第二十話「決戦前日」
エルナの機嫌は、最悪だった。
朝食のテーブルで、エルナは一言も喋らなかった。
スプーンを動かす音だけが、静かに響いている。
く、空気が思い…。
俺とカイラは、顔を見合わせた。
「……あのね。エルナ~。」
「なに。」
「あの~、えっとね?昨夜のことなんだけどけどね?」
「いいわよ、別に。なんでもないわ。」
「いや、なんでもなくはないだろ。」
「なんでもないって!」
エルナの手が、少し強くテーブルに当たった。
カイラが僕をじっと見つめてくる。
何か言って欲しいという事らしい。
「……その、エルナ。」
「……。」
「カイラが来たのは、俺に話があったからで。その、他意はなくて…。」
「知ってるわ、そんなこと。」
「知ってるのか?」
「あなたがそういうことをする人じゃないのくらい、分かってる。」
エルナがスプーンを置いた。
「ただ。」
少し間があった。
「……単純に私が、嫌だっただけ。」
小さな声だった。
聞こえたのか、聞こえなかったのか分からないくらいの声だった。
俺は何も言えなかった。
「……許すわ。許すっていうのもおかしな話だけど。私も気にしないから、あなた達も気にしないで。」
エルナが立ち上がった。
そのまま、部屋を出ていった。
カイラが、俺を見た。
「ほぉ。よかったね!許してもらえて!」
「……まぁ、うん。」
クロウとヴィンの視線が、何故か痛かった。
—
午後。
全員がテーブルを囲んだ。
最後の作戦会議だ。
カイラが端末を操作しながら、話し始めた。
「改めて、明日の流れを確認するね!輸送開始は午後二時。輸送車一台、護衛車一台でカリドの北口から出て、砂漠のルートを通ってノヴァへ向かう。停止信号を送るタイミングは北口から十キロ地点。」
「少しだけ、確認いいか?。」
俺は手を上げた。
「ジュディ!どうぞ!」
「輸送車一台、護衛車一台だけって、なんか、少なくないか?」
全員が地図を見た。
「……確かに。」
エルナが眉をひそめた。
「転送装置の試作品、しかも取引先への郵送だぞ。もっと厳重に守られてもおかしくない。」
「それともう一つ。」
俺は続けた。
「支社への侵入者が出たのに、予定通り輸送を行う点も気になる。」
カイラが少し考えた。
「確かに。普通なら輸送スケジュールを変えてもおかしくないよね?」
「でも、イグニスにとっては実害がなかった。ハッキングは成功したけど、気づかれていないはずだし。他の仕事のスケジュールを変更するほどの理由はない、と判断した可能性はある。」
エルナが腕を組んだ。
「つまり、それって順調に作戦が進行してるってことじゃない?」
「……たぶん。でも、やはり違和感は残る。」
ヴィンが端末を叩きながら言った。
「まぁ~、気になるのは分かるけどよぉ~。現状、郵送時間は決まっているしぃ~、今更引き返せないっしょ!」
カイラが頷いた。
「ヴィンの言う通り!行くしかないけど、念のため各自気をつけて!」
「では、後は役割の確認だな。」
クロウの言葉に促され、カイラが全員を見渡した。
「エルナ!もし戦闘になった場合は護衛部隊を引き受けてほしい。」
「問題ないわ。」
「ヴィン!後方から通信支援をお願い。何かあったらすぐ知らせて。」
「任せろぉ~!」
「クロウ!輸送車に護衛が乗っていた場合は対応を。」
「……了解した。」
「そして、ジュディ!私のサポートをお願い。輸送車の中で転送装置を探す。二人でやった方が時間短縮になる。」
「分かった。」
違和感は拭えない。
もし、もし俺の予想が当たっていた場合、その時は……。
カイラが端末を閉じた。
「以上、解散!明日に備えて、今日は各自しっかり休んでね!」
各自が立ち上がり始めた。
そんな中、いきなり俺はクロウに肩を組まれる。
「な、なんだよ。」
「ちょっと、一服付き合え。」
………………。
…………。
……。
アジトの端、換気口の近く。
昨夜と同じ場所だった。
俺は別に喫煙者ってわけではないんだけど…。
それでも、なんか損な気がしたので一本煙草をもらう。
そのまま、二人同時に煙草を吸って天井に煙を吐いた。
「「ふぅ~。」」
そういえば、煙草そのものよりも、仲間とのこの時間も好きだったな。
なんてことを思い出す。
「で、何の用なんだ?」
「深い意味はないさ。ただ、人生の先輩としてアドバイスをな。」
「アドバイス?」
クロウの見た目からして、おそらくは俺(中身)より若い。
まぁ、それでも単純にアドバイスはありがたい。
「明日は、作戦の決行日だ。チームに余計な確執は残したくないんでな。」
「あ~、そういう。」
「で、お前。本命はどっちだ?」
ガクッ。
どっちでもねーよ。
「どっちでもねーよ。」
声に出た。
「なるほどな…。別に本命がいるのか?」
「あぁ、大本命。一生を誓った人がいる。」
「それは…。じゃあ、昨夜はかなり軽率だったな。」
「言っとくけど、何もないぞ?」
「それが本当だったとしてもだ。現にそれを見て機嫌を損ねてるやつがいるだろ。」
……それは、そうだな。
何も言い返せない。
「こうなった時はな、何にしても後始末が重要なんだ。」
「いや、言い方あるだろ。」
「カイラは問題ない。その夜のことはお前らしか知らないし、二人で信頼し合っているのが見て取れる。」
「見て取れるのか…。」
「問題はエルナだ。本人は気にしないと言っているが、機嫌を損ねてしまった埋め合わせは必要になる。」
いつものクロウからは考えられないほど饒舌だ。
それだけ心配してくれているんだろうか。
おそらく、チームの。
「分かったよ。この後ちょっと話してみる。」
「その場で話しても拗れるだけだ。話題がないからな。外に連れて、気分転換をさせるんだ。」
「……。なんか、やけに手慣れてないか?」
「事実だから言うが、俺はモテる。」
「あっそ。」
素直にムカついた。というか羨ましい。
それにアドバイスもなんか的確な気がした。
やっぱムカつく。
「ついでに、煙草買ってきてくれ。銘柄は——」
俺は、『ついでに』煙草を頼まれ、
そのままエルナの方へ向かった。
………………。
…………。
……。
「エルナ。」
俺は声をかけた。
「……なに。」
「買い物、付き合ってくれないか。」
エルナが少し間を置いた。
まだ、やっぱり機嫌は悪そうだ。
ごめんね。
「……買い物?」
「作戦前の気晴らしに、さ。どうだ?」
エルナは俺を見た。
しばらく、何も言わなかった。
「……。」
「な、なんか奢るよ。」
「じゃあ、行く。」
—
カリドの市場は、昼過ぎでも賑わっていた。
武器の部品を売る店。
魔石を加工する工房。
食料を扱う屋台が並ぶ一角。
カルディアとも、ヴェーラとも違う。
どこか、荒削りな活気があった。
「エルナ。何か欲しいものはあるか?」
「別に。」
「じゃあ、見るだけでもいいよ。」
二人で並んで歩いた。
エルナは相変わらず無言だったが、ウィンドウを覗き込む目は少しだけ柔らかかった。
食料品の一角に差し掛かった時、俺は立ち止まった。
「……これ。」
棚の上に、小瓶が並んでいた。
黄色い粉が入っている。
「ターメリックだ。」
思わず手に取る。
「……なに?」
「スパイスだよ。カレーに使うんだ。」
「カレー?」
「ん~、なんていうか。スパイスをいくつか合わせて作る煮込み料理?かな?」
カレーの説明って難しいな。カレーはカレーだしな。
俺は棚を見渡した。
クミン、コリアンダー、チリパウダー。
全部ある。
「……ここ、スパイスが揃ってる。」
少し前に、カレー作りにはまっていた時期があった。
週末に色々なスパイスを試して、明里によく食べてもらっていた。
「へー、じゃあ作れるの?」
「あぁ、作れるな。」
「じゃあ、それ作って。それでチャラにしてあげる。」
エルナが、俺を見た。
多分、この買い物に誘った俺の狙いはバレているんだろう。
その上で、何かきっかけのようなものを俺にくれている。
頭が上がらないな、エルナには。
「あぁ、分かった!カルディアに帰ったらご馳走するよ。今日はスパイスだけ買っておこう。」
「えぇ、楽しみにしてる。」
エルナが少し間を置いた。
「……そういえば、料理の腕もまだどちらが上か、白黒ついてないわね。」
「帰ったら決着をつけようか。」
「ふふ。望むところよ。」
エルナの口元が、少しだけ緩んだ。
スパイスを数本、袋に入れた。
荷物の中に、カルディアへの約束が増えた。
—
輸送当日の朝。
全員がテーブルを囲んでいた。
カイラが端末を操作しながら、最終確認を始める。
「改めて、今日の流れを確認するね。」
ヴィンが端末を叩きながら頷く。
クロウは煙草に火をつけて、静かに聞いている。
エルナは腕を組んで、地図を見ていた。
「ヴィン!停止信号の準備は?」
「あぁ、バッチリだぜ~!システムにはすでに仕込んである。合図をくれれば、いつでも送れるぞ!」
「クロウ!逃走経路は?」
「確保済みだ。」
「エルナ!城壁の展開は大丈夫そう?」
「問題ないわ。」
カイラが俺を見た。
「ジュディ。懸念もあるかと思うけど、できる範囲で最大限やっていこう!」
俺は地図を見たまま、頷いた。
何かある。
そんな気がした。
でも、カイラの言う通りだ。
「……分かった。行こう!」
クロウが煙草の煙を吐いた。
それが、全員への合図みたいだった。
第二十話、お読みいただきありがとうございました!
いよいよ作戦前日。
本当はこの話で、ここでもう作戦決行をする予定だったのですが、エルナの機嫌が悪くって。
自称モテるクロウ兄さんに助けてもらいました。
明日から、第二章の山場が始まります!
明日も20:10に更新予定!
ブクマやコメントをすると、「事実だから言うが、俺は作者からモテる」って言っていいです。
よろしくお願いします!




