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スペル・エラー ~娘が生まれるのに異世界へ召喚されたので、何があっても帰ります~  作者: とろたま愚鈍
第二部:第五章|間章

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第百八十八話「彼と彼らの事情」

エルドの意識は、静かに覚醒した。


白い天井が見える。

低い駆動音と、誰かが話す声。


身体には、いくつもの計測端子が繋がっていた。


「……意識、戻りました。」


白衣を着た研究者が、声を上げる。

周囲にいた数人が、一斉に端末へ視線を落とした。


「数値は、どうだい?」

「安定しています。異常ありません。」

「そうか。ありがとう。」


聞き覚えのある声。

エルドは、隣へ視線を移した。


アーヴィン・ロックウェルが、少し離れた場所に立っていた。


「おはよう。エルド坊ちゃん。」

「……坊ちゃんは、止めてくれといっただろう?」


身体を、起こす。

少し頭が重い程度で、他に違和感はなかった。


「処置は、無事に終わったよ。」

「……そうか。」

「安心したかい?」

「いや。三英雄の一人だ。不安になる方が難しい。」

「ははは。嫌な信頼だね。」


アーヴィンが、近くにあった端末へ目を落とす。

表示されている数値を確認しながら、小さく息を吐いた。


「しかし、驚いたよ。」

「……何がだ?」

「ゼノが、そこまでの領域に達しているとはね。」


エルドは、黙った。


「私も、長く研究を続けてきた。しかし、あの男は未だに底が見えないね。」

「……あぁ。私自身も、それに気付いたのは一年前だ。」


身体に繋がっていた、最後の端子が外される。


エルドは、自分の手を見る。


握りこみ、再び開く。

何も、変わらない。


「しかし、私の唯一の懸念もなくなった。」


顔を上げ、アーヴィンを見つめる。


「感謝するよ。アーヴィン。」

「いいさ。こちらも貴重なデータが取れた。」


アーヴィンが、笑う。


「それに。感謝が必要かどうかは、この後の条件次第だ。」

「……そうだな。」


アーヴィンが、研究者たちを見る。


「記録は、まとめておいてくれ。」

「承知いたしました。」


研究者たちが端末を持ち、部屋から出ていく。

扉が、閉まった。


アーヴィンは、空いた椅子をエルドの前へ引いた。

そのまま、腰を下ろす。


「さて、条件についてだが。今回、我々にもメリットはあった。」

「……そうだろうな。」

「正直、かなり特殊なケースだ。キムラ・ジュディやエミリよりも、君は稀有な存在だよ。」

「……。」

「おかげで、かなり珍しいデータが取れた。元々、法外な対価を要求するつもりはないよ。」


一度、言葉を切る。


「まあ。こちらも無傷では済まなかったがね。」

「……ショーン・プライドか?」

「あぁ。左半身は、もう動かないそうだよ。」

「……何?」

「おや、意外かい?」

「相対していたのは、ネルだったのだろう?」

「あぁ。命が残っただけ、幸運だろうね。」

「……あの、ネルが。」


アーヴィンの声は、変わらない。

エルドは、何も言わなかった。


ライアスの最期は、自分も見ていた。

少しの沈黙が落ちる。


「さて、エルド。時間もなかったので処置を優先しておこなったが、改めて聞こうか。」

「……あぁ。」

「君が他に、対価として差し出せるものはあるかい?」


エルドは、アーヴィンを見る。


「……エミリの所在を、リークしよう。」


アーヴィンの眉が、わずかに動いた。


「……いいのかい?」

「あぁ。」

「君も、随分と思い切ったね。」

「この決断をしていた時から、覚悟の上だ。」


アーヴィンは、しばらくエルドを見る。

やがて、小さく笑った。


「ははは。もう、坊ちゃんとは呼べないな。」

「……。」

「立派に、なったものだ。」


エルドは、何も返さなかった。

アーヴィンが、背もたれへ身体を預ける。


「……君のことだ。それに対する手も考えているんだろう?」

「……まさか。」

「我々にリークするという情報も、ジュディ達へ伝えるつもりだっただろう?」

「……っ。」


言葉が、止まった。

アーヴィンは、それ以上追及しなかった。


「いいよ。」

「……?」

「そもそも、その情報は必要がない。」


エルドが、眉を寄せる。


「……エミリの所在が、か?」

「あぁ。」

「何故だ?」

「たとえ居場所が分かったところで、アルカナ本社に籠城されては打つ手がない。」


アーヴィンが、肩を竦める。


「私も、アルカナ本社へ正面から喧嘩を売るほど若くはないよ。」

「……。」


それは、そうだ。

アルカナとアッシュガードが正面から衝突すれば、都市同士の問題では済まない。


「だから、君の提案は有難いが。残念ながら、そこまで価値のある情報ではない。」

「……そうか。いい手だと思ったのだがな。」


エルドは、少し考える。


「……しかし。それでは、エミリを諦めるのか?」

「まさか。」


アーヴィンが笑いながら、短く答えた。


「それは、杞憂だよ。エルド。」

「……杞憂?」

「あぁ。」


アーヴィンが、足を組む。


「レガシーコードには、重大な欠陥がある。」

「欠陥……だと?」

「厳密に言えば、条件かな。」


アーヴィンは、指を一本立てた。


「レガシーコードはね。魔法と違って不完全な代物さ。」

「……。」

「世界のルールへの干渉。そんなことが、ただのコードだけで可能なら、魔法使いはここまで畏怖されていないよ。」


エルドの表情が、僅かに変わる。


「それを、ジュディ達がどこまで気付いているのかは知らないがね。」

「……その条件で、居場所は分かると?」

「あぁ。」


アーヴィンは、迷いなく頷いた。


「調べるまでもないさ。」


沈黙が、落ちた。


エルドは、ようやく理解する。

アーヴィンが、追わなかった理由を。


エミリを、奪われた。

ライアスに、裏切られた。


それでも、この男は何も諦めていなかった。


「だから。」


アーヴィンが、口を開く。


「君への要望は、これだけだ。」

「なんだ。」

「貸しを、一つ。」

「……。」


エルドは、僅かに顔を歪めた。


「それは、怖いな。」

「あぁ。」


アーヴィンが、楽しそうに笑う。


「君は、アルカナの役員だ。これ以上ない報酬だよ。」

「……いいだろう。」

「交渉成立だね。」


アーヴィンが、立ち上がる。


「アーヴィン。」


エルドが、声を掛けた。


「……なんだい?」

「本当に、追わないのか?」

「あぁ。追う必要がない。」


アーヴィンは、扉へ向かって歩き出す。


「彼らは、来る。」


足を止める。


「それに、ね。」


僅かに、振り返った。


「彼が何を選ぶのか。私は、それにも興味がある。」

「……ジュディが?」

「あぁ。」


それだけ答え、再び歩き出す。

扉の前で、アーヴィンはもう一度だけ足を止めた。


振り返らないまま、続ける。


「まぁ。エミリは、取り戻すがね。」

「……エミリ?」

「あぁ。彼が言うには——」


アーヴィンが、小さく笑った。


「そうしなければ、私の名が廃るそうだから。」


第百八十八話、お読みいただきありがとうございます!


第五章の最後に接触していた。

アーヴィンとエルドのお話でした。


無事にエミリを連れて、逃げ切ったジュディたち。

なんで追ってこないのかが、なんとなく分かりましたね。


まぁ、向こうから来るっしょ。みたいな感じです。

嫌ですね。


そんで、エルドは一体、アーヴィンに何をしてもらったのでしょうか。

その辺りは、まだ先のお話。※本当に結構先だよ笑


次回からは、ジュディたちへ戻ります。

エミリも、ようやく普通の生活へ。


次回もよろしくお願いします!

ブクマやコメントをいただけると、アーヴィンが『貸しはなし』で済ませてくれるかもしれません。

よろしくお願いします!



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