第二十九話「お金がない!」
カルディアに戻って、数日が経った。
工房の居間で、エルナとカイラが向かい合っていた。
テーブルの上に、紙と端末が広げられている。
おそらく、フィーレに行くための作戦会議だろう。
話すのであれば、俺にも声をかけてくれれば良かったのに……。
「何してるんだ?」
俺が声をかけると、二人が同時にこちらを見た。
何だか神妙な面持ちだ。
問題でもあったのだろうか。
「ちょうどよかった。座って。」
「わかったよ。」
エルナが、椅子を引いた。
行動に甘えて、その椅子に座る。
「フィーレに行く前に、解決しなければならない重要な問題があるの。」
「なに?」
「お金がないわ。」
俺は、思わず固まった。
「……は?」
「お金がないって言ったの。フィーレへの移動費、現地での宿泊費、調査費用。全部含めると、今の手持ちじゃ足りない。」
あんたのストーンウェア代も高くついたしね。とエルナが続ける。
それは……。
本当にごめん。
カイラが、申し訳なさそうに頷いた。
「私も、イグニスを抜けてるから今は収入がなくて……。転送装置の研究があるから、ここを離れるわけにもいかないし。」
「じゃあ、何とかして稼ぐしかないか。」
そこで、一つの疑問が浮かぶ。
「エルナ。」
「何?」
「そういえば、エルナって、何の仕事をしているんだ?」
あまり気にしたことはなかったけど、お金は湯水のように出てくるものじゃない。
定期的な収入は必要不可欠なはずだ。
「私は主に二つね。ギルドから来る依頼の対応と、魔術に関する研究の情報提供よ。」
「エルナもギルドに登録してたのか。」
「そうね。ガレスとの繋がりも、カルディアのギルドに傭兵として登録しているからよ。」
「なるほどね……。じゃあ、そのギルドの仕事っていうのをやればいいんじゃないか?」
それを聞き、エルナが少し考えた素振りをする。
何か、懸念があるのだろうか。
「ありって言えばありだけど…。時間がかかりすぎるのよね。」
「でも、しょうがないんじゃないか?」
「ギルドの依頼って、大抵は企業絡みの厄介事なのよ。この間のベルン家みたいなね。」
「……。」
そう言われて、先日のヴェーラでの出来事を思い出す。
確かに、色々な意味で『重たい』な。
でも、現に、お金ないわけだし。
「魔術研究の情報提供はどうなんだ?」
「今出せるものは、何もないわね。時間も取れなかったし。」
「う~~ん。手詰まりか。」
「ニートが二人もいたんじゃ、生活費もそこそこ掛かるしね。」
——ぐはっ。
急に言葉のナイフで胸を抉られた。
え、あ~、そっか。
俺、今ニートか。
……そっかぁ。
「私、私ね。」
カイラが涙ながらにポツポツと零す。
「こ、これでも、結構ね?イグニスにいた時は『けっこう貰って』たんだよ?」
「……。」
「それが、今やニート。ニートかぁ……。うっう。ジュディ…。」
カイラが『よよよ』っと俺の肩にもたれ掛かる。
気持ち分かる。分かるよ。カイラ……。
俺達にも、意地がある。
このままでは、終わらせられない。
俺は腕を組んだ。
「あ。そういえば確か、ガレスに頼まれてたことがあったよな。」
エルナが、首を傾げた。
「ガレスから?」
「あぁ。元の世界の情報を提供する約束をしていたんだ。まだ全然やってない。」
カイラが、すっしゃっと端末を出しながら言った。
「それ!今すぐできるんじゃない!?」
「できる。でも、どんな情報が価値があるか分からないんだよな。」
エルナが、腕を組んだ。
「試してみましょう。私達が知らないものなら、価値があるはずよ。」
なるほど。エルナを物差しにするわけか。
「じゃあ、思いつく限り言ってみる。」
俺は、少し考えた。
「冷蔵庫。」
「ある。てか使ってるじゃない。」
「洗濯機。」
「それも使ってるでしょ?」
「扇風機。」
「……なにそれ?」
「よし!」
カイラが、何かをメモし始めた。
「ジュディさん。いいですよ~。順調ですよ~!続けてぇ~!」
何そのテンション。
カメラマンか何かなのか?
「エアコン。」
「なにそれ?」
「よぉし!電子レンジ。」
「……電子?レンジ?」
「シャオラ!!次、新幹線。」
「しんかんせん?」
「速い乗り物!時速300キロくらいで——」
「EVAirの方が速いわ。」
「エバー……?」
「ん~?なんて言ったら良いかな?空飛ぶ車!かな?」
逆にカイラに解説されてしまった。
そんなのもあるのか、この世界には。
「……コンビニ。」
「こんびに?」
「24時間開いてる小さい店で、なんでも買えて——」
「あぁー。まぁそういう店もあるっちゃあるわよ。」
「ひぃん!次!インスタント麺。」
「なにそれ。」
「お湯を入れるだけで食べられる麺!」
「お湯を入れるだけ!?」
カイラが、目を輝かせた。
「それ、めちゃくちゃ需要ありそう!!」
「マジか!!じゃあ、缶詰は?」
「あんたこの前、輸送車の中で食ってたじゃない。」
「……。食ってました。」
俺は、思いついたモノを片っ端から言い続けた。
エルナがあるもの、ないもの。
カイラがひたすらメモしていく。
三十分ほど経った頃。
「……こんなもんかな。」
端末の中に、リストが出来上がっていた。
この世界にないもの、十個ほど。
「これ、全部送っていいのか?」
「ガレスなら使い道を考えるでしょ。」
俺は、視界の端のインターフェースを操作した。
脳内通信システム。
ストーンウェアを入れてから使えるようになったが、まだ慣れない。
思考で操作できるんだが、なんか指を動かしたくなる。
「……この操作、未だに慣れないな。」
テキストを打って、ガレスへ送信した。
しばらくして、返信が来た。
『ご苦労。引き続き頼む。』
それだけだった。
次の瞬間、端末に通知が来た。
「……。」
俺は、画面を見た。
「え。」
「なに?」
エルナが覗き込んできた。
「五百万F、振り込まれた。」
沈黙。
「「……は?」」
俺とカイラの声が見事に重なった。
エルナだけが、「まあ、そんなものでしょ。」という顔をしていた。
「よし、これでしばらくは大丈夫ね。」
「いやいやいやいや、待て待て待て!」
「なによ。」
「五百万だぞ!?」
「情報って、売れる相手に売れば高いのよ?」
「ん~~、そういう問題なの…かなぁ?」
これには、カイラも懐疑的らしい。
気持ち、分かるぞ。
「そういう問題よ。」
「す、すげぇ……。」
俺が呆然と呟くと、カイラまで珍しく真顔で何度も頷いた。
お金の問題は、こうしてあっさり解決した。
—
お金の問題が解決したところで、早速フィーレ出立への準備に取り掛かった。
エルナが、工房の奥から小さな箱を取り出してきた。
「何それ。」
「ストーンウェアよ。偽装用の。」
エルナが、首筋に小さな石を貼り付けた。
おぉ、全然魔法使いっぽくない。
「フィーレは、魔法使いへの風当たりが他の都市より強いの。歴史が古い分、魔法使いへの畏怖も根深いってわけ。」
「なるほど、そのための偽装か。」
「ストーンウェアを持っているように見せかけるだけよ。完璧じゃないけど、最初のうちは誤魔化せるわ。」
エルナが、鏡を見ながら調整していた。
いつもと少し違う。
魔力の気配が、薄くなった気がした。
「似合ってるじゃん。」
「ふふ、お世辞?上手いじゃない。」
エルナが、鏡越しに俺を見た。
「それより、荷物をまとめておいて。明日の朝、出発するから。」
「はいはい。」
「『はい』は一回よ。」
お前はオカンか。
「へいへい。」
「なんか、あんた年相応になってきたわね?」
「それ、悪口だぞ?」
「ふふ。分かってて言ってんのよ。」
そんな無駄口を叩きながら、粛々と準備を進めていった。
こんなくだらないやり取りが、もう当たり前になりつつあった。
それが少しだけ、心地よかった。
………………。
…………。
……。
その日の夜。
カイラが、俺の寝室まで尋ねて来た。
カイラは、転送装置改良のためにフィーレには同行しない。
明日には出発だし、挨拶でもしてくれるのかな。
「ジュディ。」
カイラが、俺に向かって言った。
「気をつけてね。」
「あぁ。気をつけるよ。」
「転送装置、ちゃんと進めておくから。」
「うん。そっちは任せた。期待してる。」
「……。」
「……。」
突然の沈黙。
何やら、カイラが俯いている。
表情が読めない。
「カイ—」
「ジュディ。」
名前を呼ぼうとして遮られた。
なんだ?なんだか様子がおかしい。
指先をぎゅっと握っている。
「……。だっこ。」
「……ん?」
だっこって何だ?
抱っこ?何?Why?
尋ねようとしたら、カイラが先に動いた。
そのまま、俺の首に腕を回してくる。
「……おい。」
「ん~~。しばらく、このままで。」
カイラの声が、いつもより少し低かった。
笑ってない。珍しいな。
思えば、カイラはいつも笑っていた。
まるで、周りにいる人達に幸せを分け与えるように。
そんな彼女が震えていた。
少しだけ、そのままにした。
「……ジュディ。」
「何?」
「絶対。帰ってきてね?」
俺は、なるべく安心させるように答える。
「もちろん。また、カレー作ってやるよ。帰ってきたら。」
カイラが、少しだけ笑った。
「絶対だよ?」
「絶対だ。」
彼女の温もりを感じながら、ここに帰ると誓った。
いつもの決意とは、少しだけ意味が違うけれど。
—
翌朝。
手配したEVAir(空飛ぶ車だったよな?)が、工房の前に来ていた。
エルナが、荷物を持って出てきた。
いつものコートに、いつもの杖。
でも、どこか少し、違う表情をしていた。
「行くわよ。」
俺は、頷いた。
カルディアの空が、朝の光を受けていた。
第二十九話、お読みいただきありがとうございました!
今回は間章ラストのお話になります。
異世界でも、お金の問題は付きまとうんですね。世知辛い。
次回から、いよいよ第三章スタートです!
楽しんでくれると嬉しいです。
明日も20:10に更新予定!
ブクマやコメント、評価をいただけると、ガレスから五百万F振り込まれるかもね。
よろしくお願いします!




