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スペル・エラー ~娘が生まれるのに異世界へ召喚されたので、何があっても帰ります~  作者: とろたま愚鈍
第一部:第三章|フィーレ編

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第三十四話「ミカとセラム」

朝の食卓は、いつも通りセラムが用意していた。


トーストと、温かいスープ。

ミカがスプーンを両手で持って、熱そうに啜っている。

この時間に起きるのは珍しいらしい。


「今日も、図書館へ?」


セラムが、エルナに向かって言った。


「ええ。まだ調べ物も進展がないしね。」

「……あぁ、それでしたら。本日は急遽閉館になりました。」

「閉館?」

「なんでも、カルディア政府からの要請だとかで。」


エルナが、カップを置いた。


なるほど。

ジャスはどうやら、図書館内の本格的な調査に乗り出したらしい。

新しい情報があると良いが。


「じゃあ、観光しましょう!私が案内しますよ!」


ミカが、スプーンを持ったまま言った。

問答無用な提案だった。


エルナが、少しだけ間を置いた。


「……観光、ね。」


声のトーンが、わずかに落ちた。

ミカはそのままあっけらかんと続ける。


「いい天気だし、絶対楽しいですよ!」







歩き始めてすぐ、エルナが足を止めた。


角を曲がったところにある、古い石造りの建物の前だった。

昨日も同じ場所で止まっていた。


「エルナ。」


声をかけると、少しの間があってから振り返った。


「……ここ、昔よく来た場所なのよ。嫌な用事でだけど。」


それだけ言って、また歩き出した。

俺は、エルナの隣に並んで尋ねる。


「……フィーレ、嫌な思い出ばかりか。」

「慣れてると思ってたんだけど。実際見るとどうしても、ね。」


故郷なのに、帰りたくなかった理由が、少し分かった気がした。


「俺がいるだろ。ミカも、セラムだって。今回はいい思い出になるよ。」


エルナが俺を見た。

何か言いかけて、やめた。


「……そうね。過去は過去だもの。」


小さく、でもはっきりと言った。

ミカが、エルナの隣に並んだ。


「観光地は人が多いし、実は、私もあんまり得意じゃなくて……。近くに大きな公園があるんですよ!地元の人しか来ないし、静かで気持ちいいから……。」


ミカがおずおずとエルナに提案する。

エルナが、ミカを見た。


「ふふ。いいわね。そこにしましょう。」


ミカが笑った。


「やった!」







公園に向かう途中で、ミカが提案した。


「お昼、食べながらにしませんか?サンドイッチとか、コーヒーとか。」

「いいな。」


近くにカフェがあった。

ガラス張りの、小さな店だった。

ミカが入口の前で、少しだけ立ち止まった。


「……ジュディさん。セラム。お願いしていいですか?」


エルナも、黙って外のベンチに座った。

セラムが頷いた。


「エルナさんは何がいいですか?」

「コーヒー。ブラックで。」

「私はカフェオレ!サンドイッチはなんでも!」


俺はセラムと二人で店に入った。

カウンターに、四十代くらいの男が立っていた。

注文を告げようとした、その時。


「……悪いが、売れないね。」


男が、静かに言った。


「は?」

「あそこ。あんたが一緒にいるの、魔法使いだろ?」


窓の外を、男が顎で示した。

ベンチに座っているエルナとミカが見えた。


「……それが何ですか。」

「そんなのに飯を売ったなんていったら、こっちがなんて言われるか分からない。」


男の目が、真剣だった。

悪意というより、怯えだった。


——ガッ


俺は気づいたら、男の胸ぐらを掴んでいた。

……自分でも、少し驚いた。


「あの子が、お前に何をした。」


声が、低くなっていた。


「……。」

「何をしたかって、聞いてんだよ。」

「……何も。」


男が、目をそらした。


「ジュ、ジュディさん。」


セラムが、俺の腕に手をかけた。

落ち着いた声だった。


「……。」


俺は手を離した。

男は何も言わなかった。

俺も、それ以上は何も言わなかった。


セラムが静かに言った。


「別の店にしましょう。」


俺は頷いて、店を出た。

外の空気が、少し冷たかった。


ミカが、こちらを見ていた。

何があったか、なんとなく分かったのかもしれない。

でも何も聞かなかった。


「……ちょっと遠いですけど、他に知ってるお店がありますよ!そっちの方が美味しんです!」


ミカが、明るい声で言った。

俺はそれ以上、何も言えなかった。


「……ジュディ。ありがと。」


そんなエルナの声が、背中から聞こえた。


振り返らなかった。

いや、振り返れなかった。







公園は、ミカの言った通りだった。


木が多くて、空が広い。

風が通る。

街の音が遠くなる。


「いいとこだな。」

「でしょ!でしょ!」


芝生の上にシートを広げて、四人で昼食をとった。

セラムのコーヒーが思ったより本格的な味だった。


「セラム、こういうの詳しいんだな。」

「豆の種類だけは。」

「ふ~ん。まぁ、確かに詳しそう。」

「どういう意味です?」

「いや、ごめん。他意はないよ。」


セラムがエルナのカップを見て、さりげなく言った。


「お口に合いましたか。ブラックで正解でしたかね。」

「……ええ。ちょうどいいわ。」


エルナが少しだけ素直に答えた。

セラムは特に何も言わなかった。

ただ、小さく頷いた。


食べ終わった後、ミカがセラムの隣に寄った。


「セラム、お仕事って大変?」

「……まあ、それなりに。」

「図書館って、静かそうだけど。」

「静かだよ。ただ、整理することが多くて。」


ミカが、少し考える顔をした。


「私も、お仕事できるようになりたいな。」

「ミカは、今は家のことをしてくれてるじゃないか。」

「掃除だけじゃなくて、料理も覚えたいんだよね。セラムがいつも作ってくれてるから、私も作ってみたくて。」

「……作ってみたいの?」

「うん!あ、でもセラムの方が上手だから、教えてほしい!」


セラムが、少し間を置いた。


「……いいよ。今度、一緒に作ろう。」

「やった!」


ミカが、ぱっと顔を明るくした。

セラムが、小さく笑う。

俺はエルナと並んで、少し離れてそれを見ていた。


「……なんか、俺達みたいだな。」

「は?」

「いや、なんか、ああいう感じ。二人で話してて、片方がちょっとズレてる、みたいな。」

「それ、どっちがどっちだと思ってるのよ。」

「……。」

「……ちょっと、こっち向きなさいよ。」


俺は向かなかった。

多分、言ったら怒ると思った。


………………。

…………。

……。


しばらくして、ミカがどこからかフリスビーを取り出した。


「フリスビー!やりましょう!」


魔術で動くらしかった。

ミカが投げると、フリスビーが空中でぐるりとカーブして俺の手元に飛んできた。


「……速い。怖い。」

「えへへ!」


ミカが笑った。

全力で楽しんでいる顔だった。


俺が投げたフリスビーをセラムが受け取り、ミカへ返す。

ミカがエルナに投げ、エルナが受け取る。


単調だけど、楽しい。

……この時間いいな。なんか。


エルナがミカに向けて、フリスビーを構えた。


——びゅんっ。


「あ。」


フリスビーが、明後日の方向へ飛んでいった。

全員が目でフリスビーを追う。

フリスビーは林の中に入っていた。


「……え、どうして?」

「ははは!エルナさん、魔力込めすぎです!」


ミカが爆笑した。

エルナは「うるさい」と言いながら、少しだけ口元が緩んでいた。


「取ってきますね!」


ミカが走った。


心配なので、一応後を追うことにする。

俺も、林の方へ向かった。







木々の間に入ると、すぐにミカが見えた。


フリスビーを拾って、木に寄りかかっていた。

俯いていた。


「ミカ?」


顔を上げた。

一瞬だけ、表情が固まった。


「あ、ジュディさん——」


俺は、ミカの足元を見ていた。

ズボンの裾から、白いものが覗いていた。

羽、のような形だった。

ゆっくりと、うねるように動いていた。


「これって……。」

「大丈夫です。」


ミカが、裾を引き下げた。


「いや、大丈夫じゃないだろ。」

「大丈夫なの。ジュディ。」


ミカが俺を見た。

笑っていた。

でもさっきの笑顔とは少し違った。


「みんなには黙っててください。心配させちゃうから。」

「……。」

「お願い、します。」


俺は何も言えなかった。

ミカが先に歩き出した。

俺はその後ろを、黙ってついていった。


引っかかりは、ずっとあった。

でも今は、何も言える気がしなかった。







夕方、公園のベンチでお茶を飲んだ。


いつの間にか、エルナとセラムが話し込んでいた。

魔術の研究の話らしかった。

セラムが何かを説明して、エルナが頷いている。

珍しく、エルナの目が少し輝いていた。


ミカが俺の隣に来た。


「ジュディさん、少しだけ、歩きませんか?」


公園の外れの方へ、ゆっくり歩いた。

夕暮れが近くて、空がオレンジになり始めていた。


「ジュディさんって、この街好きですか?」

「好きだな。静かで、空が近い。」

「でしょ!私も大好きなんです。」


ミカが空を見上げた。


「この世界、本当に楽しいです。ご飯は美味しいし、風は気持ちいいし。セラムもいるし。」

「良かったな。」

「うん。」


少し、間があった。


「ずっと。」


ミカが空を見たまま、言った。


「ずっと続けば、いいのに。」


笑っていた。

でも笑い方が、さっきとは少し違った。


うっすら知っている人間の笑い方だった。


俺は何も言えなかった。

夕暮れの風が、木々の間を抜けていった。





第三十四話、お読みいただきありがとうございました!


今回はミカと一緒にフィーレを歩く、ちょっと穏やかな回でしたね。

しかし、街の人達が冷たいのなんの。

エルナ普通に可哀想。


明日も20:10に更新予定!

ブクマやコメント、評価をいただけると、フリスビーが上手くなります。

よろしくお願いします!

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