表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スペル・エラー ~娘が生まれるのに異世界へ召喚されたので、何があっても帰ります~  作者: とろたま愚鈍
第一部:第三章|フィーレ編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/148

第三十話「あなたの故郷へ」

EVAirエバーの中は、静かだった。


窓の外には雲が広がっている。

カルディアの街が、どんどん小さくなっていく。

空の色が、地上にいる時よりはっきりと青い。


「……すごいな。」


思わず呟く。


「この、EVAirってやつ?思ってたより全然速い。」


エルナが、窓の方を一瞬だけ見た。

「そうね。」とだけ言って、目線を手元に戻す。


端末を操作しているのかと思ったが、違った。

ただ、膝の上に手を置いて、どこか一点を見ていた。


なんか、変だな。


「エルナ。」

「何?」

「酔ったか?どこか調子悪い?」


エルナが、こちらを見た。


「そんなことないわよ?」

「……じゃあ、どうしたんだよ?」

「……。」


沈黙。

窓の外の雲が、後ろへ流れていく。


「……フィーレは、故郷なの。」


少しして、エルナがそう言った。

声のトーンが、普段より低かった。


「故郷。」

「生まれた街よ。久しぶりに戻るのよ。本当、久しぶりに。」


それだけだった。

それ以上は説明しなかった。


でも、それで十分だった。

久しぶりに、という言葉に、色々と詰まっている気がして。

俺は余計なことは聞かなかった。


「……そうか。」


それだけ返す。

しばらく、二人とも窓の外を見ていた。


「……フィーレって、どんな街なんだ?」


少しして、俺は話題を変えた。

エルナが、少しだけ表情を戻した。


「生活工房って企業のテリトリーよ。」

「あ~、そういえば前に聞いたな。あの変なBGMのやつだろ?」

「そうそう。ふふ。あの時のあなた、なんかキモかった。」


……ひでぇ。

笑いながら言うことじゃないでしょ。


「食品を取り扱ってるのは、とりあえず知ってるけど…。」

「そうよ。日用品から食品まで、生活に関わるものなら何でも扱う企業ね。」

「やっぱ、名前変だよな。硬派な企業名が並ぶ中で、妙に親近感があるっていうか。」

「そういう企業よ。親しみやすさが売りなの。」


エルナが少し、説明に乗ってきた。


「今は、食の事業に力を入れてるみたいね。新しいレストランとか、食材を扱う専門店とか、フィーレはここ最近でだいぶ賑やかになったって聞いてるわ。」

「飯かぁ~。なんか、行くのが楽しみになってきたな。」

「……あんたは食べることが好きね。」

「そりゃ。美味しいものに興味がない人間なんかいないだろ。」

「そうね。まあ、料理はいいものが揃っているとは思うわ。」


少しだけ、エルナの口調が柔らかくなった。

でも、すぐに戻る。


「ただ一つ、懸念もあるわ。」

「何?」

「フィーレは、魔法使いへの風当たりが、他の都市より強いの。」


俺は、思わず姿勢を正した。


「昨日も、言ってたよな?」

「そう。繰り返しになるけど、歴史が古い街でね。魔法使いへの畏怖が、根深いのよ。ストーンウェアで魔力を扱う人間には寛容でも、魔法使いは別ね。」


首筋の石を、エルナが軽く触った。

昨日、工房で貼り付けていたやつだ。


「……それで、故郷に帰るのが久しぶりになったのか。」


俺が言うと、エルナが少し黙った。


「……名家の出なの、私。」

「名家。」

「クロイツ家は、フィーレで代々続く家柄でね。元々、魔力の高い子供も生まれやすいのよ。ただ、魔法使いが生まれてしまえば、話は別。」


窓の外の雲が、また流れていく。


「……話は別?」

「まぁ、大体は企業へ実験対象として『寄付』される。そうなる前に逃げ出したけど。」


それ以上は語らなかった。

俺も、それ以上は聞かなかった。

ただ一つ分かったのは、エルナがフィーレに帰りたくない理由が、あるのだということだ。

それでも、来た。

俺のために。


「……エルナ。」

「何よ。」

「ありがとうございます。」


エルナが、こちらを見た。

少しだけ、目が丸くなった。


「急に何?敬語キモいし。」

「いや、別に。」

「気持ち悪いわよ、急に。」

「ひどくね?同じこと言ってるし。」


エルナが、ふん、と鼻を鳴らして窓の外を向いた。

耳が、わずかに赤い。

……気のせいかもしれないが。


「もうすぐ着くわよ。」


それだけ言った。

俺は頷いて、窓の外を見た。

雲の切れ間から、緑色が見え始めた。







フィーレは、緑の街だった。


空から見ると、巨大な木々が密集して広がっている。

その枝の上に、鉄を敷いて街が広がっているのが分かった。

パイプが木々の幹に絡みついて、あちこちで白い水蒸気が漏れている。


「……すご。木の上に、街があるのか。」

「そうよ。フィーレはそういう街。」


——『住民ID照合完了。ようこそ、森の街フィーレへ。』


車内にアナウンスが流れ、EVAirが高度を下げていく。

近づくにつれて、街の細部が見えてくる。


坂が異様に多い。

枝の上に鉄板を敷いているから、当然、高低差がある。

通路はいくつもあって、木と木の間を橋が繋いでいた。


着陸した瞬間、外の空気が変わった。

カルディアとは全然違う。

木の香りがする。

涼しい。


「なんか、静かだな。」


俺が言うと、エルナが頷いた。


「フィーレはそうね。カリドと比べたら、特に。」


確かに。

カリドは金属音と喧騒で、常に耳が忙しかった。

でもここは違う。


パイプから漏れる水蒸気の音が、しゅうっと聞こえる。

風が木々の隙間を通り抜けて、葉を揺らす音がする。

それだけだ。


なのに、さびしくない。

不思議と、そう思わなかった。


荷物を持って、街に踏み出す。


通りを歩く人々の姿が目に入ってきた。

カリドのような、派手でパンクな格好の人間はほとんどいない。

カルディアの洗練された感じとも違う。


なんか、普通だ。

普通の人が、普通に歩いている。


「……なんか、懐かしいな。」


俺は思わず言っていた。


「懐かしい?」


エルナが首を傾げる。


「駅前みたいだな。俺のいた世界の。」


買い物袋を提げたおばさん。

並んで歩く親子。

端末を見ながらきょろきょろしている若い男。


どこにでもいる、どこにでもある人々だ。

召喚されてからずっと、異質な景色の中にいた。

エルナの工房から始まって、カルディアのネオンと、カリドの地下。


ここは違った。


「……明里と、よく行ってたな。」


週末に、最寄りの駅前の商店街を二人で歩いた。

どこかで、その記憶が重なった。


「……帰りたいんでしょ。」


エルナが、静かに言った。

責める感じじゃない。ただ、確認するように。


「……そりゃな。」


俺は正直に答えた。

エルナは何も言わなかった。

それでよかった。


しばらく、二人で並んで歩いた。

坂道が多い。

緩やかな傾斜が続いて、そのたびに景色が変わる。

木々の隙間から空が見えた。


「空が近いな。」

「カリドと逆ね。」


エルナが言う通りだった。

カリドにいると、空のことを忘れる。

でもここは、見上げるといつも空がある。


「……悪くないな、フィーレ。」

「そう。」


エルナの返事は短かった。

でも、その「そう」には、何かが混じっていた気がした。







坂を上がったり下りたりしながら、街を少し見て回った。


食材を並べた露店。

小さなカフェから漂うコーヒーのような香り。

工房の前で何かを磨いている職人。


確かに、飲食店が多い気がする。

通りに「新メニュー」と書かれた看板がいくつか出ていた。

何が書いてあるか、ちゃんとは読めなかったけど。


「図書館、どのへんにあるんだ?」

「あっちの方よ。でも——」


エルナが、空を見上げた。

日が傾き始めている。


「もう夕方ね。今日は難しいわ。」

「明日か。」

「ええ。図書館は明日にしましょう。今日は宿を——」


そこまで言いかけて、エルナが歩を止めた。


「どうした?」

「……いえ。なんでもないわ。」


なんでもなさそうな顔じゃなかったが、俺もそれ以上は言わなかった。


「とにかく、もう少し歩きましょう。」


エルナが歩き始める。

俺も続く。


坂道を下りながら、木々の合間から夕暮れの空が見えた。

オレンジと青が混ざって、雲の端が光っている。


綺麗だな。

そう思いかけた、その時。


——ぼたぼたっ。


坂の上から、何かが転がってきた。

丸い。

オレンジ色。

果物だ。


俺の目の前に二、三個、転がった。

その一つが、靴先に当たって止まった。


「……なんだ?」


見上げると、坂の上の上に人影があった。


「——すみませ~ん!それ、拾ってもらえますか~?」


女の声だった。

高くて、よく通る、天真爛漫な声だった。





第三十話、お読みいただきありがとうございました!


いよいよ第三章スタートです。

フィーレ、良さそうなところですよね。

旅行で行ってみたい。住みたくはないけど。


あ、あと、坂の上から遠慮なく声をかけてくる人間が登場しましたね。

果物は拾ってあげようね。物語進まないから。


明日も20:10に更新予定!

ブクマやコメント、評価をいただけると、坂の上から果物が降ってくるかもしれません。

よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ