第百八十七話「カイラ・ドゥーナ」
気が付けば、ジュディは眠っていた。
「……。」
向かいの座席。
エミリはジュディの肩に頭を乗せて。
ジュディはその頭に自分の頭を乗せている。
二人とも、気持ちよさそうに眠っていた。
「すぅ。すぅ。」
そういえば、この二日間。
ジュディは、ほとんど眠っていない。
アッシュタウンに来て、アーヴィンさんと接見して。
それから、私と喧嘩して。
次の日には物流のことを調べて、一緒に朝まで資料を作った。
さらには、エミリを助けに行って。
……え、寝てないじゃん。
私はといえば、アーヴィンさんに玉砕した後。
ポテチを食べながら、ふて寝していた。
「……。」
お、お恥ずかしい。
改めて、目の前の二人を見る。
銀色の髪と、ぼさぼさになった黒い髪。
重なって眠る二人を見ていると、少しだけ胸が苦しくなった。
——エルナ。
三年前。
こんな日常が、ずっと続くんだと思っていた。
エルナがいて。
ジュディがいて。
私がいて。
どうでもいいことで笑って、たまに怒られて。
明日も、明後日も、その先も。
——ずっと。
でも、エルナはいなくなった。
ジュディは壊れて、私たちは泣いた。
それでも今。
エルナのいない今が、ちゃんと続いている。
「うぅ~ん……。」
エミリが、小さく唸った。
「……煙草くせぇです……。」
「……シバく……。」
寝言で、会話してる……。
「……っふ。あはは。」
何それ。
すっごい、変。
「……寝ちゃったのぉ?」
後ろから、ネルの声がした。
「……うん。二人とも。」
「まぁ。ジュディは、ほぼ徹夜だったからねぇ。」
「……そうだね。」
「カイラも、寝てもいいよぉ?」
「私は、大丈夫。」
「あ、そぉ~。」
それっきり、ネルは何も言わなくなった。
一定の振動と、エンジンの音。
護送車が荒野を走る中、私は眠るジュディを見つめていた。
そうしていると。
昔のことが、一つずつ浮かんできた。
—
正直に言えば。
始まりは、一目惚れだった。
三年前のカリド。
私はまだイグニスの社員で、転送装置の試作品を奪うために準備をしていた。
情報屋のガレスさんを通して雇った、二人の傭兵。
エルナ・クロイツ。
キムラ・ジュディ。
事前に送られてきた写真を見て、かっこいいと思った。
実際に会ってみたら、写真よりかっこよかった。
『写真で見るより、かっこいいですね!』
だから会ってすぐ、そんなことを口走っていた。
……今思うと、恥ずかしいな。
でも、それだけじゃなかった。
ジュディは、お父さんに似ていた。
顔じゃなくて。
なんとなく、雰囲気が。
人を見る目とか、立ち方とか。
その時の私には、上手く説明できなかった。
ただ、これから自分の手で父を討とうとしていた私にとって。
父に似た人が傍にいるというだけで、少しだけ安心できた。
なんて単純で、浅はかな理由。
—
転送装置を奪う作戦を決めた夜。
私は、ジュディのベッドに潜り込んだ。
『……おい。』
『しー。』
今思い返しても、どうかしてると思う。
でも、あの時は必死だった。
ジュディの胸に、顔を埋めた。
お父さんに似た人の、温もり。
これから失うものを、少しだけ先に埋めておきたかったのかもしれない。
それに、少しだけ自分を、傷付けたかったんだとも思う。
——父を殺す。
そんなことを決めた私は、罰を受けるべきだと思った。
だから、あのままジュディに抱かれても構わなかった。
でも、ジュディは何もしなかった。
困って、慌てて。
それでも、私を追い出さなかった。
『この時間を続けるつもりなら、少しだけ話せないか?』
代わりに、そんなことを言った。
私は、お父さんの話をした。
紛争孤児だったこと。拾ってもらったこと。
みんなを幸せにしたいこと。
転送装置を作った理由。
ジュディは、ただ聞いていた。
否定するでもなく。正そうとするでもなく。
私が何を抱えているのか、知ろうとしてくれた。
——人を、どこまでも理解しようとする人だった。
多分、あの夜。
一目惚れだったものが。
少しだけ、違うものになった。
—
私は、お父さんを失った。
ずっと、お父さんみたいになりたかった。
焼け野原から私を拾ってくれた人。
困っている人に、手を差し伸べられる人。
だから、自分の理想のためにお父さんを殺すと決めた。
決めた。……はずだった。
銃を向けて、引き金に指を置いて。
私は、そのまま、動けなかった。
『——あんたは、俺が殺す。カイラを人殺しにはさせない。』
ジュディが、代わりに撃った。
私を、人殺しにさせないために。
私が、背負わなくていいように。
……本当に。お父さんと、そっくりだった。
自分にだって、やりたいことがあるくせに。
他人のために、自分の手を汚す。
自分が傷付けばいいと、勝手に決める。
その危うさに、二人とも全然気付いていなかった。
—
お父さんを失った私は、一つのことを決めた。
私も、幸せになる。
私が傷付けば、悲しむ人がいる。
私を幸せにしたいと思ってくれる人がいるのに、自分だけを勘定から外すのは違う。
ジュディを、みんなを幸せにするなら。
私も、ちゃんと幸せにならなきゃダメなんだ。
——そう、決めた。
その後すぐに。
私たちは、エルナを失った。
『あ、ああああぁぁぁぁぁぁぁ。』
あの日のジュディの声は、今でも忘れられない。
ジュディは壊れてしまった。
壊れたまま立って、壊れたまま歩いた。
帰れなくなって。大切な人を失って。
それでも、私を見る目だけはずっと温かかった。
人のことを大事にすることだけは、止めなかった。
それが、痛かった。
治してあげることなんて、出来ない。
元に戻してあげることも、出来ない。
それでも私は、傍にいた。
一緒に、痛がった。
—
『……ただいま。』
ジュディは、帰ってきた。
何度傷付いても。何を失っても。
私たちのいる場所に。
私たちの関係に。
帰ってきてくれた。
だから今度は、私がこの人を幸せにしようと思った。
彼は、幸せにならなきゃいけない。
絶対に。
絶対に。
いつの間にか。
それは、私の中で決まり事になっていた。
—
少し前。
ジュディと、思い切り喧嘩をした。
私はジュディに幸せになってほしかった。
ジュディは、私を大切だと言ってくれた。
どっちも相手のことを考えていたのに、全然噛み合わなかった。
傷付けて、傷付いて。
お互いに、見たくないところまで見た。
『誰かの不幸が見えないことが、カイラの理想を叶える方法なんだよ。』
……図星だった。
だって私はもう、ジュディとの間で、それをやっていたから。
見たら、苦しくなる。
考えたら、答えが出なくなる。
だから蓋をして。
幸せにすることだけを見ていた。
『自分が壊れないために、そうやって立ってるだけだろう!』
あの時は、すっごく腹が立った。
一番、言われたくないところだったから。
——私は、止まれなかった。
だって私は、救われたから。
焼け野原から拾ってもらった。
生きていいと、言ってもらった。
だから、救われた分以上に。
もっと、もっと。
たくさんの人を幸せにしなきゃいけない。
私が救われた意味を。
私が生きている意味を。
証明し続けなきゃいけない。
ずっと、そう思っていた。
—
ジュディと、喧嘩をして。
泣いて、怒って。
酷いことも言ったし、言われた。
すっごく、痛かった。
それなのに。
「……あはは。」
思い出すと、少しだけ笑ってしまう。
私は、全然不幸じゃなかった。
あんなに本気で誰かに怒れたこと。
私に、本気で怒ってくれたこと。
格好悪いところまで、お互いに見せられたこと。
全部、嬉しかった。
横に、ジュディがいた。
ただ、それだけのことが、嬉しかったんだ。
『すっごい、幸せだよ?』
あの時、私は自分で言っていた。
やっと、分かった気がする。
幸せって、痛くないことじゃない。
間違えないことでも、泣かないことでもない。
一緒に痛がることも。
一緒に悩むことも。
私にとっては。
ちゃんと、幸せなんだ。
—
「……。」
目の前を、見る。
ジュディは、まだ眠っている。
エミリに頭を乗せて、すごく間抜けな顔。
「……っふふ。」
本当に、ジュディは変な人だ。
一目惚れだった。
お父さんに似ていた。
安心したかった。救ってもらった。
守ってもらった。帰ってきてくれた。
——全部、本当。
でも今、私が好きなのは——
お父さんに似た人じゃない。
私を救ってくれる人でもない。
格好よくて、優しいだけの人でもない。
間違えて、勝手に抱え込んで。
すぐ自分だけを悪者にして、人のためにボロボロになる。
本当に、どうしようもなく、危うい人。
「……あぁ。やっぱり。」
それでも、誰かを知ろうとして。
誰かを、大事にしようとして。
何度だって、帰ってくる人。
そして、私と、一緒に痛がってくれる人。
「……好きなんだ。」
そうか。そうだよね。
私は、この人が好きなんだ。
キムラ・ジュディが。
大好きなんだ。
—
「……。」
そっと、ジュディの手を見る。
座席の上に、力なく置かれた手。
傷だらけで、いろんなものを掴んで、いろんなものをこぼしてきた、大きな手。
「……。」
そっとジュディの手に、自分の手を重ねた。
三年前と変わらず、温かかった。
でも、もうお父さんの温もりなんて探していなかった。
ジュディの、手だった。
それだけで、よかった。
「……大丈夫。」
小さく、呟く。
返事は、ない。
寝ているんだから、当たり前だ。
「私は、幸せだから。」
ジュディと、喧嘩して。
悩んで、間違えて。
その先で、笑って。
そうやって一緒にいられたら。
私は、すっごい幸せだ。
だからジュディにも、自分の幸せを選んでほしい。
「……。」
それが。
私だったら、いいな。
なんて。
「……っあは。」
なんちゃって。
—
サヤの気持ちを、私は知っている。
私の気持ちも。
サヤの気持ちも。
ジュディは、もう知っている。
「……。」
きっと、ジュディは困るんだろうな。
また一人で、うんうん悩んで。
間違えない答えを、探そうとするのかもしれない。
でもね。
今度は、一人にはさせない。
私もいるし、サヤもいる。
三人で悩むことになるんだと思う。
誰かを幸せにすることも。
自分が幸せになることも。
どんな形なら、みんなで笑えるのかも。
でも、最後に何を選ぶのかは。
それぞれが、自分で決める。
私が、ジュディの答えを決めることは出来ない。
サヤの答えだって、決められない。
だから、分からないことは、一緒に悩めばいい。
「……。」
今だって、全然分からない。
誰も傷付かない答えなんて、ないのかもしれない。
また、間違えるかもしれない。
——それでも。
私は、ジュディの手を少しだけ強く握った。
……探そう。
考えて。悩んで。
間違えたら、また考えて。
その時の、私たちで。
何度だって、答えを探し続けよう。
幸せにすることも。
幸せになることも。
全部。
「……おやすみ。ジュディ。」
眠る彼に、小さく笑った。
私は、これからも探し続ける。
それが。
私の、道なんだ。
第百八十七話、お読みいただきありがとうございました!
第二部第五章、これにて完結です!
最後は、カイラ・ドゥーナのお話でした。
全部で19話。一番長い章になりました。
お付き合いいただきありがとうございます!!!
社会問題とか、研究者バトルとか。死者復活とか。心とか。
うん!多いですね!
ごめんなさいね!
次回からは、しばらく間章の予定です。
息抜きしましょう。
次回も20:10、更新予定です!
ブクマやコメントをいただけると、カイラの幸せ候補が一個増えます。
ジュディは困惑します。
よろしくお願いします!




