↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スペル・エラー ~娘が生まれるのに異世界へ召喚されたので、何があっても帰ります~  作者: とろたま愚鈍
第二部:最終章|キムラ・ジュディ編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

199/214

第百九十八話「狭まり、狭まり、苦しむ」

「……っ。」


目を開けた。

白い天井が、視界に入る。


……白い。

一瞬まだ、あの空間にいるのかと思った。


「……ジュディ!!」


声と同時に、視界へカイラの顔が飛び込んできた。


「……カイラ?」

「ジュディ!ジュディ!!分かる!?私、分かる!?」

「わ、分かる。分かるから……近い。近い。」


頬を両手で、挟まれていた。

目の前で、カイラが今にも泣きそうな顔をしている。


「おはよ。ボンクラ。」

「……サヤ。」

「はぁ〜〜。寝過ぎだって。」

「……悪ぃ。」

「あんま、さ。心配させんなよ。」

「……うん。」


少し離れたところで、サヤが壁に背を預けている。

その顔には、いつもの余裕がなかった。


「……はぁ〜。とりあえず、よかった……んですよね?」


エミリもいた。

椅子へ座ったまま、俺をじっと見ている。


そして。


「……ジュディ。」


ベッドの横に、ネルが立っていた。


目の下には、薄く隈が浮かんでいる。

髪も、いつもより少し乱れていた。


「ネル。」

「……うん。私だ。まだ、認識できるみたいだね。」

「?」


体を、起こそうとする。

カイラが背中へ手を添えてくれた。


頭は、妙に冴えていた。

体も、今すぐどうにかなりそうな感覚はない。


だからこそ。


さっきまでいた白い空間と。

そこで交わした言葉だけが、やけに鮮明に残っていた。



——今のお前は、何を選ぶ?



……わかってる。わかってるさ。


ネルが、椅子へと座った。

そのまま、俺と目線を合わせる。


「ジュディ。早速だけど、落ち着いて聞いてほしい。」

「何日だ?」

「え?」


ネルが、目を見開いた。


「ネル。俺は、あと何日生きられる?」


部屋が、静かになった。


カイラの手が、背中に触れたまま止まっている。

サヤも、壁から体を起こした。


ネルは、しばらく俺を見ていた。


「……なるほど。アルトと、話したんだね?」

「あぁ。多分、時間がないことも分かってる。」


ネルが、目を伏せる。

それから一度、大きく息を吐いた。


「ジュディ。君は、丸一日眠っていた。」

「あぁ。」

「……簡易的な観測では、君とエミリの残り時間は、おそらく僅差だ。」

「……僅差。ってことは、つまり。」


ネルの口が、止まる。

ほんの数秒、それだけの時間が異様に長く感じた。


「……一日だ。」


カイラとサヤが、小さく息を呑む音がした。


「一日……。」


俺は、思わずエミリを見る。


「……っ。」


エミリは、何も言わなかった。

ただ、膝の上に置いていた手を、少しだけ握った。


「これは、仮説だが。今日どこかのタイミングで最後の発作が来る。」

「……最後の発作?」

「あぁ。発作が始まると、人格の入れ替わりが不定期に、短時間で、何度も行われる。」

「……。」

「……数回、それを繰り返した後。」


ネルが、言葉を切った。


「同一化。もとい、上書きは完全に完了する。」


……今日、一日。


この二十四時間の間に。

俺は、アルトになる……らしい。


昨日まで、十二日あった。

あったはずだ。


上手く行かなかった時のために。

俺なりに次のアクションも考えていた。


……結局は、時間がない。

時間があると、勝手にそう思っていただけだ。


実際は、アルトが自分を削って。

勝手に、せき止めていただけ。


「……クソ野郎め。」


思わず、声が漏れた。


「ジュディ?」

「いや。なんでもねぇ。」


アルトの野郎。

マジで、最後まで余計なことしかしねぇじゃねーか。


……いや、違う。

今は、そんな事を考えてる場合じゃない。


「……ネル。」

「なに?」

「……俺は、エミリと僅差だって言ったよな?なら、エミリも発作とか来たのか?」

「いや、来ていない。でも、君と状況は変わらないよ。」

「……それ、何か変じゃねーか?」


混乱する俺をよそに、ネルは続けた。


「さぁね。詳細な誤差までは測れないし、分からない。ただ少なくとも、今日中に何らかの処置を行わなければならない。それは、二人とも同じだよ。」


……二人とも。

その言葉が、妙に耳に残った。


俺と、エミリ。

二人で、生き残る。


二人で、カルディアで。

そう誓った。


「……分かった。とにかく、進もう。」


布団を捲り、床へ足を下ろした。


「ジュディ!?まだ寝てた方が——」

「そうしてぇけど。寝てる時間、あんまなさそうだ。」


カイラに、無理やり笑いかけた。

ちょっとでも、不安そうな顔が消えればいい。


「帰ったら、もう爆睡だろうなぁ。これ。」

「……バカ。バカジュディ。」


カイラが、唇を噛んだ。

……失敗だな。


俺は、立ち上がる。

少しだけ、足元がふらついた。


「……。」


ネルの顔が、歪んだ。

……まずい。変な心配させたか?


「ネル。そんな顔すんなって。ふらついただけだよ。」

「……。」

「……ネル?」

「……もう、限界だ。」

「ん?」


ネルが、俺の腕を掴んだ。


「カイラ。早急に、装置の準備を。」

「え?」

「最終確認。魔力供給経路と、地脈への接続。全部もう一度見て。」

「……分かった。」

「サヤ。周辺の偵察を頼む。外部から何か近づいていないか確認して。」

「ん。了解。」

「エミリは、そのまま安静にしていてくれ。今は少しでも発作を誘発したくない。」


ネルの声に、迷いがない。


いつもの、間延びした話し方でもない。

ふざけた声でもない。


短く必要なことだけを、次々に指示していく。


「ジュディは、私と来て。」

「ネ、ネル?」

「いいから。来て。お願い。」

「ちょ、ちょっと待てって。」

「……。」


腕を掴まれたまま、引かれる。

俺は、その場から一歩踏み出した。


「さっきの発作は、運が良かっただけだ。」

「わかったから、離してくんないか?」

「嫌だ。離さない。今の優先度は、どう考えてもジュディだ。」

「ネル。」

「……。」

「ネル!!」


足を、無理やり止めた。

掴まれていた手を、ゆっくりと外す。


「……何。」


ネルが、こちらを見た。

その顔を見て、やっぱり思う。


「……。」


——おかしい。


ネルが、焦っている。

それは、分かる。


俺もエミリも、残り一日。

焦らない方がおかしい。


でも、それだけじゃない。

何かを決めている顔だった。


「なぁ。ネル。」

「……だから、何。」

「俺に、隠してることないか?」

「……っ。」


ネルの肩が、僅かに動いた。


「なんで。ジュディにそんなこと分かるの?」

「分かるよ。ずっとさ。一緒にいたろ?」


ネルが、目を逸らす。


「俺さ。お前のこと、結構もう知ってるぜ?」

「……。」

「多分さ。俺のためだよな?」

「……。」


返事は、ない。

でも、それで十分だった。


「ネル。」


肩に、手を置く。


そのまま少し腰を落として、目線を合わせる。

ネルは、それでも俺を見ようとしなかった。


「ネルが、何を隠してんのかは分からない。でもさ……。」

「……。」

「俺は、全部知った上で決めたい。」


ネルが、唇を結ぶ。


俺は、選ばなきゃいけない。

自分で、納得できる間違いを。


だったら。

知らないまま、選択するわけにはいかない。


「ネル。頼むよ。」


ネルが、俺を見る。


「私は、君が生きられるなら、君に嫌われてもいい。今なら、そう思える。」

「……もう、嫌いになれるほど他人じゃねぇだろ。」

「……っ。」


ネルの目が、揺れた。


「……そうなの?」

「そうだろ?普通に。」

「……普通に。」

「……あぁ。だからさ。言ってくれよ。」

「……。」

「ネル。俺は、選びたい。」


長い息を、ネルが吐いた。

それから俺の手を、自分の肩からそっと外す。


「……レガシーコードは、世界のルールへ接続した瞬間から崩壊が始まる。」

「崩壊?」

「術式そのものの情報が、世界から切り取られていく。二度目を起動できるほど長くは残らない。」


頭の中で、言葉を整理する。


一度、世界のルールに触れると。

その瞬間から、術式そのものが消えていく。


「……そうか。そういう、ことか。」


ネルは、何も言わなかった。

俺の目を見る。


それだけで、答えは分かった。


「レガシーコードが使えるのは、一回だけ。……そうだな?ネル。」

「……うん。」


静かだった。

誰も、何も言わなかった。


後ろを見る。


カイラが、その場に立ち尽くしている。

サヤも、珍しく驚いた様子で、こちらを見ていた。


エミリは、椅子へ座ったまま俯いている。

黒いパーカーの裾を小さな手で、ぎゅっと握っていた。


「……ネル。いつから、気付いてた。」

「このタワー・オルタナティヴに着いて、レガシーコードとの接続を試そうとした時。」

「……そう、か。」

「慌てたよ。接続を進めた途端、魔法式の記述が消え始めたんだ。すぐに止めた。」

「……。」

「レガシーコードの希少性から考えれば、予想できたはずなのに。」


……一回。


俺か、エミリか。

そのどちらかしか、生き残れない。


「……だから、俺を連れて行こうとしたのか。」

「……。」

「先に、俺へ使うつもりだった。」

「そうだ。」


ネルは、否定しなかった。


「エミリには、言わずに?」

「そうだ。」

「俺にも。」

「……そうだ。」


胸の奥に、何かが引っ掛かった。


怒るべきなのかもしれない。

勝手に決めんなって。

さっきアルトに怒鳴ったみたいに。


でも、ネルがどれだけ苦しんでその結論を出したのか。

もう、分かった気がした。


「……ありがとな。ネル。」

「……え?」


ネルが、目を見開く。


「俺を、生かそうとしてくれたんだろ?」

「ジュディ。私は——」

「でも。ごめん。」


一度、目を閉じた。


すぐ近くに、エミリがいる。

声を出さない。何も言わない。


だからこそ、余計に苦しかった。


「俺とエミリが、決める。」


ネルは、何も答えなかった。


二人で生き残ると、誓った。

それは、少し前まで叶うと思っていた。


でも今、残された時間は、一日。

使えるレガシーコードは、一回。


この場で救えるのは、一人だけ。


「……ふざけんなよ。」


——今のお前は、何を選ぶ?


アルトの声が、頭の中で蘇る。


——喧嘩は、それからだ。キムラ・ジュディ。


「くそったれ……。」


拳を、握る。


俺。

俺は——


——ピピピ。


突然、静かな部屋に電子音が響いた。


「……ん?」


俺の端末だった。

ポケットから取り出し、画面を見る。


「通話の、着信?」


脳内通信を使っている俺に、端末への着信は珍しい。

表示された名前に、息が止まった。


「……。」


アーヴィン・ロックウェル。

あの男からの、着信だった。


第百九十八話、お読みいただきありがとうございます!


十二日あったはずなのに。

起きたら、一日になっていました。


しかも、レガシーコードは、一回だけ。

どんどん選択肢が狭まっていきます。


ちなみに、ネルさん。

しれっとジュディに使おうとしていました。

愛を知った結果がこれです。だいぶ重い。


アーヴィンは絶対余計なことしか言いませんね。


次回もよろしくお願いします!

ブクマやコメントをいただけると、ジュディの残り時間が三分くらい増えるかもしれません。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。