第百九十四話「彼と彼女の生きる術」
エミリと誓いを立てた。
翌日の、午前。
アルカナ本社の役員会議室に、俺はいた。
長い楕円形のテーブルに、いつもの面々が揃っている。
社長のゼノ・アルカナ。
軍事開発部門のゴード・ラムス。
技術研究部門のネル・クライス。
都市開発部門のエルド・ヴィオ。
今日は、ジャスを含めたカルディア政府はいないらしい。
「……。」
……なんだか。久々な感じがした。
ここ最近は、アッシュタウンに行って。
酒飲んで。エミリと散歩して。
だいぶ、アルカナの外にいた気がする。
……だからって、別にここに来たいとは思わねぇけど。
「……ではぁ。始めるよぉ。」
ネルが、端末を持ち上げた。
今日の進行は、ネルらしい。
机の中央に、淡い光が広がる。
「レガシーコード。最終調整の結果を、発表しまぁ~す。」
「お。なんとかなったか?」
「ドゥルルルルル——」
「そういうの、いいから。早く言えって。」
「あっは!」
ネルは、舌を出してウインクを投げて来た。
……テンション高ぇな。
この二日間。
ネルとは、全く連絡が取れなかった。
この分だと、多分なんとかなってんだよな?
「結論から言うとねぇ?」
「……あぁ。」
ネルが、指を一本立てる。
「欠けてた魔法記述の補完は、完了ぉ~。はい拍手ぅ~~~。」
「おぉ……。」
思わず、両手を叩く。
——パチ、パチ。
……拍手していたのは俺だけだった。
「……。」
「……。」
「……ジュディ。」
エルドが、俺を見た。
「君は、なんというか。その。優しいな?」
「……まぁ。はい。」
「あっは!」
「じゃれるな。話を進めろ。」
ゴードに、注意を受けた。
いや、なんでだよ。じゃれてた訳じゃねーだろ。
「……へい。」
——何はともあれ、できた。
カリドで手に入れて。
欠けていることが分かって。
エミリを助け出して、その情報を使って。
ネルが、ずっと組み直していた。
……長かった。本当に、長かった。
でも、ようやく。
レガシーコードが、使える。
「よし。じゃあ早速——。」
「ただぁし!」
「……え。何。」
「そう簡単には、いかないんだなぁ。」
「……。」
まだ、何かあんのかよ。
ちょっとは、喜びに浸らせろよ。
……三秒もなかったぞ。
ネルが、もう一本指を立てた。
「新しい問題が、見つかりましたぁ。」
「……嫌がらせとかじゃねぇよな?」
「失礼だな!少なくともジュディには、私は嫌がらせなんてしないもん!!」
「いや、『もん』って言われても……。」
「いいから!話聞け!」
「……へい。」
ネルが端末を操作した。
中央に浮かんでいた魔法記述が、別の図へ切り替わる。
線が、幾重にも伸びていた。
これは、地図……か?
世界各地に、細い光の筋が走っている。
「ネル。これは?」
エルドが、先に聞いた。
「魔法の、地脈ぅ。」
「……地脈?」
俺も、聞き返す。
「そ~。世界中を通ってる、魔力の流れみたいなもんだねぇ。」
ネルが、光の筋を指でなぞった。
「魔法使いってぇ。何でも好き勝手に、どこでも魔法を使えたわけじゃないんだよぉ。」
「……そうなの?」
「私もぉ、最近知ったけどねぇ。世界へ干渉する規模によっては、一定の条件をクリアする必要があるぅ。」
「……ふむ。確かに、筋は通っているか。」
ゴードが、腕を組む。
ネルが、それを横目に続けた。
「そぉ~。無条件で大規模な魔法。つまり、世界のルール書き換えなんて行ったらぁ……。」
「この世界は、とっくに滅びていても不思議ではないな。」
「あっは!それは、どうかなぁ?魔法使いが聖人君子だったのかもよぉ?」
「……それが、人である以上はありえない話だな。」
「あっは!今は人の性善説とかはどうでもいいや。続けるよ。」
語尾が、少しだけ短くなった。
「世界に干渉する大規模な魔法については。地脈を利用した記録が、レガシーコードに残ってた。」
「……レガシーコードに?」
「うん。何でそんな記録があったのかは分からない。でも、『記憶媒体』の側面もあったのかもね。」
「意味が、分かんねぇんだけど。」
「あっは。今、その意味を求めるのは非効率かな。そういう記録がレガシーコードにはあって、今は都合がいい。」
ネルが、指を鳴らした。
「記録上ではぁ。そういう魔法を使う行為を——『儀式』って呼んでるみたいだね。」
「儀式……。」
「で。ここからが本題。」
ネルが、表示を切り替える。
地脈の上に、レガシーコードの魔術式が重なった。
「こいつも。『儀式』を前提に組まれてる。」
「……つまり?」
「地脈のない場所じゃ。完全には起動しない。」
「……。」
——なるほど。
欠けていたコードを埋めれば終わり。
そんなに都合よくは、いかなかったらしい。
「ネル。」
エルドが、モニターを見る。
「何?エルドが質問なんて珍しいね。」
「いや、質問というほどのものじゃない。」
「じゃあ、何?」
「これは、事前には判別できなかったのか?」
「……。」
「お前らしくない。なんというか。視野が狭まっているような感覚がある。」
「……っ。」
ネルが、黙った。
……珍しいな。
いつもなら、『じゃあ凡人に分かったのぉ?』とか言ってきそうなのに。
「ネル。大丈夫か?」
「うん。大丈夫。大丈夫だよ。」
「……本当かよ?」
「……エルドの、言う通りだ。」
「ん?」
「いつもの私なら。絶対にもっと早く、気付けたと思う。」
小さな、声だった。
絞り出すような、声。
「欠損してる部分に、気を取られすぎた。多分、焦ったんだ。私は。」
「……ネルが、焦る?」
「うん。起動条件まで含めて、最初から逆算してれば。少なくともアッシュタウンに行く前には分かってたはずだ。」
ネルが、眼鏡を押し上げる。
「……ジュディ。」
「ん?」
ネルが、こちらを見る。
そのまま、俺に頭を下げた。
「……ごめん。ごめんなさい。」
「……え?」
「ごめんなさい。」
……謝られてる?
思わず、目を瞬いた。
「なんで、ネルが謝んだよ?」
「……。」
「レガシーコードを突き止めたのも、欠損を直したのもお前だろ?」
「それは——。」
「ネルがいなかったら。そもそも、俺は生き残れるかどうかも分かんなかったんだ。」
「……。」
「何回でも言うぜ?お前がいてくれて、よかったよ。」
「……っ。」
ネルが、顔を上げた。
そのまま、しばらく俺を見る。
「……バカの癖に。お前は、バカの癖に。」
「急に悪口じゃん。」
「うるさい。ば~~か。」
あ。戻ったな。
いつもの、ネルだ。
「そんで、ネル。」
「ん。」
俺は、モニターへ視線を戻す。
「その儀式ってのは、どこなら出来んだ?」
「……そうだね。まずは、本来の場所から言おうか。」
ネルが、端末を操作する。
中央に映る地図が、拡大した。
「……は?」
一つの都市が、映し出されている。
黒く焼けた、まだ復興途中の街。
ここを、見間違えるはずがない。
「……ここって、アッシュタウンだよな?」
「そ。正解。」
「……マジかよ。」
「マジマジ。私、ジュディに嘘つかない。」
「信用できねぇ……。」
全然嬉しくない、正解だった。
「んで。ここが『儀式』を行うのに必要な場所。」
地図の一点に、印が付く。
市街地から、離れた場所。
細長い建造物の映像が、横に表示された。
「これって。……塔か?」
「うん。塔だね。」
「……。」
「魔法使いの。魔法使いによる。魔法使いのための塔。」
ネルが、一本指を立てた。
そのまま、名を口にする。
「名を——タワー・オリジン。」
「……タワー・オリジン。」
「古の時代。魔法使いの聖地。そのものさ。」
—
エルドが、映像を見つめる。
「つまり、ネル。レガシーコードを起動するには、アッシュタウンに攻め込み、タワー・オリジンを制圧する必要があると?」
「……普通なら、そうなるねぇ。」
「では。」
ゴードが、低い声で言った。
「話は早い。すぐに部隊を編成しよう。」
「あ?ゴード、それはどういう?」
「決まっている。戦争だろう?」
「——ならん。」
突如、声がした。
ゼノの声だった。
会議が始まってから、口を開いていなかった男。
その男が、こちらを見つめていた。
「ま。そうだよな。気軽に戦争なんて——」
「そうではない。もっと簡単な方法がある。」
「……言ってみろよ。もう分かってるけどな。」
ゼノが、一拍おいた。
静かに、口を開いた。
「エミリを、返せばいい。」
「……ま。あんたはそう言うよな。」
「あぁ。」
「それで、俺とエミリが生き残れる保証は?アーヴィンはエミリを狙ってんだぜ?」
「少なくとも、お前は生き残れるだろう。」
「……じゃあ、無理だな。」
「ジュディ。貴様は状況を何一つ分かっていない。」
ゼノの言葉は、淡々としていた。
まるで、事業の計画でも説明するみたいに。
「アーヴィンの提案である『死者復活事業』。アルカナはこれに賛同する。」
「……で?」
「すでに契約も進めている。企業間の関係を悪化させることは論外だ。」
「んなもん。エミリ奪ってる時点で変わんねーだろうが。」
「いや?そもそもエミリは、バイオストーンからの盗品だ。向こうとしても表沙汰にされるのは望んでいないだろう。」
「こっそりエミリを返すことで、契約も有利に進められるってか?」
「あぁ。お前の同一化を防ぐ。それも条件に加えれば、レガシーコードを使う必要もない。」
「……話にならねぇよ。おじいちゃん。」
「……。」
しばらく、沈黙が落ちた。
ゼノが、また口を開いた。
「……ジュディ。」
「あんだよ?」
「以前とは、状況が違う。」
「……状況だぁ?そりゃ、違うだろ。」
「今の私にとって。貴様の価値はそれほど高くない。」
「……は?」
思わず、目を見開いた。
構わず、ゼノは言葉を続ける。
「貴様を見捨てたとして。こちらが得るものは、『死者復活事業』の情報。」
「……。」
「そして。熟練の魔法使い、アーヴィン・ロックウェルの協力だ。」
「……そういう、事かよ。」
「あぁ。貴様が消えることで生じる損失と。そこで得られる利益は、同程度だ。」
「……。」
「今、人類全体で見れば。貴様が消えても、効率は落ちん。」
こいつは。
ゼノは、何も変わっていない。
この男は、俺に個人的な感情を持っちゃいない。
ただ、あらゆる物を天秤にかけて判断するだけ。
その天秤から、俺は溢れ落ちた。
——ただ、それだけだ。
「気に入らねぇな。大福もうあげねぇぞ?」
「……いらん。不要だと言ったはずだ。」
「クソじじい……。」
「……ふっ。」
エルドが、小さく息を吐く。
ゴードが、片手で眉間を押さえた。
「……ジュディ。」
「あ?」
「そこに居られる方を、誰だと思っている?」
「ゼノだろ。」
「あぁ。我々の長だ。次に舐めた口を聞いてみろ?お前をつまみ出す。」
「……っは。上等だ。なら——」
「よせ。」
エルドが、俺の言葉を遮った。
……さっき。ちょっと笑ってたよな?
「言い争いなら、他所でやれ。」
「……。」
「……話を、戻す。」
ゴードが、机を軽く叩く。
「社として、アッシュガードとの敵対は避ける。それでよろしいですね。ゼノ社長。」
「あぁ。アルカナとして、ジュディのためにアッシュタウンへ兵を出すことはない。」
即答、だった。
これでは、アルカナの支援は期待できない。
……まずいな。
「……っ。ゼノ社長!!!」
声が、響いた。
ネルが、口を開いていた。
「……なんだ。」
「確認を、一つだけしても?」
いつもの間延びした声じゃなかった。
ネルが、地図を閉じる。
「今の話だと。アッシュガードとの敵対はNG。よって、アッシュタウンへ攻め入るのも、NG。そうですよね?」
「あぁ。やるのであれば、正式な手続きで。向こうの条件を飲んでからだ。」
「……そう、ですか。」
「ネル。これは決定だ。」
「……では——」
ネルが、少しだけ首を傾げた。
「カルディアの中で。私が、私の管轄を使う。」
「ネル。貴様は……。」
「それなら、何も問題ありませんね?」
エルドが、僅かに眉を寄せた。
「ネル。君は何を言っている?」
「黙ってて。今は、ゼノ社長に判断を求めてる。」
「……。」
「答えていただけますか?ゼノ社長。」
ゼノは、黙っている。
しばらく、ネルを見ていた。
「……ネル。以前、私は言ったはずだ。」
「えぇ。」
「情など、不要だ。人類のために切り捨てろ、と。」
「えぇ。聞きました。」
「ならば、矛盾にも気付いているだろう?」
その言葉に。
ネルの顔が、少しだけ止まった。
「お前が、研究価値より。一個人を優先する。」
「……。」
「私の考えにも賛同していたお前なら、しなかった判断だろう?」
ネルが、眼鏡を上げる。
俯いて、何も言わない。
天才のこいつなら。
適当な理屈を、いくらでも並べそうなのに。
「……ゼノ社長。」
「なんだ。」
「単純な話です。」
ネルが、こちらを見た。
お互いの視線が、合わさる。
その瞳は、揺れていなかった。
「私は、ジュディに。」
一度だけ、小さく息を吐く。
そのまま言葉を紡いだ。
「この男に。情が、湧きました。」
——情。
何故か、その言葉が、やけに耳に残った。
—
ゼノは、しばらくネルを見ていた。
やがて、口元を歪ませて言った。
「……いい。」
たった、一言。
それだけ、だった。
「……いいのかよ?」
思わず、俺が聞いてしまった。
ゼノが、こちらを見る。
「……なんだ。不満があるのか?」
「いや。なんか、釈然としねぇよ。あっさりしすぎじゃね?」
「ジュディ。貴様に感謝するぞ。」
「……は?」
「いい。変数だ。」
……訳がわかんねぇ。
こいつは、一体何を考えてる?
ゼノは、椅子に背を預けた。
「ネル。策があるならば、話せ。」
「……あっは。了解しましたぁ。」
ネルが、小さく笑った。
どこか、楽しそうな顔で。
「さぁて~。ここからが、天才の案でぇございますぅ。」
ネルが再び、地図を表示する。
今度は、アッシュタウンだけじゃない。
カルディアまで含めた、広い地図。
「アッシュタウンに行けないならぁ。タワー・オリジンは、使わない~。」
「……は?」
「レガシーコードを動かすのに必要なのはぁ。タワー・オリジンっていう建物、そのものじゃない。」
ネルが、地図に走る地脈を拡大する。
アッシュタウンから、細い光の筋が、伸びている。
「必要なのは、魔力の地脈。」
「……。」
「正確にはぁ。地脈から魔力の情報を引き上げて。レガシーコードが要求する起動環境を、再現できること。」
指が、カルディアへ移動する。
カルディアの最西部。
一つの建物に、光の印が付いた。
「……ここは。」
エルドが、モニターを見る。
「……アルカナ第七支社、か?」
「エルド。大正解ぃ。」
俺も、地図を見る。
カルディアの、一番端。
アッシュタウンに最も近い位置にある、アルカナの支社だった。
「ここもぉ。同じ地脈の上にあるぅ~。だからぁ、こうした。」
画面が、切り替わった。
第七支社の外観が映し出される。
……普通のビルだった。
アルカナのロゴに、無駄に綺麗な外壁。
カルディアには、どこにでもある。アルカナの企業ビル。
「……このビルを、『改造』しましたぁ。」
「……。」
ネルが、また指を動かす。
ビルの内装の写真が、表示される。
ビルの内部は、全然普通じゃなかった。
床から壁、天井まで。
無数のケーブルが這っている。
巨大な機材に、所々に刻まれている魔術式。
見たことのない観測機。
元々あった部屋の壁まで、一部ぶち抜かれていた。
「……ネル。」
「なぁに?」
「これ、二日でやったのか?」
「そうだよぉ?レガシーコードの起動条件が分かった時点で、この状況は予想できたしねぇ。」
「……マジで二日?二日で、ビル一棟こうなんの?」
「あっは!私は、遠隔で指示出しただけだけどねぇ。」
「……。」
「アルカナの社員はぁ。優秀だからぁ。私の指示なら特にね★」
「……怖ぇよ。」
「何が?」
ネルが、不思議そうに首を傾げた。
そのまま、笑う。
無邪気な、子供みたいに。
「これでぇ。魔法使いがやってた儀式を。無理矢理、再現する。」
「ネル。実際のところだが。」
エルドが聞いた。
「起動は、本当にできるのか?」
「私を、誰だと思ってんの?」
ネルの返事は、早かった。
「レガシーコードの補完は終わった。起動条件も、分かった。場所も、作った。」
「……。」
「だから。後は、使うだけだよ。」
ネルが、俺を見る。
今度は、優しく笑った。
「ジュディ。」
「……あぁ。」
「これで、私は君を救う。」
「……。」
「間に合わせたよ?」
「……ネルさん。マジ天才。」
「あっは!」
十五日と五日。
俺と、エミリに残っている時間。
これなら、間に合う。
——生き残れる。
「……正直。見た目も少し凝りたかったんだけどねぇ。」
「まぁ。ただのビルに見えるよな。」
「あっは!そうだねぇ。紛い物の塔だ。」
ネルが、眼鏡を押し上げる。
「私の。私による。私のための、塔。」
「……。」
ネルは、誇らしそうに胸を張った。
「名は——タワー・オルタナティヴ。ってとこにゃぁ?」
第百九十四話、お読みいただきありがとうございます!
第二部、最終章。
いよいよ、始まりました!!!
レガシーコードは完成!!!
でも、起動できない!!
ネルえもんが、二日でなんとかしてくれました。
天才って最高ですね!
そして、タワー・オルタナティヴ。
ここで、ジュディとエミリが生き残るための最後の戦いが始まります。
次回もよろしくお願いします!
ブクマやコメントをいただけると、ネルがもう一棟くらいビルを改造します。
よろしくお願いします!




