第十八話「空のない夜」
夜。
イグニス社のオフィスの一室。
ザインがライアスに尋ねた。
「名乗ってよかったのか?」
「……あぁ。あそこに俺がいることに何ら不思議はない。問題ないさ。」
ライアスは、窓の外を見た。
「それよりも、あの場でジュディを殺し、輸送当日にカイラが現れなくなる方がリスクの方が高い。」
「……。」
「なんだ、気になるのか?」
「何がだ?」
「ジュディだよ。なかなか気に入っていたじゃないか。」
ザインは少し間を置いた。
「まさか。ただ、何も知らないガキだと思っただけさ。」
「なんだ?若さが眩しかったのか?」
ライアスは、それだけではないことに気づいている。
その上で、ザインの答えを待った。
「……。眩しいか。人は、輝くものを見た時に、どんな反応をすると思う?」
「聞きたいのはそういうことじゃないんだがな。」
「ある人は手を伸ばす。またある人は目を逸らす。俺は、消したくなる。うっとおしいからな。」
「はは。そこまで饒舌に喋る時点で、答えは出てる。」
確かに、あの少年は不思議だった。
何も知らない。青いガキ。
その割には、瞳には落ち着きと確かな決意が見え隠れする。
「ここまでは予定通りだな。あとは二日後の輸送か。」
ライアスは部屋の奥に視線を向けた。
「いよいよだな~!そのカイラって女以外は殺していいんだろ?」
「あぁ。好きにしろ。」
「くぅ~!早く砕きてぇ~な。骨。」
そう言って、上半身の異様に大きい男は笑う。
体格は重量級の格闘家を思わせるほどだ。
両肩には拳3つ分ほどの魔石が埋め込まれていた。
「……マグ。これは仕事だ。楽しみすぎるなよ。」
その隣にいた、華奢でメガネをかけた男がマグを宥める。
腰には、日本刀のような細い得物を2つぶら下げていた。
「そんなに気にすんなって、シン!てかお前も早く切りたくてしょうがねぇんじゃねーか?」
「……お前と一緒にするな。」
「あー。あー。分かった分かった。お前ら仕事が終わるまでは喧嘩するなよ?」
二人をなだめて、ザインは煙草に火をつける。
「いいな。一本くれないか?」
ライアスが、それを見て指を振る。
「なんだ?吸うのか?」
「昔を思い出したい時に、たまにな。」
「……感傷に浸るタイプには見えないがな。」
そう言いながらも、ザインは煙草を渡し、火をつける。
「ふ~。環境、人員、情報、全て揃ってる。高い金払ってんだ。頼むぞ?」
「もらった分の仕事はこなすさ。信用に関わるからな。」
4人はそれぞれ思い思いに、窓の外を見る。
この街に空はない。
それが、未来を暗示していた。
—
同じ夜。
アジトに戻ると、カイラが食事を用意していた。
テーブルの上に、鍋と皿が並んでいる。
「お帰り!とりあえずは成功ってことで、ちょっと奮発したよ!」
ヴィンが真っ先に席に着いた。
「いやぁ~~~。腹減った!でかい仕事の後の飯は別格だよな~~~!」
「大袈裟だな。本番は次だ。」
クロウが静かに席に着いた。
煙草の箱を胸ポケットにしまい、スプーンを取る。
「今日は本当にお疲れ様!第一段階、完璧だったね!」
カイラが料理を取り分けながら言った。
「うん。うまくいったな。」
俺とエルナも席に着く。
料理に手をつけながら、エルナが声を上げる。
「まぁ、懸念な点もあったみたいだけどね。」
「え?なに!?何かあったの?」
「ジュディ。その『何か』。説明してくれる?」
カイラが目を丸くしている。
まぁ、話すならこのタイミングしかないだろう。
俺は、スプーンをテーブルに置き、事情を話した。
「まぁ、大したことじゃないんだけど…。逃走中にイグニスの社員?と接触した。あと、そのお抱えの傭兵にも。」
「敵の内部にいたんだもの。そんなに珍しいことでもないわ。」
「でも、たぶん二人は、俺を捉えようとすれば、捉えられたはずだ。」
「流れ変わったわね。何その状況?」
「さぁ?俺にもよく分からない。」
ペシッ。
エルナに頭を叩かれる。
なぜ?
「それで!具体的にはどんなことがあったの?」
「え~~と。」
カイラは、もう待てないというように俺の情報を求める。
俺は、逃走中に起きたことを思い出せる範囲で話した。
………………。
…………。
……。
「……ライアス。」
一通り話した後、カイラがその名を口にする。
「心当たりがあるのか?」
「……私のお父さん。厳密には『育ての親』かな?」
「……。」
テーブルが、一瞬静かになった。
「……父。」
「まぁ、同じ会社なんだし!そういうこともあるよね!」
カイラはそれだけ言って、何事もなかったように料理に手をつける。
でも、目が少しだけ伏せられていた。
「……そうか。」
「それは、問題じゃない?」
その事実を飲み込む俺とは反して、エルナが切り込む。
「おい、エルナ。」
「ジュディ。それは優しさじゃない。今回の試作品の郵送。ライアスが指揮を取っている可能性もあるわ。」
その可能性は、聞いた時に俺も考えていた。
エルナとしては、そうなった時にどうするのかをカイラに聞きたいのだろう。
「カイラ。もし、もし仮によ。父親に銃口を向けられた時、あなたはどうするの?」
「——殺すよ。」
一瞬の間もなかった。
即答だった。
すでに覚悟はできている。そういう顔だった。
「……なら、問題ないわ。『仮にも』なんて、ひどいこと言ってごめんなさい。」
「ううん。当然の質問だと思う。大丈夫だよ!」
エルナも、その覚悟を感じたのだろう。
カイラから視線を外し、食事に戻る。
俺もそれ以上は聞かなかった。
重い空気を察してか、ヴィンが一際明るく言葉を発した。
「えぇ~!?父ちゃんが敵かよぉ!?マジ、どっかの映画みてぇ~だなぁ!」
「ヴィン。」
「はい。」
カイラの一言でヴィンが黙った。
ヴィン…。
お前、頑張ったよ。
でも、もうちょっとやり方考えような?
—
食事が終わり、雑談をしていた。
そんな中、俺はクロウに話しかけた。
「クロウ。逃走経路で倒れてた人たち、どうやったんだ?魔術か?」
「……峰打ちだ。」
「峰打ち?魔術は使わなかったのか?」
クロウは胸ポケットから、俺に視線を移した。
「あまり使わない。」
「クロウはねぇ~、」
カイラが口を挟んだ。
「魔術にほとんど頼らないの!経験と刀裁きだけで敵を制圧する。すごいでしょ?」
クロウは何も言わなかった。
否定もしなかった。
俺は、しばらく考えた。
魔術に頼らない戦い方。
自分の体と経験だけで戦う。
……自分が目指す方向は、これかもしれない。
「クロウ。よかったら、戦い方を教えてくれないか。」
クロウは俺を見た。
しばらく、何も言わなかった。
断られるかと思った。
「……。」
クロウは煙草の箱を取り出した。
テーブルの上に置いて、立ち上がる。
「煙草、いくか?」
俺は察した。
「一本だけなら。」
………………。
…………。
……。
アジトの端、換気口の近く。
二人で煙草をふかした。
久々の煙草はクラっとくるな…。
でも、美味い。
クロウは煙を吐きながら、静かに話し始めた。
「俺は元々、魔力が弱い。ストーンウェアも日常で使う程度のものしか入れてない。」
「そうなのか。」
「だから工夫した。自身に備わっている風の魔術を適切に運用する。刀に風力を乗せて速度を上げる。自分の体も同様だ。」
クロウが刀の柄に手を添えた。
「魔術に頼りすぎると、魔力が切れた時に何もできなくなる。そんな弱点も、この戦い方ならある程度カバーできる。」
なるほど。
それは、俺にも当てはまる考え方だ。
「お前は何が使える?」
俺は指先に意識を集中させた。
——パチッ。
小さな電撃が、指先から走った。
クロウの目が、少しだけ動いた。
「……それは使えるかもしれない。有効範囲は?」
「今は、指先だけだな。」
「他の場所で発動させようと試したことは?」
「ない。」
「試してみる価値はある。もし、ある程度遠くまで発動できれば——静電気でも、一瞬相手の動きを遅らせる事ができれば、戦闘には有利に働く。」
クロウが顎でカウンターを指した。
「あそこにある缶を狙ってみろ。指を缶に向けて、缶の周りで発動させるように意識しながら。」
俺は缶に向かって指を向けた。
意識を集中させる。
指先ではなく、缶の周りで。
……。
——パチッ。
缶が倒れた。
「……。」
クロウが煙を吐いた。
「充分だ。センスがいい。」
「……本当か?」
「その属性は見たことがないが、発動したら相手に当たるまでが恐ろしく早い。俺でも避けることは難しいだろう。」
それは、けっこう凄いことなんじゃないか?
「それを今は極めていけ。戦闘中に体を動かしながらやることも忘れるな。右手で端末を触りながら、左手でやるといい。感覚的にできるようになる。」
「ありがとう。」
「最終系は、手を使わずにノーモーションで魔術を発動だな。」
まさか、ここまで丁寧に教えてくれるなんて、少し意外だ。
俺は少し間を置いてから、言った。
「俺、クロウはあまり人と関わりたくないのかと思ってた。」
クロウは煙草を一口吸った。
「……誰にでもじゃない。お前は今、仕事仲間で、強くなろうとしてる。」
少しの沈黙。
「俺は、貪欲なやつは嫌いじゃない。正直なやつもな。」
それだけ言って、クロウは二本目に火をつけた。
俺も、そのまま二本目をもらう。
しばらく、二人は他愛のない話をした。
クロウが喋ると思っていなかった話題も、気がつけば口を開いていた。
この男は、思ったよりずっと人間だった。
—
夜。
魔力がなくなるまで、魔術の練習をした。
思えば、魔力がなくなるという感覚は初めてだった。
なんていうか、疲れるとかそういう感覚とも違う。
難しいけど、口がカラカラなのに無理やり唾を吐くとか、
尿意がないのに無理やり用を足すとか、そんな感覚に近い。
……我ながら、汚い例えだな。
シャワーを浴びて、ベッドに入った。
基幹システムから抜き出した情報によると、試作品の輸送は明後日だ。
明日は、奪取をするための詳細なすり合わせが必要だろう。
そのためにも、なるべく体力は回復しておかなくちゃな。
目を閉じた。
視界の隅に、人影を感じた。
……。
寝間着姿のカイラだった。
すでに、拠点は消灯しており、いくつか寝息も聞こえる。
そんな暗い中でも、カイラの存在は特別に感じた。
「……カイラ?どうかしたのか?」
皆が起きないように、極力小声で話しかける。
カイラは何も答えない。
突然、布団にするりと潜り込んでくる。
「……おい。」
「しー。」
カイラが人差し指を口に当てた。
え?何?
なんなの?
明里。
俺、ピンチかも。
第十八話、お読みいただきありがとうございました!
今回は情報量が多すぎて、僕もどこから突っ込めばいいのか……。
というか、また登場人物増えましたね。ややこしいですね。
ジュディがクロウという兄貴分を得て少しだけ成長する回でした。
強くなれよジュディ……。
最後のシーンだけ補足すると、カイラは普段そんなことしません。
ただのいい子なんです。よしなに。
明日も20:10に更新予定!
ブクマやコメントをすると、今夜は良く眠れるようになるといいね。
よろしくお願いします!




