表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

27/50

第二十六話「大事な後始末」

カルディアに戻ったのは、翌日の昼過ぎだった。


輸送車をカルディアの郊外に乗り捨て、ガレスに手配してもらった別の車で街の中へ入った。

偽造IDは、まだ使えた。


工房に着き、すぐにエルナと共にガレスに通信を入れる。

ヴィンとカイラは一旦、居間で休んでもらっていた。


「ジュディ。エルナ。無事か。」

「なんとか…な。」

「……そうか。」


ガレスは短く答えた。

その言葉には、普段では感じ取れない感情が見えた気がした。


「早速、報告を聞こうか。」


俺は、カリドでの一部始終を話した。

転送装置の奪取。クロウの死。ライアスのこと。

ガレスは、途中で一度も口を挟まなかった。

最後まで聞いてから、静かに言った。


「……よくやったな。」


それだけだった。


「転送装置は?」

「カイラが持っているわ。今のままじゃ使えないらしくて、解析を進めるらしい。」

「そうか。あの装置は、今のところこの場ではカイラにしか扱えない。このままカルディアで研究を続けさせるのが最善だろう。」


カイラが行なっていたのはあくまでも製造のみ。

それでも、転送装置に関する知識で言えば、カイラの右に出る者はいないだろう。

妥当な落とし所だと思った。


「流石に、MANAはすぐには動かないか?」

「しばらくはな。なんせ、ノヴァは閉鎖的な都市だ。外に動きを見せるまで、相当な時間がかかる。その間に準備を整えておけ。」

「……そうか。」


俺は、少し間を置いた。


「……クロウのことなんだが。」

「お前の事だ、遺体を家族に届けたいんだろう?」

「あぁ。カルディアにいると聞いた。」


ガレスが、少しだけ黙った。


「ジュディ。通常、仕事に関わった人間が遺体を届けることはない。親族からの逆恨みのリスクもある。傭兵として登録しているギルドを経由して送るのが筋だ。」

「それでも、俺が届けたい。」


思わず、即答してしまう。

ガレスは、また黙った。


「……そうか。」


それだけだった。

止めなかった。


「お前の今後についても、話がある。」


ガレスが続けた。


「帰還には、まだ二つの問題が残っている。」

「異世界への干渉と、時間・場所の問題だよな?」

「あぁ、望みは薄いが、その問題を調査できる場所がある。」

「調査できる場所?どこだ?」


「——フィーレだ。」


エルナが、露骨に嫌な顔をした。

何か曰く付きの場所なんだろうか。


「フィーレには、魔術の歴史が深く根付いている。現在は禁術とされている文献も、あそこなら残っているはずだ。生活工房が管理する『世界魔法図書管理局』——まずはそこへ行け。」

「……私であれば、『一応』、入れるわね。」


エルナが、静かに言った。

顔が怖い。


「エルナ。お前にとっては近づき難い場所だろう。」

「えぇ、そうね。でも、いいわよ。」


エルナの声は、感情を殺したように平坦だった。

さっきから、いったい何を考えているのか。


「ちょうど、私も用事があったし。」


それ以上は言わなかった。

「用事」が何なのか、俺には聞けなかった。


「今回、俺のサポートは必要ないだろう。MANA側に進展があれば連絡する。」


——ではな。

そう言って、ガラスは通信を切った。







その日の午後。


俺はヴィンの運転する車の助手席に座っていた。

車窓から、カルディアの住宅街が流れていく。


手元の端末には、ガレスから送ってもらった住所が記載されていた。

クロウの家族が住む場所だ。


エルナとカイラには、工房に残ってもらった。

昨日から、ろくに休めていないだろうし今回のことは完全に俺のエゴだから。


ギルド経由で届ける。

それがガレスの言うやり方で、正しいやり方なのは分かっていた。


——でも。


俺は、自分の手で届けたかった。

何故だか、そうするべきだと思った。


「さて、着いたぜ」


ヴィンがそう言って、車を止めた。

右手には、こじんまりとした、一軒家があった。


「ヴィン。お前も疲れてるのに、悪いな。」

「かまわねぇさ。本当に、行かなくていいのか?」

「あぁ。これは、完全に俺の我儘だしな。」


そう言って、車を降りた。


家の呼び鈴を押す。

しばらくして、扉が開いた。


小柄な女性だった。

年齢は、四十代くらいだろうか。

口元が、クロウに似ていた。


「……はい。アルマ・ウインドウです。」

「突然すみません。え〜、ジュディといいます。クロウと、一緒に仕事をしていました。」


アルマの顔が、少しだけ強張った。


「……何か、ご用ですか?」

「…………亡骸を、届けに。」


その言葉を捻り出すのに、時間がかかってしまった。

まだ、どこかでクロウが死んだことを否定したい思いがあるのだろうか。


「……そうですか。」


静かに、アルマは受け入れた。

既に、クロウが亡くなったことを知っているのだろう。


「どうぞ。上がって行って?」


俺は、お邪魔することにした。

通された居間は、質素だったが整っていた。

テーブルに、小さな花が飾ってあった。


「あいつが、世話になったようで。」

「いえ。俺の方が、世話になりました。本当に…。」


しばらく、沈黙が続いた。


「なんで……。」

「はい。」

「なんで、届けてくれたの?普通は、ギルドから送られてくるって、聞いたから。」

「……すみません。俺にも、よく分かりません。」

「……。」

「ただ、このまま向き合わないのは違う気がして。けじめを、付けたかったんだと思います。」


アルマは、しばらく黙っていた。

俺の身勝手に付き合わせていることに、今になって気づく。

なんだか、居た堪れなかった。


「……そう。あなたは、誠実な人なのね。」

「いえ、そんな……。」

「いいのよ。今のあなたを見れば、クロウの友達ってことは分かったわ。」

「……。」

「いい、友達を持ったわね。クロウは。」


やめて、欲しかった。

そんな、救われるために来たわけではなかった。

いや、俺は、許してほしかったのか?


「ありがとう……ございます。」


その言葉を捻り出した直後、

居間の奥から、気配がした。


黒い髪のロングヘアの女の子が、姿を現した。

口には、棒付きのキャンディが咥えられていた。

学生だろうか?ブレザーに身を包んでいる。

目が、鋭かった。


「……あんた、誰?」


静かな声だった。


「初めまして。ジュディと言います。」

「兄貴の、何?」

「……向こうはわからないですが、俺は、親友だと思ってます。」

「あー、敬語いいよ。同じ年くらいでしょ?」

「あぁ。」


突如、アルマが声を上げる。


「こら、サヤ。挨拶くらいしなさい。」


サヤと言われた少女が、ジト目で母親を見る。

なんとなく、そのやり取りには愛情が感じられた。


「……サヤ。」

「え?」

「サヤ。私の名前。サヤ・ウインドウ。」

「あ、あぁ。よろしく。」

「あんた、兄貴の側にいたの?」


静かな、声だった。


「……いた。」


サヤが、俺を見た。

しばらく、何も言わなかった。


「いつか、こうなるじゃないかって、思ってた。」

「……。」

「あいつ、バカだよね。」


俺は、何も言えなかった。


「魔力弱いくせにさ。稼ぎがいいからって傭兵やってさ。お前はアカデミーへ行けなんて、偉そうに。頼んでないっつーの。」


サヤの声が、少しだけ揺れた。


「本当に、、、バカだよ。」


サヤは、泣いていなかった。

ただ、棒付きキャンディを口の中でゆっくりと動かしていた。

その仕草が、クロウに似ていた。


俺は、頭を下げた。


「あいつが死んだ時、俺は隣にいました。何も、何もできませんでした。本当に、申し訳ありません。」

「……あんたさ。」

「……。」

「多分、兄貴に気に入られてた。自分の気持ちに正直で、貪欲。好かれるタイプだよ。」


足音が遠ざかり、また近づいてくる。

俺は、頭を上げることができない。

二人の顔を、見ることが、怖い。


「ジュディさん。頭を上げて?」

「……はい。」


恐る恐る、顔を上げてアルマを見る。

その手に、何か握られていた。


「あの子が、昔使ってたの。多分、あなたが持っていた方が、あの子も喜ぶと思って」


それは、オイルライターだった。

中央に羽の刻印がされている。

使い古されていたが、見すぼらしくはなかった。

きっと、大切に使われていたのだろう。


「ありがとう、ございます。」

「お礼を言うのは、こちらの方よ。ありがとう。あの子の為に、心を痛めてくれて。」


アルマは、優しく俺の肩に触れる。


「また、いつでも来て。」


クロウの優しさの理由が、分かった気がした。







亡骸の引き渡しを済ませ、帰路につく。

ヴィンの運転する車が、工房の前で停車した。


「お〜〜っし!到着だぜぇ。お客様!」

「あぁ。何から何まで悪いな。」

「いいってことよぉ!俺とお前の仲だろうぉ?」


いったいどんな仲なんだか……。

いつもの陽気な声だったが、目が少しだけ赤かった。


そのまま、車を降りようとして異変に気付く。

ヴィンが、微動だにしない。


「どうしたんだよ?」

「なぁ、ジュディ。」

「なんだ。」

「俺も、帰ろうと思う。仕事も終わったし、カリドに拠点もあるしな。」


一瞬、面を食らったが理解はできた。

ただ、色々と疑問は残る。


「カイラはどうすんだよ?」

「おいおい。カイラは今やイグニスからのお尋ね者だぜぇ?帰れる訳ねぇだろ?」

「いや、そうじゃなくて、一言挨拶くらい——」

「なぁに!今生の別れって訳じゃねぇんだ!絶対また会えるさ!」


最後まで、陽気で明るくて憎めない奴だ。

俺は頷き、そのまま車を降りる。


ヴィンが、車のミラーを開けた。

何か言おうとして、でも言葉にならないようだった。


「ヴィン。」


俺は言った。


「お前がチームにいてよかった。本当に。」


ヴィンは、少しだけ笑った。


「……俺もだ!じゃあな。」


それだけ言って、ヴィンは車を出した。

車の排気ガスだけが、その場には残された。


「……。」


俺は、タバコを取り出して火を付ける。

そのまま、クロウのオイルライターを見つめた。

失った虚無感と、残った温かさが胸の中に詰まる。


——ビュウォ。


突如、追い風が吹いた。

カルディアでは、珍しい突風だった。

……クロウに、背中を押された気がした。


「ふぅ〜。」


煙を吐き出す。

もう、煙は目に染みなかった。







工房に戻ると、カイラが居間に荷物を広げていた。

かなり広範囲に渡って何に使うかわからないものが並べられている。


「あ、おかえりぃ。」

「ただいま。……遠慮がないな。」

「ここに住んでもいい?」

「いや、交渉下手すぎない?」


単刀直入というか、会話がすっ飛んでる。

カイラは、「何が?」と頭を傾げている。


エルナが、奥から顔を出してきた。


「あら、ジュディ。おかえりなさい。」

「あぁ、ただいま。」


そういえば、帰りの挨拶をしたのは初めてかも知れない。

この世界において、この場所は僕の帰る場所になったんだと認識する。

なんだか、複雑な気分だった。


「あれ?ヴィンはぁ?」


カイラがキョロキョロと見渡し、俺に聞いてきた。


「あぁ、ガリドに帰ったよ。俺も、一言くらい挨拶すれば?って言ったんだけど」

「そっか。確かに仕事も一区切りついたしね!」


意外と、カイラはさらっとしていた。

まぁ確かに、通信とかやろうと思えばいつでも出来るしな。


「それで、エルナの工房に住みたいって?」

「うん。っていうか住む。」


確定になっちゃったよ。

俺は、思わずエルナを見る。

だって、ここの家主はエルナだし、俺に決定権はない。


「ま、まぁ、いいわ。ただし、工房の器具には勝手に触らないこと。」

「エルナ!ありがとうぉー!」


カイラがエルナに抱きついた。

そのまま、首筋へと顔を埋める。


「ちょ、ちょっと!ベタベタしないで!」

「あはは!顔真っ赤!エルナ可愛い!」

「……。」


俺、ここに居ていいんだろうか。

急に居心地の悪さを感じる。


「正々堂々といこうね!エルナ!」

「……なんのことよ?」


本当に何のことなんだろう?


「それと、」


カイラが転送装置を取り出した。


「これの調整をここでやらせてほしいの。機材は問題ないし、ハードウェアの調整ができれば明日には動かせると思う。」


転送装置は、拳銃ほどの大きさの機械だった。

確かに、思ったより小さい。

先端が横に細長く、スキャナーのようになっている。

手元にはディスプレイ。タッチパネルで、ここで情報を入力するようだ。


「今夜、早速進めていい!?」


カイラの目が、少しだけ輝いていた。


「「ど、どうぞ」」


思わず、俺とエルナは同意してしまう。

こ、この子。つ、強い。







翌朝。


工房に降りると、カイラが机に突っ伏して眠っていた。

床には、解析メモと配線が散乱している。


ぼさぼさの髪。

目の下のクマ。


物事に集中するとこうなるのか。

あるいは、ライアスのことを考えないようにしているのか。

どちらかは、分からなかった。


しばらくして、カイラが目を覚ました。


「あ、おっはー。」


お、おっはー……。

あるのか?この世界にも、朝の番組が。

そんな陽気な挨拶とは、裏腹にカイラの目は死んでいた。


「……もう少し、寝ててもいいんじゃないか?」

「大丈夫……。あ、調整、終わったよ。見てて。」


カイラが、ぼんやりした目のまま転送装置を手に取った。

部屋の端に空き缶を一つ置き、5メートル先の机を転送先に指定する。


——起動。


空き缶が、光の粒子となって霧散するように消えていった。


静かに。

まるで、最初からそこにいなかったかのように。


やがて、5メートル先の机の上に光の粒子が現れた。

少しずつ集まり、形を成していく。


空き缶だった。


綺麗だと思った。


「……。」

「一歩、進んだね。」


カイラが、そっと言った。

その声は、眠そうなままだったけれど。

でも、確かな手応えを含んでいた。


俺は、その空き缶をしばらく見ていた。


——明里。


進んだ。

みんなのおかげで一歩。でも、着実に。


でも、何故か。

俺は、俺のままで、本当に帰れるのか。


そんな、疑問が浮かんで離れなかった。





第二十五話、お読みいただきありがとうございました!


息抜き回と言いつつ、結構しんみりした回になっちゃいましたね。

ちょっと後半は明るくなりましたが。


今回、初めてジュディが「ただいま」と言いました。

何気ない一言ですが、帰る場所が他にあろうと、自分の居場所はできるものなのかな。


ブクマやコメントをしてくれると、毎日「おかえり」と作者がいいます。

明日も20:10に更新予定です。

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ