第三十三話「静かな違和感」
それからしばらく、ジャスの質問が続いた。
護送の依頼内容。依頼主の素性。荷物の中身。
サヤとバッツが答えて、ゼナが補足している。
ジャスはその全てを、一言も聞き漏らすまいという顔で、端末にメモしていた。
……クソ真面目だな、こいつ。
まぁ、でも仕事ならそんなものだろうか。
質問が一区切りついたところで、ジャスが書類を取り出した。
「丁度いい。あなた達にも、状況を共有します。」
そう言って、説明が始まった。
フィーレで半年前から、禁術使用の痕跡が確認されている。
証拠が薄く、政府として動けずにいた。
サヤたちの護送依頼も、何かと繋がっている可能性がある——。
「禁術というのは」とジャスが続けた。
「時間への干渉、次元や世界の法則への干渉、命への干渉。大きくこの三種類に分類されます。」
「……今回はどの分類なんだ?」
「時間への干渉ですね。ただ、それだけの技術と知識がある人間が、フィーレにいるとすれば。」
「……図書館、じゃないのか。」
俺は言っていた。
「この街で高度な魔術の文献が揃っているのは、あそこだけだろ。」
ジャスが、少しだけ目を細めた。
「その通りです。」
—
ジャスの話し方は、無駄がなかった。
「図書館の閲覧記録と、使用された魔力の痕跡を照合した結果——使用者は女性である可能性が高いと判断しています。そこから、この数日間の女性入館者を絞り込みました。十二名です。そのうち、禁術の行使に必要な魔力水準を満たしているのは、三つの属性に分かれます。」
書類を指で叩く。
「まず図書館職員。複数名が該当しますが、長年この図書館に務めている人間が多い。職業柄、記録に残る行為をわざわざ選ぶとは考えにくい。加えて、この館の勤務体制は一日一名の交代制です。職員同士の面識は最低限で、内部の動きを把握しにくい立場にある。」
「つまり……。どういうことだ?」
「バカ!禁術をやろうとしても難しいってことよ!」
バッツが首を傾げ、ゼナが説明する。
ジャスは一度だけ頷いた。
「次に研究員。数名が該当しますが、いずれも魔力水準が足りない。禁術は相応の魔力がなければ行使できない。」
「これ、魔術バッテリーを使えばいけるんじゃないか?」
俺は、思わず口を挟んだ。
「そこが重要です。」
ジャスは初めて顔を上げた。
表情は変わらないが、声が少しだけ低くなった。
「魔力バッテリーを経由して行使した場合、魔術の履歴に性別は記録されません。機械を通すので、使用者の属性情報が消える。」
「つまり。」
サヤが静かに言った。
「記録に女性の魔力が残ってるってことは、自前で行使している可能性が高いと。」
「現時点では、そう見ています。」
ジャスが少し間を置いた。
「ただし、記録の取り違えや、閲覧経路の偽装の可能性もある。断定はできない。現時点での、最有力の絞り込みです。」
全員が、同じことを考えていた。
ジャスはもう一度書類に目を落とした。
「自前の魔力で禁術を行使できる女性の入館者。現状の情報では、一名が残ります。」
名前は出なかった。
出さなくても、全員が分かっていた。
ジャスが封筒をテーブルに置いた。
「これが、政府からの正式な調査協力依頼です。ギルドへの協力要請になります。」
「おっほー!正式依頼!こりゃいい!金にな——」
「不謹慎。」
バッツとゼナが一瞬で完結した。
サヤが俺を向いた。
「あんたも乗っかる?」
「まあ、なりゆきで。」
「ボンクラらしい。」
棒をくるりと回して、また口に含む。
—
ギルドを出たのは、日が傾きかけた頃だった。
通信を入れると、エルナはもう図書館を出たらしかった。
先に戻っているか、と返したら既読だけがついた。
一人で、坂を上る。
途中で、古い石造りの建物の前を通った。
エルナが、そこに立っていた。
「……エルナ?」
建物の正面を、少しの間だけ見ていた。
何かを読んでいるような顔でもなかった。
ただ、見ていた。
「……なんでもないわ。行きましょう。」
また歩き始めた。
俺は何も聞かなかった。
「このフィーレで、誰かが禁術をやっている……か。」
なんとなく、呟く。
禁術って言っても、それがどれくらいヤバいものなのか、今一つ実感がわかなかった。
俺が今この世界にいるのも、その禁術とやらが原因らしいけども。
「エルナ。禁術って、どのくらいヤバいものなんだ?」
「どのくらい?まぁ、お縄につくくらいにはヤバいわね。」
「それは……怖いな?」
俺がこの世界にいる経緯に関しては、間違ってもジャスには言わない方がよさそうだ。
エルナは、前を向いたまま一拍置いた。
「……怖いわね。」
それだけだった。
でもその「怖い」が、事実の話だけじゃない気がした。
それ以上は聞けなかった。
ふと思い出した。
——禁術を無許可でやるのに、ログ残すバカがどこにいんのよ。
前にエルナが言っていた言葉だ。
でも今回は、ログが残っていた。
エルナがそのことに気づいているかどうか、分からなかった。
—
セラムの家の前まで来た時、坂の上から声がした。
「あ、ジュディさん、エルナさん!たらいまで~す!」
ミカだった。
両手に布袋をぶら下げて、坂を下ってくる。
袋の中で、何かがゴトゴトっと音を立てていた。
「買い物してたのか?」
「はい。セラムに頼まれて!ちょっと遠くて時間かかっちゃいました!」
ミカが玄関の扉を開けた。
「セラムー!たらいまー!」
さっきから思ってたけど、その「たらいまー」はわざとですか?
台所から音がした。
セラムが顔を出した。
その瞬間だけ、セラムの表情が変わった。
固かったものが、ほぐれるように。
眉の力が、すっと抜けて。
目が、少しだけ細くなった。
「おかえり。ちゃんと買えた?」
「うん!ほら、全部!」
ミカが袋を掲げてみせた。
セラムが中を確認して、少しだけ目を細めた。
「……これ、僕が苦手なやつなんだけど…。」
「え~!?ごめんなさい…。知らなかった。」
ミカが、少しだけシュンとした。
俺は、その「知らなかった」という言葉が、少しだけ引っかかった。
一緒に暮らしているなら、知っていそうなものだが。
まあ、そういうこともあるか。
すぐに流した。
「まぁ、食べられないわけじゃないからね。ありがとう、買ってきてくれて。」
セラムが穏やかに言って、それで終わった。
「ありがとう!セラム、やっぱり優しい!」
ミカがセラムの隣に立った。
その距離が、どことなく子供っぽかった。
恋人というより、懐いている小動物みたいな距離感だった。
俺には、それが少しだけ気になった。
—
夕飯は、セラムが作った。
テーブルを囲んで、四人で食べた。
スープと、柔らかく煮込んだ野菜の料理。
白っぽいソースがかかっていて、少しだけ甘い味がした。
「ん~~!おいしい~~~!」
ミカが、スプーンを止めずに言った。
「いつもおいしい。セラムのご飯、大好き。」
「はは。ゆっくり食べなよ?」
セラムが、静かに返した。
「エルナさんは、口に合いますか。」
「……えぇ。おいしいわ。ありがとう。」
エルナがすんなり礼を言った。
本心だと思った。
ミカが俺を見た。
「ジュディさんは?」
「あぁ、本当にうまいよ。」
「ですよね!ですよね!」
何度聞いても同じ反応をするな、ミカ。
でも、そのたびに笑ってしまう。
「セラムって料理上手だし、毎日作るのすごいよねぇ~。」
「別に。大したことはしていないよ。」
「ううん、すごいよ。」
ミカがまっすぐ言った。
セラムは少し目線を落として、何も答えなかった。
何かを、奥の方で押さえているような顔をした。
俺には、その何かが分からなかった。
………………。
…………。
……。
食事が終わって、ミカがお茶を持ってきてくれた。
「はい、どうぞ!火傷気を付けてくださいね!」
「ありがとう。」
湯気の立つカップを両手で持った。
一口飲む。
温かくて、植物みたいな、少し青い香りがした。
窓の外で、木々の光がゆっくり揺れていた。
この街は、いつもこんな風が吹くらしい。
ミカがセラムに何かを話している。
内容は聞こえないくらいの、小さな声だった。
セラムが相槌を打って、少し笑う。
俺はお茶を飲みながら、その光景をただ見ていた。
普通の、夜だった。
第三十三話、お読みいただきありがとうございました!
今回は静かな違和感のある回でしたね。
いやタイトルそのままかい、って感じですが、本当にそんな回でした。
穏やかな夜っていいですよね。
本当に穏やかなら、ですが。
明日も20:10に更新予定!
ブクマやコメント、評価をいただけると、ミカの買い物精度が少し上がるかもしれません。
よろしくお願いします!
【4/21追記】
ブクマしてくれた方、ありがとうございます。
泣いてます。




