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スペル・エラー ~娘が生まれるのに異世界へ召喚されたので、何があっても帰ります~  作者: とろたま愚鈍
第二部:第五章|間章

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第百八十九話「残された時間」

アルカナ本社、第七研究室。

アッシュタウンから戻った俺とエミリは、そのまま検査を受けることになった。


全身のスキャンから始まり、血液、魔力、脳内反応。

検査を一通り終える頃には、すっかり日も暮れていた。


そのまま医療区画に一泊し、翌朝。

俺とエミリは、ネルの前に並んで座っていた。


「さてぇ。検査結果を発表しまぁ~す。」


ネルが端末を机に置く。

肩には、ショーンにやられた傷の治療痕が残っている。


「まずは、ジュディから。」

「……へい。」

「ドゥルドゥルドゥルドゥル。」

「そう言うのいいから。さっさと言えよ。」

「えぇ~。十五日でぇす。」

「……まぁ。順当か?」

「うん。でも、確実じゃないよぉ。」


ネルが端末を、こちらへ向ける。


「アーヴィンから、あと二十日って言われた時のジュディの状態。そこから進行速度を逆算して出した日数でしかない。」

「……なるほどな。」


十五日。

あと、半月か。


「まぁでも。そこまで悲観することでもねーな。」

「……なんでぇ?」

「ネルが、何とかしてくれんだろ?」

「うわぁ。最低のプレッシャーのかけ方だよ。それぇ。」

「ごめんって。」

「んふふぅ。いいけど!」


あ、いいんだ。

ネルが笑ったあと、少しだけ表情を戻した。


「ただ、懸念材料もあるから。それは伝えておくよぉ?」

「懸念材料って?」

「ジュディ。最後に発作が来たの、いつ?」

「いつって……。」


思い返す。

アッシュタウンでは、一度もない。


えっと、その前は。

……いつだ?


「……分かんねぇな。」

「ね?長いこと、発作が来てないでしょ?」

「……あぁ。」

「アルトの声は、聞こえる?」

「……あ。」


言われて、気付いた。


以前は、俺が何かする度に勝手に現れて、嫌味を言って。

腹の立つことばかり言っていた。


最近は、その声すら聞いていない。


「……聞いてねぇな。」

「いつから?」

「覚えてねぇ……。」

「ふぅん?」


ネルが、俺の検査結果を眺める。


「同一化が進んで、境界が薄くなってる。そう考えれば、発作が減ること自体はおかしくないんだけどねぇ。」

「じゃあ、いいことじゃねぇの?」

「それだけならね。」


嫌な、言い方をするな。

ネルは、俺をよそに言葉を続ける。


「境界が薄くなってるなら、ジュディ自身にも何かしら変化が出てもおかしくない。考え方とか、行動とか。もっとアルトに近付いててもいいはずなんだよ。」

「……俺が、もうアルトになってるって言いてぇのか?」

「それは、ない。」


ネルは、あっさりと言った。

そのまま、俺の顔をじっと見る。


「数値的な根拠に頼る必要もない。君は、ジュディだよ。」

「……本当かよ?」

「うん。トロットロに甘くて、変態なジュディのままぁ。」

「急に何?」


隣から、小さく声がした。


「……え、変態なんですか?」

「違う。」

「まぁ、変態はみんな否定するものですよ。」

「逃げ場ねぇじゃん。」

「……。」


エミリが、ほんの少し椅子を離した。


「……おい。」

「まぁまぁまぁ。念のためです。」

「何が?」

「あっは!」


ネルが、笑う。

俺も小さく息を吐いた。


発作がなく、アルトの声も聞こえない。


それでも今の俺は、俺のまま。

ひとまず、それだけ分かればいい。


「じゃあ、次。エミリ~。」

「はい。」


エミリが、ネルを見る。


「正直に言うと、君はジュディよりも深刻だった。」

「……へぁ?」

「残日数で言うと、五日。」

「……。」


空気が、固まった。

一瞬、意味が分からなかった。


「……はぁ!?」

「ジュディ。うるさいです。」

「いやいやいや!! 声出るだろ流石に!!」

「いいから、まずは黙って話を聞きましょうよ。」

「なんでそんな冷静なんだよ!」


いやいやいや、五日だぞ。

一昨日、やっと連れ出したばかりなんだぞ。


「ジュディ、続けるよ?」

「あ、あぁ……。」

「エミリに関しては、私も初めて見るケースだから。日数そのものは確実じゃない。でも、ジュディと比較すると明確に進んでる。」

「……そう、ですか。」


エミリは、少し自分の手を見ただけだった。

なんでそんな、飄々としてられんだこいつ……。


「ちなみに。エルナ・クロイツの声が聞こえたり、人格が入れ替わったことはある?」

「声は、聞いたことがありません。ただ、自分の意識が圧迫されるような感覚は何度か。」

「……圧迫っていうと?」

「はい。なんというか。自分の中へ、何かが入ってくるような。」


エミリが、少し考える。


「自分が、自分じゃなくなるような感覚です。」

「最近、それが出たのは?」

「……アッシュガードに幽閉されてからは、一度もありません。」

「へぇ。なるほどねぇ。」


ネルが、少しだけ考え込む。


「アーヴィンが何かしたのか。それとも、同一化する相手が魔法使いだからなのか。まだ、掴めないねぇ。」

「どちらにしても、時間はねぇんだよな?」

「ないね。それだけは確実。」

「……くそっ。」


こいつは、言った。

自分として、生きたいと。


やっと、そう決めたばかりなのに。


「ジュディ。」

「……あんだよ?」

「少し、落ち着いてくださいな。」

「……分かってるよ。でも、でもよ。お前は、もう少し動揺してもいいと思うぜ?」

「……そうでしょうか?」

「そうだろうが。」

「でも、実感がないんです。」

「実感?」

「はい。多分、ジュディと一緒で。」


エミリは、自分の腕を触る。


「最近は、何もありません。昨日もぐっすりでしたし。」

「……まぁ。そうか。」

「腹も空いてますし。」

「それ今関係ある?」

「大事でしょう?」

「まぁ、大事だけど。」


エミリが、首を傾げる。


「五日後に消えると言われても。正直、現実味がないですね。」

「……。」


まぁ。それも、そうか。


俺だって、あと十五日で消えると言われても。

今は腹も減るし、眠くもなる。


ネルは、姿勢を正した。

そのまま、眼鏡を上げて口を開いた。


「さて。じゃあ、ここからは生き残るお話だ。」

「……あぁ。」


ネルが、端末に別の画面を表示した。


「エミリの身体スキャンは終わった。必要だった情報も、全部取れたよぉ。」

「レガシーコードは?」

「んふふ。無事に、不足分のコードは埋められた。」

「……マジでか。」

「マジマジぃ~。」


画面いっぱいに、よく分からない文字列が並んでいる。

見ても何一つ分かんないけど。


「エミリのデータと、今まで集めた情報。それを合わせて、ようやく形になった。あとは起動に向けての最終的な詰めだけだね。」

「……いけんだよな?」

「二日。」

「……ん?」

「二日で、何とかする。」

「……二日、か。」


ネルが、眉を上げる。


「なぁにぃ?不安?」

「んなわけあるかよ。ネルが二日って言ってんだから、二日なんだろ。」

「じゃあ、何の確認だったの?」

「いや。ここまで、大変だったなって……。」

「あっは! 気が早すぎだってぇ~~。」

「そうか?」

「まだ、何も終わってないよぉ。」

「……そうだな。」


何も終わってない。

だからこそ、俺は、まだ生きている。


「という訳で。二日間、君たちにできることは、私の邪魔をしないことだけだ。」

「……言い方ねぇのかよ。」

「ないよ。私も正念場だからね。余裕はない。」

「じゃあ、その間はアルカナにいた方がいいよな?」

「邪魔だって、言ったでしょ?出て行ってよ。」

「えぇ……。」


隣の、エミリを見る。


「出てくつっても、こいつ連れて外出ていいのか?ロイドだっていつ来るか分かんねーぞ?」

「あっは!中央区で、アルカナの保護下にいるエミリを奪う?無理無理ぃ~。戦争になるよぉ?」

「……それも、そうなのか?」

「そうだよ。そういうもんだよ。」


ネルが、俺を見る。


「それに、君はエミリを連れ出したんだ。」

「……。」

「生き方を選ばせるための責任は、負うべきだよ。」

「嫌なプレッシャーのかけ方だな……。」

「んふふぅ。仕返しぃ~~。」

「……。」

「ま!余生を楽しみなよぉ~~。」

「言い方……。」


「え、えへへ。」


隣で、エミリが小さく笑った。




—




アルカナ本社を出た。


昼前の中央区は、いつも通り人で溢れている。

上空を輸送機が通り過ぎ、通り沿いの店からは食い物の匂いや呼び込みの声が飛んでくる。

いつだって、この街は騒がしかった。


エミリは、俺の隣で黙ったまま辺りを見ている。


「……さて、どうする?」

「何がでしょうか?」

「せっかく外出たんだしさ。なんか、したい事とか。」

「……う~~ん。」


しばらく考えたあと、首を横に振った。


「すみません。分かりません。」

「AIみたいな返答だな。」

「失礼ですね。そもそも。何があるのかも、よく知りません。」

「……一緒に共感覚で周ったじゃん。」

「ジュディの感覚でしょう?私が歩いた訳でも、実際に食べた訳でもありません。」

「えぇ……。」


じゃあ、あの時間一体なんだったんだよ……。

プリンとか、食ったじゃん。


「……んじゃ、俺が知ってる場所でも適当に回るか。」

「えへへ。はい。お願いします。」


二人で並んで、歩き出す。

どこへ連れていくか考えながら隣を見る。


黒い外套に、白いシャツのエミリがいる。

初めて会った時から、ほとんど変わっていない。


なんとなく、エルナを思い出した。


「エミリ。」

「はい?」

「……そういや。その服って、どうしてたんだ?」

「これですか?」


エミリが、外套の裾を持ち上げる。


「支給してもらったものを、そのまま着ています。」

「へぇ。そういうの、好きなの?」

「いいえ。正直、あんまり好きではないですね。」

「じゃあ、何で着てんだ?」

「これしかないので。」


即答だった。


少し先を見ると、服屋がある。

……ちょうどいいな。


「んじゃぁ、ちょっと見てみるか?」

「何をですか?」

「いや、服だろ。文脈的にさ。」

「あ、察してお兄さんだ。」


……うっざ。

もう帰ろうかな。


「じゃあ、見たくねーの?」

「見たいですけど!!!!」

「声、でっか。」

「見たいんですけど!!!!」

「わかったって!!」


さっきまで、したい事が分からない奴が。

俺よりも先に、店へ入っていった。


……興味津々じゃねーか。




—




「う~~ん。」


店に入って、十分ほどが経った。

エミリは、難しい顔で服を眺めていた。


「どうだ?」

「どれがいいのか、分かりません。」

「まぁ、そうだよな。」


服を選んだ経験なんて、ほとんどないんだろう。


「ジュディの、おすすめはありますか?」

「え。俺に聞くの?」

「他に誰に聞くんですか?」

「店員だろ。普通は。」

「嫌です。気まずいじゃないですか。早く選んでください。」

「マジでお前……。あ~、これとか?」


近くにあった黒いロングコートを取る。

エミリが、俺と服を交互に見た。


「今と、そんなに変わらなくないですか?」

「……いいじゃん。魔法使いっぽくてさ。」

「だから、好きじゃないと言ってるでしょうが!間抜け!」

「なんで文句言われてんの俺。」


じゃあ、と別の服を手に取る。

胸元に細かい装飾が入った、淡い色の服。


「これは?可愛いじゃん?」

「ヒラヒラしてますね。」

「うん。それがポイントだろ。」

「えぇ。邪魔そう……。」

「……。」


すぐに、戻した。


……………。

…………。

……。


さらに、十分。

何着か見たものの、結局どれも決まらなかった。


「……ここは、得意な奴と来た方がいいな。」

「得意な奴?」

「カイラとサヤ。二人なら、いいの見つけてくれそうじゃね?」

「ほぅ。なるほど。」


エミリが、頷く。


「まぁ、ジュディよりはマシか。」

「お前マジで、ちょいちょい舐めてるよな?」

「舐めませんよ!汚いな!!」

「汚くもないし。使い方も違うし。」

「うるさいです!あんまり舐めないでいただきたい!」

「使い方、知ってんじゃん……。」


近くにいた店員が、こっちを見ている。

……何も買わずに、店を出た。


第百八十九話、お読みいただきありがとうございます!


残り十五日。残り五日。


……急に数字が怖くなってきましたね。


でも全然二人とも焦ってない笑

意外と、こんなものなのかもしれません。


ネルの邪魔なので散策へ出かけることに。


次回も、エミリとカルディアを歩きます。

ブクマやコメントをいただけると、エミリがジュディ以外の服選び要員を確保できるかもしれません。

次回もよろしくお願いします!


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