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スペル・エラー ~異世界行ったけど帰りたい~  作者: とろたま愚鈍


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第三話「小柄なお荷物」

三日目の夜。

カルディアに来て、初めて外に出た。


工房の扉を開けた瞬間、まず音が来た。

車のような乗り物が空中を走る低い唸り。

どこかから流れてくる音楽。

人の声、怒鳴り声、笑い声。

それらが全部一度に押し寄せてきて、思わず立ち止まった。


「どうかしたの?」

「……ちょっと待って。」


二日間、工房の中だけにいた。

窓から見える景色は知っていたつもりだった。

でも実際に出てみると、全然違う。


石と鉄でできた建物が、空が見えなくなるほど高く積み上がっている。

その壁面を、巨大な光の広告が埋め尽くしていた。

企業のロゴ、製品の映像、どこかの政治家らしき人物の顔。

全部が魔力で動いているのだろう、ちらつくことなく鮮明に輝いている。

綺麗だと思った。でも、裏路地に目をやると違う空気が漂っていた。


建物の陰に、人が座っていた。

壁に背を預けて、膝を抱えている。

服はくたびれていて、ストーンウェアの光も弱い。

子供を抱えた女性が、うつむいたまま動かない。

通り過ぎる人々は、誰も目を向けない。


「……エルナ。」

「見ない方がいいとは言わないわ。でも、立ち止まっても何も変わらない。」


エルナは淡々とそう言った。

冷たいわけじゃない。ただ、慣れているのだと思った。


「貧困か。」

「そうね。ストーンウェアは摩耗していくから定期的に買い替える必要があるけど、それも安くはない。カルディアは豊かな都市よ。でも、豊かさは全員には届かない。」


豊かさは全員には届かない。

エルナはそれをただの事実として言った。怒りも悲しみも乗っていない声で。


「僕のいた世界でも、似たようなことはあったと思う。でも、ここまで露骨じゃなかったな。」

「あなたの世界は、うまく隠すのが得意なのかもしれないわね。」


返す言葉がなかった。


しばらく歩いた。

大通りから路地へ、路地から広場へ。


カルディアは広かった。

目抜き通りはネオンと人で溢れていて、活気がある。

でも一本外れると、別の街になる。

同じ都市の中に、いくつもの層が重なっているような感覚だった。


「魔術企業が、各都市を実質的に動かしているの。行政はあるけど、資金も人材も全部企業が握っている。表向きは共存しているように見えるけど、実態は企業の意向なしに何も決まらない。」

「その企業同士が争っているわけだ。」

「水面下でね。表立った衝突は滅多にない。でも、どこかで誰かが消えたり、都合の悪い情報が隠されたりする。中でも、アルカナという企業が全体のバランスを握っているわ。名前だけ覚えておいて。」

「また新しい単語が出てきたな。」

「まぁ、深く考える必要はないわ。そのうち慣れる。ちなみに、ガレスみたいな情報屋が生きていけるのも、そういう世界だからよ。」


なるほど、とは思った。

でも頭で理解することと、実感することは違う。

路地の壁に、消えかけた落書きがあった。

読めない文字だったが、何かを訴えているような気がした。







「何をするにも、まずは身を守るものがなきゃね。」


そういったエルナに連れられたのは武器屋だった。

雑居ビルの一階、小さな看板もなく、引き戸を開けると古びたカウンターがある。

壁に並ぶのは、見たことのない形の武器たち。

銃らしきものから、石のついた刃物、腕に装着するタイプのものまで色々あった。


カウンターの奥に、四十代くらいの男がいた。

腕まくりをしていて、右腕に複雑なストーンウェアが埋め込まれているのが見えた。


「らっしゃい。何かお探しで?」


ぶきっらぼうとも、丁寧とも取れる口調で話しかけられる。

エルナに脇腹を突かれる。

きっと、自分で対応しろということだろう。意外とスパルタだ。

人に何かを教える際は、まずやってみせるのが定石だよ?

教えて貰う側が文句を言えた口ではないが。


「あー、銃を一丁。」


エルナには、事前に何を買うべきか聞かされていない。

とりあえず、適当に答えてみる。


男は一瞬、エルナを見た。

十六歳の見た目の少年が、女連れで拳銃を買いに来た。

まあそういう反応にもなるか。

デートスポットとは程遠いロケーションだし。


「おたく、初めてか?」

「はい。」

「正直だな。」


男は棚から一丁取り出して、カウンターに置いた。

現代の拳銃に似ているが、グリップの部分に小さな魔石が埋め込まれている。


「グリム三十式。オーソドックスな魔力変換式の銃だ。威力は劣るが反動もなくて取り回しがいい。初心者にゃあ丁度いいだろ。トリガーを引くと内部の魔石が魔力を熱変換して、鉛玉を射出する。ストーンウェアがあれば体の魔力で動くが——」


男はこちらを見た。


「お前、ストーンウェアないな。」

「ないです。」

「じゃあ打てないな。」

「ですよね。」

「なんだよ?冷やかしか?」


エルナが横から口を挟んだ。


「魔力バッテリーで動くかしら。」

「なんだよ。そんな骨董品を使うのか?今となっちゃ流通数も少ないし、ストーンウェアより高く付くぜ?」

「いいから、動くの?動かないの?」

「ああ、動く。バッテリーとIDで紐づければ持ち主の近くで自動で稼働するはずだ。ストーンウェアより遠隔で起動できるメリットはあるが…。手に持って使うものだし恩恵はないわな。」


なんだよ。馬力バッテリーって。

馬連れて歩くのか?それとも下ネタか?


「じゃあ、魔力バッテリーとセットで頂戴。」


聞き間違えだった。恥ずかしい。

そっと胸にしまっておこう。


「おいおい。試し打ちもせずに買う気かよ?本当に初めてなんだな。」

「私は初めてじゃないわよ。時間がないの。」

「はいよ。バッテリーとセットで三十万Fフューチャーってところだな。」


「それで。」とエルナが言った。

「それで、ください。」と僕が続けた。


男は少し笑った。

ガレスに似た、最小限の笑い方だった。


「あとは弾だな。多めに持っておけ。使わないに越したことはないが、使う時は大抵一発じゃ足りない。」


「物騒なアドバイスありがとうございます。」


会計を済ませて店を出た。

弾六十発に太ももにつけるホルダーと併せて四十五万Fフューチャー、これって高いのか?

相場感も覚えていかなければ。


「後でバッテリーに魔力を充填してあげるわ。それで端末も銃も一応使えるようにはなるはずよ。」

「ありがとう。助かるよ。」


拳銃を所持している。

その事実が、実物以上に重く感じた。

人を殺す道具を、日常的に身に付けなければいけない必要性。

店の中では軽口を叩いたが、今となっては妙な感覚がある。


————これは人を殺せてしまう。


僕はこれを持つ覚悟が、あるのか。

明確な答えは出なかった。でも、考えることを止める気にもなれなかった。

なんとなく、さっきの路地の落書きを思い出した。

読めなかったあの文字は、何を言いたかったのか。


「難しい顔ね。」とエルナが言った。

「そりゃするよ。」

「そうね。難しい顔をしない人間が、それを持つ方が、怖いわ。」


それだけ言って、エルナは歩き出した。

僕はその背中を見ながら、一歩遅れてついていった。







ガレスから送られてきた依頼主の住所は、カルディアの端に近い区画だった。

来てみて、ガレスから言われていた意味が少しだけ分かる。

ここに来るまでに、何度か古い因縁をつけられて路地裏に連れて行かれる人を見かけたからだ。

なるほど、「新顔ならなんとか」とはそういう意味か。

人との関係値を築いていないことが、益として働くこともあるんだな。


「——ここか。」


四階建てだろうか。古いアパートのような場所で立ち止まる。

大通りからだいぶ外れた場所で、建物は古く、壁に染みが目立った。

エレベーターは止まっていて、階段を上がる。三階、突き当たりの部屋。


ノックをすると、すぐに扉が開いた。


女性だった。三十代くらいだろうか。

髪は乱れていて、服に小さなほつれがある。

目の下に隈があった。ストーンウェアは手首に一つだけ、古いモデルのようで光が弱かった。


「ガレスさんからの、使いの方ですか。」


先程の店と同様にエルナに脇腹を突かれる。

なんでか、エルナは人とのファーストコンタクトを自分に任せる節がある。

先程は教育の一環だと思ったが、どうにも理由があるようだ。


「はい。木村ジュ・リーです。はじめまして。」

「えっと。ジュディさんですね。そちらの方は?」


そうはならんだろ。

間違えるとしても『リーさん』じゃない?

なんでなん?まぁ、もういいか。


「こちらは、エルナ・クロイツ。仕事仲間です。お話を詳しくお伺いしても?」


女性は頷いた。どこか、虚ろな目だった。


「中へ、どうぞ。」


部屋は狭かった。

でも、きちんと片付いていた。

生活の苦しさは滲んでいるが、丁寧に暮らそうとしている跡がある。


テーブルの横に、子供が座っていた。


六歳くらいの女の子だった。

膝の上に小さなぬいぐるみを乗せて、こちらをじっと見ていた。

大きな目だった。何かを測るような、静かな目だった。


「この子が、届けてほしい『荷物』です。」


女性が言った。

声に、迷いがなかった。 それがなぜか、ひどく不自然に感じた。

子供はまだ、こちらを見ていた。

何も言わなかった。

ただ、その目だけが動いていた。


「……よろしくお願いします。」


女性が頭を下げた。

僕は返事をしながら、その子供の目が頭から離れなかった。


六歳の子供が、なぜあんな目をするのだろう。


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