にあなたのような魔法使いは、ログも残らないので信用が大事です。」

「……大きなお世話よ。」


セラムが、小さく微笑んだ。


「時間に関する書物が多いようですね。でしたら、いくつか参考になりそうな書物をお持ちしますよ。」

「……ありがとう。」


セラムが棚の間へ消えていった。

私は、手元の本に視線を戻した。

でも、頭の中がざわついていた。


元研究員。

時間に関する書物で、参考になりそうなものをすぐに把握している。


マイナーな分野だ。

普通の図書館職員が、すぐに出てくる情報じゃない。


なぜだか、それが引っかかった。

うまく言葉にできないが、引っかかった。





第三十五話、お読みいただきありがとうございました!


今回は、なんとなく犯人が見えてきた回でした。

いったい、何ラムさんなんだ……。


あ、ちなみに容疑者名簿くらい先に見とけよ、ってツッコミは手加減ください。

マジで凹みます。マジで。


明日も20:10に更新予定!

ブクマやコメント、評価をいただけると、調査の精度がちょっとだけ上がるかもしれません。

よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ