↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スペル・エラー ~娘が生まれるのに異世界へ召喚されたので、何があっても帰ります~  作者: とろたま愚鈍
第二部:最終章|キムラ・ジュディ編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

198/213

第百九十七話「邂逅・対話・選択」

「よぉ。久々じゃねーか?」


アルトが、笑った。


人を小馬鹿にするような。

いつもの、ふてぶてしい笑い方。


でも今の姿じゃ、何一つ笑えなかった。


「……お前。」


アルトへ、近づく。


白い何かに、縫い付けられた両腕。

地面に溶けるように、消えかけている足。


近くで見れば、もっと酷かった。

体の輪郭そのものが、白い空間へ滲んでいる。


「なんだよ。その体。」

「見りゃあ分かんだろ。あ、別に趣味じゃねーぞ?」

「ふざけてる場合じゃねぇだろ!!!」


声が、白い空間に響いた。

アルトが、眉を上げる。


「お前……それ、消えかけてんだよな?」

「あぁ。お前にとっちゃ都合いいだろ?」

「んな話してねぇだろ!!こんなもんすぐに——」


歩み寄り、腕の拘束を外そうとする。


——触れられない。


俺の手が、アルトの腕をすり抜けた。


「……は?」


もう一度、今度は肩へ手を伸ばす。

……同じだった。


そこにいるのに。

確かに、見えているのに。


俺の手は、空を切るばかりだった。


「……アルト。」

「んな顔すんなよ。別に今更だろ?俺はとっくに死んでる。」

「なら良かったねですまねーだろ!!説明しろっつってんだ!!」

「そう声を荒げんなよ。思春期か?」


こんな時まで、軽口が止まらない。

マジでふざけんなよ。こいつ。


アルトは、少しだけ目を細めた。


「テメェ。最近、俺の声聞こえてなかっただろ?」

「……あぁ。」


それは、俺も気になっていた。


アッシュタウンに向かった頃を皮切りに。

あれだけ頭の中で、好き勝手喋っていたアルトの声。

それが、唐突に聞こえなくなった。


「それと、何か関係があんのか?」

「関係なきゃ、ここで話題に出さねぇよ。」

「……お前は、いつも回りくでぇんだよ。さっさと言え。」

「俺なりの、対処法をやってるだけだ。」

「……対処法?」

「ネルから聞いただろ。テメェは世界の矯正ってやつで、俺に置き換わってる。」

「あぁ。だから俺は、今の今まで駆けずり回ってる。」

「はは。そうだな。……ならよ。」


アルトが、消えかけた右手を持ち上げようとする。

白い何かに縫い付けられて、ほとんど動かなかった。


「この世界に、そもそもアルト・フェルンがいなかった事になれば。どうなると思う?」

「……は?」


……いなかった事になれば?


そんな、そんなの。

アルトが、いなければ、俺は……。


「……まさか。」

「その、まさかだ。」


アルトが、笑う。


「俺自身が、アルト・フェルンって存在を否定する。世界がテメェを俺に直そうとしてんなら、直す先を消してやりゃあいい。」

「お前……。」

「んなもん無理な話だがな。少なくとも、上書きは遅れると思った。」

「……その結果が、それかよ?」

「あぁ。見ての通りだ。正直、無駄だったな。」

「……。」

「テメェの世界で言うなら、『骨折り損のくたびれ儲け』ってやつか?」


軽く、言いやがった。

本当に、何でもないことみたいに。


俺がこれまで、必死にしがみついていた物に。

こいつは、平気な面で……。


自分を否定し、自分を消す。


ただでさえ死んでいる自分を。

残っている意識すら、削って。


俺が、ジュディのままでいられるように。


「……なんでだよ。」

「あ?」

「なんで、んなことしてんだよ。」


喉が、震えた。

アルトは、ただ静かに俺を見つめていた。


「んなこと!!頼んでねーだろ!!!!」

「は、ははは!!いい顔だぜ?ジュディ?」

「はぁ?」


アルトは、口元を歪めて笑っていた。

何、笑ってんだよ。

……ふざけんじゃねぇ。


「テメェに対する嫌がらせは、ひとまず成功だな?」

「……嫌がらせだと?」

「あぁ、嫌がらせだ。人のために生きる、キムラ・ジュディ。その存在が、俺に助けられてちゃあ世話ねーよな?」


胸の奥が、熱くなる。


「俺は、テメェを否定するために。俺を、否定してただけだ。」

「……ふざけんな。」

「は?」

「ふざけてんじゃねーぞ!!てめぇ!!!」


思い切り、怒鳴った。


手を伸ばすが、やはり掴めない。

それが、余計に腹が立った。


こいつの顔を、一発ぶん殴りたい。

今までで、一番そう思った。


「何、勝手に消えようとしてんだよ!!何の断りも、相談もしねぇで!!」

「はっはは!その言葉、そっくりそのまま返してやるよ!」

「俺は!!消えようとしたことなんざ、一回もねぇ!!!」

「……いんや?同じようなもんだ。」

「どこが!!同じだってんだよ!!」

「テメェ自身を蔑ろにするところがだよ。」

「……っ。」

「お前は、いつだって自分のことは後回しだ。……昔からな。」


アルトの笑いが、消えた。

真っ直ぐ、俺を見る。


「お前が、この世界に来た頃を思い出してみろよ。」

「……あぁ?」

「『僕』なんて、下手に出る一人称使ってよ。最初は物腰柔らかく。ってか?」


その言葉に、思わず顔をしかめた。


「何かありゃ謝る。相手の顔色見て、自分が引きゃ丸く収まるなら、さっさと引く。」

「……。」

「お前の根っこは、こうだ。」


アルトが、鼻で笑う。


「私は、あなたに危害を加えません。だから、危害を加えないで下さい。」

「……っ。」

「下っ端根性が沁みついてる。人殺さねぇことを前提に成り立ってた、お前の世界を見りゃあ無理もねぇがな。」

「……うるせぇ。」

「元の世界の時から、お前は仲間外れが怖かっただけだ。何やったって、人の先に行けるのによ。」

「……うるせぇって、言ってんだ。」

「お手々繋いで、一等賞どころじゃねぇ。一番あげるから、仲間に入れてね。ってか?」



「——黙れ!!!!」



……否定したかった。

でも、できなかった。


昔の俺が、頭に浮かぶ。

何をやっても、人より優れていた。


だからこそ、人と『出来ない』ことを前提とした理解ができない。


俺は、引いた。出来ないふりをした。

それで済むなら、その方が楽だった。


そのおかげで、明里にだって出会えたんだから。

そのおかげで、俺は人間みたいに、なれたんだから。


「……いい顔じゃねぇか。最近は、ちったぁマシになったな。」

「お前、さっきから何なんだよ。」

「あ?お前の記憶を見て、気に入らねぇところを言ってるだけだぜ?」

「……。」

「お前も、多分見たんだよな?俺の記憶をよ。」


アルトが、俺を見る。

俺は、思わず目を逸らしてしまった。


「……あぁ。胸糞悪ぃことにな。」

「ははは。そりゃお互い様だ。お前も、言いてぇことがあるなら言えよ。」

「……ねぇよ。んなもん。」

「ねぇってことは、ねぇだろ?」

「ねぇよ。何言ったって、お前には響かねぇ。」

「……響く、響かねぇの問題じゃ、ねぇんだけどな。」


……そういう問題なんだよ。

お互いが、お互いの過去を見た。


だからこそ。

こいつが持っていて、俺が持っていないものを。

嫌でも、突きつけられる。


——納得できる間違い。


その選択と、この男の生き様が。

俺には、目を背けたくなるほど、眩しかった。


「そんなに卑下することも、ねぇんじゃねぇか?」

「……。」


アルトが、少しだけ顎を上げた。


「お前は、変わったじゃねぇか。」

「……は?」

「今のテメェは、随分違う。」


声が、ほんの少しだけ柔らかくなった気がした。


「嫌なら嫌だって言う。腹が立ちゃ怒鳴る。殺す時は、殺す。」

「……そうしなきゃ、この世界じゃ生きられなかっただけだ。」

「それでも。変わらねぇ奴よりは幾分マシだ。欲しいもんだって、自分から欲しいって言うようになった。」

「……俺が、何を欲しがったってんだ?」

「お前は、生きてぇと言った。」

「……っ。」


息が、止まる。


カルディアの高台で、エミリに聞かれて。

俺は、言った。


——俺は、生きたいよ。


あの言葉を、こいつも聞いていたのか。


「環境のせいでも、それは確かにテメェの中にあったもんだ。」

「……。」

「一人称や、口調みてぇな表面的なもんじゃねぇ。思考が、変わったんだよ。」

「違う!!!」


思わず、また叫んだ。

俺が変わっている。


それを今だけは、認めたくなかった。


「俺は、俺のままだ!!」

「っは!!この世界に最初に来た頃のテメェを思い出してみろ。随分、変わったぜ。」

「……っ。」


アルトが、笑った。


「お前は、お前が思ってる以上に。俺に似てんだよ。」

「……最悪だな。」

「はは!まぁ、そうだろうな。」


……クソ。

本当に、こいつには腹が立つ。


自分の触れられたくない溝に、容赦なく手を突っ込んで来やがる。


「……じゃあ、お前はこう言いてぇのか?」

「あ?」

「お前は、もう俺に寄ってる。だから、諦めろ。」

「おいおいおい。んなこと言ってねぇだろ。」

「人殺して。女と寝まくって。気に食わねぇ奴殴って。好き勝手やる。それが、自分らしく生きるってことか?」

「だから、んなこと言ってねぇだろ。俺は俺で、大概クソだ。」

「……自覚あんのかよ。」

「あるに決まってんだろ。分かってることを、いちいち聞くなよ。」


そうだ。

もう、こいつのことは嫌ってほど分かってる。


最低で。勝手で。自由で。

最後には、自分から不自由を選んだ。


「俺だって、間違えた。いや。間違えてばっかだったな。」


アルトが、自分の消えかけた腕を見る。


「エルナの、手ぇ取ったのも。あいつと暮らし続けたのも。最後に庇って死んだのも。」

「……。」

「全部、間違いだった。」

「……それでも、お前は。」


口から、言葉が出た。


「納得は、してた。」

「あぁ。そうだ。俺は、納得して死んだ。」


アルトが、先ほどとは違う顔で、笑う。

今までで一番、穏やかな顔に見えた。


「正解なんざ、知らねぇよ。エルナの事に関しちゃぁ、結構効いた。」

「……何を。」

「まさかよ。俺を復活させるために、お前を作るなんて思わねぇだろ。」

「……。」

「それでも。最後には、エルナなりの間違いを選んだ。」

「……くそ。」

「ジュディ。改めて言うぞ。」

「くそ。くそ。くそ。」

「お前も選べ。テメェが、納得できる間違いをな。」

「分かってんだよ!!!んなことはぁ!!!!」


沈黙が、落ちた。


白い空間には。

俺と、アルトしかいない。


そのはずなのに。

俺の選んだもの。その結果で失ったもの。


色んな顔が、頭の中に浮かんでは消える。

……吐きそうだ。


分かってる。分かってるんだ。

こいつは、さっきから同じことしか言っていない。


俺は、どう生きたいのか。

俺の、選択は、何なのか。


この長い問答の果ては、結局これでしかない。


「……なぁ。アルト。」

「あ?」

「結局、お前は何がしてぇんだよ。」

「……この期に及んで、逃げるのか。テメェは。」

「うるせぇ!!!いいから答えろよ!!!」


アルトが、眉を上げる。


「お前の目的は、なんなんだよ?」

「……言ったはずだぜ。エルナを、生き返らせる。」

「だったら!!!」


拳を、握る。

声が、震えた。


「今のお前は、矛盾してんだろ!!!」

「どこが、矛盾してるってんだ?」

「決まってんだろ!!俺を消さないために、踏ん張ってる現状がだよ!!!」

「……。」


アルトは、何も言わなかった。


しばらく、俺を見つめていた。

やがて、静かに口を開く。


「エルナが。」

「……エルナ?」

「お前と生きることを、望んでるからだ。」

「……は?」

「お前も、そうだろ?」

「おい。待て。止めろ。言うな。」

「いんや?待たねぇ。」

「止めろ。」


理解が、追いつかなかった。

いや。理解から、俺は全力で逃げていた。


「俺と、お前。今はお互いの記憶を知ってる。もちろん、感情もな。」

「止めろ。」

「元々、妻と娘がいた。それで、自分の気持ちにブレーキ掛けてるようだが。」

「止めろ。止めろ。止めろ。」


耳を、塞ぐ。

ダメだ。それを聞くわけにはいかない。


その感情は、裏切りだ。


過去、俺を想ってくれた人への。

今、俺を想ってくれる人への。


裏切り以外の、何だって言うんだ。


「テメェは。木村樹莉は——」

「止めろって言ってんだろ。」



「エルナを、愛してただろ。」



「止めろおおぉぉぉぉぉ!!!!」


叫んだ。

その言葉を、かき消すように。

ただ、叫んだ。


その言葉だけは。

誰かに、言葉にされたくなかった。


「うるせぇよ!!!童貞が、喚いてんじゃねぇ!!」

「……娘が、生まれてんだよ。」

「なら、人の親として。認めろよ。」

「人の親だから!!認めるわけにはいかねぇんだろ!!」


息が、乱れる。

その場に、膝をついた。


……本当に、最悪だ。

いや、違う。最低だ。


俺は、最低だ。

こいつ以上に、最低な人間だ。


「お前とエルナは、互いを愛してる。」

「……止めろって言ってんだ。」

「お前らは、相思相愛だ。」

「アルト……。頼むから……。」

「事実だろ?」


睨みつける。

アルトは、目を逸らさなかった。


「少なくとも俺はよ。」


一度、目を閉じる。


「お前ら二人が生きる未来には、価値があると思ってる。俺が生きる以上の価値が。」

「……なら。」


喉が、乾く。

唾も出ていないのに、喉を鳴らした。


「なら、テメェの望みは。」

「あぁ。お前と、エルナを生かす。」


その言葉に、迷いはなかった。


「それが、俺の選ぶ間違いだ。」


アルトが、はっきりと言い切った。


「……くそ。」


胸の中が、ぐちゃぐちゃだった。


「くそったれ……。」


嬉しいとか。悲しいとか。腹が立つとか。

どんな言葉でも、説明できない。


——エルナを、愛していた。


その言葉を、頭の中で反芻する。


違うだろ?違うよな?違うって。


「……。」


……いや、違わないだろ?

キムラ・ジュディ。


お前は、人を失った時。

人と居なければ、悲しめなかった。


クロウに。ライアスに。ミカに。セラムに。

ルイに。ダンに。


あれだけの人間を失っても、お前は一人で泣くことはなかった。


ただ一人だけ。


エルナを失った時。

エルナのいない、世界を見つめた時。


お前は、初めて、自分で泣いていただろう?


……分かっていた。

ずっと、分からないふりをしていただけだ。


「……クソ野郎。」

「あ?」

「本当に。お前は、クソ野郎だ。」

「……はは。知ってるよ。」


アルトが、笑った。


その時。


——ピシ。


小さな音がした。

アルトの右腕が、また少し白い空間へ溶けた。


「……っち。まだ答えは聞けてねぇんだが。時間が来ちまった。」

「は?」

「ジュディ。正直、俺のしていたことは無駄だった。」

「どういう、意味だよ。」

「俺がせき止めてた分が、溢れた。」

「じゃあ、俺は——」

「ここから先は、俺にも分からねぇ。」


アルトが、遮った。


「起きたら、ネルに聞け。時間が、どうなったのか。」

「ネル?」

「あぁ。あのチビ眼鏡なら、少なくとも今のテメェがどうなってるかくらいは分かるだろ。」


アルトが、右腕を見る。

それから、もう一度、俺を見た。


「ジュディ。答えは、行動で示せ。」


白い空間が、揺れる。

俺の体が、少しずつ遠ざかっていくような感覚がした。


もうすぐ、目が覚める。

そんな確信があった。


「ジュディ。」

「……なんだよ。」

「あー。色々、ごちゃごちゃ言ったがな。」


アルトが、笑った。


「今、生きてんのはテメェだ。」

「……。」

「今のお前は、何を選ぶ?」


答えは、出なかった。

出るはずも、なかった。


アルトも、それ以上は聞かなかった。

ただ、いつものように口元を歪ませる。


「喧嘩は、それからだ。キムラ・ジュディ。」


白い光が、視界を埋め尽くした。


第百九十七話、お読みいただきありがとうございます!


今回は、超久しぶりの。

ジュディとアルト、二人のお話でした。


色々ごちゃごちゃ言ってましたが、ヘタレジュディに選択を迫るだけのアルトです。


分かりやすく例えると。

晩飯どうする?ってアルトが聞いて、答えられないジュディ。


お前、中華好きだったよな?

止めろぉぉぉ!!!


みたいな感じです。


では、今のジュディは何を選ぶのか。

次回もよろしくお願いします!

ブクマやコメントをいただけると、ジュディがアルトを一発くらい殴れるかもしれません。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。