第二十五話「空がある夜の下で」
目が覚めると、揺れていた。
天井が、低かった。
金属の壁。
小さな窓から、砂漠の景色が流れていく。
——おそらく、輸送車の中だった。
「お!起きたなぁ~!?」
ヴィンの声がした。
運転席から、バックミラー越しにこちらを見ている。
「……ヴィン。」
「よかったぜ……。マジで心配したんだぞ?」
体を起こそうとして、右腕に鈍痛が走った。
左腕だけで、ゆっくりと上半身を起こす。
右腕に、包帯が巻いてある。
どうやら、あれから適切に処置をしてくれたらしい。
あのときのような耐え難い苦痛はなくたっていた。
いや、痛いは痛いのだけど。
「エルナとカイラがよ。処置してくれた。二人とも、ず~~~~っとそばにいたんだぜ?」
「……それは、ちゃんとお礼を言わないとな。……今は?」
「後ろで寝てるよ。あのままだと、二人もぶっ倒れそうだったから大変だったんだ。」
振り返ると、二人が毛布をかけて眠っていた。
二人とも、顔が少しだけ青白かった。
……申し訳ない。いや、ここは、ありがとう。かな。
「輸送車の中によ。食料も医療器具も一通り揃ってたんだ。」
ヴィンが続けた。
「ライアスが用意してたんだろうなぁ~。MANAへそのまま移動するための準備だったんだと思うぜ?そのおかげで、おめぇ~さんもなんとかなった。結果オーライだな!」
ライアスが、用意していた。
俺は、天井を見上げた。
なんだか、あいつには一生勝てない気がする。
「……今は、どこに向かってるんだ?」
「カルディアだよ。エルナが言うには、まず郊外に潜伏する。その後、ガレスに連絡して、街の中に入れるよう手続きを済ませるって言ってたなぁ~。」
「……そうか。」
「目的の転送装置は、カイラが確保してる。ちゃんと、あったぜぇ~。意外と小せえのな!お前も見たらびっくらこくぜ。」
「なんだよ。それ。」
そうか。あったのか。
無事、目的は達成した。
でも、なぜかその言葉は、俺の中で軽かった。
それよりも、今は気がかりなことが、俺にはあった。
「……ヴィン。」
「あんだ?」
「……クロウ、、は?」
「…………ダメだった。」
ヴィンの手が、ハンドルを握り直した。
「後ろの寝袋に、亡骸がある。」
振り返ると、荷台の隅に、それがあった。
「今は腐敗しないように、エルナが魔術で凍結させてくれてる。お前は、見ねぇほうがいい。」
「……そうか。」
俺は、しばらくその寝袋を見ていた。
何も考えられない。
というより、何を思えばいいのか。分からなかった。
ヴィンが、静かに言った。
「……俺、何もできなかったな。」
「ん?」
「後方支援で、インカムで状況を伝えることしかできなかった。クロウが死んで、おめぇが腕を失って。俺は、な~~んもしてないのに、ここにいる。」
ヴィンの声が、いつもの陽気さとは全然違った。
「ヴィン。それは違う。」
俺は言った。
「お前がいなかったら、作戦は成立しなかった。ハッキングも、輸送時刻とルートの確保も、全部お前がいたからできたことだ。」
「でも——」
「それぞれが、それぞれの役割を全うした結果だ。お前の仕事は完璧だったよ。」
「っへ。お前、人が良すぎるぜ。でも、そうだな……。あんがとな。」
「……。」
「気休めかもしんねぇけどよ。その言葉で、少し軽くなった気がするぜ。」
ヴィンは、しばらく黙っていた。
「……クロウに、家族がいたの知ってるか?」
「そうなのか?」
「あぁ、丁度カルディアにな。詳しくは知らねぇけど、たまに送金してるって言ってたぜ。」
「……届けよう。」
思わず、即答してしまった。
でも、そうするべきだと、真っ先に思った。
「カルディアに入れるようになったら、クロウをちゃんと届けよう。家族のところへ。」
「……あぁ。おめぇはやっぱ。いい奴だよ。」
止めてくれ。
俺は、もう、そんなんじゃない。
ただの人殺しだ。
—
カルディア郊外に着いたのは、夜遅くだった。
街の灯りが、遠くに見えた。
全員で相談し、今日はこのまま輸送車で過ごすことになった。
全員で簡単な食事をとり、また眠りにつく。
みんな、精神的にも肉体的にも疲弊しきっていた。
それぞれの寝息が、車内に反響する。
俺は、眠れなかった。
車中の隅で、毛布を羽織り腰掛ける。
今日の出来事が、ぽっと出ては消えるを繰り返す。
そんな中で、誰かが、俺の隣に座ってきた。
……カイラだった。
「ジュディ。」
静かな声だった。
「……意識が戻って、よかった。」
「ごめん。心配かけたな。」
カイラは、膝を抱えてうつむいた。
「カイラ。腕の怪我、平気か?」
「……。ジュディが言うの。なんか。変。」
「え?別に変じゃないだろ?」
「ジュディより全然平気だよ。ジュディ、死んじゃうかと思ったんだから。」
「ごめんな。」
しばらく、何も言わなかった。
俺も、何も言わなかった。
やがて、カイラが口を開いた。
「ライアスとね、最後に少しだけ話せたの。」
「そっか……。ライアスは、最後、何て?」
「……うんっとね。」
カイラは、少しずつその時のことを教えてくれた。
今にも、消えそうな声で。
—
ジュディの方から銃声がした直後、ジュディが倒れた。
何が起こったか、分からなかった。
——ダメ!
ジュディ。死んじゃダメ。絶対ダメ。
これ以上は、こ、ここれ以上は、誰も、死なないで。
お願い。お願いします。
体が上手く動かない。
私は、這いずるようにジュディに近づく。
呼吸が浅い。顔が青白い。
なにか。何かしなきゃ。なにか。
「カイラ。」
顔を上げると、ライアスが立っていた。
胸から血が滲み、広がっている。
「ジュディは、問題ない。この程度で死ぬようなタマじゃない。」
「……でも!」
「エルナが、もうすぐここに来るはずだ。まずは止血を優先しろ。火の魔術で、傷口を焼くんだ。いいな?」
「……うん。」
ライアスが、その場に腰を下ろす。
静かな目で、私を見つめていた。
「俺の、負けだ。」
「……ううん。」
「嬉しいか?」
「……悲しい。」
私は、ライアスを見た。
上手く、言葉が出せない。
「ジュディが来てくれたから。私じゃなくて、ジュディが——でも、それは私がやらずに済んだってだけで、で、でも——」
「このガキは、大した奴だよ。本当にガキなのか?面構えが違う。」
ライアスが、小さく笑った。
口から、血が滴ってきている。
「こいつが、何もかも背負う覚悟を示してくれた。俺からも、感謝を伝えておいてくれ。」
「……うん。」
「カイラ。俺も、もう長くない。最後に、いいか?」
「い、嫌だ!」
思わず否定してしまった。
幼稚な駄々のように。
この人の前だと、私は本当に、ただの子供に戻ってしまう。
ライアスの声が、少しだけ柔らかくなった。
「お前に、罪なんてない。その人を助けたいという思いは、何も間違っていない。脅迫観念からの思いであっても、その思いは本物だ。」
「……。」
「お前はお前のまま、その理想を追いかけろ。あと、恋も。ライバルがいるようだが、負けるなよ?」
思わず、少し笑ってしまった。
こんな時に、そんなことを言う。
お父さんは、全部お見通しだな。
「俺の遺体は、このままでいい。どうせ、どこにも行く宛も、お前以外に残すものもないからな。」
「……そんなこと——」
「奪ってばかりの人生だったが、最後は何も奪わず、希望も残せた。悔いはない。」
ライアスが、私の頭に手を置いた。
「カイラ。自分を大事に。友を大事に。思いを大事に。な。」
それだけ言って。
ライアスは、事切れた。
座ったまま。何かをやり遂げたように。
その顔は、なんだか笑っているように見えた。
—
一通り話し終えた後、カイラの目から涙がこぼれた。
声を押し殺しながら、肩が震えていた。
俺は、そっとカイラを抱きとめた。
カイラは、しばらく泣き続けた。
泣き疲れて、そのまま眠ってしまった。
俺は、毛布をかけた。
「ライアス。」
俺は一人で、届くかも分からない言葉を呟く。
「重てぇよ。クソじじい。」
………………。
…………。
……。
カイラをそのままそっと寝かせて、俺は外に出た。
少しだけ、外の風に当たりたかった。
夜風が冷たかった。
荷台から、クロウの煙草を一本取り出し、火をつける。
煙が、夜の空に溶けていく。
カリドの地下にいると、空がなかった。
でも、ここには空がある。
月明かりが、この場所を照らしていた。
まだ、クロウが近くにいる気がした。
あいつは、今の俺になんて声を掛けるだろうな…。
「ジュディ。」
後ろから、声をかけられた。
エルナだった。
起きていたのだろうか?
何も言わず隣に来て、月を見上げている。
まるで、俺の言葉を待っているようだった。
「あいつ、クロウとはさ。」
言葉が、勝手に出てきた。
「まだ、出会って三、四日とかなんだよ。お互いのこと、全然、知らない。」
エルナは何も言わなかった。
「最初は、いけ好かないやつだって、ちょっと思ってた。でもさ。なんでかな。話してる内に、なんか、ずっと長いこと一緒にいたみたいな感覚があったんだよな。お互いが、お互いのやりたいことを分かるっていうか。別に、同じ空間にいることが自然っていうか。」
煙草の煙が、夜に消えていく。
「向こうは、どう思ってるか、分かんないけどさ。こういうの。親友って言っていいんじゃないかなって。」
エルナが、後ろからそっと俺を抱きとめた。
そのまま、俺の手を握る。
その行動が、言葉で伝えきれない何かを伝えてくれている気がした。
「……。」
「……。」
目が、滲んだ。
この煙草、メンソールがきつくて、目に入ると染みるんだよな。
クソ。
転送装置の奪取には成功した。
目的は達成できたはずだ。
でも、なぜだか。
俺の胸には穴が空いていた。
この穴は、塞がることがなさそうだ。
月明かりが、二人を照らしていた。
第二十五話、お読みいただきありがとうございました!
こちらで、第二章は完結です。
正直、読んでてしんどい章だったと思います。
付き合ってくれた皆様、本当にありがとうござます。
お楽しみいただけましたか?
拙い文章ですが、これからも投稿を続けていきます。
次回からは間章がスタート!
明日も20:10に更新予定です。
ブクマやコメントをしてくれると、嬉しいな。
よろしくお願いします!




