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第二十七話「キムラ・ジュディ再生計画」

カルディアに戻って、二日が経った。

朝食のテーブルで、俺は左手だけでフォークを操っていた。


……難しい。


右利きだった人間が、いきなり左手だけで食事をするのは想像以上に難しい。

ソーセージが、皿の上を逃げ回っている。


「ジュディ。あ~ん、してあげよっか?」


カイラが、笑顔で俺を見ていた。


「いらない。」

「お皿、押さえてあげようか?」

「大丈夫。ありがとう。」


意地を張って、フォークを刺す。

ソーセージが皿の端まで逃げた。


あ?おいこら逃げてんじゃねぇぞ。

奥歯ガタガタ言わせたろか?あぁん?


「……はい。」


カイラが、俺にソーセージを差し出してきた。

そのまま口元まで運ばれる。


「あ~ん。」

「……。」

「あ~ん!」

「……。」

「腕、疲れちゃうなぁ~。」

「……。パクッ」


く、お、美味しい。

自分で食べるより、ずっと。

悔しい。


「……(殺気)。」


ただ、エルナの視線は痛かった。

背に腹は代えられない。


エルナが、紅茶を一口飲んでから静かに言った。


「今日、腕を治しに行きましょう。」

「え、治せるの?」

「厳密には治せない。ストーンウェアを入れるのよ。」


俺は、フォークを置いた。


「……やっぱり、やんないと、ダメか。」


覚悟はしていた。

この世界に来てから、ずっとその話は出ていた。

ただ、どうしてもストーンウェアには抵抗があった。

痛そうとか、そういうことじゃない。

単純に、この世界の住人に近づいてしまったら、元の世界が遠のくのではないか。

そんな、漠然とした不安があった。


「え、ちょっと待って!」


カイラが、急に身を乗り出してきた。


「ジュディって、まだストーンウェア入ってないの!?」

「今かよ。」「今更ね。」


俺とエルナの声が、珍しく重なった。


「だってだって!え、今までどうやって生きてきたの?」

「ん~。そうやっても何も…。この世界に来て、2週間くらいか?」

「3週間じゃない?」

「こ、この世界!?」


そういえば、カイラには俺自身の事情は話していなかったっけか?

この際だ、色々説明をしておこう。


「こほん。あ~、カイラ実はな……。」


………………。

…………。

……。


「す、ごい話だね?で、でも、そっか。だから転送装置が……。」


カイラが目を丸くしている。

大きい瞳が一際大きく見開かれていた。


「黙っててごめんね。」

「いや、それはまぁ、いいんだけど…。エルナ!なんで、初日にストーンウェアを入れてあげなかったの?」

「しょうがないでしょ。本人が嫌がってるんだから。」

「まぁ、それはそうなんだけど……。よく今まで生きてたね?」


……そこまで言うか。


カイラが俺とエルナを交互に見ながら騒いでいる。

エルナは紅茶を飲みながら完全に無視している。


「ジュディ。正直、本当に、普通の人ならストーンウェアは入れないと生活できないよ?」

「いや、今まで出来てたし。エルナだって入れてないだろ?」

「エルナは特別なの!逆にエルナが入れたら大変なことになるんだから。」


大変なこと?

エルナは魔法使いだ。そもそも入れる必要がないのかと思っていた。

というより、ストーンウェアを入れなくても支障がないと思ったのは、エルナが入れていないからという理由も大きい。


「私はね。『入れない』というより『入れられない』のよ。」

「なんでだよ?」

「現状、私の魔力に耐えられる魔石が存在しないの。そこらへんのストーンウェアじゃ、入れた瞬間弾け飛ぶでしょうね。」


そんな、服のサイズが合わないみたいな。

いや、でも実際そうなのか?


「つまり、魔力が人より太ってるってことか?」

「プツン。」


ん?なんか今音しなかった?

カイラを見ると、青ざめている。

普段色白の肌が、いっそう白く感じる。


——ギギギ


エルナが、笑いながらこちらを見る。

怖い。

俺は、先ほどの言葉が失言だと気付いた。


「あ、あ、あんた。ね?」

「はい。」

「もっと、言い方ってもんがさ。あるでしょうよ。ね?」

「はい。ごめんなさい。」

「普通に、魔力が『大きい』で、いいでしょうよ。ね?」


その疑問符、怖いです。

俺は、ただ謝ることしかできなかった。

違うんだよ。本当に口が滑っただけっていうか。

頭のイメージに言語が引っ張られたというか…。


………………。

…………。

……。


「まぁ、いいわ。」


エルナがこほんっと咳払いする。

ちなみに、「まぁ、いいわ。」って言葉は、ひとしきり怒った後に使う言葉じゃないと思う。


「話を戻すけど、これまでは、あなたの意思を尊重していたわ。」

「はい。」

「けど、もう状況が変わって来ているのも事実よ。なんせ、右腕無くなっているんだし。」

「はい。そうですよね。」

「後は、あなたの『覚悟』の問題よ。」


——覚悟の問題。


確かに、このままではそもそも生き残る確率が著しく下がるのは目に見えている。

先ほどもカイラの手助けなしでは満足に朝食も取れなかった。


漠然とした不安。

元の世界が遠ざかる不安。


それでも、帰るためにはまず生き残らなければ。

死んでしまっては元もこうもない。


「……分かりました。入れましょう。」

「なんで、さっきから敬語なのよ?」


……エルナが怖いからだよ。

とても、そうは言えなかった。







以前に来た『ストーンウェア専門店』は、カルディアの旧市街にあった。

エルナ、カイラと共にその場所へと向かう。


薄暗い裏路地の奥。

看板は出ているが、控えめすぎて見落としそうだ。


扉を開けると、奥から気弱な店主が顔を出した。


「いらっしゃ——」


店主が、俺の右腕を見た瞬間、固まった。


「……。」

「……。」


沈黙。


「な、なんで、腕が。」

「色々ありまして。」

「い、い、色々って……。」


店主が、眼鏡越しに俺の右腕をまじまじと見つめた。

くたびれた白衣。

分厚い眼鏡。

ボサボサの黒髪。

もう少し清潔感でも出してくれたら、もっと繁盛しそうなものだが。


「……こ、これでは、F型は、無理ですね。」

「そうですか。」

「し、四肢の動作となると、す、少なくともC型が必要になります。ただ、C型はF型より魔力が高くないと換装できない……。せ、せっかく取り寄せたのに。」


あ、なんか悪いことしたな。

すみません。


「と、とにかく、まずは改めて換装できるか、す、数値を……。」


前回同様、奥に通され、魔力測定装置に腕を突っ込む。

装置が低い音を立て、緑色の光が点灯した。

前回よりも力強い気がする。


「……ほう。」


店主が、眼鏡を押し上げた。


「少し、上がっていますね。前回より。こ、これは珍しいことです。」

「そうなんですか。」

「ただ、C型に適応できるかはなんとも…。リスクも伴います。魔力をなじませる工程をスキップすることになるので——」


エルナが、机に手をついた。


「なんとかして。」


店主が、エルナを見た。


「……は?」

「なんとかするのよ。それが仕事でしょ。」

「い、いや、でも作動しない可能性が、、、最悪、命の危険だって——」

「リスクを最小化する方法を考えるのがあなたの仕事でしょ。できないの?」


店主が、俺を見た。

俺は小さく肩をすくめた。

ごめんなさいね。こういう人なんです。

店主が、深呼吸をした。


「……わ、分かりました。なんとかしましょう。」


エルナが、満足そうに頷いた。


「ちょっと待ってください。」


店主が、眼鏡をゆっくりと外した。

雰囲気が、変わった。

くたびれた白衣は同じだ。

ただ、ボサボサの髪がキューティクルを取り戻した気がした。

眼鏡がなくなった瞬間に、この男の目が変わった。

静かな、光のある目だった。


「——グレイだ。」

「はい?」

「俺の名前だ。万一死ぬことになったら、原因の名前くらい知っておきたいだろう?」


低い声だった。


「「「……え?」」」


俺とエルナ、カイラの声が重なった。


「でも案ずることはない。今回、ストーンウェアの換装をするのはこの俺だ。死ぬなんて、万に一つもありえない。」


グレイは、呆気に取られる俺達を尻目に続ける。


「リスクを最小限に抑えるために、魔力とは別に魔力許容値、器の測定を行おう。本来、魔力が上昇するなんてことはありえない。少なくとも、十五、六歳で魔力量は安定するはずだ。しかし、お前は違う。魔力量が上昇している。まるで、赤子のような現象だ。そこに、今回の解決の糸口があるはずだ。魔力許容値は生まれた時から決まっている。本来であれば、その許容値に向けて魔力量が成長と共に増え、安定へと向かう。つまり、魔力許容値が現状の魔力のよりあれば、その差異分魔力を注入しても問題がないことに——」


す、すげぇ喋る。

何言ってんのか、まるで分からない。


カイラが、俺の袖を引っ張った。


「……。(この人、ヤバいんじゃない?)」


カイラのアイコンタクトに全力で頷く。

俺もそう思う。


「エルナ。」

「は、はい。」


グレイに突如として呼ばれ、エルナが返事をする。

敬語になっている。珍しい。


「お前は、魔法使いだな?ならば、四大元素以外での魔力の出力。魔力そのものを外に出すことは可能か?」

「も、問題ないわ。魔力の感覚を掴ませるために、ジュディに直接流したこともある。」

「……軽率だな。だが、今回は都合がいい。ストーンウェアの換装を行う際、魔力を調整しながらジュディへ送ることはできるか?」

「で、できるけど、何故そんな事をするの?」

「『慣らし』だよ。魔力量は、魔力許容値分までは魔力を与え続ければその値で安定する。今回、ジュディには、ストーンウェアの換装とそれを動かせるだけの魔力の引き上げ、同時に行う。」

「え、もっと魔力が増えるんですか?」

「いや、魔力許容量ギリギリまで魔力を増やしてしまうと逆にリスクがある。あくまでも、C型を安定して動かせるだけの魔力で安定させるための処置に留める。」


……頼もしい。頼もしすぎる。

この人、普段から眼鏡外した方がいいんじゃないだろうか。


「これは俺の仮説だが、ジュディの魔力許容値はもっと容量があると踏んでいる。この短期間で魔力が上昇しているからな。理由は不明だが、都合がいい。利用しない手はない。」


そう言いながら、グレイは部屋の奥へと姿を消した。

もはや、自分の世界に入っている。


「ジュディ。……怖い?」


エルナが静かに聞いてきた。

その目が、少しだけ笑っていた気がした。


「……怖いというか、そうだな。ある意味怖いな。」


何言ってるか分からないと思うが、これが素直な気持ちだった。


………………。

…………。

……。


グレイが、準備を始めた。

俺は、処置台に横になりながら、ぼんやりと天井を見ていた。

魔力許容値は、まだ容量があるみたいだ。

これから、徐々に魔力が増えていくのだろうか。


「麻酔を打つぞ。」

「あ、はい。」


グレイが、注射器を取り出した。


「痛みはない。すぐに意識がなくなる。」

「分かりました。」


エルナが、俺の左手を握った。

何度か触れた、柔らかく小さい手だった。

少しだけ、驚いた。


「……別に、心配してるわけじゃないわよ?魔力、送らなきゃいけないし。」

「分かってるよ。ありがとうな。」


「——では、始めるぞ。」


グレイの動きが見えなかった。

気づいたら、左腕に何かが刺さっていた。


こ、怖い。

覚悟していたつもりだったが、いざ始まるとなると腰が引ける。

意識が、遠くなっていく。


エルナの手の温かさだけが、最後まで残っていた。







目が覚めると、白い天井があった。

何か、視界の端にインターフェースが映っている。

なんか、ゲームのプレイ画面みたいだな。


「……。」


体が、重い。

でも、痛みはない。


右腕を、見た。


義手だった。

金属と魔石で構成された、精巧な腕。

手のひらに、魔石の輝きが見える。


指を、動かそうと試みる。

何の違和感もなく、動いた。


「あ、ジュディ!目が覚めた?」


カイラが、椅子に座って端末をいじっていた。


「……あぁ。」

「よかった~。グレイさん、すごかった!何かね、完成が見えてて逆算して動いている感じ!」


カイラが興奮した様子で話している。

何か、技術者として通じる部分があったのだろうか。


グレイが、カウンターの奥から顔を出した。

眼鏡をかけ直していた。

また、くたびれた店主に戻っていた。


「し、C型シュトーンウィアの換装、せ、成功です。」


噛んでる。噛んでるよこの人。

やっぱり、普段から眼鏡は外しておくべきだと思う。


「あ、あと、魔力量が増えたので、エルナさんからの依頼もた、対応しております……。」

「え、依頼って?」


エルナが、腕を組んで立っていた。


「一応、今後必要そうなものを一緒に入れておいたわ。」

「……事前に相談してくれよ。」

「ごめんなさい。でも、ストーンウェアを入れる時点で何かしらシステムのインストールは必須になるわ。」


それは、そういうものなのか?


「それに、あなた起きてたら嫌だって言うでしょ?」

「ま、まぁ、確かに言うと思うけど……。」


エルナなりの気遣いなのだろうか?

いや、ガタガタ言われるのが面倒だっただけだな…。


「い、インストールしたのは三つです。自動照準アシスト、網膜分析アシスト、脳内通信システム。そ、それぞれ説明しましょうか?」


グレイが、端末を操作しながら淡々と説明した。


・自動照準アシスト

——銃や魔術の放出先をアシストする。


・網膜分析アシスト

——網膜内に情報を表示できる。弾数、人の概要情報、スキャン機能。


・脳内通信システム

——端末なしで相手と通信やメッセージのやり取りが可能になる。


「……どうりで、視界の隅で何かチラつくわけだ。」

「文句を言わないの。」

「どんどん、なんか、『離れて』いくな。」


確かに、便利なんだろう。

生き抜くためには必要なものなのだと理解できる。

おそらく、それなりに強くもなった。


——でも。


俺は、義手を見つめた。

この世界に来た時、俺は何も持っていなかった。

ストーンウェアも、魔力も、知識も、何もなかった。

今の俺には、全部ある。


「今の俺は、世界に来たときの俺なのか。」


思わず、声に出ていた。

エルナが、俺を見た。


「……なんとなく、言いたいことは分かるわ。」

「ごめん。今更って感じだよな。」


本当に帰れるのか、とか。

帰った時、元の俺に戻れるのか、とか。

そういう疑問が、まだ消えていなかった。


「ジュディ。私は、あなたに生きていてほしい。」


エルナが、静かに言った。


「大丈夫よ。ジュディ。あなたは、大丈夫。」


その言葉が、どこか遠くから聞こえた気がした。





第二十七話、お読みいただきありがとうございました!


ジュディ再生と言いつつ、大幅なパワーアップをした回でした。

ただ世界においては、ようやくスタートラインに立った程度。

うじうじすんなよ、ジュディ。


明日も20:10に更新予定!

ブクマやコメントをすると、明日魔力量が増えるかもしれません。

よろしくお願いします!

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