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スペル・エラー ~娘が生まれるのに異世界へ召喚されたので、何があっても帰ります~  作者: とろたま愚鈍
第二部:最終章|キムラ・ジュディ編

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第百九十六話「アルト・フェルン」

——記憶。

記憶を、見ていた。


いや、見ていたのか。

そもそも、これは俺のものだったのか。


……分からない。


ただ俺は。

記憶の濁流に、飲まれていた。




—




俺、アルト・フェルンは自由だった。


ガキの頃の記憶は、ほとんどない。

親の顔も知らねぇし、どこで生まれたのかも覚えていない。


気がついた頃には、人を殺して金を貰っていた。


「——さて、お掃除だな。」


特に動作は必要ない。

魔術防壁すら感知できない、超極小の電撃。


それを、相手の脳内に『直接』発生させる。


「っ——!?」


男の体が、硬直する。

後は、ナイフで首を撫でるだけだった。


「……おし。」


どうやら、この魔術属性はかなり珍しいらしい。

ただ雷を相手にぶち当てるだけでも、殲滅できた。


でも、人を殺すだけなら。

そんな大それたもんは必要ないことに気が付いた。


人間の体なんざ。

ちょっと電気を流す場所を間違えりゃあ、簡単に止まる。


魔力も、ほとんど使わない。


しかも、超極小ともなれば相手の体内に直接魔術を発生させられる。

それなりに集中力を使うし、距離も限定的だが。

正直、この仕事ではメリットしかなかった。


「が……。あ……。あぁ……。」

「じゃあな。」


だからこそ、俺にとって。

人を殺すことは、それほど特別じゃなかった。


仕事を受ける。

殺す。

金を貰う。


たまに、殺さない。

たまに、奪う。


気に入らねぇ奴がいれば殴る。

腹が減れば食い、酒を飲む。

複数の女と寝て、煙草を摘まむ。


朝起きたら、隣にいる女の名前が分からないこともあった。


「あ?誰お前。……おいおいマジかよ。ブスじゃねーか。」

「……最低。」

「あんだよ。俺は昨日自己紹介しなかったのか?女抱く前には言うようにしてんだがな。」

「死ね!!!」


女の平手を躱して、見送る。

その夜に、また別の女と寝る。


そんなもんだった。

それだけで良かった。


俺は強く、そこそこ顔もよかったらしい。

金にも困らなかった。


誰にも、許可を取らない。


明日。どこへ行こうが、俺の自由。

明後日。どこで死のうが、俺の自由。


別に、不満なんざなかった。

むしろ、楽しかった。


人を殺した。

物だって奪った。


酒に、煙草に、女に、暴力。


欲しいもんは、大体手に入った。


それは確かに。

俺の、青春そのものだった。




—




「おい、アルト。」

「あ?」

「お前。ま~た。やらかしたんだって?」

「そんなんじゃねーよ。依頼主が気に食わなかったから、金だけ貰ってトンずらしただけだ。」

「んで。結果がこれかよ?」


端末に表示された、ギルドの月間報酬獲得額。

一番上には、俺の名前があった。


有志で適当なお遊びとしてやってるランキングだ。


「……つまんねぇな。これ。」

「は?」

「報酬額で競ってもよ。結果が分かってんなら意味ねーだろ?」

「なら、少しは仕事をこっちにも回せよ?」

「ジョン。テメェが無能なだけだろ?言い訳すんなよ。みっともねぇ。」

「……殺す。」

「あはは!暗殺依頼でも出すか?」

「……勘弁してくれよ。返り討ちされんのが目に見えてる。」


俺は、笑っていた。


いつからか、気づけば周りに人がいた。

ジョンと、他にも何人か。


別に、仲間が欲しかった訳じゃない。


仕事を回すのに都合がいい。

報酬の高い案件を取れる。


そんだけ。

本当に、そんだけの理由だった。


「なぁ、アルト。いっそ、クラン作った方がいいんじゃねぇか?」

「嫌だよ。面倒くせぇ。」

「でもよ。お前に人が集まってる。利用した方が利口だぜ?」

「利口だぁ?クソくらえだね。有象無象が、おこぼれ欲しさに群がってるだけだろ?」

「……アルト。ひとつ賭けをしねーか?」

「……何のだよ?」

「今月、お前より俺の方が稼いだら。お前クラン作れ。」

「……俺が勝ったら?」

「好きなもん奢る。」

「ダメだな。……女。女を紹介しろ。」

「わーったよ。フォーチュンのボーカルでどうだ?」

「誰かはしらねーが、乗った。」

「……お前、単純だよなぁ。意外と。」


——結果は、俺の負けだった。


ジョンは、仲間内で手を組み。

複数人の報酬額を自分に振り込むように工作していた。

……小賢しい手だが、負けは負けだ。


「……クソが。」

「ははははは!!どうだ?これが数の力ってやつだよ。」

「ジョン。一昨日抱いた女だがな。結構お前好みだと——」

「そんな話じゃねーだろ?それに、お前のお手付きなんてごめんだね!」

「なら、お前。二度と女とは寝れねーな。この世界の八割は俺のお手付きになる予定だ。」

「露骨に話逸らすなよ!負けは負けだ。作れよ?クラン。」

「……クソ。」


俺は、クランの頭になった。

名前なんざ、何でもよかった。


俺は強い。

仕事も、人も、勝手に集まった。


それだけだった。

俺は、まだ自由だった。




—




「アルト。」


女が、俺を呼んだ。

ベッドに寝転びながら、煙草へ火を点ける。


「ん?もう一回戦なら、これ吸ってから——」

「あんた、本気なの?」

「あ?何がだよ?」

「……何って。」


ミーシャが、俺を見る。


赤毛の、長い髪。

鋭いが、大きく琥珀色の瞳。


何年続いていたのか、よく覚えていない。

少なくとも、他の女よりは随分長かった。


まぁ、見た目が好みだしな。

体の相性もいい。そんだけだ。


「魔法使いのガキよ!!マジで育てんのかって聞いてんの!」

「……おいおい。何マジになってんだよ。」


煙を、吐く。


「報酬はもう受け取ってる。前金だけでも、随分オイシイ案件だ。」

「……。」

「あとはぁ……。適当にクランに、ほっぽっておきゃあいいだろ。これで今月の案件報酬額も、俺がトップだ。」

「……最低ね。」

「知らなかったのか?俺は最低だ。初めて会った時にも言ったろ?」


ベッドの脇にある、端末を開く。


今月の報酬額。

俺が一位で、ジョンが二位。


「さて、今回は何をして貰おうか。お前、何か欲しいのあるか?ジョンに買わせようぜ。」

「……責任を取りなさい。アルト。」

「……あ?」


端末から目を上げ、ミーシャを見た。

シーツで体を隠し、こちらを睨んでいた。

恥ずかしがるにしちゃあ、遅すぎる。


「んだよ。ガキでもできたのか?」

「……は?」

「だとしても。本当に俺のガキなのか怪しいな。」

「そうじゃねぇ!!話を聞け!!!」


枕が、飛んできた。

避ける気もおきず、顔面で受け止める。


「痛ぇな。お前がヒステリックになるなんて初めてじゃねーか?」

「ガキを引き取る、責任を取れって言ってんだよ!!」

「責任だぁ?」


思わず、鼻で笑う。

責任をおっ被せてぇなら、依頼主がマヌケだ。

高額な前金なんざ、用意するべきじゃなかったな。


「冗談じゃねぇ。中に出してもいねぇのに、ガキの面倒なんざごめんだね。」

「……。」

「金がありゃあ十分だろ。生きてく方法だけ教えて。後は自分で、好きに生きりゃいい。」

「……アルト。」

「なんだよ。」

「もし。」


ミーシャが、俺を見る。

さっきまでの怒った顔じゃない。


俺を超えた、どこか遠くを見つめている。

そんな顔だった。


「もし、あんたが。本当に私を愛してるなら。」

「……んなこと。一言も言った覚えはねーぞ。」

「お願いだ。アルト。」

「何を?」

「あんたが、最後までやる奴だって。信じさせてよ。」

「……。」


眉を寄せる。

意味が、分からなかった。


「んだよ。煽ってんのか?」

「あんたは自由だ。私はそこに惚れてるし、どこに行ったって、最終的に私の側に居てくれんならそれでいいと思ってる。」

「……珍しく、饒舌だな。」

「ガキだけはダメだよ。アルト。それだけは、ダメだ。」

「さっきから、一体何の話をしてんだよ。」

「……私は、待ってる。だから、あんたの責任を果たして。」

「……。」

「あんたが、帰ってくるのを。待ってるから。」

「……。」


ミーシャは、それ以上何も言わなかった。


そこまでガキが気になるなら、こいつが面倒を見りゃあいい。

そんなことを言う気にもならないほど、この女には凄みがあった。


……なんなんだよ?

ただのマヌケな、オイシイ依頼だぜ?


俺は、煙草を吸った。


——帰ってくるのを、待ってる。


……なんとなく。

その言葉だけが、妙に引っかかった。




—




依頼主は、ヴェルト・クロイツという男だった。


クロイツ家。

世界が壊れる遥か昔から、存在し続ける名家。


その歴史は、アルカナと並ぶほどだとか。

まぁ。よく知らねぇし、知りてぇとも思わねぇが。


重要なのは、金も権力もあるってことだ。

少なくとも、名前を知らねぇ奴はいない。


そんな良いとこのお家の娘が、魔法使いだった。


企業に存在がバレた。

家に置いておくこともできない。


その娘は、運がねぇな。

魔法使いとして生まれなきゃ、将来は安泰だったろうに。

俺には、関係ねぇけど。


一人で生きていけるようになるまで、面倒を見てほしい。

それが、依頼だった。


依頼は、直接顔を合わさずに代理人を介して受けた。

ガキなんざ、受け取り次第捨てる予定だ。

後々、どこかでガキが死んで恨まれでもしたら面倒だしな。


——でも。


「……面倒くせぇ。」


俺は、フィーレで娘を探していた。

前金は受け取ってる。


見つけられませんでした。

そんな適当なホラを吹いて、トンズラこけば済む話だ。


ただ、ミーシャの言葉。

あいつの言葉が、胸に引っかかる。


このまま、煙に巻くのも癪だった。


「……。」


ようやく見つけた時。

そいつは、ゴミ箱を漁っていた。


細く、汚れてる。

髪も、服も。


金持ちの娘には、到底見えなかった。

そのはずなのに、心までは腐っていない。


ひと目見て、それだけは分かった。


「お前が、エルナ・クロイツか?」

「……。」


返事が、ない。

女に無視をされたのは久々だ。

……ガキにまで無視されるとはな。


「おい。」


——ペチ。


頬を、軽く叩く。


「何よ!」

「お前が、エルナ・クロイツか?」

「……そうよ。」


目付きだけは、随分、強かった。


……はは。いい目してんじゃねぇか。

このまま腐らせるのは、少し勿体ねぇな。


「おし。じゃあ、行くぞ。」

「……?」


煙草を取り出す。

火を点け、一口吸った。


「本当は言っちゃいけねーんだけどな。」

「……。」

「お前の、親父からの依頼だ。」

「……え?」

「内緒だぞ。」

「うん。」


エルナの顔が、少しだけ歪んだ。


泣きそうなのか、怒っているのか。

よく分からなかったが、凛とした佇まいは変わらない。


「何を頼まれたの?」

「お前が、一人で生きていけるようになるまで面倒見ろってよ。」

「……お父様が。」

「ったく。とんだハズレくじだ。」


歩き出す。

数歩進んで、後ろを見る。


エルナは、動いていなかった。


「おい。何してんだ。さっさと来いよ。」

「……どこに、行くのよ?」

「とりあえず、カルディアだな。いや、その前に飯と着替えか?」

「……。」

「おい。」

「……。」


……埒が明かねぇな。


手を、差し出した。

エルナが、俺の手を見る。


「……何?」

「ガキは、大人の手を握るもんなんだよ。」

「世の中に、そんな理屈ないわよ。」

「俺の理屈だよ。従えバカ。」


エルナは、しばらく俺の手を見ていた。


やがて。

小さな手が、俺の手を握った。


今にして思えば、これが最初の間違いだった。


「……冷てぇな。それに細ぇ。」

「仕方ないじゃない。」

「何が、仕方ねぇんだ?」

「……それは。」

「お前が、魔法使いだからか?」

「……うん。」


くだらねぇ。

心底くだらねぇと思った。


「エルナ。それは世間の道理だ。」

「……え?」

「お前の道理を、見つけねぇとな。」

「……意味が分からない。」

「まぁいい?何か食いてぇもんはあるか?」

「……コンフィ。」

「……なんだよ、それ。聞いたことねぇよ。」


俺は、歩き出した。


どうせ、少しの間だけだ。

最低限の生き方を教えて終いだ。


飯の買い方に、宿の取り方。

仕事の探し方。


そんで。

テメェの道理の通し方。


それだけ教えればいい。

後は、適当なギルドにでも預けりゃいい。


そしたら、俺はまた自由に戻る。

ミーシャに吠え面かかせてやる。


その時は、そう思っていた。




—




女が、何人かいた。

ミーシャとの話を皮切りに、どれも長くは続かなくなった。


いや、違う。

原因は、分かっていた。


「ねぇ。今日も朝まで居てくれないの?」

「んだよ。お互いスッキリしたろ?用は済んだ。」

「……今までは、何だかんだ居てくれたじゃん。」

「……悪いな。仕事が立て込んでんだ。」

「嘘でしょ。あんたは、仕事に熱心になるタイプじゃない。」

「……。」

「ね?いいでしょ?朝、舐めて起こしてあげるから。」

「いんや。今日は帰る。仕事が腹空かしてるからな。」

「……やっぱり。」


女の形相が、変わっていく。

なんだ。知ってんのか。


「あんなガキ。ほっとけば、いいじゃない。」

「一人で置いとくと、何するか分かんねぇんだよ。最悪、家が爆発する。」

「……じゃあ、言ってよ。」

「何をだよ?」

「その子より、私が大事だって。言って。」

「そういう話じゃねぇだろ。それにお前が大事だなんて言った覚えねぇぞ?」

「……もういい。さっさと出てけ。遅漏野郎。」

「態度変わりすぎだろ。」


別れた。

別の女とも、似たような話をして、別れた。


そうやって、俺の自由は。

少しずつ、俺の手元から離れていった。


「……くそ。」


煙草を吸う。

家に帰り、扉を開ける。


「エルナ。居るか?」

「……遅い。」

「なんだよ。まだ、日ぃ変わってねぇだろ?」

「遅い!!!」

「んだよ。この前本買ってやったろ?時間なら潰せるはずだぜ?」

「そういう問題じゃないわよ!!」

「わかった。わかった。お前、何か食ったか?」

「パン。」

「……それだけ?今日一日で?」

「だって。それしか、なかった。」

「金渡したろ?」

「これ、どう使うの?」

「……マジかよ。今までずっと使ってなかったのか?」

「……えぇ。」

「はぁ。マジかよ。くそ。」


面倒だった。

本当に、面倒だった。


仕事が終わっても、そのまま飲みに行けねぇ。

朝まで女と寝ることもできねぇ。


仕事を見れば。

報酬より先に、その日の内に帰れるか。

危険度は、どんなもんかを見るようになった。


収入が減った割に、使い道も増えた。


服に、飯に、生活用品。

それに、本。


クソどうでもいいもんだけが、増えていった。


「アルト。」

「……あ?」

「これ。」

「……お前が、作ったのか?」

「そ、そうよ。これがコンフィよ。」

「……へぇ。」

「い、一緒に。」

「……あ?」

「一緒に、食べない?」

「いつも食ってんじゃねーか。」

「ふふ。なら、早く座って。食べましょう?」


……面倒だった。


俺は、少しずつ、不自由になった。

俺は、間違い続けていた。




—




それから、三年くらい経った。

三年も、間違い続けた。


エルナは、強くなった。


魔法も、戦い方も。テメェの道理も。

一人で生きていくには、十分すぎるくらいに備わっていた。


正直、依頼はとっくに終わっている。


それなのに。あいつは、俺の傍にいた。

俺も、追い出さなかった。


お互いに、特に理由はなかった。

悪癖みてぇなもんだろう。



——ある日。


仕事から帰って、煙草を吸っていた時。

それは、突然訪れた。


「アルト。」

「あんだよ。」

「好きなんだけど。」

「何が?」

「アルトが。」

「……。」


咥えた煙草が、口から落ちそうになった。

煙草を咥えなおして、エルナを見る。


随分、でかくなった。

最初に会った時は、ゴミ箱を漁っていたガキだったのに。


今は、俺と同じ傭兵として働いて。

それなりに、一人でもやっていける。


……こいつは、もう一人で選べるはずだ。


「エルナ。」

「はい。」

「俺は、巨乳が好きだ。」

「……。」


エルナの目が、大きく開いた。

……すげぇ顔してんな。


「もっと育ってから出直しな。」

「……最低。」

「俺はモテる。競争率は高いぞ?」

「……。」


頭を、くしゃくしゃと撫でる。


「頭、撫でないで。」

「……なんだよ。昔は何も言わなかったじゃねーか。」

「うるさい!撫でないで!!」

「……そういう所は、まだまだガキだな。」


エルナは、本気で嫌そうな顔をしていた。


あいつの気持ちを、適当な言葉で誤魔化した。


何でかは、分からない。

いや、分からないふりをしている方が、都合が良かった。


正直、あんな言葉を言われなくても。

俺に好意があることなんて、とっくに分かっていた。


ここで都合よく抱いてやれば、色々と楽だったかもしれない。

俺は、そういうことを気にする男でもない。


女と寝ることなんざ、それまで何度もあった。


なのにだ。

エルナには、できなかった。


理由なんざ、分からない。

分かりたくもない。


ただ、できなかった。


本当に、面倒くせぇ。

俺にとって、不自由なガキだった。




—




「アルト。」

「あ?」

「……今日は、遅くなるの?」

「さぁな。まぁ、いつも通りじゃねーか?」


上着を羽織りながら、エルナを見る。


「お前一人だと、何するか分かんねぇしな。」

「ふふふ。そうよ。帰ってこなかったら、爆破するから。魔法で。」

「そうなったら追い出すからな。マジで。」

「それは、嫌ね。」

「嫌だって言えんなら止めておいた方がいい。」

「……ふむ。そうね……。なら。」


エルナが、俺を見る。


「早く帰ってきて。」

「……。」


俺は、煙草を取り出す。

口に咥えて、扉を開けた。


「……わかったよ。」

「えぇ。いってらっしゃい。」

「止めろ。女にそれ言われんのは癪に触る。」

「ふふ。あら、そう?」


返事を待たずに、外へ出た。

少し歩いて、振り返った。


閉じた扉を、見つめる。


「……っち。」


……いつからだ。


帰る時間を、気にするようになったのは。

好きな時に、好きな場所へ行けなくなったのは。

好き勝手に、金を使えなくなったのは。


そして。

好き勝手に、死ねなくなったのは。


「……。」


帰る場所が、できた。

帰りを待つ奴が、できた。


……もう、認めちまおう。


俺は、自由だったはずだ。


それが、今は。

本当に。どうしようもなく。



——不自由だった。



それなのに。

自由だった頃より、ずっと満たされていた。

満たされて、いたんだと思う。


失うことに、初めて恐怖を感じたから。

失ったものに、会いたいと思っていたから。


「……ミーシャ。」


俺は、いつの間にか。


——かけがえのない。

——不自由を、手に入れていた。




—




終わりは、呆気なかった。

結果として、俺は手に入れた不自由に殺された。


MANAからの依頼。

アルカナとの、全面的な紛争。


いつも以上に、でかい仕事だった。

クランというチームで受けた仕事。


正直、MANAの負け戦だった。

MANA側の権利を守って、できるだけ被害を抑える。

そんな、逃げ腰の戦争。


俺は傭兵で、エルナも傭兵だった。


なら、戦場に立って。

それとなくやり過ごす。


そんだけの依頼だった。

そんだけだった、はずだ。


「アルト!!!」


エルナの声がした。

振り返ると、エルナの先に男がいた。


——デス・トゥルエレ。


第三次魔術大戦を終結に導いた、三英雄の一人。


本来なら。いつもの俺なら。

仲間なんて見捨てて、こう言っていたはずだ。


「割に合わねぇ仕事なんざ、ごめんだね。」


ジャミング電撃をぶち当てて、撤退する。

そんだけで、俺はまた、自由になれたはずだ。


——俺は、最後の間違いを犯した。


考えるより先に、体が動いていた。


エルナの前へ、出る。


一瞬で。

白い雪が、赤く染まった。


いつもの俺じゃない。

その時点で、負けていた。




—




——白と赤。


雪が積もる白銀の世界にいた。


体が動かない。

寒いはずなのに、もう何も感じなかった。


遠くに、俺の体が見える。

頭がない。


……なるほどな。


首が、飛んだのか。

そもそも、動かす体がない。


「……っ。」


エルナが、泣いていた。


俺の頭を抱えて。

声を殺して、泣いている。


……お前、そんなに泣けたんだな。


ならよ。

もっと、泣いてもよかっただろ。


辛かった時なんざ、いくらでもあったはずだ。


『——エルナ。』


心の中で、名前を呼んだ。


こんなことで、泣くなよ。

そう言いたかった。


声が、出ない。

もう死ぬんだから、当たり前か。


「……。」


ふと。

最後に、女が浮かんだ。



——待ってるから。


あぁ。くそ。


会いたい奴がいた。

帰りたい場所があった。


……ミーシャ。


悪ぃな。いずれ、行こうとは思ってたんだ。

帰れそうには、ねぇな。


俺の未来は、もう見れない。


やりたいことだって。

まだ、いくらでもあった。


後悔もある。

悲しくもある。

死にたくも、なかった。


——それでも。


不思議と、空っぽじゃなかった。


ここまで走ってきた過去だけは。

確かに、俺の中にあった。


俺は、自由だった。


人を殺して。物を奪って。

酒を飲んで。煙草を吸って。複数の女と寝た。


最高だった。

あれは、間違いなく俺の人生だった。


そんで最後には、不自由を選んだ。


帰る場所を作って。

帰りを待つ奴を作って。


そいつのために。

勝手に死ねない人生を、選んだ。


……はは。


馬鹿だな。

本当に、馬鹿みてぇだ。


それでも、悪い気分じゃなかった。


エルナが、生きられるなら。

あいつが、幸せに生きられるなら。


この間違いは、『納得』できる。



——エルナが、幸せでありますように。



そう願いながら。

俺の世界は、終わった。


そう思ってたんだがな……。




—




「……っ。」


記憶の濁流から、抜け出した。


音も。匂いも。雪の冷たさも。

全部が、消えた。


「……はぁ。はぁ。はぁ。」


……このまま、消えるかと思った。

自分が塗りつぶされるような感覚。


それに抗って。抗って。抗った。


気がつけば俺は、白い空間にいた。


見覚えのある場所。

何もない、どこまでも白い空間。


「……アルト?」


思わず、声が漏れた。

少し離れた場所に、人がいた。


「……んだよ。それ。」


両腕を、左右へ広げている。


いや、違う。

広げているんじゃない。


白い何かが。


腕を、足を、体を。

この空間そのものへ、縫い付けていた。


「……。」


右腕の先が、薄い。

足元も、白い空間へ溶けるように、輪郭が消えている。


顔を伏せて、何かに耐えている。

いつもの、ふてぶてしい男には見えなかった。


「……おい。」


ゆっくり。と、男が顔を上げる。


俺と同じ顔のアルト・フェルンが。

口元を、歪ませた。


「よぉ。久々じゃねーか?」


第百九十六話、お読みいただきありがとうございます!


今回は、ある男。

アルト・フェルンのお話でした。


第七十話「エルナ・クロイツ」では、エルナ側から見た三年間。


今回は、その反対側のお話です。


予想以上に、アルトは最低でしたね。

日本なら炎上して、二度と表舞台には出てこれないでしょう。


それでも、納得できる不自由を手に入れたみたいです。


次回は、白い空間でのお話です。

ブクマやコメントをいただけると、アルトがちょっとだけまともになります。

次回もよろしくお願いします!


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