第二百九話「半端者」
「……証明する、か。これは、非礼も詫びなければいけないね?」
「非礼だぁ?」
「君を、こう思っていた。死に体の、半端者だと。」
「ひでぇな。あと、思ってるだけならわざわざ言わなくていいよ。ただ傷付いただけだよ、俺。」
「は、ははは!これは、すまないね!」
アーヴィンが、小さく笑った。
そのまま、杖をこちらへと向ける。
「……。」
先ほどまでの、どこかこちらを諭すような雰囲気は消えていた。
「……もう、謝罪はしない。君という障害を乗り越えるために、全力を尽くそう。」
「あー。くそ。全然油断してくんねぇじゃん。」
「そうだね。もう、下手な格好はつけられないと思ってくれ。」
「……下手って。ザクザク刺すじゃん。これでも、ハードボイルドを目指してんだぜ?」
「ははは。今の緩さでは、良くてハーフだね。」
「っは。結局、半端じゃねぇか。」
最後に、二人で笑った。
恐らく一度始まれば、もう言葉はない。
これまでの戦闘で、仮説と検証。現状の課題整理は済ませた。
アーヴィンの魔法。魔術。俺のジャミング電撃。
それぞれ何が出来て、何が出来ないのか。
……腕一本は、高い買い物だったけどな。
左を見る。二の腕から先が、綺麗に消えている。
傷口は無理矢理焼いたおかげで、出血こそある程度収まっていた。
痛みは、全く収まってねぇけど。
「……っ。」
視界に、ノイズが走った。
白と黒が混ざり、僅かに景色が途切れる。
これは貧血とか、意識が遠のくとか。
そういうものじゃない。
——発作が、もう始まっている。
それなのに、俺はまだ俺のままだった。
……理由は、分かっている。
あいつが。
アルトが、内側から塞き止めている。
なんなんだよ。マジで。
(……アルト。)
『なんだよ。色男。』
(サンキューな。)
『止めろよ。気持ちわりぃ。』
(その上で、もう一個頼んでいいか?)
『……くそ。マジでやんのかよ。』
……やっぱり。
言わなくても、分かっていたらしい。
(現状の課題は、リソース不足だ。これしかねぇ。)
『……。』
(俺一人じゃ、ジャミング電撃を維持しながら加速はできない。あいつの魔法を止めれば、俺も攻めきれねぇ。攻めれば、魔法で防がれる。)
『あぁ、分かってる。』
(……なら、決まりだな。)
『ふざけんな。出来るかどうかも分かんねぇぞ。』
アルトの声が、少しだけ低くなった。
『今、俺がこっちから上書きをせき止めてる。俺が『これ』を止めちまえば、お前は消失に向かうだけだ。』
(分かってる。マジで、時間はなくなるよな。)
『……なら——』
(それでも、だ。)
アーヴィンを、見る。
杖をこちらへ向けたまま、静かに立っていた。
三英雄。魔法使い。
普通にやって、勝てる相手じゃない。
(どのみち、俺だけじゃ万策尽きてる。)
『……ジュディ。』
(あんだよ。)
一拍。
アルトが、小さく息を吐いた。
『耐えろよ。走り切ろうなんて考えんな。走り続けることだけを考えろ。』
(……上等。)
『行くぞ。ジュディ。』
(お前が仕切んなよ。)
『あ?』
(俺が前で。お前が、後ろだ。)
『……口の減らねぇ男だ。』
瞬間。
内側で、アルトが何かの蓋を開ける感覚がした。
「……っ。」
俺も、自分の中にあった境界を緩める。
意識を渡すわけじゃない。
俺が、アルトになるわけでもない。
俺は俺のまま。アルトも、アルトのまま。
二つの思考と、二つの意思が。
一つの身体へ、同時に流れ込んでくる。
——同調、開始。
「……ん?」
アーヴィンの、声がした。
目を開く。
……いや。始めから、閉じてはいなかった。
俺は、ずっとアーヴィンを見ている。
同時に、俺じゃない『俺』も同じ景色を見ていた。
「あー、あー。」
声を出す。
喉も、舌も、俺の意思で動く。
その奥で、アルトの思考まで、はっきりと感じ取れる。
「……っは。ははは!!」
「……なんだ。」
「なんだこりゃぁ。気持ち悪ぃな!!!」
「……なんなんだ!!!それは!!!」
アーヴィンが、目を見開いていた。
体内の魔力が、急激に増加していく。
いや。増えたわけじゃない。
俺の魔力とは別に、もう一つ。
アルトの魔力が、同じ身体の中を流れている。
「……同一化?いや。人格が、高速で入れ替わっているのか?」
「惜しい。どっちも、違ぇな。」
「……何?」
「今、俺は。上書きの真っ最中らしい。」
「……。」
「だから、今ここには。二つある。」
右手を開き、指を動かす。
その一方で、腕の奥をアルトの電撃が流れていく。
「二人分の魔力。二人分の魔術。二人分の、思考と反射。」
「……ありえない。そんなもの、見たこともない。」
「現に、ここにある。」
アーヴィンが、僅かに後ずさった。
この場所で初めて見る、この男の動揺。
「……あんたは、俺を半端者だと言ったな?」
「……詫びただろう?」
「詫びなくていいさ。その認識は正しい。」
電撃が、両足に集まる。
同時に、もう一つの電撃がアーヴィンへと伸びた。
「ただし、刮目はした方がいいぜ?……アーヴィン。」
「……。」
「今から、あんたが戦うのは。文字通りの『半端者』だ!!!」
(——アルトォ!!!)
『分かってる!!!』
——バヂッ!!!
地面を、蹴った。
同時に、アルトのジャミング電撃がアーヴィンの身体を捉える。
「——なっ!!」
アーヴィンの体が、一瞬だけ硬直した。
一気に、距離を詰める。
「くっ!!」
アーヴィンの腕が、無理矢理持ち上がった。
神経の命令は、乱している。
それでも、魔力を使って無理やり動く。
杖が、振るわれた。
——ゴォッ!!!
正面から、炎。
『右だ。』
(——見えてる。)
右脚へ、追加で電流。
体が真横へ飛ぶ。
炎を抜けた先。
地面から土の槍が伸びる。
『下。』
(——それも、見えてる。)
空中で体を捻り、土槍を右手で掴む。
その勢いを使って体を振り回し、そのまま着地した。
——止まらない。
アーヴィンへ、再び駆ける。
「……っく!」
今度は、水。横薙ぎの刃。
その奥には、風。
一つを避ければ、その先に次がある。
——四大元素。
魔法を使えなくても、こいつは普通に化け物だ。
「っらぁ!!!」
風の刃を、右腕で弾く。
ストーンウェアが軋んだ。
ストーンウェアからダガーを取り出す。
そのまま、アーヴィンへダガーを振り抜いた。
「——っ!」
アーヴィンの表情が変わった。
杖が、ダガーを受け止めた。
——ガンッ!!!
なんだよ、この杖!!!
硬ってぇな!!!
しかも、こいつ。
魔力で動かしてるだけじゃねぇ。
普通に、力も強ぇ!!!
「……随分と、無茶をするね!!」
「っは!!今更だっつの!!!」
腹へ、蹴りを入れる。
「……っく!」
アーヴィンが、後ろへ跳んだ。
——逃がさない。
もう一度、加速。
今度は、当てる!!!
「同じ手は、食わないよ!!」
——バァン!!!
風が、正面から叩き付けられる。
「ぐっ!!」
体が後方へ吹き飛び、地面を転がる。
上半身を捻って、無理矢理起き上がった。
「……やっぱ、それか。」
アーヴィンは、俺との距離を大きく取っていた。
視線は、俺のダガーへ向いている。
……バレてんな。全部じゃねぇだろうけど。
「そのダガー。何を仕込んでいるのかは知らないが、受ける理由はないね。」
「まぁ、そりゃそうだよな。」
アーヴィンが、さらに距離を取った。
近付けば魔術。距離を詰めれば離れる。
……徹底して対策するつもりらしい。
——いい。
それで、いい。好都合だ。
(アルト。)
『分かってる。このままジャミングを続けるが、全部は無理だ。時々漏れる。』
(頼むぜぇ。お前次第で、俺は死ぬ。)
『テメェ。開き直ってから、『うざさ』が増したな。』
右腕に、ダガーを格納する。
代わりに、懐から銃を取り出した。
アーヴィンの眉が、僅かに動く。
——パンッ!!パンッ!!
間髪を入れずに、二発。
風の壁で、軌道が逸れる。
そのまま横へ走りながら、銃撃。
水の壁に弾かれる。
さらに、撃つ。
土の壁に防がれた。
——パンッ!!パンッ!!パンッ!!
それでも、ひたすらに撃ち続けた。
「……方針を変えたかい?」
「さぁな。意外とヤケクソかも知れねーぜ?」
「近付けないなら、遠距離で削る。悪くない判断だ。」
「……次だ。」
銃を、しまう。
そのまま、レールガンを取り出した。
「……また、それか。」
「数で無理なら、重さで検証だ。」
「その思考は、本当に厄介だよ。」
銃身へ、魔力を流し込む。
——ギュィィィィン。
それと同時に。
アーヴィンの周囲に、幾重にも土壁が形成された。
さらに、その外側を、水が覆う。
……防ぐつもりか。
(——出力。上げるぞ。)
『好きにしろ。テメェが何かしたところで、影響はねぇ。』
(……頼んだわ。)
『へいへい。』
ジャミングは、続いている。
アーヴィンは魔力で身体を動かしながら、同時に魔術でこちらの攻撃へ対応している。
それだけで、相当な負担のはずだ。
——ピピッ。
チャージ完了。
「……これなら!!!!」
引き金を引く。
——ドォン!!!
反動が、右腕を突き抜けた。
高速の弾丸が水壁へ突き刺さる。
水が弾け、そのまま土壁へ。
——バゴォン!!!
一枚。二枚。三枚。
次々と、砕ける。
「っく……!!」
アーヴィンが後方へ跳んだ。
弾丸が最後の土壁を貫通する。
それでも、僅かに軌道が逸れた。
アーヴィンの頬を掠め、弾丸は空へと消えた。
「……っち。」
「危ないね。本当に。」
「次。」
「それ、怖いから止めてくれないかい?」
レールガンを、しまう。
もう一度、グリム三十式へ。
「点で無理なら、次は面だ。」
「……。」
——加速。
アーヴィンへ向かう直線の動きじゃない。
今度は、アーヴィンの周りを走りながら、銃を撃つ。
——パパパン!!
「……それは!!!一番厄介だね!!」
「っは!筋見っけ!!!」
アーヴィンも距離を保ったまま、魔術で対応する。
——いい。
そう思え。視野を狭くしろ。
俺が近付く隙を窺っていると。
どこかで、ダガーで直接襲ってくると。
それを、前提の思考に置き換えろ。
「……っ。」
視界に、またノイズが走った。
さっきより、長い。
黒く染まった視界が、一瞬遅れて戻ってくる。
『ジュディ!!!』
(大丈夫だ!お前も休めんなよ!!!)
『……ちぃ!!!』
時間が、ない。
もう、いいか?
——いや、まだだ。
まだ、焦るな。
アーヴィンは、こちらを見ている。
俺も、あいつを見ろ。
削れ。
余裕を、削れ!!!
「……っ!!」
一瞬。ほんの一瞬だけ。
アーヴィンの視線が、俺の右腕から外れた。
——今だ!!
銃を懐にしまい、右腕のストーンウェアを開く。
ダガーが、手の中へ落ちた。
「——っ!」
アーヴィンが、即座に反応した。
距離は、ある。
俺が近付くことを警戒して、アーヴィンは杖を構えた。
——それでいい。
ダガーを、振りかぶった。
「……まさか!!」
「おらぁ!!!」
全力で、投擲。
ここが、勝負だ。
そのための、これまでの仕込み。
——ヒュン!!!
ダガーが、一直線にアーヴィンへ向かう。
「……キムラ・ジュディ!!!!!」
——当たる。
そう確信した、瞬間。
ジャミングが、僅かに揺らいだ。
『——っち!!あの野郎!!!押し返しやがった!!』
アルトの声が、響く。
アーヴィンの、目前の空間が歪んだ。
——空間断絶。
「——っ!!」
ダガーが、境界へぶつかった。
——ギィン!!!
甲高い音と共に、刃は弾かれた。
そのまま、アーヴィンの横を抜けて遥か後方へ飛んでいく。
「っは。」
「……っち。」
「は、はは。はははは。」
アーヴィンから、乾いた声が聞こえる。
その顔に、初めて明確な安堵が浮かんでいた。
「惜しかったね。ジュディ。」
「……。」
「だが、これで——」
杖が、こちらを向く。
その周囲へ、無数の氷が形成されていった。
「——チェックメイトだ。」
——サクッ。
「……は?」
アーヴィンの声が、止まった。
杖が、僅かに下がる。
視線が、ゆっくり自分の肩へ向いた。
——そこには。
さっき、確かに弾いたはずのダガーが、深く突き刺さっていた。
「……な。」
アーヴィンの瞳が、大きく見開かれる。
「なぜ……。なぜだ。ダガーは確かに。」
「……サヤと、クロウに感謝だよな。」
「……何?」
右手を、軽く握る。
指先に、まだ僅かな電撃の感覚が残っていた。
「……。」
サヤは、風の魔術で刀を操った。
手から離れた刃物を、自分の武器として使っていた。
それなら、俺にも出来る。
ダガーは、鉄製だ。
なら、俺の電撃で引っ張れる。
しかも、クロウが使っていたあのダガーは。
魔力を流しやすいように、特殊な加工が施されている。
空間断絶に弾かれ、アーヴィンの背後へ飛んだあと。
電撃魔術を使って、軌道を戻した。
ただ、それだけ。
それだけを、悟らせないように。
俺には手がないと、ブラフを張り続けた。
「……刃物ってさ。」
アーヴィンを見る。
「別に、手で持たなくてもいいんだわ。」
「……っ。」
アーヴィンが、肩のダガーへ手を伸ばした。
だが、もう遅い。
「ジャミングは、続けてるぜ?」
「……っ!」
アーヴィンの腕が止まる。
しばらくして、またぎこちなく動き出した。
「……っぐ。」
突如、杖の先に集まっていた氷が崩れ落ちた。
——カランッ。
「……そ、そんな。な、なんだ。これは。」
アーヴィンが、もう一度杖を振る。
何も、起きない。
「……魔術が。」
杖を見る。肩を見る。
何度も、何度も。
「——魔術が、発動しない!!!!」
アーヴィンの顔が、初めて歪んだ。
……訳わかんねぇよな。そりゃあ。
「——ネル・クライス。」
「……何?」
「天才の、置き土産だ。」
再び銃を取り出し、アーヴィンへ向ける。
「魔法は、アルトが止める。」
「……。」
「魔術は、ネルが止めた。」
アーヴィンが、一歩後ろへ下がる。
身体は、動いている。
魔力を直接流して。無理矢理、動かしている。
——でも、それだけだ。
「アーヴィン・ロックウェル。」
「……。」
銃口を向けたまま、歩く。
アーヴィンは、逃げなかった。
いや。
逃げられないと、理解したのかもしれない。
加速すれば、今のこいつに俺から逃げる手段はない。
「今のあんたは。」
距離を詰める。
銃口を、アーヴィンの額へ押し付けた。
「俺と同じ、ただの人だ。」
「……。」
「……っぐ。」
視界に、またノイズが走った。
時間は、ない。ギリギリだ。
でも、ようやく、ここまで来た。
「……取引だ。アーヴィン。」
「……く。」
「死にたくねぇなら——」
銃口を、さらに強く押し付ける。
「——俺の上書きを、止めろ。」
「……。」
「あんたにも。俺が生きるのを、手伝ってもらう。」
第二百九話、お読みいただきありがとうございます!
——半端者。
一人では、足りなかったので二人でやりました。
いやぁ!!卑怯!!!
サヤに、カイラに、クロウに、ネルに、アルト。
色々なものを借りて、ようやくアーヴィンへ一太刀。
俺の選んだものを、証明する。
……いやぁ。結構無理くりな証明ですね。
次回も20:10、更新予定です!
ブクマやコメントをいただけると、ジュディの残り時間がほんの少しだけ伸びるかもしれません。
よろしくお願いします!




