第二百十二話「見る目があった」
私は、レガシーコードを起動し、エミリの処置を進めていた。
……全て、問題なし。
あくまでも、『私の戦場』では。
「……っ。」
周りの状況は、芳しくない。
通信の傍受と監視カメラの映像で、各拠点の状況は大まかに把握している。
ジュディが、アーヴィンを取り逃がした。
その後も、各部隊はアーヴィンを捉えられていない。
しかも、当事者はロイド・カーターと一服ときてる。
「……何を、やってるんだ。ジュディは。」
いや、分かっている。
彼と過ごしてきた時間は、短いわけじゃない。
きっと、彼には。
彼なりの道理であそこにいて、その道理を通すために。
私たちに頭を下げた。
——もう、嫌いになれるほど他人じゃねぇだろ。
そんな、ジュディの言葉が脳裏を過った。
……私だって、そうだよ。
彼を嫌いになれるほど、普通にもう、他人じゃない。
「……あっは。」
どうしよう。
う、う、嬉しかった。
……違う。今はそうじゃない。
現状の問題は、このままだとジュディが消えること。
このままでは、ほぼ確実に消える。
……なら、私のやることは決まっている。
ジュディの考えでは、エミリと本人が生き残る計画だった。
それが瓦解した今となっては、目標は下方修正せざるを得ない。
エミリへの処置を停止する。
そして、一刻も早くジュディにレガシーコードを充てることだ。
分かっている。
分かっているはずだ。
「……何をやってるんだ。私は。」
でも、できない。
それだけのことが、できなかった。
だって、これはジュディが。
彼が望んで、私に託したことだから。
「……うぅ。うううぅぅぅぅ。」
ジュディが生きられるなら、彼に憎まれても構わない。
でも。
その信頼を踏みにじることだけは、どうしても出来なかった。
「うあぁぁぁ。あああぁぁぁ。」
嗚咽が、漏れる。
体が、震える。
涙が、止まらない。
……これは、なんだろう。
この現象は、なんなのだろう。
……それも、分かっている。
もう分かっているはずだ。
感情というものは、恐ろしいな。
研究者である私が。
理解することを、生業とする私が。
知ろうとすることを、拒むなんて。
もう、認めてしまっていいだろう。
この胸の痛みの、その根源を。
——私は、怯えているのだ。
ジュディを失うことが怖いのだ。
ジュディのいない未来を想像し、その未来を嘆いているのだ。
これが、悲しいという。
感情に他ならない。
「……あっは。」
それでも、この手は止めない。
彼に託された私の戦場は、勝利で終わらせる。
「……素晴らしい、欠陥だ。」
私は、ジュディから素晴らしいものを貰った。
それを返すために。
この耐え難い痛みから、逃れるために。
まずは、この戦場を勝利で終わらせる。
その上で。
「……。」
目の前の、エミリを見る。
宙に浮いていることも。
その周りで光が魔法式を記述していることも。
このモニターに映る事象についても。
何一つ。
私の知る論理では説明がつかない。
——まさに、神の御業。そのものだ。
眼鏡を直す。
その御業を、観察する。
このままでは、ジュディが消えてしまう。
胸が痛い。悲しい。耐えられない。
なら、それを。
私は全力で拒絶しよう。
「……。」
神の御業。
それが、何だというのか。
私を、一体誰だと思ってる。
——私は、ネル・クライス。
——神よりも、天才だ。
—
「……。」
レガシーコード。地脈。
そこから溢れ出る、魔法式。
「……はぁ。全く別の論理だねぇ。」
私たちが、魔石やストーンウェアに記述し使役する魔術式。
……それとは、全く別のものだ。
魔術式が数式なら、魔法式は言語。
みたいな、感覚だろうか。
「……。」
でも、現にここには世界へ干渉する事象がある。
事象があるなら、それには必ず再現性がある。
再現性があるなら、現実にできない道理はない。
「……っ。」
レガシーコードの処置を行いながら、モニターに新しい画面を立ち上げる。
今まで、幾度となく書いてきた。
魔術式を記述する、ソフトウェア。
さて、始めますか。
ジュディは私のだ。
世界なんぞに、神なんぞに、奪われてたまるものか!!!
「……っし!」
——カタカタカタカタ!
魔術式を、打ち込んでいく。
ここに、事象がある。
今、まさに。
レガシーコードは世界に干渉している。
ならば——その事象を。
魔術式で複製し、再現し、顕現させる!!!
——カタカタカタカタ!
——カタカタカタカタ!
世界への入口。
——そのスペルコード。
世界のルールの閲覧。
——そのスペルコード。
世界のルールへの干渉。
——そのスペルコード。
「……あっは!!!」
ジュディは私のだ。ジュディは私のだ。ジュディは私のだ。
——カタカタカタカタ!
ここにある事象から、穴だらけの魔術式を記述していく。
「あっははははは!!!!!」
ジュディは私のだ。ジュディは私のだ。ジュディは私のだ。
ジュディは私のだ。ジュディは私のだ。ジュディは私のだ。
ジュディは私のだ。ジュディは私のだ。ジュディは私のだ。
——カタカタカタカタ!
世界への入口。
——スペル・エラー。
世界のルールの閲覧。
——スペル・エラー。
世界のルールへの干渉。
——スペル・エラー。
「あはははははははははははは!!!」
ジュディは私のだ。ジュディは私のだ。ジュディは私のだ。
ジュディは私のだ。ジュディは私のだ。ジュディは私のだ。
ジュディは私のだ。ジュディは私のだ。ジュディは私のだ。
ジュディは私のだ。ジュディは私のだ。ジュディは私のだ。
ジュディは私のだ。ジュディは私のだ。ジュディは私のだ。
ジュディは私のだ。ジュディは私のだ。ジュディは私のだ。
——カタカタカタカタ!
——カタカタカタカタ!
——カタカタカタカタ!
そりゃ、そうだ。
世界のルールへ干渉する魔法式を。
私たちの魔術式で、無理やり再現しようとしている。
簡単に動くわけがない。
でもね。
勝負は、ここからだ!!!
世界への入口。
——スペル・エラー。
————スペル・エラー。
世界のルールの閲覧。
——スペル・エラー。
————スペル・エラー。
——————スペル・エラー。
世界のルールへの干渉。
——スペル・エラー。
————スペル・エラー。
——————スペル・エラー。
————————スペル・エラー。
「あははは!!!……っ!!!」
頭に、激痛が走った。
視界を下に移す。
……え、これ血?
気が付けば、鼻から大量の血液が溢れ出ていた。
「あははは!!知るかぁっつーの!!!!」
——カタカタカタカタ!
——カタカタカタカタ!
——カタカタカタカタ!
ジュディ!!!ジュディ!!!ジュディ!!!ジュディ!!!
ジュディ!!!ジュディ!!!ジュディ!!!ジュディ!!!
ジュディ!!!ジュディ!!!ジュディ!!!ジュディ!!!
ジュディ!!!ジュディ!!!ジュディ!!!ジュディ!!!
ジュディ!!!ジュディ!!!ジュディ!!!ジュディ!!!
ジュディ!!!ジュディ!!!ジュディ!!!ジュディ!!!
ジュディ!!!ジュディ!!!ジュディ!!!ジュディ!!!
「あはははあぁぁぁ!!あぁぁぁ!!!!」
足りない。
まだ、足りない。
それでも。
足りないものを埋める術なら、私は知っている。
経験と検証。
その思考と試行回数。
……後は、乙女の愛と、勘と、閃きだ。
——カタカタカタカタ!
「あああああぁぁぁぁ!!!!!」
世界への入口。
——アクティベート。
————アクティベート。
世界のルールの閲覧。
——スペル・エラー。
————スペル・エラー。
——————アクティベート。
世界のルールへの干渉。
——スペル・エラー。
————スペル・エラー。
——————アクティベート。
————————アクティベート。
「……っ。」
その瞬間。
エミリの周囲を包んでいた光が、静かに収束した。
モニターへ視線を走らせる。
存在情報。上書き。同一化。
その全てが、停止していた。
「……あっは。」
エミリは、これで助かった。
なら、次だ。
「ジュディを!!寄越せぇ!!!!!」
完成した魔術式を、起動する。
神の御業を。
私の魔術式で、無理やりこの世界へ顕現させる。
——私は、奇跡を複製した。
—
目が覚めると、白い世界だった。
……目、覚めるのかよ。
「……。」
あたりを見渡す。
いつもの、アルトと相対する場所だった。
……見慣れたもんだな。ここも。
「……とりあえず、立つか。」
上半身を起こし、膝を立てる。
膝に置いた右手を見て、気が付いた。
……境界が、薄くなってる。
指先が。
白い世界へ溶け込むように、透けていた。
……そうか。
ここが、キムラ・ジュディの終点なのかもしれない。
それでも不思議と、体に痛みはなかった。
「……アルトさーん。アルト・フェルンさーん?」
なんの気なしに、呼んでみた。
いつも、この場所にはあいつがいたから。
……いや。
別に会いたいわけではないけど。
「敬称止めろ。気持ち悪ぃ。」
背後からの声に、振り向いた。
俺と同じ顔で。
俺とは違う人生を歩む男が、そこにはいた。
煙草を指で摘み、口に運ぶ。
そんな、独特の吸い方をする男だった。
「……はぁ。最後は、野郎とか。」
「っは。何だよ。看取るのが俺じゃあ不服か?」
「不服しかねぇよ。」
「……ま。そうだわな。」
少しだけ、沈黙。
気まずさを紛らわすように、俺も煙草を取り出し火をつけた。
「……俺さ。終わるんだよな。」
「みてぇだな。薄くなってるし、このままだと消えそうだ。」
「……そっか。」
煙を吐き出す。
もう、死ぬというのに。
心は、妙に穏やかだった。
エミリには、レガシーコードを使った。
ロイドも、止めた。
アーヴィンは、逃がした。
まぁ。
さすがに、全部は無理だったか。
「……なぁ、アルト。」
「あぁ。」
「俺は、キムラ・ジュディとして生きれたかな?」
「……あぁ。俺が、保証する。」
「……。」
「お前は、ただ一人の。キムラ・ジュディだった。」
「……そうか。」
いつもと違って、アルトの声色は優しかった。
それを、癪だとも思わない。
死に目の賢者タイムみたいなもんだろうか。
心が凪ぎすぎて、自分が怖い。
……いや。
違うな。
「なら、俺もよ。」
「あぁ。」
「納得できる間違いってやつを、選べたんだと思うわ。」
「……。」
アルトは、何も言わなかった。
ただ黙って、煙草をふかしていた。
「……一つだけ、頼んでもいいか?」
「あぁ。俺に出来ることならな。」
「なんだよ。やけに。なんつーか。優しくねぇか?」
「死体蹴るほど、悪趣味じゃねぇだけだよ。」
「……あ、やっぱ嫌いだわ。お前。」
「っは。お互い様だろ。」
最後に、こんな最低な男に頼まなきゃいけないのは癪だけど……。
まぁ、信用はできる。
……できるよな?
「で。頼みって何だよ。」
「あ、あぁ。……えっと。」
「……さっさと言えよ。」
「……カイラと、サヤ。なんだけど、さ。」
「あぁ。」
「時々でいいから、様子見てくんねぇか?」
「……。」
アルトが、目を開いたまま硬直した。
やがて。
少しだけ、笑った。
「っく。くく。あぁ。いいぜ?」
「……何笑ってんだよ。」
「抱いても文句言うな——」
「殺す。」
アルトが言い終わる前に、口に出ていた。
そのまま、俺は構わず言葉を続ける。
「そうしたら殺す。死んでても殺す。殺して殺す。」
「おいおい。ほんのジョークだろ?マジになんなよ。」
「お前が言うと、冗談に聞こえねぇんだよ。」
「あぁ。日頃の行いが悪ぃ自覚はあるぜ。」
「……マジで気に食わねぇ。」
「ははは。」
アルトは、煙草を地面に落とす。
そのまま、足でもみ消した。
「ジュディ。冗談抜きで、答えるぜ?」
「……。」
「あぁ。」
「お前に誓う。二人は、俺が守ってやるよ。」
「……。」
「何があっても抱かねぇ。これもついでに誓っておいてやる。」
「ついでにすんなよ。絶対だ。」
また、少しだけ沈黙が流れた。
別に、俺とアルトは気が合うわけじゃない。
……それでも。
背中を預けることに、抵抗はない。
変な関係だったな。こいつとは。
「……それとな。ジュディ。」
「あぁ?」
「状況が、変わったぜ。」
「……何のだよ。」
「外のだな。」
「はぁ?」
言っている意味が、分からない。
黙って、アルトの言葉を待った。
「……ロイドが、お前を運んだ。」
「……ロイド?」
「あぁ。レガシーコードの場所までな。」
「……。」
「そんで。イカれたチビ眼鏡が、なんとかしたらしい。」
「なんとかって、何だよ。」
「俺が知るかよ。」
「お前、その様子だと外見えてんだろ?」
「まぁな。でも、全部見えるわけじゃねぇ。」
アルトは、二本目の煙草を懐から取り出した。
そのまま火をつけ、煙を吸い込む。
「ただ、一つだけ確実なのは。」
「……。」
「俺の吸うこの煙草が、最後の一本ってことだけだ。」
「……何、言って。」
アルトが、俺を見る。
「生きるのは、お前だ。ジュディ。」
「……。」
その言葉と共に。
アルトの境界が、急速に薄れた。
「……は?」
そのまま、足元から塵となって霧散していく。
ゆっくりと。でも、確実に。
「待てよ。」
「あ?」
「いや、待てって。そういう話じゃねぇだろ。」
「そういう話だっただろうが。最初からよ。」
「だからって、こんな……。」
一歩、近付く。
「こんな終わりがあるかよ!!!」
「……喚くなよ。どうせなら、カッコつけろ。」
アルトが、煙草を口に付ける。
煙を吐き出しながら、言葉を続けた。
「俺は、別に。お前に頼みてぇもんも。託すもんもねぇ。」
「……ふざけんな。」
「ただ、そうだな。二つだけ、言っておくか。」
「ふざけんなって、言ってんだ!!」
アルトに駆け寄り、手を伸ばす。
伸ばした手は、アルトを捉えられずに空を切った。
「……っ。」
「まず、一つ目。」
「……くそ。」
「お前を、認めてやるよ。ジュディ。」
「あ?」
アルトが、俺を見た。
ただ、真っ直ぐに。
「エルナは、男の見る目があった。」
「……なん、だよ。それ。」
「二つ目。」
「意味分かんねぇよ!!」
「残念ながら、あの世でエルナと会えるのは。俺が先みてぇだな。」
アルトが、笑った。
口だけを歪ませて、不器用に笑っていた。
「……最後の言葉が、嫌味かよ。」
「俺らしいだろ?」
アルトが、煙草を捨てる。
そのまま、俺に背を向けた。
「おい。……どこ行くんだよ。」
「さぁな。ただ、今際の際の瞬間まで、野郎の顔を見る趣味はねぇよ。」
アルトの体が、霧散していく。
既に、上半身の半分が消えていた。
「じゃあな。ジュディ。」
「おい。……アルト。」
「選ぶことを、戦うことを、止めんなよ。」
「——アルト!!」
アルトは、振り返らなかった。
そのまま。
塵となって、消えた。
「……言いてぇこと。三つじゃねーかよ。」
白い世界も。
少しずつ、霧散していく。
「……アルト。」
返事は、なかった。
もう。
あいつはいない。
アルトを、失い。
俺の意識は。
世界へと、復元された。
第二百十二話、お読みいただきありがとうございます!
ネルとアルトの回でした。
ネル、やり方は怖いんですけど理由が乙女すぎる。
これが今のネル・クライスらしいです。
そして。
アルト・フェルン。
最後まで、ジュディとは仲良くなりませんでしたね。
でも、多分。それでいいんだと思います。
次回も20:10、更新予定です!
ブクマやコメントをいただけると、ネルの鼻血が少し止まります。
よろしくお願いします!




