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第三十二話「分かれた先で」

朝のセラムの家は、静かだった。


台所から、何かを温める音がする。

窓の外では、木々の隙間から朝の光が差し込んでいた。


セラムは、もう起きていた。

おそらく、俺達より大分早く。


「おはようございます。」

「おはようございます。昨夜はありがとうございました。」


横にいるエルナも頭を下げている。

セラムは静かに頷いた。


「いえいえ、そんな。朝食、召し上がりますか?少しですが。」


テーブルに、パンと温かいスープが並んでいた。

そういえば、ミカの姿が見当たらない。


「あの、ミカは?」

「……いつもこの時間は、まだ寝てますね。」

「まぁ、まだ早い時間ですしね……。」

「ミカは、朝が弱いんです。」

「……ああ、それ。エルナもだよな。」

「ちょっと、なんで私の話急に出すのよ!!」


セラムが、少しだけ苦笑した。

その顔が、穏やかで。

なんか、普通の家庭だな、と思った。


「今日は図書館へ?」

「ええ、そのつもり。昨日はありがとう、助かったわ。」


エルナがそう答えると、セラムはまた頷いた。


「もし困ったことがあれば、図書館にいらしてください。昼間は、そこで働いておりますので。」


物腰が柔らかかった。

押しつけがましくない。

ただ、本当に言っている声だった。


「……ありがとう。」


俺が言うと、セラムはかすかに微笑んだ。







セラムの家を出ると、朝のフィーレは昨夜より明るかった。


水蒸気が、パイプの継ぎ目からゆっくり漏れ出ている。

木々の葉が、風に揺れている。

坂の途中で、誰かが洗濯物を干していた。


「図書館、こっちだっけ。」

「そうよ。坂を上がった先。」


エルナが先を歩く。

昨日より、少し足取りが軽い気がした。


坂を上がると、図書館が見えてきた。

昨日、閉館だったやつだ。

今日は、入口の扉が開いていた。


近づいて、エントランスに入る。

カウンターに、白髪の老人が座っていた。


俺が一歩踏み込もうとした時。


「お待ちください。」


老人が、静かに言った。

思わず、俺も足を止める。


「入館許可証はございますか?通常、一般の方の入館はお断りしておりまして。」

「……え、そうなの?」


そんな話、聞いてない。

図書館って名前なのだから、誰でも入れるものなのだと思っていた。

俺が焦っていると、エルナが前に乗り出した。


「私は、エルナ・『クロイツ』よ。問題ないでしょう?」


老人の目が、エルナに止まった。

首元を、一瞬見た。

それから、表情が少し変わった。


「……クロイツ家の方ですか。」


エルナが、少し間を置いた。


「……そうよ。」


老人が、静かに立ち上がり、ペンのようなものを取り出した。

そのまま、エルナの目先にペンの先端をあてがう。


——ピピッ


ペンの先が発光し、音がなる。

網膜スキャンみたいなものか?


「…………失礼いたしました。どうぞ。」


扉が、音もなく開いた。

奥に、薄暗い廊下が続いていた。

エルナが、中へ進もうとした。

俺も、エルナの後に続く。


「お待ちくだされ。」

「……え?」


突然、老人に呼び止められた。


「あの、何か?」

「入館できるのは、クロイツ家であるエルナ様だけでございます。」

「……こいつは、私の下僕よ。問題ある?」


げ、下僕!?

俺、下僕だったの?


「申し訳ございませぬ。なんせ、一般には閲覧を許されていない書物もございますゆえ……。」


ダメみたいだった。

下僕認定され損じゃん。

あとで、なんか奢ってもらおう。

俺はエルナと目を見合わせた。


「……。ごめんなさい。いけると思ったんだけど。」

「俺は大丈夫だよ。エルナこそ、一人で大丈夫か?」

「平気よ。」

「何か問題があれば、すぐ連絡してくれ。」


「了解よ。」


それだけ言って、ひらひらと手を振りながら、中へ入っていった。

扉が、静かに閉まった。


………………。

…………。

……。


俺は、エントランスに一人残った。

老人が、また椅子に座った。

特に何も言わなかった。


「……。」

「……。」


——ッス。


老人の目を盗み、そっと扉の方へ足を出す。


「お待ちくだされ。」


……ダメか。


——ッスス。


今度はフェイントをかけてみる。


「おま…。」

「……。」


お、面白いかも。

俺は、もう一度——


「失せろ。ガキ。」

「……はい。」


容赦なかった。

老人って怒ると怖いな…。


俺は、時間の無駄なので外に出ることにした。







エルナからは、待ってろとは言わなかった。

ただ「平気よ」と言っただけ。


……まぁ、大丈夫だろ。


あそこで座って待ち続けるのも、ちょっとな。

さすがに、自分の行先は通信で連絡しておく。


足が、自然に動き始めた。

坂を下りながら、昨日の街を思い出す。


そういえば、ギルドがあった気がする。

通りに看板が出ていた。


まだ、登録していない。

カルディアにいる間も、ずっと後回しにしてた。

でも、ここまで動き回るなら、そろそろ動いておいた方がいいだろう。


………………。

…………。

……。


ギルドは、街の中ほどにある建物だった。


外観は木造だが、他の建物よりずっと横幅が広い。

入口の上に、「傭兵ギルド・フィーレ支部」と書かれた板がかかっていた。


中に入ると、天井が高かった。

電子掲示板に依頼概要と金額が表示されていて、数人の男女がそれを眺めていた。

カウンターに、受付の女が一人座っている。


俺はカウンターに向かおうとした。


「——え、ボンクラ?」


後ろから、声がした。


……この呼び方、一人しかいない。


振り返った。

サヤ・ウインドウが、腕を組んで立っていた。

いつものように、棒付きキャンディを口に咥えている。

その顔が、俺をじっと見ていた。


「……サヤ?」

「なんでここにいんの。」


俺が言うより先に、サヤが言った。


「こっちのセリフだ。なんでいるんだよ、フィーレに。」

「仕事よ。」


棒付きキャンディを口から出して、サヤが答えた。


「護送の仕事が終わったあと、ここで別の依頼があって。」

「ちょっと待ってくれ。サヤ。」

「……なに?」

「傭兵、やってるのか?」

「そうよ。まぁ、体験傭兵?ってとこ。」


……傭兵ってそんなフランクな職業なのか?


「なんで?」

「なんでもいいでしょ?」

「誰からの紹介?」

「……。」


嫌な予感がする。

あと、俺個人としては容認できない。

だって、こいつの兄貴、クロウは…その仕事で……。


「教えてくれよ。頼む。」

「……ヴィン。」


速攻で、ヴィンに脳内で通信をかける。

ふざけんなよ。あいつ。


「おー!ジュディじゃーん!おっひさ~。なんかあったのぉ~?」


能天気な声だ。


「ヴィン。サヤも繋いでいいか。今一緒にいる。」

「あ?サヤ?いいけどぉ~、どしたの?」


そのまま、目の前のサヤを通話グループに接続。

脳内通信も勝手が分かると便利なものだ。


「ヴィン。お前、サヤを傭兵に誘ったんだってな?」

「……。あ~、その、な。ジュディ。」


歯切れが悪い。

もうそれが答えだった。


「お前!何考えてんだ!!こんな、女の子を物騒な仕事に招待するなんて!」

「ちょちょちょ。お、落ち着いてくれって!ジュディ!」

「しかも、こいつの兄貴は!その仕事で!あぁ、くそ!」


本人を目の前にして、直接的な言葉を慎む。

それでも、腸が煮えくり返るのを抑えられなかった。


「こんな可愛い!華奢な女の子だぞ!考えあるなら言ってみろ!!」

「……っ!」

「わ、分かった。分かったよ~~~。ちゃんと説明する!な?」


どーどー。

そんな感じでヴィンから宥められる。


「この依頼はな。サヤから頼まれてアテンドしたんだよ。」

「……え?」


思わず、サヤの方を見る。

なぜか、頬を赤らめていた。


「……そうよ。これは私が頼んでヴィンに仕事を貰ったの。」

「……なんで。いつから?」


サヤに、そんなことをするメリットが分からない。

上げた拳の下ろし所も分からない。


「前にエルナの工房でご飯をご馳走になったでしょ?その時にね。なんていうか、『けじめ?』みたいなものよ。」

「けじめ?」

「そう。兄貴は、この仕事をしていた。その景色を私も見たかったのかも。」

「……。」


何も言えなかった。

そういうことなら、まぁ、納得するしかないような気がした。


「ヴィン。」

「はいん!!」

「ごめん。」


とりあえず、謝罪。

当たってしまって、申し訳ないことをした。


「い、いいってことよぉ~。兄弟!分かってくれりゃ~~。」

「この仕事は、危険はないんだよな?」

「も、もちろんだぁ!仕事柄、絶対安全なんてものはね~が、比較的ホワイトな仕事を回したはずだぜぇ?」

「……そうか。」


なんとか、落ち着いてきた。

ヴィンは、「それがお前のいいとこだけどよぉ~。」と呟く。

まだ気になることはあるが……。


「ちなみに、どんな仕事なんだ?」


とりあえず、サヤに聞いてみることにする。


「生活工房の荷物の護送。フィーレの工房から別の拠点まで。」

「そりゃ、なんで傭兵が必要なんだ?自社の人間でよくないか。」

「そう思うでしょ。私もそう思った。」


サヤが、俺を見た。


「でも依頼は来た。護送は終わった。でも護送の理由は、教えてもらえなかった。」


……そりゃ、不思議な依頼だな。

今度はサヤがヴィンに尋ねる。


「ヴィン。今回の依頼。護送理由、教えてもらえなかったんだけど。」


すっと、声のトーンが変わった。


「え~。そんなこと言われてもだなぁ~。こっちも詳しくは聞いてなくてよぉ~。」

「聞いてないってことはないでしょ。」

「あー、依頼主が教えてくれなかったんだよぁ~。でも、まあ、実際、生活工房の荷物輸送で、内容は間違いなかっただろぉ?」


サヤが、少し黙った。


「私から頼んでおいて何なんだけど、ちゃんと説明してほしい。」

「……ごめんごめん~。次から気をつけるって!な?」


ヴィンがバツが悪そうな顔をした。

珍しく、しおらしい。


「次だけじゃなく。」

「わかったわかった。ほんとごめんって。」


サヤが、ため息をついた。

俺は通話を引継ぎ、続ける。


「ヴィン、依頼主はどこかは分かるか。」

「生活工房の内部の誰かって言ってたけど、それ以上は分かんねぇ~な~。企業絡みの案件なんて、全部こんな感じだぜぇ?」

「……そうか。分かった。」

「なんか、変なのー?」

「ん~。いや、何にも。とりあえず、ありがとう。」

「おう~!また連絡しろよぉ~!兄弟!」


通信を切った。

なんか…、なんとも言えない依頼だな。


「……あんたこそ、なんでフィーレにいんの。」


間をおいて、サヤが俺に尋ねる。


「エルナと一緒に来た。調べたいことがあって。」

「エルナ?」


サヤが少し眉を動かした。

それ以上は聞かなかった。

奥から、声がした。


「おぅ!サヤ!戻ってきたか!」


でかい男が、こちらへ歩いてきた。

背が高くて、肩幅が広い。

兄貴分、という言葉が真っ先に出てくる顔だった。


「ん、知り合いか?」

「……まぁ。」


サヤが曖昧に答える。

隣に、女が一人いた。

同じくらいの背丈で、髪が短い。

目つきが鋭くて、でも嫌な感じじゃない。


「バッツ。ゼナ。こいつ、ジュディ。知り合いよ。」


それだけ言った。

バッツという男が、ぽんと俺の肩を叩いた。


「バッツだ。よろしくな。」

「ゼナよ!あんたヒョロいね~。飯食ってる?」


ゼナはそう言って、こちらを見た。

目が、品定めするような感じだった。

悪い感じじゃない。ただ、真っ直ぐだった。


「よろしくお願いします。ジュディです。」


俺はとりあえず頭を下げた。







四人で、ギルドの隅のテーブルに着いた。

サヤの話では、今回の護衛にはバッツとゼナも同行していたらしい。

二人にも、なんとなく話を聞いてみることにする。


「護送理由が分からん依頼ってのは、まあ珍しくはないけどな。でも生活工房が傭兵を雇うってのは、あんまり聞かないな。」

「そうよね。」


ゼナが短く言って、俺を見た。


「あんたは、なんでここに?」

「エルナが調べたいことがあって。俺は今日、図書館に入れなかったんで、ギルドに来た。登録もしたくて。」

「もしかして、登録まだやってないの?」


サヤが少し目を細めた。


「……遅いわよ、それ。」

「分かってる。」


ガハハっと、バッツが笑った。

大きな声で笑う男だった。


「まあいいだろ。受付に声かけてきな。俺らも世話になってる支部だから、変なことにはならん。」


ありがたかった。

俺は席を立とうとした。


——その時、ギルドの扉が開いた。


入ってきたのは、スーツ姿の男だった。

年齢は二十代後半くらいか。

表情が、固い。


掲示板を確認して、それからカウンターへ向かった。

受付の女に、何かを見せていた。

身分証のようだった。


「……あれ、誰だ。」


俺が小さく言うと、ゼナが答えた。


「昨日も来てた。カルディア政府のやつ。」


カルディア政府?


「なんで、フィーレに?」

「さあ。でも、昨日からギルドを回ってる。情報を集めてるっぽい。」


バッツが言った。


男がこちらを向いた。

俺たちと視線が合った。

男は少しだけ目を細めて、こちらへ歩いてきた。


「……ジャス・サインといいます。カルディア政府、捜査部の者です。」


名刺を、テーブルに置いた。

丁寧な動作だった。

でも、声に全く無駄がない。


「少し、お話を伺えますか。」


サヤが、棒付きキャンディを転がした。

俺は名刺を見た。


「……どんな話ですか。」

「情報収集です。この街に詳しい方に、いくつか伺いたいことがあって。」


男——ジャスが、全員を見渡した。

見る目が、真剣だった。

冗談の欠片もない目だった。


——この手のタイプは嘘をつかない。


根拠はないが、そう思った。

良いか悪いかは、まだ分からないが。


ジャスは椅子を引いて、テーブルに着いた。

俺たちも、自然に姿勢を正した。


「——最近、この街で、気になることはありましたか。」


ゼナが、バッツと視線を交わした。

サヤが、俺を見た。


「……気になること、というと。」

「何でも構いません。人の動きでも、依頼の内容でも。」


バッツが、少しだけ間を置いた。


「……理由を聞いてもいいか。何を調べに来た。」


ジャスは一瞬も迷わなかった。


「禁術使用の疑いがある案件を、追っています。」


テーブルが、静かになった。


「フィーレで、禁術。」


俺は思わず繰り返した。


「現時点では疑いの段階です。ただ、放置できる話でもないので。」


ジャスが、真っ直ぐこちらを見た。


「——何か、心当たりはありますか。」


サヤが、棒付きキャンディを口から外した。


「……ひとつ、あるかもしれない。」


静かな声だった。


「護送の依頼が来た。理由を聞いても、答えてもらえなかった。」


ジャスが、メモを取り出した。

クソ真面目に、書き始めた。


「詳しく聞かせてもらえますか。」


窓の外で、水蒸気がしゅうっと漏れる音がした。

フィーレの空が、青かった。


「禁術」という言葉が、頭の中に残った。


——禁術を無許可でやるのに、ログ残すバカがどこにいんのよ。


いつかの、ふざけたエルナの言葉が胸の内でこだまする。

彼女は今、図書館の中にいる。

早く、話さなければならない気がした。





第三十二話、お読みいただきありがとうございました!


今回は久々のジュディで一人行動回でしたね。(いや初めてか?)

図書館に行くだけはずだったんですが、それだとね。作品ね。成り立たないからね。


明日も20:10に更新予定!

ブクマやコメント、評価をいただけると、ギルドに登録できるかもしれません。

よろしくお願いします!

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