第三十五話「確かな違和感」
ギルドに全員が揃ったのは、朝のうちだった。
ジャスが書類をテーブルに広げた。
いつも通り、背筋が伸びていて、表情がない。
「昨日調査した、図書館の件から報告します。」
全員が、静かに聞いた。
「閉鎖して内部を確認しましたが、めぼしい手がかりは見つかりませんでした。資料の持ち出し記録、閲覧履歴の改変痕跡、いずれも現時点では確認できていません。」
「空振りか。」
バッツが腕を組んだ。
「一点だけ、確認いいか?」
ジャスが、俺を見た。
「そもそも、この禁術はいつから起きていて、いつから調査しているんだ?」
「前にもお伝えしましたが、最初の痕跡が確認されたのは半年前です。それから断続的に、禁術の使用ログが発見されています。」
「直近は?」
「五日前ですね。」
五日前。
俺達がフィーレに着いたのは、ほぼそのくらいだ。
「場所は?フィーレのどのへんだ。」
「詳細な場所までは絞れていません。ただ、図書館周辺のどこかまでは絞れています。」
俺は少し、考えた。
「だとしたら、やっぱりエルナの線は薄いな。」
「……どういうことですか。」
「ログを改変している可能性もなくはないけど、直近の五日前——その頃、俺達はそもそもフィーレにいない。」
ジャスが、一瞬だけ間を置いた。
「……なるほど。まぁ、妥当ですね。」
メモを走らせる。
サヤが、棒をくるりと回した。
「依頼主の件、俺らも別ルートで調べてみたぜ。」
バッツが、書類をテーブルに叩いた。
「大した情報はなかったけどな。ただ、依頼主は『図書館に勤務』しているらしい。」
「おい、それって、かなり絞れてないか?」
俺は思わず身を乗り出した。
「へへ。チップくれてもいいぜ?」
バッツが頷いた。
「まぁ元々、生活工房からの依頼だからな。その監視下に置かれている『図書館の職員』っていうのは、辻褄が合う。」
「でも、なんで自社の社員ではなく、外部の傭兵に依頼を?」
サヤが静かに言った。
「社内に知られることにリスクがあったから?」
テーブルの空気が、重くなった。
「一度、休憩にしましょう。」
ジャスが言った。
—
外に出ると、ジャスが壁に背を預けて立っていた。
煙草を取り出す前に、向こうが先に気づいた。
「吸うんだな。」
答えずに、火をつけた。
煙が朝の空気に溶けていく。
ジャスが自分の煙草を取り出した。
俺が差し出したライターを、一瞬だけ見て、静かに受け取った。
「お前も若いのに、もう傭兵をやっているのか。」
「まぁ。」
「事情があるようだな。」
「あんたに話すことじゃない。」
ジャスは特に気分を害した様子もなかった。
「この世界に生きている人間は、大抵は『訳あり』だ。珍しいことでもない。」
「ふ~。そっすか。」
しばらく、二人で黙って吸っていた。
フィーレの空が、今日は高かった。
「あんたは?」
俺は言った。
「政府ってやつは、そんなに信用できるもんじゃないだろ。それでも働いてるのは、なんでだ。」
ジャスは少しの間、煙草を見ていた。
「腐っているのは分かっている。」
淡々としていた。
感情がないわけじゃない。
もう答えが出ている人間の声だった。
「上も、制度も、金の流れも。見えているものだけで十分すぎるくらい理解できる。それでも。」
煙を吐く。
「抑止力は必要だ。腐った場所は、内側から直すしかない。外から壊しても、次に立つものが同じになるだけだ。」
「信じてるのか、それを。」
「信じていなければ、やっていられない。」
俺はジャスを見た。
真面目な顔だった。
腹が立つくらい、真っすぐな顔だった。
「変なやつだな。」
「ふ~。お前もな。」
ジャスは煙草を短くなるまで吸い切って、丁寧に踏み消した。
—
ギルドに戻ると、全員がテーブルについていた。
サヤが俺を見ていた。
「……なんだよ?」
「その匂い。煙草、もしかして兄貴と同じの?」
「え、分かる?」
「分かるわよ。」
「まぁ、始めたのもあいつが切っ掛けだしな。」
「……そう。」
サヤは俯いていて、表情が見えなかった。
まぁ、思うことはあるよな……。
それよりも、今はこの事件に関して詰めよう。
「ここまでの話を整理すると、『女性』で『図書館の職員』だよな?」
俺は言った。
「えぇ、そうね。」
サヤが棒を転がした。
「そもそも、魔術ログで得られた情報が性別だけっていうのも、おかしな話じゃない?」
「いえ。」
ジャスが答えた。
「それは、魔術ログの残り方の問題かと。性別情報は残りやすいんですよ。男女で魔力の質が違いますから。年齢や体格は、ログからは読み取れません。推測することはできますが。」
「なるほどな。」
俺は少し考えた。
「新しい情報も掴んだし、容疑者を、もう一度洗った方がいいかもしれない。」
「同感です。」
ジャスが書類を広げた。
そういえば、容疑者の名簿って見ていなかったな。
「もう一度、絞り込んだ十二名の名簿を見ていいか?」
「どうぞ。」
俺は書類を手に取った。
一人ずつ、目で追っていく。
名前。年齢。所属。
その中の一行で、俺は一瞬、目を疑った。
——セラム・マルソン(35):女性
「……女性?」
声が、出ていた。
「どうしたの?」
サヤが俺を見た。
「いや。」
俺はもう一度、その名前を見た。
セラム・マルソン。
三十五歳。
女性。
「じゃあ、俺といたあいつは……誰だ。」
テーブルが、静かになった。
「セラムって人の家は、図書館から近いの?」
サヤは冷静に俺に質問してくる。
おかげで、俺もそれとなく平常心を保てた。
「ああ。歩いてすぐだ。」
「でも。」
俺は言った。
「そんな大規模な魔術を使えるような家には見えなかったぞ。二階建ての、普通の家だ。」
俺はエルナの工房を思い出す。
工房は、魔術の実験などでかなりのスペースを必要としそうだった。
ましては、今回追っているのは禁術。
素人の想像でしかないが、大掛かりなスペースは必要だろう。
ジャスが、メモを閉じた。
「少なくも、現状では何とも言えません。確認しに行かないことには。」
全員が、頷いた。
—
私は、図書館にいた。
昨日は閉館していたし、調査の遅れを取り戻さなくては。
一刻も早く、このフィーレを出たいと思っているのが、私の正直な気持ちだった。
……故郷に思う感情じゃないわね。
手元にある時間魔術に関する文献を、もう一度最初から当たる。
やはり、めぼしいものはない。
時間の無駄だったかしら。
未来への時間差に関する魔術式のサンプルはいくらでもある。
でも、過去となると話は別だ。
参考になる魔術式がいくつかあれば、自分で組み立てることもできるのに。
私は本を閉じて、別の棚へ向かった。
——体組織と記憶、魔術属性の関連性について。
私の別の用事である、こちらの調査は順調だった。
いくつか、使えそうな文献が見つかっている。
「調べものは、順調ですか?」
声をかけられた。
振り返ると、セラムが立っていた。
職員証をつけて、本を数冊抱えている。
「半々ってところね。」
「そうですか。」
セラムが、私の机をちらりと見た。
「少しだけ、のぞかせていただいてもいいですか?」
「ええ、いいわよ。分かるの?」
「元々、研究員をしていたものですから。」
なるほど。
それで、物腰が柔らかいのかしら。
セラムが机の上の本を一瞥した。
「禁術は、しっかり政府に承認をとってからしてくださいね。」
少し、固まった。
「特にあなたのような魔法使いは、ログも残らないので信用が大事です。」
「……大きなお世話よ。」
セラムが、小さく微笑んだ。
「時間に関する書物が多いようですね。でしたら、いくつか参考になりそうな書物をお持ちしますよ。」
「……ありがとう。」
セラムが棚の間へ消えていった。
私は、手元の本に視線を戻した。
でも、頭の中がざわついていた。
元研究員。
時間に関する書物で、参考になりそうなものをすぐに把握している。
マイナーな分野だ。
普通の図書館職員が、すぐに出てくる情報じゃない。
なぜだか、それが引っかかった。
うまく言葉にできないが、引っかかった。
第三十五話、お読みいただきありがとうございました!
今回は、なんとなく犯人が見えてきた回でした。
いったい、何ラムさんなんだ……。
あ、ちなみに容疑者名簿くらい先に見とけよ、ってツッコミは手加減ください。
マジで凹みます。マジで。
明日も20:10に更新予定!
ブクマやコメント、評価をいただけると、調査の精度がちょっとだけ上がるかもしれません。
よろしくお願いします!




