第二十四話「悪の基準」
砂漠の中。
カイラは俺に、銃口を向けていた。
皆を幸せにするために、人の命を奪う覚悟。
その姿に、かつての自分自身を重ねてしまう。
しかし、そんなことはさせない。
カイラには、誰の命も奪わせない。
転送装置で出来る犠牲は、俺が背負う。
しかし、一つだけ誤算があった。
——引き金を、引けない。
構えている拳銃には麻酔弾が仕込まれている。
当たったとしても、死ぬことはまずない。
それなのに、引けない。
彼女を傷つけることが。
その覚悟を踏みにじることが、できない。
「……。」
「……。」
沈黙。
この状況は、互いに覚悟していたはずだ。
それでも、互いが互いの思いを貫くことができない。
「お父さん、私は。」
カイラが呟く。
その目には、涙が浮かんでいた。
「私はね。あの時の、あなたのように人を救える人間になりたい。」
「なればいい。お前なら、必ずなれるさ。だから、ここは……。」
「今のあなたは、私のために多くの人を犠牲にしようとしてる。」
そんなもの、覚悟の上だ。
カイラは続ける。
「私は、あなたのように人を救いたい。たとえ、今のあなたを殺すことになっても。」
あぁ、そうか。
この子は、それだけの覚悟をしてきたのか。
無性に、それが嬉しかった。
しかし、そんなことはさせない。
お前を人殺しにはさせない。
俺と、同じ轍を踏ませない。
カイラの指先に、力が籠る。
俺も、すかさず引き金を引く。
——パン!
銃声は、同時だった。
—
俺は、砂漠の城壁へ向けて駆けていた。
右腕がないせいか、上手く走ることができない。
体勢を時折崩しながら、前に進む。
クロウ。ザイン。エルナ。
様々な思考が頭の中を飛び交うが、今は一点だけに集中する。
「——カイラ!」
おそらく、俺の予想が正しければ、城壁の中にいるのは今出会ってはいけない二人。
その先の結末に関しては、どう転んでも誰かの地獄となる。
間に合ってくれ!
——視界が、赤い。
右腕が、熱い。
もうすでに、そこには何もないはずなのに。
ただ、焼けるような幻の痛みが、俺の脳髄を刺す。
「はー。はー。はー。」
呼吸の仕方を忘れたみたいに、喉が鳴る。
一歩踏み出すたびに、砂漠の景色がぐにゃりと歪む。
意識が、遠のく。
ダメだ。まだ、倒れるわけにはいかない。
俺は、残った左手で拳銃を握り直した。
重い。鉛みたいに、重い。
——ついた。
エルナの城壁を抜けた、その先。
カイラが、銃を向けている。
ライアスが、銃を向けている。
親子が、殺し合おうとしている。
「……やめろぉおおおおお!!!」
俺は叫びながら、カイラの元へと駆け出す。
間に合え。間に合え。間に合え!
——パン!
銃声と同時に、俺はカイラに体当たりをした。
砂漠の地面に、二人で転がる。
「——っ!ジュディ!?」
「……大丈夫か。」
カイラの腕に、かすり傷があった。
ライアスの銃弾が、掠めたのだろう。
そのせいなのか、体が震え上手く立ち上がれないようだった。
「……なんで!」
「後で話そう。」
俺は立ち上がろうとした。
足がふらついた。
意識が、もっていかれそうになる。
ダメだ。まだだ。
俺は自分の銃を投げ捨て、カイラの銃を左手で奪った。
そのまま、ライアスへと銃口を向ける。
ライアスは動かなかった。
腕から血が滲んでいた。カイラの銃弾が、掠めていたらしい。
「……なぜ止めた。」
ライアスが静かに問う。
「カイラの覚悟は知ってる。あんたの狙いもなんとなくは予想できてる。」
「なら、分かるだろ。俺の選択が最善で、最良で、最も犠牲が少なくて済む。」
「いや。」
俺は、銃を下げなかった。
「どちらにしても、カイラは自責の念に押しつぶされることになる。だから——あんたは、俺が殺す。カイラを人殺しにはさせない。」
ライアスが、俺を見た。
しばらく、何も言わなかった。
「……本当に、不思議なガキだ。」
ライアスは、ゆっくりと左手をコメカミにかざした。
そのまま、通話を繋ぐ。
「ザイン。この作戦は完了、お前の仕事は終わりだ。そのまま撤退しろ。」
通話を切った。
「……この輸送車は、再起動した時点でイグニスの監視外に置かれている。元々、この計画はイグニスを裏切って、MANAへと寝返る算段だった。この車で、お前たちは好きなところへ行け。」
「……諦めたのか?」
ライアスが、首を振った。
「諦めてはいない。ただ、俺をお前が本当に殺せるなら、お前に賭けることにした。」
「どういう——」
ライアスは、銃を投げ捨てた。
そのまま、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
俺は、銃口を向けたまま動かなかった。
いや、動けなかった。
「俺は、ずっと考えていた。人を救うと言いながら、人を殺し続けた両手をどうするべきなのか。だからこそ、カイラの夢に希望を見つけ、その夢を守ると誓った。」
ライアスが、俺の銃を両手で握りしめた。
そのまま、銃口を自分の胸へとあてがう。
「その誓いを、お前に託す。お前になら、託してもいいと思った。」
「……逃げんじゃねぇ。」
俺は、声を絞り出した。
「誓ったんだろ。なら、そのまま俺達と来い。犠牲を払わずに人を救う方法を、お前も一緒に探せ。」
「それは、無理だ。」
ライアスの声が、静かに揺れた。
「無理なんだよ、ジュディ。娘一人のために、多くの人を殺すことを選択した時点で、俺はもうこの世界にとって『悪』なんだ。俺自身が、もう俺を許せない。」
「許さなくていい。そのままで、なぜ生きる選択をしない?」
ライアスは答えなかった。
「ジュディ。頼む。」
「……。」
砂漠の風が、吹いた。
あぁ、最後に一つ。とライアスが呟く。
「娘を、頼んだぞ。」
——以前、ライアスに言われた言葉が、頭の中で重なった。
「……俺は、あんたが嫌いだよ。」
それだけ言った。
「だから、答えはこうだ。」
——嫌だね。
俺は、引き金を引いた。
『悪』とはなんなのか。
これは、誰のための殺しなのか、もう分からなかった。
—
「ジュディ!」
エルナの声がした。
気づけば、地面に倒れていた。
視界が、滲んでいた。
「しっかりしなさい!」
「……試作品。」
「え?」
「カイラ、試作品は……。」
「もう、確保してある。」
カイラの声が、遠くから聞こえた。
「ジュディ、ありがとうぉ……。」
俺は、それだけ聞こえた。
「エルナ、ライオスは——」
「ごめん。今は喋らないで。痛むわよ?」
エルナが、杖を俺の右腕にあてがった。
——ジュッ。
焼けるような痛みが走った。
「が、っあああ——!!」
「お願い、我慢して。傷口を塞がないと…。」
エルナの声が、震えていた気がした。
「……エルナ。」
「喋らないで。」
「クロウが——」
「喋らないでって言ったでしょ。」
エルナの手が、俺の肩を強く押さえていた。
砂漠の空が、目の前に広がっていた。
カリドの地下にいて、しばらく忘れていた。
そういえば、空って、綺麗だったな。
第二十四話、お読みいただきありがとうございました。
誰も正しくなくて、でも、間違ってもいない。
次回、第二章の最終回です。
明日も20:10に更新予定です。
ブクマやコメントをしてくれると嬉しいです。
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