第百八十九話「残された時間」
アルカナ本社、第七研究室。
アッシュタウンから戻った俺とエミリは、そのまま検査を受けることになった。
全身のスキャンから始まり、血液、魔力、脳内反応。
検査を一通り終える頃には、すっかり日も暮れていた。
そのまま医療区画に一泊し、翌朝。
俺とエミリは、ネルの前に並んで座っていた。
「さてぇ。検査結果を発表しまぁ~す。」
ネルが端末を机に置く。
肩には、ショーンにやられた傷の治療痕が残っている。
「まずは、ジュディから。」
「……へい。」
「ドゥルドゥルドゥルドゥル。」
「そう言うのいいから。さっさと言えよ。」
「えぇ~。十五日でぇす。」
「……まぁ。順当か?」
「うん。でも、確実じゃないよぉ。」
ネルが端末を、こちらへ向ける。
「アーヴィンから、あと二十日って言われた時のジュディの状態。そこから進行速度を逆算して出した日数でしかない。」
「……なるほどな。」
十五日。
あと、半月か。
「まぁでも。そこまで悲観することでもねーな。」
「……なんでぇ?」
「ネルが、何とかしてくれんだろ?」
「うわぁ。最低のプレッシャーのかけ方だよ。それぇ。」
「ごめんって。」
「んふふぅ。いいけど!」
あ、いいんだ。
ネルが笑ったあと、少しだけ表情を戻した。
「ただ、懸念材料もあるから。それは伝えておくよぉ?」
「懸念材料って?」
「ジュディ。最後に発作が来たの、いつ?」
「いつって……。」
思い返す。
アッシュタウンでは、一度もない。
えっと、その前は。
……いつだ?
「……分かんねぇな。」
「ね?長いこと、発作が来てないでしょ?」
「……あぁ。」
「アルトの声は、聞こえる?」
「……あ。」
言われて、気付いた。
以前は、俺が何かする度に勝手に現れて、嫌味を言って。
腹の立つことばかり言っていた。
最近は、その声すら聞いていない。
「……聞いてねぇな。」
「いつから?」
「覚えてねぇ……。」
「ふぅん?」
ネルが、俺の検査結果を眺める。
「同一化が進んで、境界が薄くなってる。そう考えれば、発作が減ること自体はおかしくないんだけどねぇ。」
「じゃあ、いいことじゃねぇの?」
「それだけならね。」
嫌な、言い方をするな。
ネルは、俺をよそに言葉を続ける。
「境界が薄くなってるなら、ジュディ自身にも何かしら変化が出てもおかしくない。考え方とか、行動とか。もっとアルトに近付いててもいいはずなんだよ。」
「……俺が、もうアルトになってるって言いてぇのか?」
「それは、ない。」
ネルは、あっさりと言った。
そのまま、俺の顔をじっと見る。
「数値的な根拠に頼る必要もない。君は、ジュディだよ。」
「……本当かよ?」
「うん。トロットロに甘くて、変態なジュディのままぁ。」
「急に何?」
隣から、小さく声がした。
「……え、変態なんですか?」
「違う。」
「まぁ、変態はみんな否定するものですよ。」
「逃げ場ねぇじゃん。」
「……。」
エミリが、ほんの少し椅子を離した。
「……おい。」
「まぁまぁまぁ。念のためです。」
「何が?」
「あっは!」
ネルが、笑う。
俺も小さく息を吐いた。
発作がなく、アルトの声も聞こえない。
それでも今の俺は、俺のまま。
ひとまず、それだけ分かればいい。
「じゃあ、次。エミリ~。」
「はい。」
エミリが、ネルを見る。
「正直に言うと、君はジュディよりも深刻だった。」
「……へぁ?」
「残日数で言うと、五日。」
「……。」
空気が、固まった。
一瞬、意味が分からなかった。
「……はぁ!?」
「ジュディ。うるさいです。」
「いやいやいや!! 声出るだろ流石に!!」
「いいから、まずは黙って話を聞きましょうよ。」
「なんでそんな冷静なんだよ!」
いやいやいや、五日だぞ。
一昨日、やっと連れ出したばかりなんだぞ。
「ジュディ、続けるよ?」
「あ、あぁ……。」
「エミリに関しては、私も初めて見るケースだから。日数そのものは確実じゃない。でも、ジュディと比較すると明確に進んでる。」
「……そう、ですか。」
エミリは、少し自分の手を見ただけだった。
なんでそんな、飄々としてられんだこいつ……。
「ちなみに。エルナ・クロイツの声が聞こえたり、人格が入れ替わったことはある?」
「声は、聞いたことがありません。ただ、自分の意識が圧迫されるような感覚は何度か。」
「……圧迫っていうと?」
「はい。なんというか。自分の中へ、何かが入ってくるような。」
エミリが、少し考える。
「自分が、自分じゃなくなるような感覚です。」
「最近、それが出たのは?」
「……アッシュガードに幽閉されてからは、一度もありません。」
「へぇ。なるほどねぇ。」
ネルが、少しだけ考え込む。
「アーヴィンが何かしたのか。それとも、同一化する相手が魔法使いだからなのか。まだ、掴めないねぇ。」
「どちらにしても、時間はねぇんだよな?」
「ないね。それだけは確実。」
「……くそっ。」
こいつは、言った。
自分として、生きたいと。
やっと、そう決めたばかりなのに。
「ジュディ。」
「……あんだよ?」
「少し、落ち着いてくださいな。」
「……分かってるよ。でも、でもよ。お前は、もう少し動揺してもいいと思うぜ?」
「……そうでしょうか?」
「そうだろうが。」
「でも、実感がないんです。」
「実感?」
「はい。多分、ジュディと一緒で。」
エミリは、自分の腕を触る。
「最近は、何もありません。昨日もぐっすりでしたし。」
「……まぁ。そうか。」
「腹も空いてますし。」
「それ今関係ある?」
「大事でしょう?」
「まぁ、大事だけど。」
エミリが、首を傾げる。
「五日後に消えると言われても。正直、現実味がないですね。」
「……。」
まぁ。それも、そうか。
俺だって、あと十五日で消えると言われても。
今は腹も減るし、眠くもなる。
ネルは、姿勢を正した。
そのまま、眼鏡を上げて口を開いた。
「さて。じゃあ、ここからは生き残るお話だ。」
「……あぁ。」
ネルが、端末に別の画面を表示した。
「エミリの身体スキャンは終わった。必要だった情報も、全部取れたよぉ。」
「レガシーコードは?」
「んふふ。無事に、不足分のコードは埋められた。」
「……マジでか。」
「マジマジぃ~。」
画面いっぱいに、よく分からない文字列が並んでいる。
見ても何一つ分かんないけど。
「エミリのデータと、今まで集めた情報。それを合わせて、ようやく形になった。あとは起動に向けての最終的な詰めだけだね。」
「……いけんだよな?」
「二日。」
「……ん?」
「二日で、何とかする。」
「……二日、か。」
ネルが、眉を上げる。
「なぁにぃ?不安?」
「んなわけあるかよ。ネルが二日って言ってんだから、二日なんだろ。」
「じゃあ、何の確認だったの?」
「いや。ここまで、大変だったなって……。」
「あっは! 気が早すぎだってぇ~~。」
「そうか?」
「まだ、何も終わってないよぉ。」
「……そうだな。」
何も終わってない。
だからこそ、俺は、まだ生きている。
「という訳で。二日間、君たちにできることは、私の邪魔をしないことだけだ。」
「……言い方ねぇのかよ。」
「ないよ。私も正念場だからね。余裕はない。」
「じゃあ、その間はアルカナにいた方がいいよな?」
「邪魔だって、言ったでしょ?出て行ってよ。」
「えぇ……。」
隣の、エミリを見る。
「出てくつっても、こいつ連れて外出ていいのか?ロイドだっていつ来るか分かんねーぞ?」
「あっは!中央区で、アルカナの保護下にいるエミリを奪う?無理無理ぃ~。戦争になるよぉ?」
「……それも、そうなのか?」
「そうだよ。そういうもんだよ。」
ネルが、俺を見る。
「それに、君はエミリを連れ出したんだ。」
「……。」
「生き方を選ばせるための責任は、負うべきだよ。」
「嫌なプレッシャーのかけ方だな……。」
「んふふぅ。仕返しぃ~~。」
「……。」
「ま!余生を楽しみなよぉ~~。」
「言い方……。」
「え、えへへ。」
隣で、エミリが小さく笑った。
—
アルカナ本社を出た。
昼前の中央区は、いつも通り人で溢れている。
上空を輸送機が通り過ぎ、通り沿いの店からは食い物の匂いや呼び込みの声が飛んでくる。
いつだって、この街は騒がしかった。
エミリは、俺の隣で黙ったまま辺りを見ている。
「……さて、どうする?」
「何がでしょうか?」
「せっかく外出たんだしさ。なんか、したい事とか。」
「……う~~ん。」
しばらく考えたあと、首を横に振った。
「すみません。分かりません。」
「AIみたいな返答だな。」
「失礼ですね。そもそも。何があるのかも、よく知りません。」
「……一緒に共感覚で周ったじゃん。」
「ジュディの感覚でしょう?私が歩いた訳でも、実際に食べた訳でもありません。」
「えぇ……。」
じゃあ、あの時間一体なんだったんだよ……。
プリンとか、食ったじゃん。
「……んじゃ、俺が知ってる場所でも適当に回るか。」
「えへへ。はい。お願いします。」
二人で並んで、歩き出す。
どこへ連れていくか考えながら隣を見る。
黒い外套に、白いシャツのエミリがいる。
初めて会った時から、ほとんど変わっていない。
なんとなく、エルナを思い出した。
「エミリ。」
「はい?」
「……そういや。その服って、どうしてたんだ?」
「これですか?」
エミリが、外套の裾を持ち上げる。
「支給してもらったものを、そのまま着ています。」
「へぇ。そういうの、好きなの?」
「いいえ。正直、あんまり好きではないですね。」
「じゃあ、何で着てんだ?」
「これしかないので。」
即答だった。
少し先を見ると、服屋がある。
……ちょうどいいな。
「んじゃぁ、ちょっと見てみるか?」
「何をですか?」
「いや、服だろ。文脈的にさ。」
「あ、察してお兄さんだ。」
……うっざ。
もう帰ろうかな。
「じゃあ、見たくねーの?」
「見たいですけど!!!!」
「声、でっか。」
「見たいんですけど!!!!」
「わかったって!!」
さっきまで、したい事が分からない奴が。
俺よりも先に、店へ入っていった。
……興味津々じゃねーか。
—
「う~~ん。」
店に入って、十分ほどが経った。
エミリは、難しい顔で服を眺めていた。
「どうだ?」
「どれがいいのか、分かりません。」
「まぁ、そうだよな。」
服を選んだ経験なんて、ほとんどないんだろう。
「ジュディの、おすすめはありますか?」
「え。俺に聞くの?」
「他に誰に聞くんですか?」
「店員だろ。普通は。」
「嫌です。気まずいじゃないですか。早く選んでください。」
「マジでお前……。あ~、これとか?」
近くにあった黒いロングコートを取る。
エミリが、俺と服を交互に見た。
「今と、そんなに変わらなくないですか?」
「……いいじゃん。魔法使いっぽくてさ。」
「だから、好きじゃないと言ってるでしょうが!間抜け!」
「なんで文句言われてんの俺。」
じゃあ、と別の服を手に取る。
胸元に細かい装飾が入った、淡い色の服。
「これは?可愛いじゃん?」
「ヒラヒラしてますね。」
「うん。それがポイントだろ。」
「えぇ。邪魔そう……。」
「……。」
すぐに、戻した。
……………。
…………。
……。
さらに、十分。
何着か見たものの、結局どれも決まらなかった。
「……ここは、得意な奴と来た方がいいな。」
「得意な奴?」
「カイラとサヤ。二人なら、いいの見つけてくれそうじゃね?」
「ほぅ。なるほど。」
エミリが、頷く。
「まぁ、ジュディよりはマシか。」
「お前マジで、ちょいちょい舐めてるよな?」
「舐めませんよ!汚いな!!」
「汚くもないし。使い方も違うし。」
「うるさいです!あんまり舐めないでいただきたい!」
「使い方、知ってんじゃん……。」
近くにいた店員が、こっちを見ている。
……何も買わずに、店を出た。
第百八十九話、お読みいただきありがとうございます!
残り十五日。残り五日。
……急に数字が怖くなってきましたね。
でも全然二人とも焦ってない笑
意外と、こんなものなのかもしれません。
ネルの邪魔なので散策へ出かけることに。
次回も、エミリとカルディアを歩きます。
ブクマやコメントをいただけると、エミリがジュディ以外の服選び要員を確保できるかもしれません。
次回もよろしくお願いします!




