第百九十三話「彼と彼女が選ぶもの」
翌日の、昼過ぎ。
「……頭、いてぇ。」
仮住まいの前で。
俺は、しばらく扉を眺めていた。
昨日は結局、朝まで飲んだ。
そのまま、ガレスの拠点で少し寝かせてもらい。
目を覚ました時には、とっくに昼を過ぎていた。
……酒って怖いな。
いや、俺が悪いんだけどさ……。
「……ただいまぁ。」
扉を、開ける。
「おかえり~。」
「おっそ。」
「おかえり、なさい。」
三人分の声が、返ってきた。
カイラとサヤ。
それから——。
「……ん?」
思わず、足を止めた。
エミリが、共有スペースの真ん中に立っている。
昨日まで下ろしていた銀色の髪は。
後ろで、一つにまとめられていた。
「……。」
思わず、目を見張る。
……これ、ポニーテールだよな?
着ているのは、黒いパーカー。
胸元には、小さな犬の刺繍があった。
紐や袖口。所々に、淡い水色が入っている。
下は、動きやすそうな黒いスパッツ。
全体的に、なんというか。
……スポーティな感じ?
「……。」
エルナなら、多分選ばない。
髪型も、服も、色の使い方だって。
全部、全然違う。
「……ジュディ?」
「あ、いや。」
エミリが、不安そうに俺を見る。
改めて、上から下まで見る。
——似合ってる。
ちゃんと、似合っていた。
なんとなく、エミリらしい。
そう思った。
「エミリ。」
「は、はい。」
「……。」
「……。」
少しだけ、言葉を探した。
でも結局、思うままを口にした。
「すっげー似合ってる。可愛いよ。」
「……っ。」
エミリの顔が、一気に赤くなった。
「……っ~~~~!!!」
何故か、そのまま俺に背中を向ける。
「聞きましたか!!カイラ!!サヤ!!!」
「あはは!聞いた聞いた!」
「よかったじゃん。」
「えへ!!えへへへへ!!!大勝利です!!」
……なんだこれ。
何の勝負してたの?
「何か、賭け事でもしてたのか?」
「失礼な!!してませんよ!……これは勝負だったのです。」
「……勝負?」
「はい。」
「なんで?」
「ジュディは、先日。黒いロングコートを提案しましたね?」
「……あ、あぁ。したな。」
「センスないと思いました。しかし、自分で選んでもないのに否定するのは、いただけないでしょう?」
「……。」
「これで、遠慮なくディスれます。あれはないです。本当にない。」
「いやいや!カイラとサヤもいたんだろ?ずるじゃねーか?」
別にセンスがどうのは、似合ってればどうでもいいと思う。
でも、このままタコ殴りにされるのは癪だ。
カイラが、エミリのパーカーを少し摘まんだ。
「ジュディ。これ、エミリが自分で選んだんだよ?」
「……へぇ。アドバイスとかは?」
「してないよ!」
「……。」
エミリを、見る。
「本当に、自分で?」
「はい!」
嬉しそうに、頷いた。
なんか、釈然としねぇ……。
「動きやすくて。可愛いものが、いいと思いまして。」
「……ほう。」
「カイラとサヤに、色々持ってきてもらいました。」
「こいつ。人に持ってこさせといて、ほとんど却下すんだよ。」
「サヤは、ちょっとカッコよすぎます。動きやすそうではありましたが。」
「……意外と自我強いんだよな。こいつ……。」
「カイラは、全体的に可愛すぎます。」
「えぇ~。」
「なので、その中間を取りました。テーマは中和です。」
「……中和。」
エミリのパーカーの胸元を見る。
「なんですか?人の胸ジロジロ見ないでください!」
「いや!違うって、犬の刺繍。カイラの服にもあった気がして。」
「お!目ざとい!流石ジュディです!この犬は、可愛いですね。」
「……目ざとい。」
「あと、この色も好きです。」
淡い水色の部分を、指で摘まむ。
「動きやすくて、可愛い。好きな色に、犬もあります。」
「……全部乗せだな。」
「欲張っては、いけませんか?」
「いや。いいんじゃねぇ?似合ってるしさ。」
好きなもん着りゃいいだろ。
そう言おうとして、なんとなく口を閉じた。
「その、束ねた髪は?」
ポニーテールを指差す。
「サヤに、教えてもらいました。」
「へぇ。確かに、たまに結んでるよな。」
「うん。似合うっしょ?」
「うん。似合ってるな。」
サヤが、少しだけ得意そうな顔をした。
「ほらな?動きやすいし、好印象だろ?」
「はい!」
「随分、仲良くなったじゃん?」
「昨夜、親睦を深めましたので。」
「へぇ。」
……何話してたんだろ。
気になるけど……。
なんか、聞かない方がいい気がした。
—
「ね。せっかくだしさ。」
カイラが、俺達を見る。
「二人で、少し出掛けてきなよ?」
「……え。」
思わず、顔をしかめた。
「あ~、カイラ。俺、頭痛くてさ。寝たくてさ。」
「自分のせいでしょ?」
「……ひぃん。」
「あはは。分かったよ。白湯持ってきてあげる。」
「……行くのは確定なんすね。」
こういう時の、カイラは強い。
為す術がなかった。
エミリが、カイラとサヤを見る。
「お二人は、来ないのですか?」
「ん~。私は、今日はいいかな。」
「私も、いいや。」
サヤが、立ち上がる。
そのまま、エミリの肩へ腕を回した。
「エミリ。」
「……はい?」
「昨日、ジュディに聞きたいことがあるって言ってたろ?」
「……言いましたね。」
「聞いて来いよ。」
「ほう。」
エミリの目が、少しだけ開く。
しばらくして、エミリが満足そうに頷いた。
「ふふん。サヤ。ナイスアシストですね。」
「んはは。だろ?」
「あー、何の話だ?」
二人を見る。
エミリが、俺に向き直った。
「パジャマパーティです。」
「ん。何それ?」
「いいのです。ボンクラは知らなくて。」
「……サヤ。」
「あ?」
「何教えた?」
サヤが、俺を見る。
カイラが、白湯を俺に手渡す。
「……ありがとう。」
「あ、あとこれ。頭痛薬。」
「……ども。」
あぁ。ホッとする。
白湯を飲みながら、サヤの言葉を待った。
「……何も、教えてねぇよ?」
「いや。ならエミリから『ボンクラ』なんて単語出ねぇだろ。」
「教えてねぇって!ジュディの話はしたけど。」
「……どんな話?」
「それは、内緒だろ。プライベート侵害~。」
「プライバシーだろ……。怖ぇよ。」
カイラが、空になったコップを俺から取った。
……楽しそうに笑っていた。
「ほらほら。行ってきなよ。」
「……はぁ。はぁい。」
「あはは。しんどそう!……エミリ。」
「は、はい?」
「楽しんでおいで。」
「えへへ!もちろんです!」
エミリが、勢いよく立ち上がる。
……元気だなぁ。
こっちは、頭割れそうなのに。
—
カルディアの街を、二人で歩く。
天気は、悪くない。
昼を少し過ぎた街には、人が多かった。
エミリは、なんだか落ち着きがない。
「……。」
店の横を通る。
大きなガラスに、俺とエミリの姿が映った。
エミリが、ちらっと横を見る。
立ち止まり、しばらくガラスを凝視する。
「……。」
次の店の前を、通り過ぎる。
また、ガラスを見ていた。
「……エミリ。」
「はい?」
「服、気に入ったんだな。」
エミリが、ガラスに映る自分を見る。
すぐに、笑った。
「えへへ!はい!」
「そっか。」
パーカーの裾を、少しだけ広げる。
「これ、いいですね!いいでしょう?可愛いですよね!」
「あ、あぁ。そうだな。可愛いよな。」
「ふふん。」
胸を、張る。
そんなに気に入ったんなら、よかった。
また、二人で歩き出す。
ポニーテールが。
エミリの動きに合わせて、左右に揺れた。
エルナとは、やっぱり全然違うけど。
今は、それが、とても普通に見えた。
—
少し歩いたところで。
エミリが、急に止まった。
「ジュディ!ジュディ!」
「ん。どうした?」
「……あ、あれ。あれです。」
店先を、指差す。
「プリン。プリンです。」
「あぁ。プリンだな。」
「プリンプリンです。」
「なんなんだよ。見りゃ分かるよ。」
透明な容器に入ったプリンが、店頭の冷蔵棚に並んでいた。
エミリが、じっと見つめている。
「……ジュディ。」
「何。」
「買ってください。」
「……。」
「私は今、直接食べられます。」
「そりゃそうだろ。」
「実際に!!!食べられるのです!!!」
「声でっか。」
感覚共有で、味はもう知っているはずだ。
俺が食べたものを、エミリも一緒に感じていた。
でも、アッシュタウンで話した時。
——プリンも、直接食べてみたい。
エミリは、言っていた。
「はぁ。一個だけだぞ?」
「……二個。」
「ダメ。一個。」
「……ジュディ。お願~い。」
「ダメ。」
「クソが!」
……こ、こいつ。
店頭で一つだけ購入し、エミリに渡す。
そのまま、店の近くにあるベンチへ座った。
「ふっ。ふふふ。いよいよです。」
「何、そのテンション。」
エミリが、容器の蓋を取り、スプーンを持つ。
そのまま、プリンをじっと見た。
「相変わらず、見た目は。人間を溶解して固めたような感じですね。」
「それ、自分で食う前に言ってテンション下がんねーの?」
「シャラップ!!!今から食うのです!静かに!!!」
「なら、早く食えよ……。」
エミリが、プリンを掬う。
少しだけ、スプーンを眺めて。
口へと運んだ。
「……ふぉ。」
……止まった。
というよりも、固まった。
「お、おい。エミリ?」
「……幸せが。」
「あ、あぁ。」
「……今。直接、わらひの、くひの中に……。」
呑み込んでから喋ろうな。
なんか、懐かしい反応だな。
「美味いってことだよな?」
「……ん。美味しいです。」
もう一口。
「でも、知ってた味だろ?」
「はい。これ、好きです。」
「そっか。甘いもの、好きなんだな。」
「プリンは特別です。今確定しました。」
また、一口。
「知っているのと。自分で食べるのは、違いますね。やっぱり。」
「そういうもんか?」
「そういうものです。」
「……一口くんね?」
エミリが、俺を見た。
そのまま、プリンに視線を落とす。
「これは、私のプリンです。」
「……俺が買ったんだけど。」
「細かい男ですね。小賢しい。」
「いやいやいや。正当な要求だと思うんだけど。」
エミリが、笑った。
「えへへ。ダメで~す!」
すぐに、容器は空になった。
「無くなりました。」
「あぁ。無くなったな。本当に一口もくれなかったな。」
「……ジュディ。もう一個。」
「ダメ。夕飯食えなくなるだろ。」
「……滅。」
「それ、はまったんだな……。」
空になった容器を、エミリから受け取った。
—
夕方。
俺達は、カルディアを見渡せる高台にいた。
別に、特別な場所じゃない。
少し坂を登った先にある、開けた場所。
前に、アルトと会話をしながら見つけた場所だ。
……そういえばロイドとも。
最初はここで出会った気がする。
「……おぉ。」
エミリが、声を上げる。
眼下には、カルディアの街が広がっていた。
高いビル。古い建物。街の上を走る輸送路。
遠くには、アルカナのビルも見える。
日が、少しずつ傾いていた。
「……綺麗ですね。」
「あぁ。いいよな、ここ。」
エミリが、柵へ近づく。
「前にも、見ました。」
「……あぁ。そうだな。」
エミリと共感覚で繋いでいた時。
俺の目を通して、カルディアの空を見ていた。
「……直接見ると、やはり違いますね。」
「何が?」
「ん~。分かりません。」
「なんだよ、それ。」
「えへへ。でも、違いますよ。」
……まぁ、そういうもん、なのか?
エミリの隣に並ぶ。
しばらく、二人で、街を見ていた。
「……。」
「……。」
お互いに、何も喋らない。
夕日が、ビルの隙間を赤く染めていた。
「……ジュディ。」
「ん?」
エミリが、こっちを見る。
「一つ、聞きたいことがあります。」
「何だよ。改まって。」
「大切なことです。」
「……大切な、こと?」
……なんだろう。
エミリが、少しだけ姿勢を正す。
「ジュディは。」
「うん。」
「どうしたいですか?」
「……。」
一瞬、言葉が止まった。
聞いたことのある、質問だった。
「……それ、さ。」
「はい。」
「俺が、お前に聞いたやつじゃん。」
「そうですよ?」
エミリが、頷く。
「私だけ聞かれて。私だけ答えるのは、フェアではないでしょう?」
「……そうかぁ?」
「そうです。」
「いや、そうでもないだろ?」
「そうですって。逃がしませんよ。」
エミリが、少しだけ笑った。
「では、ジュディ。改めて聞きます。」
「……。」
「あなたは、どうしたいですか?」
もう一度、聞かれる。
「……。」
カルディアを見る。
夕日。街。人。
その向こうには、俺が今まで歩いてきた場所がある。
帰りたい場所も、ここで出会った奴らも。
まだ、答えなんて。
全然出ていない。
そんなことは、まだ分からない。
でも。今言える。
確実に、俺の中にあるものは。
「……俺は。」
口を、開く。
「俺は、生きたいよ。」
ただ、それだけだった。
エミリは、何も言わなかった。
少しだけ、俺の顔を見る。
「……。」
これが答えの全部じゃないことくらい、分かっている。
俺自身が、一番分かっている。
でもエミリは、それ以上聞かなかった。
「……そうですか。」
「あぁ。そうだよ。」
また、街へ視線を戻す。
エミリが、笑った。
「えへへ。……では。」
「ん?」
夕日に照らされた横顔。
エミリが、当たり前みたいに言った。
「二人で、生き残りましょうか。」
「……。」
「それから、考えるとしましょう。」
「……っは。」
思わず、笑った。
「ははは。」
「む。なんですか?変なこと、言いました?」
「いや。言ってねぇよ。」
頭を、掻く。
「……そうだな。」
「はい。」
「生き残るぞ。」
「はい!」
エミリが、頷いた。
カルディアの陽は、ゆっくりと沈んでいく。
今日が終わり、明日が来る。
「……帰るか。」
「はい。夜ご飯はなんでしょうか?」
「あ、カイラに聞いてみるか?」
「いえ。聞かない方がサプライズ感があっていいです。」
「ははは。んだよ。それ。」
高台を、後にする。
エミリのポニーテールが、歩くたびに揺れていた。
明日も、二人で、生き残る。
その先のことは。
それから、考えればいい。
第百九十三話、お読みいただきありがとうございます!
間章、これにて終了です!
エミリの好きなものが、色々と出来ましたね。
ジュディがエミリに聞いた、「どうしたい?」。
今回は、エミリから返しました。
また、中途半端な回答ですね。ジュディは。
まぁ。こいつらしいってことで。ここは一つ……。
次回からは!!!
いよいよ!!!
第二部最終章です!!!!
ブクマやコメントをいただけると、嬉しいです。
次回もよろしくお願いします!




