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スペル・エラー ~娘が生まれるのに異世界へ召喚されたので、何があっても帰ります~  作者: とろたま愚鈍
第二部:最終章|キムラ・ジュディ編

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第二百七話「それはそれ。これはこれ」

タワー内の階段を駆け上がる。

カイラと、通信を繋いでいた。


『——だって。』

(……あ、そっすか。)

『ジュディの友達って。なんか、類友だね?』

(……類友?)

『みんな、素直じゃない。普通に、頑張れって言えばいいのに。』

(ははは。あいつらは、そうだよ。)

『なんか、変なの。』

(男は、そんなもんでいいんだよ。)


カイラから、ザインやガレス達の伝言を聞いた。


酒だの、仕事だの、借金だの。

まともな伝言は、エルドの言葉くらいだった。


……まぁ。それが、俺達だ。


階段を一段飛ばしで駆け上がる。


(で。アーヴィンは今、どこにいる?)

『今は、三十階の廊下を巡回させてる。』

(ん?させてる?)

『ちょっとした時間稼ぎなのです!』

(さっすがカイラ。じゃあ、俺は——)

『ジュディは、屋上で待機。』


今後の方針を話そうとしたところで、カイラに遮られた。


(ん?待機?)

『そ。待機。』

(えっと……なんで?)

『私が、アーヴィンさんをジュディの元まで届ける。』

(……。)

『届けるから、待ってて。』


どうやって?安全なのか?確実なのか?

色々と聞きたいことはあった。


でも、その声には、過程を聞かずとも信頼に足る凄みがあった。


サヤだって、カイラだって、ネルだって。

俺より全然すげぇし、それぞれに俺にはできないことができる。


だからもう、信じないなんて選択肢は俺にはない。


……でも何する気なんだろ。

怖ぇな。

こういう時のカイラ、怖いからな。


(……分かった。屋上だな。)

『ん!屋上!そこが、一番タワーへの被害も少ないと思う。』

(おっす!!)

『あ!ジュディ!!!』

「んぇ。」

『準備。ちゃんとしておきなよ?』

(……分かってるって。)


そのまま階段を駆け上がる。

目指すのは、屋上だ。


(……カイラ。)

『うん。』

(頼んだ!!)

『うん!頼まれた!!!』


通信が切れた。


「……ふぅ。」


息を吐く。

アーヴィンと、相対する準備。


そのために俺は、数分前に。

ネルから聞いた話を思い出した。




—




「時間、まだ大丈夫なのかよ?」

「ん。時間はないねぇ。だから、手短に済ませるよ。」


監視室でみんなと別れた後、俺はネルに呼び戻されていた。


……まさか、まだレガシーコードを俺に使うとか言い出さねぇよな?


いや、それはねぇか。

流石に。多分。


「……呼び戻した理由は?」

「アーヴィンの情報。君の作戦だと、彼と相対する可能性が高いからねぇ。」

「まぁ。なるべく不意打ちで済ませてぇけどな。」

「それが、失敗したら?」

「……お願いします。」

「あっは。」


ネルが笑い、一つの端末を俺へ差し出した。


受け取って画面へ目を落とす。

複数の資料が表示されていた。


「アーヴィンは、もともとアルカナの人間だ。それなりに情報もある。」

「そういえば、そうだったか?」

「うん。細かい経歴は省く。能力だけ端的に伝えるから、頭に叩き込んで。」

「……おっけぇ。」


ネルがメガネを上げ、そのまま淡々と言葉を続けた。


「まず。アーヴィンは魔法使い。そして、三英雄だ。四大元素の魔術を使える。」

「あぁ。そこはエルナと同じだよな。」

「そうか。君は魔法使いと過ごしていたんだね。なら、そこは割愛しよう。」

「あ、はい。」

「アーヴィンの得意とするのは、魔術じゃない。」


ネルが端末の画面を切り替える。

表示されたのは、半透明の壁だった。


「防壁魔法だ。」

「……防壁魔法?なんつーか。地味だな……。」

「あっは。まぁ、戦闘タイプではないからね。彼は。」


戦闘タイプじゃない?

なら、意外と勝ち目はありそうな気がする。


こちとら一応、傭兵だし。


「三英雄とは、第二次魔術大戦を終結に導いた英雄であることは知ってるね?」

「ん?んー。まぁ。」

「英雄として祭り上げられたのには、相応の理由があるんだよ。」

「そりゃあ、そうだろ。終結に導いたって言ってるくらいだし。」

「いいから、話聞け。バカ。」

「……へい。」

「デスは、敵陣の殲滅。アーヴィンは、自軍の自衛だ。」

「……自衛?」

「そ。」


ネルが画面を指で払う。


いくつもの防壁。

その内側には、大勢の兵士が映っていた。


「かつて、理論上は成立しなかった防壁魔術。アーヴィンは、自身の防壁魔法を一般兵でも使えるようにアイテムとして製造。一般化させた。」

「……え。防壁魔術って、アーヴィンが作ったの!?」

「正確には、今の形へ体系化した、だねぇ。だからこそ、アルカナの被害は最小限に抑えられた。結果として、第二次魔術大戦はアルカナの大勝〜。」

「……。」


さっきまで地味とか思ってた自分を、殴りたい。

いや、でも——。


「でも、それって戦闘力とは別じゃね?」

「別ではないよ。ごめん。話が逸れたね。つまり、防壁に関する使い方はアーヴィンが最も優れている。まずは、そこを突破しないと話にならない。」

「……一応、分かった。」

「本当にわかってるのか?……アーヴィンには、魔法使いとしての技の多彩さもある。複数の魔術を組み合わせて、独自の属性を作ることもできるし。場合によっては、重力操作なんてこともしてくるだろうねぇ。」

「……厄介だな。」


技の多彩さも厄介だけど、やっぱり一番面倒なのは防壁だ。


守り一辺倒の相手なら、焦る必要はない。

攻め続ければ、いずれは綻びが出来る。


でも今回は、俺自身に時間がない。

防壁を張って、ただ時間切れを待たれるだけでも、俺にとっては負けになる。


「アーヴィンがどう来るのかは、分からない。けど。短期決戦しかねぇな。」

「……うん。ジュディの加速と、静止電撃。アーヴィンが何かする前に決着を付けるしかない。」

「どちらにしろ。不意打ちが失敗した時点で、出たとこ勝負だな。」

「適当だな。一応、どう攻めるかの目処くらい立てておきなよ?」

「……はいん。情報ありがとうございます。」


それだけ言って、踵を返そうとした。


——クイッ


ネルに、服の裾を引っ張られていた。


「……ネル?」

「……それだけじゃ、ない。もう一つ、ある。」

「なんだよ。歯切れ悪いな。」

「……っ。」


……なんだよ。その顔。

なんというか、泣きそうというか。


最近、ネルのこんな顔を見ることが多い気がする。

……あんまり、見たくはねぇな。


ネルが白衣のポケットへ手を入れ、取り出したものを俺へ差し出した。


透明な、小瓶。

中には、紫色の液体が揺れていた。


「……これ、なんだ?」

「魔法使いに効く、薬だ。」

「……薬?」

「……。」


ネルは、一度俯いて俺の目を見た。

そのまま、呟くように言葉を紡ぐ。


「エルナ・クロイツは、死ぬ直前に魔術が使えなくならなかった?」

「……あ?」


心臓が、跳ねた。

ネルの言葉で、過去が蘇る。


——あの時。


エルナを失った時。

デスと相対した、ノヴァの雪原。


エルナを失う直前。

確かに、エルナは言っていた。


魔術が、発動しないと。


「……まさか。」

「そう。」


ネルは、俺から目を逸らさなかった。


「これは、その時にデスへ渡していた。魔法使いの『魔術』を封じる薬だよ。」

「……っ。」


吐き気がした。

反射的に、口元を押さえる。


なら、エルナが。

あの時エルナが死んだ、その原因の一つは。


「当時デスからは、この薬をナイフに塗って運用したと聞いた。」

「……ネル。」

「効果はあった。量は数滴で十分。体内に入ってから数秒で、魔術は使用不可能になる。」

「……ネル。止めてくれ。」

「ただし、魔法は防げない。また、事前に仕込んだ魔術やストーンウェアも起動できると見ていい。」



「——止めろ!!!!!」



叫んだ。

ネルの声が、止まる。


胸を押さえ、呼吸を整えるように努めた。

息を吸って、吐く。


「……ジュディ。」

「あぁ、分かる。分かってる。」

「……すまない。」

「……。」


感情を、理性で押さえ込む。


ネルを、憎みたい。


だって、ネルが作った薬。

その薬がなければ、エルナはもしかしたら。


……違う。


今、それを考えるな。

ネルの気持ちも、ネルがこれを俺へ渡す意味も分かってる。


——飲み込め。


今は、生きるために。

俺が選んだ道を、最後まで張るために。


ネルが、紫色の液体を見る。


「これは、私の罪そのものだ。」

「……。」

「過去。私は、興味本位でこれを作り、命を奪った。」

「……それを、分かってんのか。」

「うん。でも、今は。」


ネルの手が、少しだけ震えた。


「君の命を、救うために。使って欲しい。」

「……。」


小瓶を見る。

俺は、手を伸ばした。


「……使わせて、貰う。」


ネルの手から、小さな瓶を受け取る。


「……。」


俺は、受け取った。


かつて、エルナが死んだ要因の一つで。

今は、俺が生きるための手段。


ネルの罪と、俺の希望を。




—




アーヴィン・ロックウェルは困惑していた。


——おかしい。

目的地に近づいているはずなのに、一向に辿り着かない。


「……。」


アーヴィンは、足を止める。


タワー・オルタナティブの、三十階。

白い廊下が、続いている。


前方にある扉を抜け、階段を登れば。


エミリがいる区画へ近づく。

……そのはずだった。


アーヴィンが扉へ手を掛け、開く。


「……。」


その先にも、白い廊下。


歩いて、角を曲がる。

また、扉がある。


開くと、再度、白い廊下。


「……なるほど。」


口元が、少しだけ緩んだ。

同じ場所を、迂回させられているのか?


——いや、違う。


アーヴィンが、後ろを振り返る。

歩いてきた廊下には、特に変化はない。


壁。照明。案内表示。

全てが、自然だった。


「……はは。やられたな。」


転送されている。

しかも、本人が違和感を認識しないように。


扉を開く瞬間や、角を曲がる瞬間。

景色が切り替わり、視界から空間情報が途切れる一瞬を狙って、別の場所へ転送している。


前へ進んでいるように見せかけながら、同じ階層を何度も。


「君が、恐ろしくなってきたよ。カイラ・ドゥーナ。」


アーヴィンは、近くの壁へ手を触れた。


転送だけであれば、さして脅威ではない。

しかし、彼女の場合は違う。


空間。建物。導線。人間の認識。


その全てを把握し、目的に合わせて組み替えている。


アーヴィンは天井を見る。

廊下を歩くから、廊下を使って誘導される。


——ならば。


「直線で、行こうか。」


杖を持ち上げ、天井へ向ける。

魔力を流した。


——ドンッ!!!


天井が吹き飛び、瓦礫が降り注ぐ。

空いた穴の向こうには、上階の床が見えた。


「……。」


杖を下ろした、瞬間。


——スッ。


「……む?」


穴が、消えた。


穴が、塞がったのではない。

最初から、空いていなかったことになった。


アーヴィンが、手元へ視線を落とす。


杖の先端が、砕けていた。

小さな穴と、焦げた金属片。


銃弾の痕跡。


「……いつの間に。」


攻撃された記憶はない。

感覚も、なかった。


だが、杖は壊れている。

そして天井には、破壊した痕跡すら残っていない。


「時間干渉と、転送か?」


——数秒前。

まだ杖が無事だった時間へ、銃弾を転送し杖を破壊。

その結果を、現在へ確定させた。


先ほどの私の魔術は、杖を媒体として発動した。

杖が壊れれば、『魔術を放った』結果そのものが、『放てない』結果へと置き換わる。


「……。」


しばらく、アーヴィンは無言で天井を見つめていた。


「は、ははは。」


やがて、小さく笑った。


——面白い。

アーヴィンは、心の底からそう思った。


自分を倒す力は、ない。

真正面から戦えば、おそらく勝負にはならない。

先ほどの時間干渉における転送も、おそらく確実に実施できるものではないだろう。


だからこそ、戦わない。


自分を目的地へ、到達させない。

そのためだけに、自分が持つ技術と、この建物全てを利用している。


「……恐ろしい研究者だ。」


彼女は、人を幸せにしたいと言った。


誰かを救うために。人と人を繋ぐために。

転送という技術を使おうとしている。


だが、もし。

もしも、その善性を投げ捨てれば——


「世界をひっくり返すほどの力を、得られるはずだ。」


移動を支配し、物流を支配し、戦場を支配する。

それは、人間を支配できると言っても過言ではない。


それだけの技術を持ちながら。

彼女は人を幸せにするために使うことを選んだ。


「……彼女が、彼女であることは。世界にとって、幸運だったな。」


いや、それも少し語弊があるか。


——ライアス。


彼が、親であることを決めた娘。

娘の想いが、何よりも大切だと、彼はその命を張り通した。


「彼の友人であったことを、私は誇りに思うよ。」


しかし、今となっては立ちはだかる障壁でしかない。

既に、賽は投げられた。


「——私も、ここで止まるわけにはいかない。」


杖を捨て、右手を天井へ向ける。

魔力を集める。


転送できる。時間を巻き戻せる。

なら、一つずつ全ての原因を消せるということだ。


——逆に言えば。


「全ての因果を、消せるかな?」



——ドドドドドド!!!


天井が、爆ぜる。


一発。二発。三発。


次々と魔術を叩き込む。


「……ふぅ。」


天井に空いた、大穴。

もう、塞がることはなかった。


「ははは。少し大人気なかったかな?」


アーヴィンの足元へ風が集まり、身体が浮く。

そのまま、大穴を通過して上を目指した。


「……。」


床へ、着地する。

目の前には、今までとは違う景色が広がっていた。


広い空間。

その奥の大きな扉の先に、エミリがいる。


その部屋へ続く、最後の大広間だった。


「……。」


その扉の前に、一人の女性が立っていた。


「……こんにちは。アーヴィンさん。」


——カイラ・ドゥーナ。


その姿を見て。

アーヴィンは、少しだけ笑った。


「やぁ、カイラ君。息災かい?」

「えぇ。私は、なんとか。」

「……やられたよ。君のテリトリーに踏み込むのは得策ではなかったね。」

「あはは。でも、来られちゃいました。」

「十分だよ。私はこれでも、三英雄だよ?」

「……そう、でしたね。」


カイラは、笑っていた。

いつもの、柔らかい笑い方だった。


アーヴィンが足を止める。

二人の距離は、十数メートル。


その奥に、目標のエミリがいる。


「……エミリは、返してもらうよ。」

「嫌です。」

「ははは。この状況では何もできないだろう?」

「……それでも。あなたがいる限りここをどきません。」


カイラは、動かなかった。


武器を持っている様子もない。

魔力を、攻撃へ使う素振りもない。


「いいのかい?カイラ君。」

「……何がですか?」

「私は、転送技術の支援者だよ?まだ、契約はこれからだがね。」

「……アーヴィンさん。」

「なんだい?」

「それはそれ。これはこれ。です。」

「……。」

「あなただって。私のお父さんを殺した。」


アーヴィンが一度、瞬きをした。


それも、そうか。

知らないわけがない。


それでも、彼女はそう言い切った。


「ははは。面白いね。君は。」

「……。」

「正直に言おう。君を侮っていた。」

「知ってます。だからこそ、ここまで時間を稼げました。」

「それも、ここまでだがね。」


カイラが、両手を後ろで組む。


「いえ?……私は、あなたとは戦いませんよ?」

「ん?なら、通してくれるのかい?」


アーヴィンの眉が、僅かに動く。

瞬間。


——パァァァァッ!!!


床一面に、光が走った。

大広間そのものを覆うほどの、巨大な転送術式。


「これは——」


アーヴィンが、足元を見る。


「転送……。」

「私は、あなたの敵ではありません。」


カイラが、笑った。

いつものように、笑っていた。


「あなたは、ジュディの敵ですから。」


「——カイラ・ドゥーナ!!!」


——やられた。


アーヴィンがそう思った時には。

視界が白く弾けていた。




—




「……っ。」


足裏に、固い感触が伝わる。

心地よい風が、頬を撫でた。


アーヴィンが、顔を上げる。


タワー・オルタナティブの屋上。

その中央に、一人の男が立っていた。


「……ふぅ。」


煙草をふかし、片手で前髪をかき上げる。

二十歳ほどにしか見えない、一人の男。


——キムラ・ジュディ。


彼は煙を吸い、こちらを見る。

煙草を離して、口元を上げた。


「よっす。アーヴィン。」


第二百七話、お読みいただきありがとうございます!


それは、それ。

これは、これです。


カイラ、色々とやりましたね。

ぶっちゃけます。彼女、チートなんです。


彼女のテリトリーで喧嘩しちゃダメっすね。

最終的に、三英雄を強制配送でした。


次回も20:10、更新予定です!

ブクマやコメントをいただけると、アーヴィンさんの配送料が少し安くなるかもしれません。

よろしくお願いします!


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