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第十九話「過去、それに伴う彼女」

「……おい。」

「しー。」


カイラが人差し指を口に当てた。


カイラは何も言わずに、俺の胸に顔を埋めてきた。

なんで?なにがあった?ここはどこだ?

自分自身が混乱するのを抑えられない。


「————っ。」


思わず叫ぼうとして、冷静になる。

自身の置かれている、この状況を。

一つのベット。二人の男女。

これを客観的に見られたら、どうなるか。


————アバンチュールだ。


まずい。非常にまずい。

この状況になった時点で、俺の敗北は約束されている。

生殺与奪の権は向こうにある。


「何が望みですか?」

「望み?そうだな~。」


交渉だ。

なんとか、平和的解決を。


そんな俺の望みとは裏腹に、カイラは俺の背中に手を回す。

柔らかく、温かいものが俺の体を支配していく感覚があった。


「……ちょっとだけ、こうさせて。」

「あんまり、長い時間だと、困る。」

「ふふ。ジュディ。可愛い。」


カタコトになる俺を尻目に、カイラは小悪魔のように笑う。


(…………樹利。信じてるわよ。)

(…………。(殺気))

(————アバンチュールを楽しみな!)


脳裏で、明里(理性)が囁き、エルナ(理性)が俺を睨む。

もちろんだ。任せてほしい。

あと、ヴェーラのおじさん(本能)は黙っててほしい。


「なんか、らしくないんじゃないか?」

「……そうだね。うん。なんかね。ジュディ、お父さんに似てて。」

「ライアスに?」

「うん。なんだか。懐かしくなっちゃって。」


————瞬間。


なんとなく、カイラの気持ちが分かってしまった。

これは、そういうことじゃない(どういうことを期待していたのか)。

殺すという決意を固めても、その気持ちと踏ん切りは付けられていないのだろう。

その人の面影を持つ、その人肌が恋しくなるのも仕方がないのかもしれない。


「この時間を続けるつもりなら、少しだけ話せないか?気を紛らわしたい。」

「紛らわす?……そうだね。ごめんね。」


カイラは理解してくれた。

そのまま俺の声を待つ。


「『育ての親』って言っていたよな?」

「うん。」

「どんな風に出会ったんだ?」

「……そうだね~。ちょっと、昔話しようか?」


そのまま、カイラはぽつぽつと語り始めた。

過去と、それに伴う自分のルーツを。







私は紛争孤児だった。



それより昔のことは、もうあまり覚えていない。

昔は、父と母と、弟がいた気がする。

でも、あまり鮮明じゃない。


昔を思い出すと、いつも最初の景色は焼け野原だった。


どこの都市の、どこの街かも分からない。

ただ、何もかもが燃え、誰もかもが死ぬ。

それだけは、はっきりと覚えている。


両手で耳を塞ぎ、目をつぶる。

もう、何も聞きたくない。見たくない。

ただ、その一心で歩いたが、限界だった。

私は倒れ、多分このまま死ぬのだと思った。


——よかった。


もう見なくていい。聞かなくていい。

この地獄を。


「——生きてくれ。頼む。お願いだ。」


誰かに抱きかかえられた。

顔を上げると、スーツを着た男がいた。

煤で汚れていたけど、その目は静かだった。

怖くなかった。

不思議と、怖くなかった。


「……あなたは、誰?」

「……ライアスだ。今はまだ、喋らない方がいい。」

「なんでここにいるの?」

「……なんで、だろうな。」


男の声が、少しだけ低くなった。

子供の私には分からなかった。

ただ、誰かに抱きかかえられていることが、嬉しかった。







ライアスは、私を手放さなかった。

施設に預けるわけでも、誰かに渡すわけでもなかった。

何故なのかは分からない。


仕事に連れて行くこともあった。

危ない場所に連れていくことはなかったけど、色んな都市を、色んな人を、私は見た。


その間、ずっと考えていた。


私は、あの日全てを失った。

みんな、死んじゃった。


焼け野原の中で、助けを呼ぶ人、苦しむ人。たくさんの人がいた。

私は歩いた。わけもわからず。何もできず。

ただ泣くだけだった。


申し訳なかった。

私だけ助かってしまった。救われてしまった。

なら、多くの人を助けなければ。


あの日、見殺しにしてしまった人の何倍もの人を幸せにしなければ。

私が、生き残ってしまった意味を、残さなければ。


幸せにするんだ。みんなを。全員を。

だって、このままだと私は。


——人殺しだ。


ある日、ライアスが誰かを助けた場面を見た。

何があったのかは分からなかった。

でも、その人は泣いていた。

ライアスは何も言わなかった。

ただ、その人の隣に立っていた。


「ライアス。」

「なんだ。」

「あなたみたいになるには、どうすればいい?」


ライアスは少し間を置いた。


「俺みたいに、か。」

「うん。困っている人のそばに行って、助けてあげられる人に。」

「……それは、難しい。俺はそんなこと、したことがない。」

「私は助けてもらったよ?さっきの人だって。」

「……世界は広い。手が届く人間の数は、限られている。」


ライアスの目が、遠くを見ていた。


「全員は救えない。無理だ。」

「……それでも、やる。」

「後悔するぞ。絶対に。」

「後悔してもいい。やる。」


ライアスはしばらく黙っていた。

それから、静かに言った。


「とりあえず、勉強しろ。」

「何を?」

「なんでもいい。お前が面白いと思うものを。」


今にして思えば、その言葉は私の興味を逸らすための言葉だった。

でも、私はそれを真に受けて、必死に勉強をした。

みんなを幸せにしなきゃ。


私は、ある日、端末の中に転送技術の研究論文を見つけた。

難しくて、最初は何が書いてあるか全然分からなかった。

でも、もし、転送装置があれば——。


どこにでも一瞬で行ける。

遠くで困っている人を、すぐに助けに行ける。

ライアスの言った『手が届く人間の数』が、一気に増える。


「ライアス。転送装置って、作れると思う?」

「さあな。」

「もし作れたら、すごくない?どこにでも一瞬で行ける。遠くで困っている人を、すぐに助けに行ける。」


ライアスが、目を見開く。

まるで、何かに救われたように。

瞳には少しだけ、涙が浮かんでいた。


「……そうだな。」


それが、多分始まりだった。







イグニスに入ったのは、ライアスの紹介だった。


転送技術の開発者として、私は認められた。

現在も研究をしているMANAと接触し、資金も調達。

チームも持てた。

毎日が楽しかった。


世界中の困っている人を、分け隔てなく救える装置。

それを作っているという確信があった。


でも——。


MANAの研究者から通信が来た日。

全部が、変わった。


「……それでね。奪おうって決めたの。」


カイラの声が、少しだけかすれていた。


「ライアスは知ってるのか?お前がこんなことを考えているって。」

「……たぶん、知ってると思う。」

「……。」

「でも、ライアスが知ってても関係ないよ?」


カイラは少し間を置いた。


「……ちゃんと、私のけじめをつけるの。」


俺は何も言わなかった。

言える言葉が見つからなかった。


「ねえ、ジュディ。」

「なに?」

「私さ、世界を救いたいとか、そんな大それたこと考えてるわけじゃないんだよね。」

「……?」

「ただ、ライアスみたいになりたかっただけ。困っている人のそばに行って、手を差し伸べられる人に。」

「それは充分、『大それた』ことだよ。」


カイラは、その言葉に「ふふん」と笑った。


「転送装置は、絶対、絶対、ぜ~~~ったい!人のためになる。」

「うん。俺もそう思う。」

「でしょ?悪いやつなんかに、渡さない。」


しばらく、暗闇の中で二人は黙っていた。


「ジュディ。」

「なに?」

「ありがとう。話、聞いてくれて。」

「……俺は聞いてただけだけどな。」

「ううん。それで充分。ほんとに、ありがとう…。」


カイラの呼吸が、少しずつ深くなった。

やがて、寝息に変わった。

話しながら、眠ってしまったらしい。

俺は、しばらく天井を見ていた。


——娘をよろしくな。


ライアスの言葉が、頭の中に思い浮かぶ。

……あの時、ライアスには何が見えていたんだろう。


全ては見えないまでも、ライアスの目的がなんとなく分かった気がした。






翌朝。

俺は、失敗したことに気づく。


「——なんでここにいるの?」


エルナの冷たい声で、目が覚めた。


俺は、ゆっくりと状況を把握する。

隣に、カイラがいる。

入口に、エルナが立っている。


や、やっちまった…。

そのまま、寝ちまった…。


「……。」

「……。」


沈黙。


「お、おはよう。エルナ。」

「んぁ~~~。……おはよう。ジュディ。」


カイラがのんびりと伸びをした。


「え、えっと、これは、違くて。アバンチュールじゃなくって。その。」

「説明しなくていいわ。死になさい。」


エルナが部屋を出た。

扉が、静かに閉まった。

思わず、カイラを見る。


「……怒ってるよな?」

「あはは!怒ってる!絶対怒ってる!」


なんでそんな呑気なんだカイラ。


俺は天井を見上げた。

今日は、作戦の詳細を確認をする日だ。

長い一日になりそうだった。





第十九話、お読みいただきありがとうございました!

今回は、新ヒロイン(?)カイラの過去に迫る回でした。


アバンチュールを期待していた方、ごめんなさい。

でもジュディは既婚者です。無理です。


今後、カイラを知ったジュディの選択にご期待ください。


明日も20:10に更新予定!

ブクマやコメントをすると、今ならなんと、僕のありがとうという気持ちが届きますように。

よろしくお願いします!

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