第十七話「箱の中・接触・逃走」
作戦決行当日の朝。
カイラが、大きな木箱を一つ用意していた。
「……え、これに二人入るのか?」
「そうだよ?あ、でもほら、中はクッション敷いてあるから!」
カイラが蓋を開けてみせた。
確かに内側に布が貼ってある。
なにが「でも」なのか。
特にフォローになっていない。
「……狭くないか?」
「……今さら言ってもしょうがないわね。」
エルナがそそくさと箱に入った。
膝を抱えて、隅っこに丸まっている。
……なんか、ヌイグルミみたいだな。
俺も続いて入った。
狭い。
狭すぎる。
「ごめん。無理だ。これ。」
「……。」
明らかに、箱から頭が突き出している。
これでは蓋が閉まらない。
「う~~~ん。困ったな…。」
そうだね。
俺も困った。
「えい!」
——ガッ。
頭を捕まれ、そのまま押し込まれる。
い、痛い。
両手を内側の壁につき、必死に抵抗を試みる。
「……。」
カイラは無言だ。
ただ、ただ頭を押さえつけてくる。
こ、怖い。
限界だ。
「うわぁ!」
「ちょ、ちょっと!」
——ガコン。
無理やり蓋が閉められた。
「ふぅ~~~。なんとかなったね!ジュディ!」
箱の外から、そんな呑気な声が聞こえる。
なんともなってねーよ。
「……。」
「……。」
気がつけば、エルナに覆いかぶさる形になっていた。
というか、大分密着している。
か、顔が近い。
エルナの足が、僕の腰に当たっている。
二人の腕が触れあっている。
二人分の体温で、箱の中がじわじわ暑くなってくる。
な、何も言えない。
箱の中は、完全に真っ暗だった。
箱ごと持ち上げられる感覚があった。
カイラとヴィンが運んでいるのだろう。
横揺れがひどい。
揺れるたびに、体が密着する。
揺れるたびに。
体が。
「……エ、エルナ、大丈夫か?」
話しかけることで、この気まずさを誤魔化す。
「……喋らないで。お願いだから。」
声のトーンが低い。
揺れが続く。
俺は、なんとか安定させようと藻掻く。
エルナの頭を、抱きかかえるようにして持つ。
……よし。なんとか楽にはなった。
「はぁ~~~。」
思わず、ため息を付く。
「ひんっ。」
「——!?」
小さな、でも確かな声がした。
な、なんだ?
「……ごめん!大丈夫か?」
「……っひ。」
なんだ、その声。
エルナの体が、硬直している気がした。
「…………耳。」
「耳?」
「耳に、息、かけないで!」
「…………。ごめ。」
「っ!」
………もう、何も言えなかった。
どのくらいそのままでいたか分からない。
やがて、足音が増えた。
「ちょっといいですか、その荷物——」
おそらく、イグニス係員の声か?
カイラが明るく答える声が聞こえる。
「あ、はい!第四研究室へのサンプル搬入です!こちらが搬入許可証です!」
「あぁ、なるほど。確かに本日連絡をいただいていましたね。」
いい感じだが、油断は出来ない。
俺は息を止めた。
「一応、中身の確認を確認しても?」
——まずい!
心臓が止まりそうだった。
「もちろんです!ただ、精密機器なので開封は研究室でお願いしていて……。」
カイラの声は全く動揺していない。
なんというか。流石だ。
でも、なんとなく恐怖も覚えた。
「……分かりました。通ってください。」
俺は、エルナにかからないようにゆっくり息を吐く。
横にいるエルナも、ほんの少しだけ力が抜けたのが分かった。
—
やがて、箱が下ろされた。
静かになる。
コン、ココンと箱を叩く音がした。
事前に聞いていた合図だ。
蓋を開けると、薄暗いトイレの個室だった。
カイラが蓋を持ち上げてくれていた。
「お疲れ様!ちょっと怖かったね!」
「……。」
エルナは無言で箱から出た。
顔が真っ赤だ、暗がりでもそれだけは分かった。
……申し訳ない。
俺も、体勢をなんとか整え、箱から出る。
「さて、ここからが本番。行くよ。」
声色の変わったカイラに促されて、トイレを出る。
薄暗い廊下。
カイラが物陰に俺たちを引き寄せた。
「あそこ。」
カイラが指で示した先に、ガラス貼りの扉があった。
扉の前に、警備員が一人立っている。
「あの奥が基幹システムの区画か?」
「そ。あの警備員を引きつけてほしいの。」
カイラが、スーツの襟に仕込んだマイクでヴィンと連絡を取る。
「…時間は、今から五分でいい?」
「あぁ~!問題ねぇ!通信機器をプスっと指してくれりゃ~いつでも行けるぜ!」
インカム越しの声でも、陽気さは変わらない。
カイラが俺とエルナを見た。
「……準備はいい?」
俺とエルナが頷く。
カイラが物陰から出て、基幹システムの区画の前まで歩いた。
「きゃーっ!!」
突然、廊下にカイラの悲鳴が響いた。
咄嗟に警備員が反応し、駆け寄ってくる。
「ど、どうしましたか!?」
「ま、魔法使い!ふ、不法侵入よ!」
駆け寄った警備員と目が合う。
「作戦開始ね。」
エルナが静かに言った。
俺たちは走り始めた。
振り向いて、警備の後ろにいるカイラを見る。
密かに、こちらにウインクを投げてきた。
そっちは頼むぞ!
………………。
…………。
……。
廊下を走る。
複数の足音が追ってきた。
どうやら、増援を呼んだらしい。
「止まれ!」
振り返らずに走る。
廊下の角を曲がる。
もう一人、前から来た。
「くそ。このままじゃまずいな。」
「二手に分かれましょう!あんたは右!私は左!」
エルナが走りながら言った。
「避難経路の入口で合流よ!」
「OK!分かった。」
分かれ道で、二手に分かれた。
—
一人になった途端、静かになった。
追ってきた足音が遠ざかっていく。
どうやらエルナの方に引きつけられたようだ。
女性の方が捕まえやすいと踏んだのだろうか。
そいつは悪手だ。
廊下が入り組んでいる。
右、左、また右。
完全に、僕は追手をまいた。
人気のない部屋に身を隠し、少しだけ息を整える。
エルナは大丈夫だろうか?
とりあえず、避難経路に向かおう。
部屋を出ようとした瞬間。
——チュン。
小さな音がした。
足元を見ると、銃痕があった。
……サイレンサー付きか?
「……おしい。あと少しで足におしゃれなストラップが付けれるぞ。」
暗がりから、ぬっと姿を現した男がいた。
スーツに身を包んでいる。
歳は中年くらいだろうか。
ヒゲを生やしているが、みすぼらしい感じはしない。
一目で、その道のプロだと分かる。
「……遠慮したいね。」
とっさに、銃を引き抜き照準を定める。
「ほぉ。基本はできているな。」
「なんだ?応用教えてくれんのか?」
「まさか。引き金を引くだけだ。応用もクソもない。」
片腕の魔術防壁も、相手に気づかれないように展開する。
今回の仕事は逃げることだ。
なんとか隙を伺って。
「隙なんて、出すわけないだろ?」
「あ?」
思考を読まれたと思い、一瞬硬直する。
男がふっと笑った。
「分かりやすいな。お前は。しかし、興味がある。何か……違和感があるな。」
「何がいいたい?」
「人は死なない。そんな勘違いをしてる。そんな目だ。」
なんなんだ。
俺が甘いっていいたいのか?
なめんなよ。
奪いたくもない命を奪ったことだってある。
「お前。特に自分は死なないと思ってるだろ?」
「……もういい。どけ。」
「それを言う暇があるなら、引き金を引け。」
カチン。
なんだこいつ。
癪に障るどころの話じゃない。
いいぜ。
だったら——
「待て。殺すな。」
どこからか、声がした。
男の後ろから、また別の男が顔を出す。
「……カイラ以外はどうしてもいいはずじゃなかったか?」
「この場ではダメだ。ここで殺せば、計画を取りやめる可能性がある。」
さっきから、何なんだ。
敵なんだよな?
なんでさっきから敵意を感じない。
「はじめまして。ジュディ。私はライアス。」
「な、んで。名前。」
「一応、イグニスの外部顧問を務めている。こっちはザイン。私お抱えの傭兵でね。腕が立つ。」
わけが分からない。
なんだ、この状況は。
このライアスって奴は何が言いたい?
「このまま争えば、そちらはただでは済まないだろう。」
「じゃあ、なんだ?このまま見逃してくれんのか?」
「あぁ、そうだ。」
——は?
「私とザインはこのまま姿を消す。この場はさっさと逃げてくれ。」
「……まぁ、依頼主がそういうんなら、しょうがないわな。」
そのまま、二人は踵を返す。
舐めやがって。
俺は引き金——
「止めておけ。そうなったら、本当に死ぬぞ。お前。」
ザインがこちらを一瞥もせずに言う。
そこで、ライアスが声を上げた。
「あー、そうだった。これは言っておかなきゃな。」
ライアスはこちらを振り返り、言う。
「娘をどうかよろしくな。」
その言葉を残して、二人は姿を消した。
……娘?
ライアスに、娘がいる?
金髪の小柄な少女が浮かぶ。
「——ディ。ジュディ!聞こえるか?」
インカムから、ヴィンの声が聞こえる。
……今は考えている場合じゃない。
逃げることが先だ。
「あぁ、問題ない。すぐ向かう。」
—
避難経路の入口まで走った。
エルナがすでに来ていた。
少し息が上がっている。
「遅かったわね。」
「……あぁ。ごめん。」
「……何かあったって顔ね?」
正解だが、今は言わないでおく。
「まぁ、話は後で聞くわ。行くわよ。」
エルナが先頭を走り始めた。
クロウが確保した逃走経路は、建物の裏手に出る通路だった。
途中、警備員が何人か倒れていた。
『寝かす』というのはこういうことか。
外に出た。
冷たい空気が頬を打つ。
「お~~っし!さっすが俺様!送信ログ、運送ルート、ぜぇ~~んぶ、いただいちゃいましたん!!」
ヴィンの声が、耳に飛び込んできた。
「ナイスだ!ヴィン!」
「カイラも無事だぜぇ~~!全くバレてない!今そのまま合流地点に向かってる!」
俺は、大きく息を吐いた。
「エルナ。どうやら、成功したみたいだ。」
エルナが前を見たまま、小さく頷いた。
「……よし。これでまずは第一段階は無事完了ね。」
口元が、少しだけ緩んでいた。
第十七話、お読みいただきありがとうございました!
作戦の第一段階は無事完了しましたね。
と思いきや唐突なお色気(?)回、と思いきやちょっとハードボイルド展開(?)。
このストーリーの落差は、作者の情緒だと思ってください。
この回では覚えてほしいことは、ただ一つ。
『エルナ』は耳が弱い。
明日も20:10に更新予定!
ブクマやコメントをすると、あなたの耳も弱くなります。
よろしくお願いします!




