第二百四話「それでも、張り続ける」
『ジュディ。聞こえる?』
(あぁ。聞こえてるよ。)
脳内通信で、カイラの声が届いた。
タワー・オルタナティブの屋上。
吹き抜ける風を感じながら、アッシュタウンへ続く道を見る。
遠くに見える黒い塊は、さっきよりも随分と大きくなっていた。
『アッシュガード到着まで、残り五分くらいかな?』
(……予定通りだな。)
『うん。カルディア政府の先行部隊は、もう到着してるよ。百人。』
(もう、やり合ってんのか?)
『まだ本格的には。でも、何度か警告はしてるみたい。向こうも少し進行速度を落として、牽制し合いながら進んでる。』
(まぁ、相手の数が数だしな。いきなりドンパチはしねぇか。)
『うん。そんな感じだから、到着時間に大きな遅れはなさそう。』
(……そっか。)
屋上の柵へ手を置く。
——五百人。
改めて目で見ると、とんでもない数だ。
あそこに今から一人で突っ込むのかと思うと、笑えるくらい足が震えている。
「……っは。」
怖ぇな、くそ。
もう、強がって誤魔化す必要もない。
その上で、どうするかって話だ。
『……ジュディ。』
(ん?)
『えっと。あの、大丈夫?』
(全然!めっちゃ怖い!)
『……そっか。そうだよね。』
(あぁ。そうだよ。)
『でも、行くんだもんね?』
(あぁ。行くんだよ。)
足は、まだ震えている。
それでも、それを理由に止まるつもりはなかった。
『ジュディ。』
(……ん?)
『確認です。怪我したら——』
(戻る。)
『……。』
(少しでも怪我したら戻る。戻る時は、カイラに通信する。)
『……うむ。よろしい。』
(ネルといい、ちょっと過保護じゃねぇか?)
『大事なことだからね?』
(……へい。)
小さく笑う。
もう一度、遠くのアッシュガードを見た。
(そろそろ、行くわ。)
『……うん。』
(カイラ。)
『何?』
(俺のこと、頼んだ。)
『あはは。変なの。でも、うん。任せて。』
カイラとの通信が、切れる。
……さて、行くか。
『……ジュディ。』
入れ替わるように、聞き馴染みのある声が脳内で響いた。
思わず、足が止まる。
(……アルト。)
久しぶりに、その声を聞いた気がした。
つっても、一時間前には話していたけどな。
(よかった。ちょっと気にはなってたんだ。)
『っは!テメェが締め出した癖に、どの口が言ってんだか。』
(いや。あの時は、俺も必死でさ……。)
『あんな簡単に俺を締め出せんなら、最初からやりゃあよかったな。』
(自分でも、どうやったか分かんねぇよ。悪かったって。)
『……随分、余裕みてぇだな。』
(余裕だって?)
自分の足を見る。
相も変わらず、震えていた。
(余裕に見えるか?見ろよ、この足。ガクガクだ。)
『そうじゃねぇ。妙に、吹っ切れてやがる。』
(……あぁ。そっちか。)
屋上の扉を開ける。
階段を降りながら、アルトの声を聞いた。
『お前の選択は、もう分かってる。不思議と、それを否定する気にもならねぇ。』
(……んだよ。随分、潔いいじゃねぇか?)
『同一化の影響かもな。お前の判断が、俺に寄ってんのか。俺の判断が、お前に寄ってんのか。』
(……嫌なこと言うなよ。なら、俺はエルナを選んでるはずだ。)
『……ジュディ。最後に、一つだけ聞かせろ。』
(歩きながらでいいならな。もう、アッシュガードがそこまで来てる。)
『あぁ。簡単な話だ。』
(……なんだよ。)
一拍置いて。
アルトが、言った。
『お前は、結局。エルナや他人に求められたキムラ・ジュディのままだ。』
(……あぁ。そうだな。)
『そこに、お前はいねぇ。求められて演じるんじゃ、誰の人生なんだか分かったもんじゃねぇ。』
(何度も聞いたよ。いい加減、耳にタコだぜ?)
『なら、考え直せよ。これを、最後の問答にしてやるからよ。』
最後の問答か。
——そこに、テメェはいねぇ。
前は、何も言い返せなかった。
でも、今は違う。
アルトも、それは分かってる筈だ。
分かった上で、俺に聞いてる。
多分これは、俺とコイツの『筋』の話だ。
(……アルト。答えるぜ?)
『あぁ。』
(そこに、俺はいるよ。)
『……。』
(だって、俺が選んだんだから。)
階段を、一段降りる。
『求められるキムラ・ジュディを演じる。それを選ぶってのか?』
(あぁ。そうだよ。それを、俺は選んだ。)
また、一段。
一つずつ、震える足で降りていく。
(人を見捨てない。人を、人として見る。そんなキムラ・ジュディを、俺は選んだんだ。)
『……。』
(その選択に、俺がいないとは言わせない。)
『それで、いいのかよ。』
(それが、いいんだよ。)
『……虚像が、そこにあるって虚勢張ってるようにしか聞こえねーぞ?』
(確かに、そうかもなぁ……。)
求められているから、答えているだけかもしれない。
今も誰かの望む俺を、必死になって演じているだけかもしれない。
エルナの言葉を捨てられず。
その呪いに、ずっと縛られているのかもしれない。
『分かってんなら——』
(『それでも』だ。アルト。)
アルトが、黙った。
(お前の言いたい事は、分かってる。それでも、俺はコレを張る。)
『……何を。』
頭の中に、一人の男が浮かんだ。
血なんて繋がっていなかった。
間違えて。一度は諦めて。死んで。
それでも最後には、親を張った男の後ろ姿が。
(それでも、俺は——)
——『キムラ・ジュディ』を張り続ける。
沈黙が、続いた。
しばらくして、アルトが鼻で笑う。
『……クソ甘ぇな。』
(……。)
『エルナと生きられる可能性を捨てて、小娘一人救うなんてよ。』
(小娘じゃねぇ。エミリだよ。あいつは、一人の。ただのプリンを食いてぇ人間だ。)
『……っは。やっぱテメェは、クソ甘ぇよ。』
アルトの笑い声が響く。
不思議と、その音に拒絶は感じなかった。
(悪ぃな、アルト。正直、泥舟だ。)
『泥舟どころじゃねーよ。こりゃあ、チョコかなんかだな。泥より溶けるの早えぞ?』
(……甘いからってか?)
『あぁ。くそ甘い乗りもんだ。』
(お前は、俺なんだろ?散々振り回されたんだ。一回くらい付き合えよ。)
『……っち。最悪だぜ。』
(あぁ。最悪だろうな。)
また、沈黙が落ちる。
呟くように、アルトは言った。
『……胸焼けだな。』
(あ?)
『甘すぎて、熱くなっちまった。』
(……あんま上手くねーよ?)
『うるせぇよ。ボンクラ。』
階段を降り切る。
一階へ続く廊下を、そのまま歩いていく。
『ジュディ。……それで、いいんだな?』
(くでぇぞ。いいじゃねーか。……かっこいいだろ?この生き様は。)
『っは。んだよ、言えんじゃねーか。』
(……ん?)
『カッコつけてぇ。そんだけだろ?』
思わず、足が止まった。
「……はは。」
なんだろう。
すげぇ、しっくりきた。
(あぁ。そんだけだよ。)
『なら、付き合ってやるよ。』
(……いいのかよ?)
『男が、意地を張りてぇ。それなら、『納得』してやるよ。』
意地に、かっこつけ。
あぁ、そうだな。
それで、いい。
俺は、それを通すんだ。
—
タワー・オルタナティブの正面。
防壁の内側へ出ると、目の前には既にアッシュガードの部隊が並んでいた。
屋上から見るのとは、まるで違う。
……圧が、すげぇ。
防壁を挟んだ、部隊の最前列。
白衣を着た細身の男が、一人だけ前へ出ている。
「……うわ。」
思わず、声が漏れる。
左半身が、黒いストーンウェアで構成されていた。
前に見た時とは、明らかに姿が違う。
……なんか、デスを思い出すな。
「ショーン・プライド、だよな?」
名前を呼ぶと、ショーンが笑った。
「ご機嫌は、悪いですか?キムラ・ジュディ。」
「んだよ、その聞き方。最悪だよ。」
「ははは。それは、何よりです。」
「ってか、あんたどうしたんだ?その身体。」
ショーンの笑顔が、消えた。
体が、小刻みに震えている。
「何も、聞いていないのですか?」
「え~っと。……何を?」
「あの女……。必ず、殺す。」
「あの女?誰だ?ネルのこと?」
俺が、その言葉を発した。
次の瞬間。
「黙れぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
「うぉっ!?」
ショーンが、突然叫んだ。
黒い左腕が、ぎちりと音を立てる。
肩を大きく上下させながら、何度も息を吐いていた。
「ふぅ……。ふぅ……。ふぅ……。」
「だ、大丈夫っすか?」
「いやいや、すみません。取り乱してしまいました。」
「い、いえ。」
……情緒、大丈夫か?こいつ。
思わず敬語になっちゃったよ。怖いんだもん。
何事もなかったように顔を上げ、ショーンが再びこちらを見た。
「さて、キムラ・ジュディ。今一度問います。」
「……ん。」
「エミリを返しては、もらえませんか?」
「無理。アーヴィンからも聞いてんだろ?」
「……そうですか。」
小さく息を吐く。
「ならば、武力行使です。」
「だよなぁ。……一つ、俺も聞いていいか?」
「えぇ。どうぞ。」
「アーヴィンは、どこにいる?」
一瞬。
ショーンの口元が、僅かに上がった。
「……さぁ。探してみては?」
「っは。上等。」
ショーンが、右手を上げる。
——ガチャ。
それを合図に、周囲のアッシュガードが一斉に銃口を向けた。
……五十。いや、それ以上か。
全てが、俺へと向いていた。
「防壁の中にいて、余裕のつもりでしょうが。こんな防壁は、その場しのぎにしかなりませんよ?」
「……。」
「この防壁の破壊をもって、開戦としましょう。」
右手が振り下ろされた。
——ダダダダダダダダダダダダダ!!!!!
凄まじい銃声が響く。
無数の弾丸がこちらへ飛んできて、反射的に身体へ力が入った。
——でも。
弾丸は、防壁に当たらなかった。
正確には。
当たる寸前、青い膜へ吸い込まれるように消えていく。
その後に続く弾丸全てが、防壁に飲まれた。
「……な、に?」
ショーンが、目を見開く。
「弾かれない……?まるで、吸い込まれたような……。」
「……は。はは。」
「なんだ、これは。」
いや、分かってた。信用してた。
……それでも、すげぇなカイラ。
実際に目の前で見ると、引くくらいすげぇ。
「ははは。これは、ただの防壁じゃねーよ。」
「……。」
「カイラのお手製だ。タネは、教えてやんないよん。」
「……この、クソガキィ。他人の威を借りて胸を張るな。」
「……へい。」
ショーンが、歯噛みする。
俺は、一歩前へ出た。
「ま。ここからは、俺自身の威で張らせてもらうぜ?」
「……きますか。」
「あぁ。開戦の合図は、俺からだ。」
魔力を、練り上げる。
——ッ。
音もなく。動きもない。
極小の電撃を、視界に映る人間の脳内へ『直接』発生させた。
「——っ!?」
ショーンの身体が、止まる。
その周囲も。
銃口をこちらへ向けたまま、一斉に動かなくなった。
「……ほぅ。できるもんだな。」
記憶の中で見た、アルトの魔術。
相手の身体へ微弱な電撃を直接発生させ、生体活動を一瞬だけ阻害する。
——ジャミング電撃。
後は、昔のアルトが言うように単純な作業。
お掃除で、終いだ。
「……っ。」
頭の奥に、鋭い痛みが走った。
視界に映る人間だけとはいえ、一人一人へ流す電撃を細かく調整する必要がある。
魔力そのものは、そこまで使わない。
……思ったより、かなり神経使うな。
動かないショーンを、見る。
その首へ。
ダガーを振り抜く姿が、頭の中に浮かんだ。
「……なるほど、ね。」
今なら分かる。
アルトが、この魔術を使う時。
どうして銃じゃなく、ダガーを使っていたのか。
これだけの精密操作をしながら、さらに一人ずつ照準を合わせる余裕なんてない。
相手を止めることに、リソースを集中。
あとは、狙う必要のないダガーで直接首を撫でる。
そっちの方が、圧倒的に速い。
「……。」
殺す方が、ずっと簡単だな。
このままなら、一発で終わる。
そう考えた瞬間、視界が白く濁った。
—
目の前に、アルトがいた。
こちらに背中を見せて、前を向いていた。
「……おい。アルト?」
「さて、ここまできたな。ジュディ。」
アルトは、先を見つめていた。
その視線の先を、俺も見る。
——無数の、死体があった。
気がつけば、世界は赤と黒へと変貌していた。
その死体の先を、さらに見つめる。
……墓標が、あった。
誰の墓標なのか。
それは、誰に聞かずとも分かっていた。
多分、俺の墓標だ。
「……これが、先か?」
その背中へ、声をかける。
アルトは、こちらを振り向かない。
先を見据えたまま、言った。
「あぁ。キムラ・ジュディの生き様の、その先だ。」
「……。」
「いよいよだ。お前の選択を貫くために、奪う時間がやってきたぜ?」
「……奪う、時間。」
アルトは、煙草を取り出し火をつけた。
煙を吐き出しながら、言葉を紡ぐ。
「あぁ。俺も、通った道だ。」
「……。」
「一つの選択を、貫く。この世界じゃ、奪うことは避けらんねぇ。」
「……その結果が、これかよ。」
「あぁ。はっきり言うぜ。ジュディ。」
アルトは、煙草を地面に落としもみ消した。
「ここから先は、地獄だ。」
アルトが、背中越しに俺を見る。
「甘ちゃんに、ついて来れんのか?」
その視線に、その先の世界に、足が震えた。
……それでも、俺は一歩を踏み出した。
「うるせぇよ。俺は、そっちにはいかねぇ。」
「……あ?」
「聖人君子気取るつもりはねぇ。でもな……」
また一歩、踏み出す。
「俺は、奪わねぇよ。」
「……。」
俺は、駆け出した。
そのまま、アルトの背中を追い越す。
「ついて来れるかだぁ?上から、物言ってんじゃねーよ!!」
——テメェが!
——俺に!!
——ついてくんだよ!!!
赤い世界が、砕け散る。
その先には、まだ何もない。
ただ、白い世界だけが広がっていた。
「これが!!!」
俺が、選んだ。
これからも、間違いながら選び続ける。
「キムラ・ジュディの進む道だ!!!」
俺は、止まらない。振り返らない。
そのまま、白い世界を駆け抜ける。
「……っは。」
後ろから、アルトの声が聞こえた。
「言うじゃねぇか!!甘ぇまま進むってか!!」
「……。」
「……いいぜ。だったら、やってみろよ。」
視界が、揺れる。
それでも、走ることは止めなかった。
「殺さずに、五百人。抜いてみろ!!」
「上等だぁ!!!!」
—
視界が、戻る。
ショーン達は、まだ動けない。
そのまま腰から、二丁の拳銃を抜く。
——グリム三十式。
電撃魔術と共に歩んできた。
非殺傷弾を装填済みの、俺の相棒。
「……っし!」
ジャミング電撃を切ると同時に、両脚へ魔力を集める。
——バヂッ!!!!
電撃を纏うことで可能になる、高速移動。
その足で、地面を蹴った。
「——っ!?」
ショーンの目が、動いた。
でも、もう遅い。
さっきまで止まっていた相手と、そこから一気に加速する俺。
ジャミング電撃と高速魔術は、同時には使えない。
だから、一瞬ごとに切り替える。
その一瞬、そこだけは。
「……っは。」
世界が、止まる。
その中を、俺だけが動く。
ショーンの目の前へ滑りこみ、額へ銃口を突きつけた。
「……っ!!!この——」
——この瞬間だけは、俺だけの世界だ。
ショーンの瞳に、俺の顔が映っている。
「さて、ショーン。開戦の合図だ。」
笑って、引き金を引いた。
——パンッ!!!
ショーンの頭が後ろへ弾け、そのまま地面へ倒れる。
「……何かしようとしてたんなら、悪ぃな。」
倒れたショーンが、痙攣している。
……死んじゃいない。
次は——
「……こ、この!!!」
周囲のアッシュガードが、すぐにこちらへ銃口を向けた。
その瞬間。
——ッ!
ジャミング電撃で、動きを止める。
即座に切って、高速移動。
踏み込み、引き金を引く。
——パパンッ!!!
二人が、倒れた。
「何やってる!!!さっさと撃て!!!」
「囲いこめ!相手は一人だぞ!!」
高速魔術を切り、もう一度ジャミング電撃を放つ。
——ッ!
また、世界が止まる。
その一瞬に高速魔術へ切り替え、止まった人間の間を抜けていく。
「……ぐっ。」
頭の奥が、ずきりと痛んだ。
——ジャミング電撃。高速魔術。銃撃。
それを、何度も何度も瞬時に切り替える。
魔力は、そこまで減っていない。
でも。
脳みそを無理矢理、別々の処理へ切り替え続けているみたいだ。
……こりゃあ、思ってたよりキツいな。
「邪魔だ!!!離れろ!!!」
声と共に、背後から銃声。
身体を捻り、射線から外れる。
すぐに、視界に敵を捉えた。
——ッ!
止めて。切って。高速移動。
——パパパンッ!!!
両手の拳銃を振り抜くように、次々と引き金を引く。
「あんまり、長くは使えねぇな!!!」
元から、長引かせるつもりなんてない。
俺の目的は、こいつらを倒すことじゃない。
「アーヴィン!」
部隊の中央へ向かって、五百人の軍勢を切り裂くように駆け抜けた。
—
銃撃。ジャミング。高速魔術。
止まった相手を抜き、邪魔な奴だけ撃つ。
一人。また、一人。
数を減らしたところで意味はない。
俺が欲しいのは、一本道だけだ。
——ドォン!!!
少し離れた場所で、大きな音が響いた。
続いて、銃声が鳴り響く。
アッシュガードの何人かが、一斉にそちらを見る。
……カルディア政府か。
本格的な戦闘が、始まった。
「はは!!……いいねぇ!!」
その隙を逃さず、さらに奥へ踏み込む。
「そのまま、かき乱してくれよ!!!」
敵の意識が散る。
部隊の中央、そのさらに奥。
視線を、走らせる。
「……っへ。」
一際、人が集まっている場所。
周りよりも、明らかに警護が厚い。
その中心に、白い髪を視界に捉えた。
「見つけたぁ!!!」
——ッ!
即座に、ジャミング電撃。
視界に映った十数人の動きが止まる。
即座に、高速魔術へ切り替える。
止まった人間の間を、一気にすり抜けた。
「……っ。」
頭が痛い。
耳鳴りもする。
視界の端が、少しだけ滲んだ。
それでも、目の前にいる。
「よぉ!アーヴィン!!!」
白髪の男は、動かない。
こちらを、見ようともしなかった。
——アーヴィン・ロックウェル。
「っは!!舐められたもんだな!」
見つけたなら、先手必勝だ。
最後の一歩を踏み込み、その背後へ回る。
首へ、右腕を回す。
このまま拘束して、高速魔術で一気に戦場から引き剥がす。
これで、詰み——。
——ブゥン。
「……は?」
腕が、何も掴まなかった。
正確には、アーヴィンをすり抜けた。
勢いのまま、身体が前へ抜ける。
「っ!?」
体勢が、崩れる。
高速魔術を止めきれず、肩から地面へ叩きつけられた。
「ぐっ!!!」
地面を転がり、体勢を即座に立て直す。
中腰のまま、アーヴィンに視線を戻した。
「……な、んだ?」
アーヴィンは、そこにいる。
相変わらず、微動だにしていない。
……その輪郭が、僅かに揺れていた。
「……これ。」
足元に、視線を移す。
小さな装置から、光が伸びている。
「ホロ、グラム……?」
投影。
偽物。
……本人じゃ、ない?
「……。」
思わず、思考がフリーズする。
なんで。何故だ。
いつ。一体、いつからだ?
監視映像で確認した限りでは、アーヴィンは軍勢の中にいた。
「……囮?」
意味が分からない。
こいつらは、タワー・オルタナティブを落としに来た。
だったら、なんで。
攻める側の大将を、わざわざ囮にする必要が——。
『ジュディ!!!!』
「——っ!!!」
アルトの声が、頭の中に響いた。
我に返り、顔を上げる。
「……あー。」
前。右。左。後ろ。
いつの間にか、アッシュガードに囲まれていた。
……元々、軍勢のど真ん中ではあったけど。
視界に映るアッシュガード全員が。
俺へ、銃口を向けている。
「……やっべ。」
完全に、誘い込まれた。
「くそっ——」
第二百四話、お読みいただきありがとうございます!
最終章開始から、十一話。
やっと開戦しました笑
そして、以前アルトから突きつけられた問い。
ライアスから受け取った「張る」という言葉。
ようやく、ジュディなりの答えを出しましたね。
……おっせぇ。
なお、その選択の結果。
現在、めちゃくちゃ銃口に囲まれております。
次回も20:10、更新予定です!
ブクマやコメントをいただけると、ジュディの回避率が少しだけ上がります。
……物語終わっちゃうから、上がってくれ。
よろしくお願いします!




