第百九十五話「生きて、帰るために」
アルカナで会議をした、翌日。
会議の内容を三人に伝えて、早速出かける準備を進めた。
仮住まいの共有スペースで、荷物をまとめていた。
……と言っても、大したものはない。
端末に煙草。
着替えを、何枚か。
あとは、ネルから渡されている青薬とか。
その辺を、適当に詰め込んでいた。
今日、アルカナ第七支社。
改め、タワー・オルタナティヴへ向かう。
レガシーコードを使って、俺とエミリが生き残るために。
「ジュディ~。まだですか?」
玄関の方から、エミリの声がした。
「ん~。もうちょい。」
「むぅ。五分ほど前も、そう言っていました。」
「なら、ちょっとは手伝ってくれてもいいんじゃねーの?」
「えへへ!無理です!物の場所が分からないので!」
「あ、そっすか。」
元気いっぱいに、断られた。
エミリは、もう準備が終わっている。
黒いパーカーに、いつものスパッツ。
玄関の外で待っていればいいものを。
さっきから、何度も顔だけ出して急かしてくる。
……なんか、はしゃいでんな。
遊びに行くわけじゃねーんだぞ?
「ジュディ。これ、持ってく?」
カイラが、小さな歯ブラシを持ち上げた。
「あぁ、ありがとう。そこ、置いておいて。」
「は~い。」
「サヤ。そこにあるポーチ取ってくんね?」
「ん?どれ?……これ?」
「違う。それサヤのだろ?」
「あ、本当だ。飴入ってる。これいつのだろ?」
「……食うなよ?」
サヤが、んははと笑う。
いや、笑ってねーで捨てろな?
「ほい。」
「さんきゅ。」
俺は、袋を受け取った。
鞄の隙間へ、適当に押し込みチャックを閉じる。
「……よし。」
ふと。
部屋を見回した。
狭い共有スペースに、小さなテーブル。
壁際には、俺とエミリの寝袋が丸めて置いてある。
カイラとサヤが使っている、二つの個室。
エミリが増えてからは、さらに狭くなった。
エルナの工房と比べれば、何もなくて広くもない。
まだ、ここへ来てから、そんなに時間が経った訳でもない。
でも、今は。
「……。」
「……ジュディ?」
カイラが、俺を見る。
「ボンクラ。何、どうしたの?」
「いや……。」
もう一度、部屋を見回した。
「この狭い部屋もさ。住めば都だよなーって。」
「……えっと。何、それ?」
「まーた、意味分かんねぇこと言ってるよ。」
サヤが、顔をしかめる。
カイラは少しだけ考えてから、首を傾げた。
「うーん。ジュディの。元の世界の、格言みたいなやつ?」
「あ。そうそう。ことわざ、みたいな?」
「ふ~ん?」
サヤが、腕を組む。
「カルディアに風が吹けば、ヴェーラの雨が止む。みたいな?」
「……なんだ、それ?」
「んはは。いや、それは知んねぇんだ!」
「あはは。でも、ジュディの世界の方が分かりやすくていいね?」
二人が、笑う。
「……はは。」
俺も、つられて笑った。
三年も、この世界にいて。
それなりに色んな場所へ行って。
色んな人に会って、色んなものを見た。
それでも、知らないものは。
山ほどあるみたいだな。
「……。」
カイラとサヤを、見る。
ここは、三年前に帰りたかった場所じゃない。
あの工房だって、なくなった。
——それでも。
二人と、一緒に居られるなら。
ここが俺の、今帰る場所だ。
俺は、鞄を持ち上げた。
「……よし。カイラ。サヤ。」
「なに?」
「ん?」
二人が、俺を見る。
「ここに、絶対に。みんなで帰ってくるぞ。」
「……うん。帰ったら、お鍋食べよ!」
「んはは!当然だっつーの!」
二人とも、当たり前みたいに答えた。
「……ジュディ。」
「ん?」
玄関から、エミリが顔を出す。
「終わりました?行けますか?行けますよね?」
「……あ、あぁ。行けるよ。」
「もう五分経ってます。これで、合計十分待たされました。」
「……ごめんね?」
「いいです。その代わり、条件があります。」
「条件~?なんだよ。プリンなら買わねーぞ?」
「違いますよ!!いいから聞いてください!」
エミリが、小さく咳払いをした。
そのまま、言葉を紡ぐ。
「……私も。」
「ん?」
「色々終わったら。来てもいいですか?」
「……。」
思わず、目を瞬いた。
エミリが、こちらを見ている。
「この場所に。ジュディ達に、会いに来てもいいですか?」
「……っは。」
「えっと、その。何か用事がある時とか。暇な時とか。」
「は、ははは!!」
「……私、何か面白いこと言いました?」
思わず、笑ってしまった。
なんだか。……そう。嬉しくて。
「そんなの、許可なんていらねぇって。遠慮すんなよ!」
「……。」
「帰ったらさ。カイラの鍋食べようぜ?」
「え、えへへ!へへへへ!はい!食べましょう!!」
エミリが、嬉しそうに笑う。
また、一人。
ここに帰ってくる奴が増えた。
……狭いんだけどな。
今度、部屋のレイアウトを考え直そう。
「じゃ。行くか!」
「うん!」
「ん。」
「はい!」
玄関の扉を、開ける。
——ここに、帰る。何があっても。
そのために。
生き残るために、俺は足を踏み出した。
「……ジュディ。」
「ん?カイラ、なんか忘れ物か?」
「なんかさ。すごい、いい感じだったけどさ。」
「うん。」
「ジュディ。ネルに処置してもらうだけだよね?」
「……。」
サヤとエミリが、吹き出した。
……なんか、締まらなかった。
—
タワー・オルタナティヴまでは、車でしばらくかかる。
なんせ、カルディアの最西部。
アッシュタウンとの境界、ギリギリにある支社だ。
アルカナが用意した車の中で、流れる景色を眺める。
既に、高い建物はなく荒野が広がっている。
……結構僻地にあるんだな。
「……。」
車内を、見渡す。
運転席には、サヤ。
隣の助手席には、エミリが座っている。
後部座席は、俺が真ん中。
右にカイラ、左にネル。
俺を、挟み込む形で座っていた。
「……サヤ。」
「ん?」
「運転、出来たんだな。」
「あ?舐めてんの?できんだろ。普通に。」
「へ、へぇ。」
なんだか、意外だった。
サヤが運転する車は、思ったより普通に走っている。
少なくとも、今のところ何かにぶつかる気配はない。
「子供の頃はよく、兄貴のニケツに乗ってたなぁ。」
「クロウ、バイク乗ってたんだ……。」
「んはは。若い頃ねぇ。たまに、私も運転してたよ?」
「それ、サヤの年いくつだ?」
「んはは。よく、政府に追いかけ回されてさぁ。」
「……。」
サヤは、ヤンキーだったのだろうか。
いや、多分ヤンキーだったんだろうな。
「……盗んだバイクじゃねーよな?それ。」
「んはは。はははははは!」
「おい。笑って誤魔化すなよ。」
「昔の話じゃん?私、子供だったし。兄貴が悪いよ。」
「……否定しろよ。」
助手席のエミリは、手元の袋から何かを口に運んでいた。
時折、サヤの口元にも何かを運ぶ。
「サヤ。あーんです。」
「ん。」
「美味しいですか?」
「……ん。甘い。」
「そうですか。」
……あれは、チョコか?
てか、仲いいな。この二人。
初めて会った時は。
俺の背中に隠れて、障害物扱いしてたのに。
エミリが、こちらに振り返る。
チョコの入った袋を、差し出してきた。
「ジュディも、どうです?」
「いや、今は大丈夫かな。」
「む。人の善意を無下にしましたね?」
「いやいや。また気分になったら貰うって。」
「へへ。ダメです。二度とあげません。」
「えぇ……。」
エミリが、頬を膨らませる。
そのまま前を向き、自分の口にチョコを放りこんだ。
「んふふ。甘いですね。」
「……。」
また、一口。
「……もぐもぐ。」
「……。」
「ぱくっ。」
「あー。エミリ。」
エミリが、チョコを咀嚼したまま。
目線だけを、俺に向けた。
「……なんです?」
「それ。美味いの?」
「えぇ。」
「……一個、ちょうだい?」
「えへへ!!」
エミリは、袋の中からチョコを取り出した。
「……おぉ。ありが——」
「ぱくっ。」
「……え。」
「にほほ。あげまひぇんと、言いまひた。」
……こ、こいつ。
タワーについたら、しばく。
「……えへへ。」
エミリは、今朝からなんだかご機嫌だった。
なんだか、遠足でも行くみたいな。
本当に、何しに行くかわかってんのか?
……随分、呑気だよな。
視線を窓の外に移す。
相変わらず、荒野の景色が続いていた。
タワー・オルタナティヴまで、あとどれくらいだろうか。
「……ジュディ~。」
隣から、声がした。
「ん。どうした?」
ネルが、こちらを見ていた。
いつもの笑った顔じゃない。
俺の顔を、観察するみたいに見ている。
「調子はどう~?アルトの声とか、聞こえてるぅ?」
「……ん~。」
頭の中を、少しだけ意識する。
……何も、聞こえない。
ここ最近、ずっとあいつの声は聞こえなかった。
「いや。聞こえねぇな。何が、どうなってんだか。」
「ん~?アッシュタウンに行ってから、一回もぉ?」
「一回も。本当に。まったく。全然。」
「……ふ~む。」
ネルが、顎へ指を当てる。
「果たして、いいことなのか。悪いことなのか……。」
「意味深な事言うなよ……。いいことじゃねーの?」
「まぁ、今のところはねぇ。発作も、出てきてないみたいだしぃ。」
「なら。まぁ~結果オーライじゃね?」
「……ジュディはぁ。すぐそうやって楽観視するぅ。」
「何も起きてねぇのに、不安になったって無駄だって。」
「あっは。そりゃ、そうだ!」
「だろ?」
俺の残りは、たしか十二日。
でも、まずはエミリだな。
あいつに残っている時間は、二日しかない。
……それにしては、随分元気そうだけど。
いずれにしても、だ。
レガシーコードを起動すれば、解決する。
「……ま。やることは、決まってる。」
「そうだねぇ。」
「あぁ。このまま、タワーについたら。さくっと……。」
視線を前の座席に戻す。
エミリの、ポニーテールが揺れていた。
「レガシーコードで……っ。」
「……ジュディ?」
——突如。
視界が、揺れた。
「……あ?」
声が出たのか。
それすら、分からなかった。
体から、急に力が抜ける。
「ジュディ!?」
カイラの声が、耳元で聞こえた。
気がつけば、肩を支えられていた。
「あ、あれ。カイラ?」
「う、うん。大丈夫?」
「あ、あぁ。」
一瞬、眩暈がした。
……昨日は、良く眠れたはずなんだけどな。
「大丈夫……。だいじょう——」
——ピキン。
何かが、決壊する音がした。
「——っ。」
次の瞬間。
頭の奥で、何かが一気に弾けた。
「が、ぁぁぁあああああああああ!!!!!!」
声が、勝手に出た。
頭が、割れる。
体が、砕ける。
今までの頭痛なんか、比べ物にならない。
自分自身が、塵となるような、感覚。
「あ、あああぁぁぁ!!!!」
脳の内側から。
何かが、無理矢理こじ開けようとしている。
「ジュディ!!!」
エミリが、叫んだ。
助手席から振り返る。
瞳が、大きく見開かれている。
「え、おい!!!ボンクラ!!?」
サヤの声も、聞こえた。
ネルが、俺の瞳を覗き込む。
「カイラ!!!ジュディを横にして!!!」
「う、うん!!!ジュディ!こっち!!」
カイラが、俺の体を抱える。
後部座席に、無理矢理横にされた。
「エミリ!!!後ろの黒い鞄!!!取って!!!」
「は、はい!!!」
ネルの声が、いつもの間延びした話し方じゃない。
何かが、腕に触れた。
ネルが俺の体を調べているのかもしれない。
何も、分からない。
そこにある、痛み。
ただ、それしか分からなかった。
「が、あぁぁぁあああああ!!!!!!」
「ジュディ!!ジュディ!!!」
カイラの声が、近い。
「お、おい!!くそ!!これ、どうする!?車止めるか!?」
サヤの叫ぶ声がする。
「サヤは、そのまま運転!!!」
「でも!!ジュディが!!」
「止めないで!!!まずは、タワーまでの移動を最優先!!!」
「りょ、了解!!!」
……ネル。頼もしいな。
こんな時なのに、何故か、そんなことを思った。
「ネル!これで合ってる!?」
「そう!!それを、ジュディの腕に巻いて!!」
「は、はい!!」
「ジュディ!!ジュディ!!聞こえるか!?ジュディ!!!」
「……ぁ。」
カイラ。サヤ。ネル。エミリ。
みんなの声が、どんどん遠くなっていく。
「……あ、ぁぁ……。」
声はもう、上手く出なかった。
視界が、白く滲んでいく。
「……っ。」
俺は、ただ、みんなの声を聞きながら。
ゆっくりと。
白い空間へ、沈んだ。
第百九十五話、お読みいただきありがとうございます!
生きて、帰るために。
タワー・オルタナティヴへ出発しました!
と思いきや、突然のピキン。
何がどうなってるんだか。
次回は、ある男のお話です。
ブクマやコメントをいただけると、エミリがチョコをジュディにあげます。
次回もよろしくお願いします!




