第二十三話「誰がために」
土の城壁が、砂漠の真ん中に聳えていた。
輸送車を完全に囲んでいる。
ところどころに、人が一人通れるほどの穴が空いていた。
カイラは立ち止まり、その穴を見た。
「……エルナ、すごいなぁ。」
静かに呟いた。
あの一瞬で、逃走経路まで想定して穴を空けていた。
あの短時間で、ここまで計算していた。
カイラは穴をくぐり、防壁の内側に入った。
輸送車が、目の前にある。
試作品は、この中にある。
「——来ると思っていたよ。」
声がした。
輸送車の陰から、ライアスが出てきた。
スーツは砂埃で汚れていた。
手には、銃を持っている。
「……ライアス。」
「カイラ。」
二人は、銃を向け合った。
ライアスの目が、静かだった。
怒っても、悲しんでもいない。
ただ、静かだった。
「話を聞いてくれるか。」
「……わかった。聞くよ。」
カイラは銃を下げなかった。
「この転送装置が、MANAの手に渡れば——お前は消される。」
カイラは、目を細めた。
「試作品とはいえ転送装置が手に入れば、MANAは開発者を生かしておく理由がない。お前はただの邪魔者だ。」
「……そんなことは、大した問題じゃない。」
「大した問題じゃない?お前の命だぞ?」
「えぇ。問題なのは、その装置の使われ方。だから、私はここに来たの。」
「……。」
ライアスは少し間を置いた。
「俺は、MANAと交渉した。お前も転送装置と共に届ける。MANAの内部で、装置の開発と改良を続ける。その代わりに、お前の命を保証させる。」
「……それが、あなたの計画なのね。」
「お前を守るために、考えた最善だ。」
カイラは、ライアスを見た。
「ライアス。私はね、MANAの研究者から聞いたの。あの転送装置を何に使うか。」
「……。」
「敵の拠点に瞬時に転移して、主要人物を暗殺する。ノヴァが一方的に殲滅できる。そう言っていた。」
「それが、争いというものだ。」
ライアスの声は、揺れなかった。
「企業間で戦争をしている。それは当然のことだ。ただ、それもノヴァという都市が全ての都市を侵略するまでの話。世界は一つの企業によって統一され、平和になる。その後、転送装置は多くの命を救うことになる。この世には、必要な犠牲もある。」
「——嫌よ。」
カイラの声が、静かに響いた。
「私は、人を救ってみんなを幸せにする義務がある。あの装置は、そのために作ったの。」
「カイラ。」
「これ以上、沢山の人を犠牲にして手に入れる平和なんて、私はいらない!」
ライアスが、一歩踏み出した。
「俺は、お前に生きていてほしい。その理想も守りたい。」
その言葉が、砂漠の乾いた空気に溶けた。
「お前が、このまま無理やりにでもMANAへと連れて行かれれば、その犠牲はお前の罪ではない。転送装置における犠牲者は、俺が殺したも同然だ。」
「それは屁理屈よ。私はそんなことを望んでいない。」
「それでも、言い訳にはなるだろう?」
「……。」
カイラとライアス。
それぞれが、それぞれの大切なものを守るために銃を向け合っていた。
まだ見ぬ人のため。
たった一人のため。
どちらにも、間違いなどなかった。
—
二十年前。
世界は第二次魔術大戦の最中にあった。
俺の故郷であるアッシュ・タウンは、その主戦場だった。
俺は、兵士として戦場にいた。
志願したのは、自分の街を、家族を守るためだった。
それ以外に、理由はなかった。
殺した。
殺して、殺して、殺し続けた。
自分の家族が生きていられるように。
自分の友人が笑っていられるように。
どれだけ殺しても、戦争は終わらなかった。
どれだけ殺しても、仲間の誰かが死んでいった。
やがて、アッシュ・タウンは、敗北を宣言した。
俺は、戦場から家族の元へ走った。
焼け野原だった。
あれだけの人を殺したのに。
あれだけの血を流したのに。
守れたものなど、何一つなかった。
それから、俺は傭兵になった。
スパイになった。
暗殺者になった。
——全ては、平和のため。
自分と同じ人間をこれ以上増やさないために。
でも、やり方が分からなかった。
人の命を奪うことでしか、人を救う方法を知らなかった。
ある日。
俺は暗殺に失敗した。
暗殺対象の部屋に、生まれたばかりの子供がいた。
ただ、それだけのことだった。
それだけのことで、俺の指は鈍り、引き金を引くことが出来なかった。
その結果、小さな街が一つ消えた。
俺が止めようとした戦火が、その街を飲み込んだ。
もう、何度も見た焼け野原が広がっていた。
——限界だった。
人を救おうとしても、人は死ぬ。
人を救えなくても、当然、人は死ぬ。
その輪廻に、俺は押しつぶされそうになっていた。
そんな時。
焼け野原の中に、一人の子供がいた。
この世界に絶望して、死ぬことに安堵している。
そんな顔をしていた。
そんな、目をしていた。
無理だった。
これ以上、失いたくなかった。
生きていてほしかった。
「——生きてくれ。頼む。お願いだ。」
俺は、その子供を抱き上げた。
名前も知らない。どこの誰かも知らない。
ただ、この子だけは生きていてほしかった。
それだけだった。
—
カイラを育てた。
自分の心が壊れないように。
ただ、その一心で。
ある日、カイラが俺に言った。
「ライアスみたいになるには、どうしたらいい?」
「……俺みたいに、か。」
俺みたいに。
そんな言葉が、彼女の口から出るとは思わなかった。
「うん。困っている人のそばに行って、助けてあげられる人に。」
俺みたいに、と言った。
でも、彼女が見ていた俺は、あの焼け野原でカイラを抱き上げた、その一瞬だけだった。
不可能な話だと思った。
世界は広すぎる。
みんなを幸せになどできない。
だから、その場は適当にあしらった。
「勉強しろ。なんでもいい、面白いと思うものを。」
それだけ言った。
しばらくして、カイラはまた俺に言ってきた。
「ライアス。転送装置って、作れると思う?」
「さあな。」
「もし作れたら、すごくない?どこにでも一瞬で行ける。遠くで困っている人を、すぐに助けに行ける。」
俺は、目を見開いた。
——奪う以外の選択。
——殺す以外の方法。
ただ純粋に、人を救う手段を真っ直ぐに考えて、実行しようとしていた。
その言葉に、俺は——救われた。
おそらく、上手くいかないだろうと思った。
悪意のある人間によって、人を殺す手段としても使われることは容易に想像できた。
しかし、それでも、彼女の選択は正しい。
純粋に、皆を救いたいというこの願いは、なんとしても守り抜かなくては。
俺は、誓った。
もしこの子が、人を救うために何かを犠牲にする選択を迫られた時。
俺が、その犠牲に伴う罪を背負う。
この子だけは。
絶対に、守ると。
第二十三話、お読みいただきありがとうございました。
ライアスおじさんの過去回です。
カイラを守るおじさんの決意、ご賞味いただけましたでしょうか。
前回、あれだけ温度高めに駆け出したジュディですが、今回はお休みです。
急げよお前。
明日も20:10に更新予定です。
ブクマやコメントをしてくれると、何してほしいですか?逆に。
よろしくお願いします。




