第百九十二話「そこにあるもの」
いつもの、行きつけのバー。
静かで薄暗くて、煙草と酒の匂いがする。
それが俺を、妙に安心させた。
俺は、カウンターの端で一人。
スピリタスを、ちびちび飲んでいた。
「……。」
仮住まいを出る前に。
三人には、連絡を入れてある。
——これから、飲みどう?
雑な誘い方だとも思うが、いつも三人との連絡はこんなもんだ。
ザインなんて、時間しか送ってこねぇしな。
まぁ、暇なら誰か来るだろ。
酒を、一口飲む。
「……くぁ。」
喉が、焼ける。
だが、これがいい。酒はやっぱ、こうじゃなきゃな。
——カラン。
店の扉が開く音がした。
思わず、振り返る。
「お。」
ジャスが、車椅子を押して店へ入ってきた。
その車椅子には、ガレスが座っている。
口には、いつもの葉巻。
「よぉ。来たな。」
「……ん。待たせたか?」
「いんや。俺が早く来ただけだよ。」
ジャスが、時計を見る。
「……珍しいな。」
「何がだよ?」
「お前が、時間より先に来ているなんてな。」
「何言ってんだよ。時間前に来るのなんて常識だろ?」
「どの口が言うんだ。お前に常識などあったのか。」
「……酷くねぇ?」
「今までの行動を、少しは省みたらどうだ。」
ガレスが、僅かに笑った。
「ふはは。ザインは、どこにいる?」
「いや。まだ来てねぇな。」
「なんだ、遅刻か。」
「いや。まだ時間前だしな。」
「全員揃っているだろう?ならば、遅刻だ。」
「え。どういう理屈?」
ジャスが、ガレスの車椅子をカウンターへ寄せる。
バーテンが、慣れた手つきで椅子を一つ退かした。
「ジャス。わざわざ悪かったな。」
「何がだ?」
「ガレスだよ。誘ったんなら、俺が出向くべきだったわ。」
「ならば謝罪はいらないな。ガレスとは、途中で会っただけだ。」
「あぁ。ここに来るのに何も支障はない。」
「まぁまぁまぁ。今度は、迎えに行くからな?」
「そうだな。これからは、『足』は積極的に使おう。」
「……他に、言い方ないっすか?」
ガレスが、葉巻の煙を吐いた。
「それで。ジュディ。」
「ん?」
「こんな時間に、突然呼び出して何の用だ。」
「あぁ。それなんだけど——」
——カラン。
また、扉が開いた。
煙草を咥えたザインが、店へ入ってきた。
「……なんだ。もう全員いるのか。」
「あぁ。お前が最後だ。遅刻だな。」
「まだ、時間前だろう?」
「ガレス曰く、遅刻らしいぜ?」
「……意味が、分からんな。」
ザインが、俺の隣へ腰を下ろした。
そのまま、ビールを注文する。
これで、四人が揃った。
前にここで飲んだ時と、同じ面子だ。
「さて。本題に入ろうか。」
ジャスが、ウイスキーを傾ける。
「何があった?」
「ん?」
「急に呼び出したんだ。何か進展があったんだろう?」
「あぁ~。まぁ~そうだな。」
三人が、俺を見る。
「特に、用はない。」
「「「……。」」」
空気が、止まった。
ザインが、煙草を口から外す。
「……なに?」
「いや。エミリが今日、仮住まいに来たんだよ。」
「それは、聞いている。」
「んでさ。ただでさえ狭いのに、一人増えたじゃん?」
「……それで?」
「寝るスペースが、なくてさ。」
「……。」
「俺が外出た。で、暇になった。」
「……まさか。お前、それだけか?」
「まぁ。そうだな。」
ジャスが、眉間を押さえる。
「では、俺達を呼んだ理由というのは……。」
「いや。一人だとさ。暇じゃん?」
「「「……。」」」
「貴様……。」
ザインが、低く呟いた。
「何だよ!いいだろ別に!暇だから誘うくらいさ!!」
「俺達は、お前から急に連絡を受けて来ているんだぞ?」
「あぁ。お前らも、暇で良かったよ。」
「「「……。」」」
三人が、黙った。
「え。何この空気。今までも、そんな感じだったろ?」
「いや……。お前の状況を思うと、な。」
「こんな状況でも、酒は飲みたくなるってもんだろ。」
言いながら、酒を煽った。
「ふはは。違いないな。」
ガレスが、葉巻を咥えたまま。
僅かに口元を上げた。
—
「そういえば、ジュディ。」
ザインが、ビールを一口飲んで俺を見た。
「ん?」
「今日は、お前の奢りなんだよな?」
「……え。あ、あ~~~。」
嫌なことを、思い出した。
こいつ、まだ根に持ってんのか。
「アッシュタウンで、奢ったろ?」
「足りないな。なんせハブられたからな。」
「……女々しいぞ。お前。」
「くくく。何とでも言え。タダより美味い酒はない。」
「……お前、一応MANAの役員だよな?」
「それとこれとは、話が別だろう?」
「別なんだ……。」
どうにも、釈然としない。
今後も、こんなことで擦られるんなら、たまったもんじゃない。
「分かったよ!でも、これっきりだ!これで貸し借りなしだからな!」
「くくく。なら、遠慮なく一番高いものを頼もう。」
「……ちったぁ手加減しろよ。工房もねぇし、金ねぇんだよ。」
ザインが、店内の酒棚を見る。
「ふむ。冗談だ。」
「お前の冗談、ガレス並みに悪質だぞ。」
「おい。私を巻き込むな。」
「俺は、ゼノの画像のこと忘れてねーぞ?」
「くく。あれは最高だったな。」
「ザイン。マジで。お前、マジで……。」
ジャスが、小さく笑いながら酒を飲んだ。
ザインが、煙草に火をつけ直す。
「冗談はこの辺にしてだ。」
「冗談なのか?結局、俺が奢るんだろ?」
「前回の飲みでは、バイオストーンの男がいたそうじゃないか。」
「……ロイドな。」
ザインが、煙を吐いた。
「あれから、連絡は来たのか?」
「いや。こっちから何度か連絡したけど、繋がんねぇ。」
「……なるほど。」
「んだよ?」
「いや。詳しい事情までは分からんが。」
ザインが、ビールを勢いよく煽った。
あ、こいつ飲み干す気だ。
「しかし。自ら繋がりを絶った。それが、今の答えだろう。」
「……まぁ。そうだよな。」
エミリを、連れ出した。
ロイドが、今何を考えているのか。
俺には、分からない。
でも、あいつは俺から奪えばいいと言っていた。
次に相対する時。
その時は、きっと——
「次に、連絡が来る時。」
ザインが、灰を落とした。
「その時が、岐路になるだろう。」
「……あぁ。」
「少なくとも。以前と同じように酒を飲める保証はない。」
「……分かってる。覚悟してるさ。」
「ならば、いい。」
ザインは、それ以上言わなかった。
ジャスも。ガレスも。
何も、口を挟まない。
「……あぁ。それとな。」
ザインが、何かを思い出したように俺を見る。
「あ?まだ何かあんのかよ。」
「一つ、共有がある。レガシーコードについてだ。」
「……あぁ?レガシーコードぉ?」
思わず、眉を寄せる。
「それなら心配ねぇよ。手元にあるし、今ネルが最終調整してる。」
「そうではない。文脈で察しろ。」
「無茶言うなって。レガシーコードの何に関する共有なんだよ?」
「流通の、話だ。」
「流通だぁ?」
ザインが、グラスを置いた。
「以前、話しただろう。レガシーコードの数が、不自然に減っていると。」
「……あぁ。」
確かに、前にこの店で聞いた。
使い道すらよく分からないものが。
何故か市場から消え続けている。
そのせいで、価値が跳ね上がり。
鉄火市にまで流れてきた。
「理由が、分かった。」
「……なんだったんだ?」
「バイオストーンだ。」
「……バイオストーン?」
「バイオストーンが、レガシーコードを買い占めている。大量にな。」
「……マジで?」
「あぁ。複数のルートを経由しているが、辿れば同じところへ行き着いた。」
俺は、グラスを回す。
「それで、数が減ったのか。」
「あぁ。」
「……思ったより、単純だったな。」
「希少になった理由はな。」
ザインが、こちらを見る。
「買い占めた理由は、単純ではない。」
「……だよなぁ。」
バイオストーン。
ロイド。
エミリ。
また、一つ。
繋がっていない線が増えた。
「なんで、集めてんだ?」
「そこまでは、分からん。お前は、何か知らないか?」
「……いや。知らねぇな。」
「ロイドから、何か聞いていないか?」
「ねぇよ。連絡も、今はとれねぇんだから。」
「それも、そうか。」
ザインが、ビールを飲む。
「いずれにしても、引き続き調べてみよう。」
「……悪ぃな。助かるよ。」
「あぁ。これも、貸しだ。」
「今日、酒奢んだけど?」
「これは別だろう。シンプルに料金を請求してもいいんだぞ?」
「いや、もうちょっとオマケとかさ……。」
ガレスが、低く笑った。
「ジュディ。情報は安くないぞ?」
「あんたが言うと、生々しいな。」
「お前も稼業になるのだ。心得ておけ。」
「……へい。」
—
何杯目かの酒が届いた。
ザインは結局、いつも通りのビールを飲んでいる。
……一番高い酒、頼まねぇんだな。
ちょっと拍子抜けした。
「それより。ジュディ。」
ジャスが、俺を見る。
「あ?」
「お前。調子は、いいのか?」
「あ?何の?」
「分かっているだろう。変に誤魔化すな。」
ジャスが、煙草の灰を落とす。
「身体の話だ。」
「あぁ~。」
グラスを、持ち上げる。
「絶好調だよ。最近は発作もねぇし。アルトの声も、ずっと聞こえてねぇ。」
「……。」
「……なんだよ。」
ジャスが、呆れたように息を吐いた。
「お前の、悪いところが出ているぞ。」
「……一応、気ぃ使ってんだぜ?」
「馬鹿を言うな。お前が、気まずいだけだろう。」
即答された。
……三人を見る。
別に、隠すようなことでもないか。
「余命が、明確になった。」
「何日だ。」
「十五。あくまで予測だから、確実じゃねーけど。」
「……。」
少しだけ、静かになった。
ザインは、ビールを一気に半分ほど飲んだ。
「なんだ。」
「……あ?」
「まだまだ、先じゃないか。」
「お前。早くくたばってほしいみてぇだな。」
思わず、ザインを見る。
ザインが、煙草の煙を吐く。
「そんな訳あるか。馬鹿者。」
「ザイン……。」
「お前が死ねば、サヤ・ウインドウが泣く。」
「……なんでそこでサヤなんだよ?」
「俺の負い目だ。気にするのは当然だろう?」
「……そうか。」
ザインは、クロウを殺した。
それを、まだ引きずっているらしい。
いや。
一生、引きずり続けるつもりなんだろう。
「まぁ。……お前は時間が分かっている分、マシだな。」
「……あ?」
「突然死なれるよりは、寝覚めがいい。」
「言い方ぁ……。」
「事実だ。」
届いたビールを、俺の方へ少し押す。
「飲めジュディ。飲める内にな。」
「っは。上等。」
グラスをぶつける。
——カチン。
ジャスが、小さく笑った。
ガレスは、葉巻を吸っている。
俺が消えると伝えても。
取り立てて態度は変わらない。
こいつらは、こういう奴らだった。
—
そこからは、くだらない雑談だった。
本当に、何もなかった。
ザインの酒が、思ったより全然高くないとか。
ジャスが、何杯飲んでも姿勢を崩さないとか。
ガレスの葉巻が、意外といい匂いだとか。
お互いの吸ってる煙草の銘柄だとか。
「ジュディ。なんでお前はメンソールなんだ。」
「ジャスだって。この銘柄甘すぎねぇか?」
「人生が苦いんだ。煙草くらい甘くていいだろう。」
「あら。詩的。」
「ふはは。お前たち葉巻にする気はないか?」
「「「めんどくさい。」」」
「……そうか。」
そんな話を、延々と。
気付けば、グラスの数だけが増えていた。
「……なぁ。みんな。」
何杯目か、もう分からない。
気が付けば、口が勝手に動いていた。
「なんだ。」
ザインが、答える。
「……サンキューな。」
「「「……。」」」
三人が、一斉に俺を見る。
ザインが、訝しげに眉を寄せた。
「なんだ。遺言か?」
「……ちげぇよ!!なんでだよ!!!」
「このタイミングでそんなことを言えば、そう思うのも無理はないだろう。」
ジャスが、平然と言う。
「だから違ぇって。なんていうかさ。」
グラスを、少し回す。
「色々あったろ?世話になったからさ。」
「感謝の言葉の割には、随分と雑だな。」
「うっせーよ。」
最初、この世界に来た時は。
こんなことになるなんて、思ってなかった。
ザインとは、殺し合った。
ジャスには、何度もぶつかった。
ガレスには、何度も助けられた。
気付けば、そんな奴らと。
同じ場所で、酒を飲んでいる。
ザインが、口を開いた。
「ふむ。……足りないな。」
「あにがだよ。」
「感謝だ。」
「……は?」
ザインが、俺を見る。
「今日の分では、到底奢られ足りない。」
「いやいや。結構飲んでねーか?」
「一回で、済ませようとするな。」
「……。」
「生きて、奢れ。」
「……っち。」
グラスを、持ち上げる。
「わーったよ。」
「くく。なら、いいさ。」
ザインも、グラスを持ち上げた。
ジャスが、酒を一口飲む。
「ジュディ。」
「……お前も、足りねぇとか言わねぇよな?」
「当たり前だ。俺は、お前に奢られる義理はない。」
「そりゃー、よかった。」
「ただな。俺の愛車を、どうするつもりだ?」
「……。」
……忘れてた。
完全に、忘れてた。
「なんで、こんなに負債ばっかりなんだ俺。」
「いいじゃないか。」
「何が?」
「それだけ、間違えてきたんだろう。」
「……褒めてねぇだろ、それ。」
「ははは。あぁ。褒めていない。」
「……なんなんだよ。」
ジャスが、煙草を灰皿へ押しつけた。
「……カルディア政府は、アルカナの認可があれば動ける。」
「いきなり、何の話だ?」
「今後の話だ。」
ジャスが、俺を見る。
「この前のハピレスの時と同じだ。筋さえ通せば、俺は動ける。」
「……。」
「政府にも、立場というものがある。」
「……なるほどね。」
ゼノが動けば、カルディア政府も動ける。
逆に言えば。
俺が勝手に動くだけじゃ、ジャスは動けない。
「何かあったら、ゼノに話を通しとけって?」
「あぁ。根回しを、頼んだぞ。」
「へいへい。頼りにしてるぜ?」
酒を、一口飲む。
「お前も。もう少し政府に迷惑をかけない生き方をしろ。」
「迷惑なんてかけてねぇだろ。別に禁術とかしてるわけでもねーし。」
「いや?依頼をしても荒い。ビルは爆破する。まったく信用できん。」
「……何も、言えねぇ。」
その時。
ガレスが、笑った。
「っふ。」
「……ガレスまで、何だよ?」
「ふふふ。」
「いや、怖いって。」
「ふはははは。」
声を上げて笑う。
この男が、ここまで分かりやすく笑うのは珍しい。
「なんだよ。何笑ってんだよ?」
「ふはは。……いやいや。」
ガレスが、葉巻を口から離す。
「やはり、いいな。この場所は。」
「……まぁ。そうか?」
「あぁ。そうだ。」
琥珀色の酒を、ゆっくりと回す。
「お前の、選択の結果だよ。ジュディ。」
「……んな大げさなもんじゃねーだろ。」
ガレスが、少しだけ目を細めた。
「大きいも、小さいもないさ。」
「……。」
「ただ、酒が美味い。」
一口。
「それだけの話だ。」
「……そう、かもな。」
俺も、酒を飲む。
——美味い。
確かに、それだけだった。
ただ、酒を飲んで。
くだらない話をして。
なんでもない夜が。
ゆっくりと、明けていった。
第百九十二話、お読みいただきありがとうございます!
前回が女性陣なら。
今回は、むさ苦しい男どもの飲み会でした。
適当な連絡でも、結構集まるみたいです。
男って単純よね。
次回で、間章最後です。
ブクマやコメントをいただけると、ザインが少しだけ遠慮して酒を頼むかもしれません。
次回もよろしくお願いします!




