第百八十六話「それでも」
指定された座標へ向かって、走る。
街灯なんて、ほとんどない。
復興途中の道を、月明かりだけを頼りに進んでいく。
「……ジュディ。」
「ん?」
「……早いです。人が出していいスピードじゃありません。」
「……我慢してくれ。」
「でも、こりゃ——っ!!……いひゃい。舌噛んだぁ……。」
「だから、言ったじゃねーか!!!」
エミリを、抱え直す。
後ろは、見ない。
ライアスが、どうなったのか。
アーヴィンが、追ってきているのか。
考えない。
ただ、無心で走る。
「……。」
少し先。
暗闇の中に、大きな車体が見えた。
アルカナの護送車。
「……あれ、だよな?」
速度を、落とした。
その瞬間。
——ブォォォォォン!!!
「うおっ!?」
護送車が、凄まじい速度でこっちへ向かってきた。
「ジュディ!これヤバいです!!」
「ちょ、待っ——」
——キキィィィ!!!
目の前で、横滑りしながら停車する。
砂埃が、舞った。
「……。」
なんだ、これ。怖ぇ……。
後部座席の扉が、勢いよく開く。
「ジュディ!!!」
「カイラ!」
中から、カイラが身を乗り出した。
こちらへ、手を伸ばしている。
「早く、乗って!このまま郊外に出るよ!」
「あ、あぁ!!分かった!!」
エミリを先に押し込む。
そのまま俺も、後部座席へ飛び乗った。
カイラが、運転席へと声を掛ける。
「ネル!出して!」
「はいよぉ~~~!」
……ん?ネル?
運転席を、見る。
白衣に、眼鏡。
見慣れた、小さな後頭部があった。
「……ネル。」
「なぁに?」
「……無事だったんだな。」
「あっは!楽勝楽勝~。」
「……よかった。本当に……。」
ネルが、バックミラー越しに俺を見る。
「私を、誰だと思ってんの?」
「……天才?」
「せいかぁい。」
——ブォン!!!
護送車が、急発進する。
身体が、座席へ押し付けられた。
「ちょっ!!!」
「あっははは!!!飛ばすよぉ~~~!!!」
「怖ぇよ!!もっと慎重に!!!」
「知らなぁ~~い!」
……こ、こいつ。
本当に、大丈夫なんだよな?
ふと、ネルの足元を見る。
「……ん?」
運転席の下。
ネルが、両足をプラプラと振っていた。
……え、なんで。
「……ネル。」
「ん~?」
「なんで、運転できんの?」
「え。そこ?」
「アクセル。踏めてなくね?」
「……。」
「足、届いてないよな?」
「私を、誰だと思ってんの?」
「いや、天才じゃ流石に説明つかねぇだろ。」
「あっは!うるさぁ~~。」
「……うるさくないよ。怖いんだよ。」
「あっはは!!うるさ~い!!」
「なんか、テンション高くねぇ?」
ネルが、ハンドルを切った。
車体が、大きく右へ曲がる。
「……っ。」
ネルの顔が、僅かに歪んだ。
「……ネル?」
見たこともない表情に、少しだけ面食らった。
どこか、痛いのか?
ネルの体を、後ろから見つめる。
……右肩の、白衣が裂けていた。
その下に、赤黒く染まった布が、巻かれている。
「……お、おまっ!!!」
思わず、運転席に身を乗り出す。
横から、ネルの顔を見上げた。
「ネル!!!」
「ん~?」
「肩!!!肩どうしたんだよ!!!」
「……。」
ネルが、こちらを見る。
俺と、目が合った。
……いや、前見ろよ。
「あっは~~~!!!」
「何、笑ってんだよ……」
「あはははは!!!いい顔するねぇ?ジュディ?」
「ふざけんな!!車止めろって!!!俺が変わるから!!!」
「大丈夫だよぉ~。処置は、もうしてあるしぃ。」
「いやいやいや。血出てんじゃん。」
「止まりかけぇ~。」
「止まってねぇんじゃん!変わるって。」
ネルが、また笑う。
「いや~。ジュディ。酸っぱそうな顔だねぇ。」
「……なんそれ。」
「んふふぅ!!」
なんなんだよ。
本当に、なんなんだ。
「いいから、休んでなって。」
「……。」
「カイラに、話してあげなきゃいけないこともあるでしょ?」
「……っ。」
言葉が、止まる。
カイラは、何も言わなかった。
ただ、背中に視線を感じる。
「……あぁ。そう、だな。」
今は、まだ。
それだけ、答えた。
—
少し先に、光が見えた。
アッシュタウンの外壁。
ここへ来た時に通った、アッシュタウンの検問所。
「あれ越えれば、外だよな?」
「そうだねぇ~。」
ネルが、答える。
門の前。
数人の兵士が、こちらに気付いた。
「……おい。」
兵士たちが慌ただしく動き始める。
門が、閉まっていく。
「ネル。」
「ん?」
「何か、手あるか?」
「ある。突っ込む。」
「……は?」
護送車の速度が、上がった。
「いやいやいやいや!!!待て待て待て!!!」
「魔術防壁ぃ~~~!!!」
ネルが、片手を上げる。
何かのスイッチを、押した。
「展~~~開ぃぃぃ~~~!!!」
車体の周囲に、薄い膜が広がった。
「ちょ、待てネル!!!ヤバくない!?それ、ヤバくない!?」
「もうとっくにヤバいでしょ~~~!!!」
「開き直んな!!!」
「あっは!門だけにぃ~~~?」
「上手くねぇよ!!!!」
門が、目の前まで迫る。
兵士が、立ちふさがる。
「お、おい!!!」
「止まれ!!!」
「止まれぇぇぇぇぇ!!!」
「あっは!逃げないと、轢いちゃうよん★」
「ひ、ひぃぃぃあぁぁぁ!!!」
兵士が、ギリギリ車を躱していく。
……マジあぶねぇ。
「ネ、ネル!ネルさん!!!スピード!!!ス、スピード!!」
「あっはははは!!!」
——ガッシャァァァン!!!
「ぬぉぉぉおおおぉぉぉ!!!」
激しい衝撃。
鉄の柵が、左右へ吹き飛んだ。
護送車が、アッシュタウンの外へ飛び出す。
——ガタンッ!!!
「いっ……!」
車体が、跳ねる。
そのまま、速度を落とさずに、荒野を走り抜けていく。
「……。」
後方を見ると、外壁が少しずつ遠ざかっていた。
ネルが、片手を上げた。
「脱出せいこ~~~う!!!」
「……大丈夫なのかよ。これ。」
「知らなぁ~~い★」
「……。」
「あっは!」
はぁ……。
身体から、力が抜けた。
—
しばらく。
車内には、沈黙が落ちていた。
ネルは、相変わらず鼻歌を歌いながら運転している。
「リング~にぃ。い~なずま、ばっちばちぃ~!」
……え、なんでその歌知ってるの?
しかも歌上手いし。
……まぁいいや。疲れた。
カイラは、運転席を背にするように座っていた。
俺は、その向かい。
エミリは、俺の隣だ。
「……。」
エミリが、ちらりとカイラを見る。
カイラも、エミリを見る。
お互いの、目が合った。
「……。」
「……。」
……なんだ、この空気。
「あ、あの。」
「う、うん。」
エミリが、背筋を伸ばした。
「は、初めまして。」
「初めまして。カイラ・ドゥーナです。」
「え、えぇ。エミリでございまぁす。」
いつもの、ふてぶてしい態度と全然違う。
なんで急に、そんな硬いんだ?
「エミリ。なんか、硬くね?」
「ジュディは、黙っててください。」
「……なんでだよ。」
「あなたの信頼は今、地に落ちました。」
「最初からねぇだろ……。」
「共通の知り合いなんですから、紹介くらいしたらどうですか?」
「他責はよくねぇな。」
「意地悪いですよ。ジュディ。」
カイラが、目を丸くした。
それから、エミリをじっと見る。
「……本当に、違うんだね。」
「へぁ?」
エミリが、変な声を出した。
「あ、ごめんなさい。その……友人に、似てるって聞いてたから。」
「あぁ。エルナ・クロイツですよね?」
「……うん。」
「そんなに、似てますか?」
「え?う、うん。まぁ……見た目は。」
「どの辺が?」
「ど、どの辺って言われても……。」
エミリが、自分の身体を見る。
「見てくれには、不満があるんですよ。」
「……えっと。」
「スレンダーなのはいいです。太りにくい体型のようですし、そこはグッジョブです。」
「……。」
「ただ、胸が——」
——ペシン!!!
「いひゃい!!!」
咄嗟に。
エミリの頭を、引っぱたいた。
「一方的に喋るなよ。カイラ困ってんだろ。」
「だからって、叩くことないですよね!?」
「あぁ~。いい。やっとシバける。」
「……はぁ?」
「感動してるよ、俺は。」
「この!!!人成らず!!!」
「……多分、『人でなし』な?」
「同じようなものです!!あんまり舐めないでいただきたい!!!」
「そこ威張るところじゃねぇだろ。」
「……っ。っふ。」
向かいから、小さな音がした。
「カイラ?」
カイラが、口元を押さえている。
肩が、震えていた。
「……っふふ。」
「……。」
「あ、はは。」
耐えきれず、吹き出した。
「あははははは!!!」
「カ、カイラ?」
「ご、ごめん!!ごめんね!」
それでも、笑いが止まらない。
「あははは!な、なんかね?」
「……なんだよ。」
「懐かしいような。新鮮なような。」
「……。」
「すっごい、不思議。」
また、エミリを見る。
「あはははは!!」
カイラは、しばらく笑っていた。
エミリは、不満そうに頭をポリポリと掻いていた。
「……。」
カイラの、その顔を見て。
胸が、少しだけ痛んだ。
—
しばらく、車は荒野を進んでいた。
窓の外の景色は、変わる様子がない。
……カルディアまでは、もうしばらくかかりそうだな。
「……すぅ。」
「……。」
「すぅ。すぅ。すぅ。」
隣から、寝息が聞こえる。
「……こ、こいつ。」
エミリが、俺の肩にもたれ掛かっていた。
さっきまで、あれだけ喋ってたくせに。
……寝てやがる。
「あはは。」
カイラが、小さく笑った。
「可愛いね?」
「そうか?」
「うん。」
「憎たらしくないか?」
「だからって、叩くのは良くないよ?」
「それは……。そうだな。起きたら謝るよ。」
「うん。」
エミリの頭が、ずり落ちそうになる。
仕方なく、支えた。
「なんなんだよ……。」
「……。」
カイラが、そんな俺を見る。
「ねぇ。ジュディ?」
「ん?」
「エルナと、全然違うね。」
「……あぁ。」
エミリを、見る。
寝顔まで、そっくりだ。
——でも。
「全然、違うな。」
「うん。全然、違うね。」
カイラが、頷いた。
ただ、それだけだった。
少しだけ、間が空いた。
俺は、息を吐く。
視線を下に落としたまま、口を開いた。
「……カイラ。」
「うん。」
「話さなきゃ、いけないことがある。」
カイラの指先が、膝の上で止まった。
「……大丈夫だよ。」
「え?」
顔を上げる。
カイラは、小さく笑っていた。
「もう、ね。貰ったから。」
「……。」
膝の上の手だけが。
強く、握られている。
「言葉も。思いも。」
「……。」
「たくさん、伝わった。」
俺は、何も言えない。
それでも、言わなきゃいけない。
「カイラ。ライアスは——」
「お父さんだった。」
言葉を、遮られた。
「……え?」
カイラは、窓の外を見る。
暗い荒野。
もう、アッシュタウンの明かりは見えなくなっていた。
「ライアスは。」
一度だけ、息を吸う。
そのまま、カイラは言葉を紡いだ。
「最後まで、私のお父さんだった。」
「……。」
声が、僅かに震えていた。
それでも、カイラは笑った。
「大好きな。お父さんだったよ。」
「……そっか。」
もう、言葉は要らなかった。
ライアスは、言っていた。
言葉を、置いたんだと。
後は、親を張るんだと。
「……ジュディ。」
「ん?」
「お父さんのこと、苦手だったでしょ?」
「……んなこと。」
反射的に、否定しようとした。
……無理だった。
「……いや。嫌いだったな。」
「あはは。」
「笑うなよ。」
「だって。同族嫌悪なんだもん。」
「……止めてくれ。」
……マジで、止めてくれ。
最近、ちょっと。
自分でも、そう思ったんだから。
「……ねぇ。ジュディ。」
「ん?」
「お父さん。かっこよかった?」
「……。」
最後に見た。
あいつの背中を思い出す。
アーヴィンの前に立って。
俺に、行けと言った。
「……あぁ。カッコよかったよ。」
それ以外に、言えることなんてなかった。
「最後まで、あいつは親だった。」
「……そっか。」
「カイラの、親父だったよ。」
カイラが、目を伏せる。
「……。」
「……恨まねぇのか?」
気付けば、口から出ていた。
カイラが、俺を見る。
「……誰を?」
「俺は、ライアスを見捨てた。」
「それに、多分。アーヴィンが、あいつを——」
「そんなこと、託されてないもん。」
「……え?」
「私。」
カイラが、胸元へ手を置いた。
「誰かを恨めなんて、言われてない。」
「……。」
「ジュディを、責めろとも。」
「……。」
「お父さんのために、何かを捨てろとも。」
胸元で、握られていた手が。
ゆっくり、開いた。
「ライアスは、私の想いのために。」
「……。」
「最後まで、お父さんでいてくれた。」
カイラが、俺を見る。
真っ直ぐに。
「なら、私は。私の想いを貫くんだ。」
「……。」
「それだけだよ。」
「……そう、か。」
それしか、言えなかった。
——ほらな。ライアス。
あんたの娘は。
カイラは。
誰かに頼まなきゃいけないほど。
弱くねぇだろ?
—
車は、走り続けている。
窓の外を見る。
街とは違い、建物も壁もない。
どこまでも続く、暗い地平線。
「……。」
ライアスは、親だった。
血が繋がっているからじゃない。
正しかったからでもない。
間違えて、一度は諦めて。
それでも、最後には、張った。
——お前は、『それでも』と言い続けろ。
声が、頭の中に残っている。
本当に、あいつの言葉は重い。
それを証明した、あいつの言葉だから、尚更。
「……。」
俺は、選んで、傷つけて、間違えた。
これから先も。
選べば、きっと、また間違える。
誰かを、傷つけるかもしれない。
怖い。
今も、怖い。
ただ、怖かった。
「……。」
身体から、力が抜ける。
今更になって、疲れが一気に押し寄せてきた。
エミリの頭が、俺の肩に乗っている。
車の揺れが、少しだけ心地いい。
——それでも、か。
まだ、俺には分からない。
俺が、何を選ぶべきなのか。
どうすれば、いいのか。
答えなんて、どこにもない。
でも、選ぶんだよな、ライアス。
それを、あんたは、俺に託したんだよな。
——それでも、俺は。
その続きは、まだ出なかった。
ゆっくりと、瞼が落ちる。
護送車は、暗い荒野を。
走り続けていた。
第百八十六話、お読みいただきありがとうございました!
無事(?)、脱出しました。
これまで慎重に行動していたのはなんだったのか。
そして、ライアスから託された言葉。
『それでも。』
まだ、ジュディにもその先は分からないみたいです。
次回も20:10、更新予定です!
ブクマやコメントをいただけると、ネルが安全運転を覚えます(嘘です)。
よろしくお願いします!




