第二百十一話「選ぶまでもなく」
「……ジュディ。直接会うのは、久しいな。」
「よぉ。ロイド。」
広い空間を挟み、ロイドと向かい合う。
黒い服は、所々が破れていた。
頬には切り傷。左脇腹にも、血が滲んでいる。
……なんだよ。
こいつも、大概じゃねぇか。
「お前も、元気ねぇじゃん。」
「……勘のいい傭兵がいてな。かなり手こずった。」
「傭兵?」
「バッツと言ったか。軽薄な態度には似合わず、頑固な男だった。」
「……っはは!」
「なんだ。知り合いか?」
「まぁ、な。師匠みてぇなもんだ。」
「……そうか。」
ロイドが、俺の左側を見る。
少しだけ、顔をしかめた。
「ジュディ。左腕はどうした?」
「あぁ。アーヴィンとちょっとな。」
「……アーヴィン。」
僅かに、ロイドの眉が上がった。
「英雄と相対して、その程度で済んでいるのが奇跡だな。」
「あんたも、例外じゃねぇぜ?」
「……。」
「悪いけどな。今、ネルとエミリが頑張ってんだ。」
「……そうか。」
「邪魔は、させねぇ。」
ロイドは、何も答えなかった。
そのまま、ゆっくりと懐へ手を入れる。
「……っ。」
——来るか。
右手を、懐に伸ばす。
「……そう急くな。」
ロイドの懐から取り出されたもの。
それは——煙草だった。
「……あ?」
「一服だ。お互いそろそろ切れる時間だろう?」
「……。」
ロイドが、一本咥える。
「この時間だけ、付き合え。」
「……はは。」
思わず、笑った。
「そいつは、好都合だ。」
「何?」
「いや。俺もちょうど、話がしたかった。」
俺もポケットから煙草を取り出し、口へ咥えた。
ロイドが、ライターを取り出し先端へ火を近づける。
小さく息を吸い、煙を吐き出した。
俺も火を——
「……っ。」
片手で煙草を咥えたまま、ポケットを探る。
指先にライターは触れるが、上手く取り出せない。
「……ジュディ。」
「ん?」
ロイドが、何かを投げた。
咄嗟に右手を伸ばし、受け取る。
「……ライター?」
ロイドのものだった。
「返せよ。」
「わーってるよ。」
煙草へ火をつける。
一度吸い込み、肺へ煙を落とした。
「ふぅ……。」
白い煙を吐きながら、ライターを投げ返す。
ロイドが、それを片手で受け取った。
しばらくの間。
俺達は、何も話さなかった。
互いの煙だけが、ゆっくりと空へ溶けていく。
「……この火が、終わるまで。」
「あ?」
「それで、終わりにしよう。ジュディ。」
「……あぁ。そうだな。」
ロイドが、煙草を吸い込む。
それから、静かに口を開いた。
「……あのメッセージは、なんだ?」
「あぁ。ムカついたか?」
「そうではない。私に送る意味がないだろう。」
ロイドが、煙を吐く。
「これからレガシーコードを使うと、宣言するようなものだ。」
「いんや?あんたは、アーヴィンの敵でもある。上手く混戦になればいいと思ってよ。」
「……ありえん。」
「ん?」
「もう、誤魔化しはいいだろう。ジュディ。」
ロイドが、こちらを見る。
「私はエージェントだ。正面から派手な動きをすることはありえない。正直に言え。」
「……。」
「私を、ここへ呼んだ理由はなんだ?」
煙草を、咥え直す。
……まぁ。そうだよな。
ここまで来て、こいつを煙に巻く必要もない。
「……そーだな。理由は、単純だ。」
「なんだ。」
「あんたに、直接頼みたいことがあった。」
「……頼みだと?」
「あぁ。頼みだ。というよりも、提案だな。」
「……言ってみろ。」
ロイドを、見る。
頭は、下げなかった。
真っ直ぐ、目を見る。
「エミリの親を選べ。ロイド。」
「……。」
「あんたは、今でも生き方を選べるはずだ。」
「……なるほど。」
「役割を支えにしてることは知ってる。でも、あんたはそれだけじゃねぇはずだ。」
煙草の先から、灰が落ちた。
「あいつのために、生きろよ。」
「……。」
「あいつを、あいつにした責任を。役割なんて言葉じゃなくて、お前が背負えばいいじゃねぇか。」
沈黙が、落ちた。
ロイドは、煙草を吸う。
長く息を吐いた後、小さく首を横へ振った。
「……無理だ。」
「なんでだよ。」
「私は、捨てるわけにはいかん。」
「だから、なんでだ。」
「……。」
「答えろって。」
一歩だけ、前へ出る。
「なんで、役割なんだ。」
ロイドは答えなかった。
また煙草を吸い込み、目を伏せる。
「……なぜ、役割なのか。か。」
「あぁ。」
「……。」
「今抱えてんのは分かる。でも、なんでそれを抱える道を選んだんだ。」
ロイドが、ゆっくりと俺を見る。
「お前の。ロイド・カーターの理想は、なんなんだよ。」
「……。」
長い沈黙だった。
やがて、ロイドが口元だけで笑った。
「……英雄に、なりたかったのさ。」
「……は?」
聞き間違えたのかと思った。
ロイドは、少しだけ遠くを見る。
「強きを挫き、弱きを救う。そんな英雄に。かつての私は憧れた。」
「……英雄。……三英雄か?」
「あぁ。まだ私が、お前と同じくらいの年だったか。」
煙草を指に挟み、小さく笑う。
「正直に言うとな。私は、アーヴィン・ロックウェルのファンだったんだ。」
「……。」
「その英雄と、お前が相対したのは。皮肉だな。」
「……知らねぇよ。」
「っふ。」
ロイドが、少しだけ楽しそうに笑った。
「当時の私は、英雄を目指してアルカナへの入社を希望した。しかし、アルカナは専属のアカデミーを卒業する必要があった。」
「……アルカナアカデミー。」
確か、サヤも通っていたアカデミー。
……だった、気がする。
「そうだ。だが私は、そこへ入れなかった。」
「それで、バイオストーン?」
「あぁ。世界第二位の企業だ。そこなら、少しは英雄に近付けると思った。」
「……そこで、役割を背負った?」
「……いや。」
ロイドの声が、僅かに低くなる。
「厳密には。そこで、現実を知ったのさ。」
「っは。社会の厳しさってか?」
「そんな、綺麗なものではないさ。」
ロイドが俯いた。
煙草の火が、少しずつ短くなっていく。
「ジュディ。英雄とは、なんだと思う?」
「……知らねぇよ。」
「英雄とはな。偶像だった。強き者など、この世界にはいなかった。」
ロイドの指先から、灰が落ちる。
「弱き者が、弱き者を挫く。それが、私が最初に見たものだった。」
「……。」
「思い描いていた理想も。夢も。ただ企業にとって都合のいい形へ切り取られ、飾られていただけだった。救ったと思えば、その裏で誰かから奪う。守ったと思えば、そのために誰かを切り捨てる。」
ロイドが、ゆっくり息を吐いた。
「正直、折れる寸前だった。」
「……。」
「理想は偶像で。足元は、仲間と私が奪った弱者の血でまみれていた。」
「……それで、役割か。」
「そうだ。」
顔を上げる。
その目に、迷いはなかった。
「私はそれで、背負うことを選んだ。」
「……。」
「偶像でも。そこへ向かって歩みを進めるためには、指針が必要だった。」
「……役割が、指針だったってーのか?」
「そうだ。」
ロイドが、煙草を咥える。
「人は、何かを成すために生まれてくる。私は、そう考えた。」
「……。」
「自らに与えられたものを知り。それを背負い、責任を果たす。」
「……。」
「それがその人間にとっての幸福であり。そこへ辿り着くための指針こそ——」
ロイドは、胸へ手を当てた。
「私の選んだ、役割という生き方なのさ。」
「……。」
言葉が、出なかった。
腹が立つ。
もっと、簡単な答えならよかった。
誰かに押し付けられた。逃げられなかった。
他に生き方を知らなかった。
そう言ってくれれば。
いくらでも、否定できた。
でも。
こいつは、自分で選んだんだ。
「……くそ。」
「なんだ。」
「あんたを、否定できねぇ。」
「……。」
ロイドの目が、僅かに揺れる。
「あんたが、選んだもんを。否定するだけの材料が俺にはねぇ。」
「……そうか。」
ロイドは、少しだけ目を伏せた。
「否定しないのだな。お前は。」
「できねぇよ。」
俺だって、矛盾を承知で選んだものがある。
そんな俺が、ロイドの選択を否定することだけは、できない。
「……あんたのことは、よく分かった。」
「……。」
「あんたは、親じゃなく。『それ』を選ぶんだな?」
「あぁ。」
即答だった。
ロイドは、一切迷わなかった。
「元より、選ぶまでもなく。私は『これ』だ。」
「……分かった。」
煙草を、一度吸う。
煙を吐いて、俺は口を開いた。
「なら。その上で、エミリは諦めろ。」
「……何?」
「あんたの生き様と、エミリの生き様は別だ。」
「……。」
「役割の中で生かす。あんたの思想の檻に、エミリを閉じ込めんな。」
「……ならん。」
「なんでだよ。」
「A-3Rを連れて帰ることは、私の役割だからだ。」
「……連れ帰って、エミリをどうすんだよ。」
「それは、もう言ったはずだ。」
……そうかい。
なら、その先も聞くべきだな。
「ロイド。」
「……なんだ。」
「役割が、エミリに死ねっつったら。あんたはどうすんだ。」
「そんな状況に、私がさせると思うか?」
「……答えになってねぇよ。」
「……。」
「どうすんだよ。」
ロイドは、答えない。
その沈黙が、答えだった。
「……その沈黙を、答えとしてとっていいんだな?」
「……。」
「いいんだな!!!ロイド・カーター!!!」
思わず、声を張る。
それでも、ロイドは答えなかった。
しばらくして、静かに口を開く。
「……元より、そう生まれた存在だ。」
「あ?」
「A-3Rは、兵器なんだ。」
「——だから、なんだってんだ!!!!」
叫んだ瞬間。
視界が、大きく揺れた。
「……っ。」
吐き気に、思わず口を押さえる。
足元が、ふらつく。
『おい、ジュディ!!落ち着け!!』
(……うるせぇ。)
『お前の気持ちも分かる。さっさとケリを——』
(少し黙ってろ!!!)
奥の扉へ、右手を向けた。
「あいつはな!!!エミリは!!!お前を思って泣いたんだぞ!!!」
「……。」
「私に名前をくれたって。お父さんだって。それでも、逃げ出してしまったって!!!」
「……。」
「あんたへの愛と!!!自分の役割に揺れて、泣いたんだ!!!」
ロイドの顔が、僅かに歪む。
俺は、構わず言葉を吐き出した。
「兵器だっつったな?」
「……。」
「おい!!ロイド!!!今、お前はエミリを兵器だって言ったよな!!!」
「……っ。」
「何も、思うことはねぇのか!!!本当に、思うことがねぇのかよ!!!」
「……。」
「なら、何で名前なんざつけたんだ!!!!」
息が、切れる。
それでも、止めなかった。
「それを!!!あいつは!!!宝物みてぇに抱きしめてんだぞ!!!」
「……。」
「答えろよ!!!!ロイド・カーター!!!!」
沈黙。
ロイドは俯いたまま、顔を上げない。
「はぁ……はぁ……はぁ……。」
頭の奥で、ノイズが鳴っている。
それでも、今だけは。
目の前の男から視線を逸らしたくなかった。
「……ジュディ。」
ロイドが、静かに顔を上げた。
「……。」
「……。」
——右目。
右目だけだった。
頬を、一筋。
涙が流れていた。
「それ以上は、何も言うな。」
「……。」
「何も。言うな。」
「……っ。」
何も、言えなかった。
もう、分かってしまったから。
ロイドが、手の甲で涙を拭う。
「……思うことが、ないわけがないだろう。」
「……。」
「それでも、役割は役割だ。」
「それで、本当にいいんだな。」
「あぁ。いい。」
変わらず、即答だった。
そのまま、ロイドは続けた。
「いいんだ。」
「……。」
「お前と、あの子が出会ったことに。感謝している。」
「……何なんだよ。」
「お前が、背負うべきものではなかったはずだ。」
「……。」
「すまない。キムラ・ジュディ。」
煙草を、見る。
もう、ほとんど残っていない。
ロイドも、同じだった。
—
もう、言葉はいらない。
お互いに、この後どうするのかも分かっていた。
長々やる気はない。
同時に。
煙草を、床へ投げ捨てた。
「……ジュディ。」
「あぁ。」
「行くぞ。」
「……あぁ。」
合図は、なかった。
ロイドの右手が、動く。
俺も同時に、懐へ右手を伸ばした。
銃を、引き抜く。
——パンッ。
一つの銃声が。
広い空間へ、響き渡った。
「……は?」
……銃声が、一つ?
そう思った時には。
ロイドの胸が、赤く染まっていた。
「……っ。」
ロイドの身体が揺れる。
手にしていた銃が、指先から滑り落ちた。
——カラン。
そのまま、膝をつく。
「……ロイド!!!」
思わず、駆け出していた。
倒れかけたロイドの肩を、右腕で支える。
「……っ。お前……。」
床へ落ちた銃へ視線を送る。
……まさか。
「ロイド。お前。」
「あぁ。」
「初めから……。」
「これで、任務は失敗だ。」
ロイドが、苦しそうに息を吐く。
そのまま、ほんの少しだけ笑った。
「私は、エミリを連れて帰れない。」
「……。」
——エミリ。
この男が、A-3Rではなく。
その名前を、口にした。
「ふざ……けんな。ふざけやがって……。」
「……。」
「そんな、屁理屈で……。」
——ザザ。
「……っ。」
視界が、歪んだ。
『——ジュディ!!』
やけに遠くに、アルトの声が聞こえる。
……あぁ。
急激に、限界が来た。
世界が、ノイズにまみれていく。
それでも。
ロイドの肩から、手を離さなかった。
「ごっふ……。」
ロイドが、血を吐き出す。
「……これで、言える。」
「……何をだよ。」
「ジュディ。」
ロイドが、俺を見る。
「エミリを、見てやってくれないか?」
「……。」
……止めろ。
「あいつは、少し。抜けているところがある。」
「……止めろ。」
「環境のせいか、世間知らずでな。」
「止めろって!!!」
「食事一つ取っても、妙なところで感動する。人を疑うことも、まだ上手くない。」
「……っ。」
「だから——」
「止めろっつってんだろ!!!」
視界は、もうほとんど見えない。
ロイドの顔すら、輪郭しか分からない。
「……頼む。ジュディ。」
「そいつは、無理だ。ロイド。」
意識が、遠のく。
……ダメだ。
これだけは、言わないと。
「……テメェの言葉だろ。」
「……まさか。もう発作が。」
「なら……テメェで。」
足から、力が抜ける。
それでも。
最後まで、ロイドを見る。
「——テメェで、言えよ。」
そのまま。
俺の意識は、この世界から消失した。
—
——突如。
目の前のジュディが、倒れた。
「……ジュディ?」
返事はない。
意識を、失っている。
「ぐっ……ごふっ。」
せり上がる鉄の味を、抑えきれなかった。
口元を押さえる。
手のひらが、赤く染まった。
胸部にも、熱い感触が広がり続けている。
ジュディの弾丸が、私の胸を貫いた。
傷の位置。出血量。
……これは、長くない。
それだけは、これまでの経験から分かっていた。
「……。」
倒れたジュディへ、視線を移す。
血に、濡れている。
左腕はなく。所々に外傷。
……ここへ来た時から、右脚もまともに動いていなかった。
それでも。
この青年は、ここまで来た。
エミリが、生きていける選択をした。
自身が消える可能性を承知の上で。
この青年は、選んだのだ。
「……ジュディ。」
返事はない。
それでも構わず、言葉を続けた。
「お前は、消させない。」
どうすればいいのかは、分からない。
だが。
ジュディが先ほど指さした、あの扉の先。
「……。」
そこに、エミリがいる。
そして、ネル・クライスという研究者もいるはずだ。
私に、何かができるわけではない。
この青年の身体で、何が起きているのかすら。
私には分からない。
しかし、何か手立てはあるのかもしれない。
少なくとも、延命できる可能性はある。
私は、ジュディへ手を伸ばした。
身体を、抱え上げる。
「ぐっ……。」
胸へ、鋭い痛みが走る。
「ごっふ……!」
また、血を吐き出した。
胸部から流れる血も、止まる気配はない。
それでも、足はまだ動いた。
「……。」
腕の中の青年を見る。
彼が、人を慈しみ。人に、生きることを願うのであれば。
彼もまた、人に慈しまれ。人に、生きることを願われるべきだ。
「……。」
ジュディを、強く抱え直す。
——私は、この青年を生かす。
誰に、命じられたわけでもない。
ただ。
私、ロイド・カーターが——そう望んだ。
「……行こうか。ジュディ。」
ジュディを抱え直す。
「……重いな。この青年は。」
それでも。
私は、扉へ向かって歩き出した。
第二百十一話、お読みいただきありがとうございます!
——選ぶまでもなく。
今回は、ほぼ会話でしたね。
戦闘は、一発ドンです。
ロイド・カーター。
役割おじさんなんですが、今回更新しましたね。
役割堅物不器用おじさんです。マシマシです。
……なお、ジュディは完全に力尽きました。
次回も20:10、更新予定です!
ブクマやコメントをいただけると、ロイドがジュディをもう一歩だけ運べるかもしれません。
よろしくお願いします!




