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スペル・エラー ~娘が生まれるのに異世界へ召喚されたので、何があっても帰ります~  作者: とろたま愚鈍
第二部:第五章|アッシュタウン編

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第百八十五話「親を張る男」

「はぁ。はぁ。はぁ。」


エミリを抱えたまま、通路を走る。


アッシュガード本部。

地下から、一階へ。


ネルを置いてきたのは、気になる。

でも今は、エミリを連れて出る。


それが、俺の役目だ。


「……ジュディ。」

「ん?」

「息が、荒いですね。」

「重いから、な。」

「あ、どうしよう。この人嫌いかも。」


……いや、まぁ。

今のは、俺が悪いか?


「ジュディ。」

「今度は、なんだよ?」

「ネルさんは……。」

「大丈夫だよ。」


即答した。


あいつなら、大丈夫だ。

なんせ、天才だしな。

今は、そう信じるしかない。


「それより、もうすぐ外だ。」


階段を、駆け上がる。

少し先に、外へ続く扉が見えた。


「……っち。」


その前に。

一人の男が、立っていた。


「……。」


スーツ姿に、見覚えのある顔。

今は、仮面を外していた。


「……やっぱ、いるよなぁ。」

「あぁ。いるな。」


ライアスが、静かに答えた。


「命令のお陰でな。自然にここまで来れた。」

「……流石に、表立っては庇えねぇか?」

「……。」

「じゃあ、やるか?」


エミリを、抱き直す。

魔力を、両足へと溜める。


「……。」


ライアスは、俺を見た。

それから、首を振る。


「そう、身構えるな。」

「……なんだよ。」

「俺は表立って、お前達を逃がす。」

「……は?」


ライアスが、踵を返した。


「……こっちだ。」

「いや、待て待て待て!!全然分かんねーよ!」

「車を、用意してある。」

「……。」

「護送車まで送る。早くしろ。」


そのまま、こちらを振り向かず。

ライアスは歩いていく。


「……。」


本当に、なんなんだよ。

腕の中のエミリが、俺を見つめていた。


「……ジュディ?」

「……大丈夫だ。行こう。」


考えてる時間もない。

ライアスの後を、追った。




—




車が、街中を走る。

道路は舗装されておらず、乗り心地はいいとは言えなかった。


運転席には、ライアス。

後部座席には俺と、エミリ。


窓の外を、復興途中の街が流れていく。

陽はいつの間にか、とっくに沈んでいた。


「……ライアス。」

「なんだ。」

「あんた、いいのかよ?」

「……何がだ?」

「とぼけんな。」


俺は、運転席を見る。


「あんた。今やってるこれって……。」

「あぁ。そうだな。」


ライアスは、前を向いたまま答えた。


「俺は、死ぬだろうな。間違いなく。」

「……今すぐ、降ろせ。」

「今更だな。」

「んなことねーだろ。」

「後の祭りだ。お前が車に乗った時点で、リスクは変わらない。」

「……クソっ。」


エミリが、俺とライアスを交互に見る。


「……。」


何も言わない。

言えるわけ、ないよな。


「……カイラとは、話せたんだよな?」

「いや?」

「は?あんた、今日の接見にはいたんだろ?」


思わず、身を乗り出した。


「あぁ。向こうは、気付いてはいたみたいだな。」

「んだよ。結局、会ってんのか、会ってねぇのか。どっちなんだよ?」

「……俺が誰なのかは明かしていない。言葉を置いただけだ。」

「会えよ。絶対にだ。」

「この状況でか?」

「こんな状況だからこそだろ。」


ライアスが、バックミラー越しに俺を見る。


「あんたまで、俺と同じ間違いを犯すなよ。」

「……ははは。」

「笑ってんじゃねーよ。」

「どちらが年上なのか、分からないな。」

「茶化すなよ。」


声が、思ったより低くなった。

ライアスが、黙る。


「……俺は、もう嫌なんだ。」

「らしくないな。折れたのか?」

「あぁ。とっくに、折れてるよ。」


即答だった。


窓の外を見る。

壊れた街が、横へと滑っていく。


「今だって、虚勢張って。目の前のことだけ見て、動いてるだけだ。」

「……そうか。」

「誰かが、俺のために死ぬのも。俺が何かして、誰かを傷付けるのも。」


言葉が、止まる。

それでも、口を開いた。


「俺は、もう耐えられない。だから……。」

「だから?」

「……。」

「だから、なんだ?」

「……いや。」

「言え。ジュディ。」


……うるせぇな。

自分でも、分かってるよ。

痛いほど、分かってる。


「……俺は、もう。俺のために、選択することが出来ない。」


拳に、力が籠る。

ライアスは、何も言わなかった。


「人に選んでもらって。それを守る。今の俺に出来るのは、それくらいだ。」

「……。」

「そんだけだよ。俺なんて。」

「……いいじゃないか。」

「……あ?」


思わず、景色から目を外した。

運転席を、見る。


「恐怖で、足が竦んでいるんだろう?」

「……あぁ。ただ、ビビってる。」

「なら、いい恐怖だ。」

「なんなんだよ、それ。」

「出会った頃のお前より、ずっといい目をしてる。」


ライアスが、少し笑った。


「あの時のお前は、決意の目だった。譲れないものがあって、そのためなら何だってやる目だ。」

「……ただ、帰りたかっただけだよ。」

「あぁ。その時は、驚いたものさ。若造が、できる面構えじゃなかった。」


車が、右へ曲がる。

小さく、揺れた。


俺は、自分の両手に視線を落とした。


何も、守れない。

無能な、両手。


「今のお前は、揺れているな。」

「……。」

「何が譲れないのか。何を大事にしたいのか。分からないまま藻掻いてる。」

「……だから、何だよ。」

「恐怖のない選択なんて、軽いものさ。皆、その恐怖を呑み込んで選んでいる。」

「……なら、俺は。そんな普通の奴らが当たり前に出来ることすら——」

「当たり前じゃないさ。ジュディ。」

「……。」

「足が竦んで、動けない奴もいる。それも普通だよ。」

「なんなんだよ……。」

「俺だって、そうだ。」


一瞬。

ライアスの声が、遠く聞こえた。


「俺は、正しさの通し方を間違えた。」

「……。」

「それでも正しいと思いたかった。だから、他人に。カイラに、自分の正しさを見出した。」

「……でも、あんたは守ったじゃないか。」

「立派なものじゃないさ。」


即答だった。

しかし、その声に後悔の念は感じられない。


「カイラに理想を押し付けて。お前に託して、死ぬことを選択した。」

「……。」

「本来なら、俺が立つべきだった。正しくなくても。間違えても。それでも、どう生きるのか。あいつに、カイラに背中で見せるべきだった。」

「……そんなこと。今からでも、遅くねぇだろ?」


ライアスが、笑った。


「あぁ。そうだな。遅くない。」


ライアスは、前を見ていた。

道の先を、真っすぐに。


「だからこそ。カイラの望む未来と、俺が信じた未来のために。」

「……。」

「俺は、親を張るんだ。」

「……親を?」

「あぁ。親だよ。」


少しだけ、声が柔らかくなった。


「お前はもう知ってるだろうが。俺はカイラの実父じゃない。」

「……あぁ。」

「それでも、俺は親を張る。あいつの親を、やるんだよ。」

「……。」


何も、言えなかった。


この男は、一度死んだ。

俺が、殺した。


それでも、今。またここにいる。


「ジュディ。」

「……なんだよ。」

「お前に、俺に出来なかったことを頼みたい。」

「……。」

「ははは。そう嫌そうな顔をするな。」

「聞くだけ、聞くよ。」


ライアスが、バックミラー越しに俺を見た。

お互いの視線が、交錯する。


「お前は、『それでも』と言い続けろ。」

「……それでも?」

「あぁ。」


ライアスは、それ以上すぐには続けなかった。


「お前は、また間違える。誰かを不幸にすることだってある。」

「……。」

「それでも、だ。」


車が、走り続ける。

バックミラー越しの目は、逸れなかった。


「間違えた後も。怖くなった後も。」

「……。」

「それでも、お前は何かを選び続けるんだ。」


……重い。

今の俺にとっては、尚更。


なんなんだよ、こいつ。

本当に。


「……重いか?」

「……あぁ。また折れそうなくらいにはな。あんたの言葉は、いちいち重てぇんだよ。」

「ははは。背負え、背負え。若者の努めだ。」

「だから、俺はあんたが嫌いなんだ。」


ライアスが、楽しそうに笑った。




—




——ドンッ!!!


「っ!?」


突如。

車体が、大きく跳ねた。


「きゃっ!!」

「エミリ!」

「不覚!『きゃ』とか言っちゃった!」

「喋んな!舌噛むぞ!!!」


抱き寄せる。

身体を覆うように、エミリを庇った。


「くそっ……!なんなんだ!?」


前を、見る。


……何もない。


何もないはずなのに。

車の前部が、何かにぶつかったみたいに大きく潰れていた。


「ジュディ!!!」

「……あ?」

「エミリを抱えて、出ろ!!!」


ライアスが、叫ぶ。

迷ってる場合じゃない。


扉を蹴り開けた。

エミリを抱え、そのまま外へ飛ぶ。


地面を転がる。


「ちぃ……!」


エミリを庇いながら、身体を起こす。


「大丈夫か!?」

「ぶ、無事です!!」


次の瞬間。


——バギン!!!


車体が、真ん中から歪んだ。


空間ごと、捻じ曲げられたみたいに。

金属があり得ない方向へ潰れていく。


「ライアス!」


運転席の扉が開く。

ライアスが、転がるように外へ出た。


瞬間。


——ドォン!!!


車が、炎に包まれた。


「……ったく。」


炎の向こうを見る。

男が、立っていた。


白髪に、伸びた背筋。

アーヴィン・ロックウェル。


「……どうやって、追いついた?」


俺は、エミリを抱えたまま立ち上がる。


「こっち、車なんだけど?」

「魔法使いに対する、認識が甘いね。」

「……あ?」

「君が知っている者だけを、基準にしない方がいい。」

「……随分と、自信あんだな。」

「事実を、言っただけさ。一応、私は三英雄の一人だよ?」

「……あー、嫌だ嫌だ。過去の実績ひけらかす爺さんほど、面倒な人はいないぜ?」

「盗人に、言われたくはないね。」

「その盗人に、大事な者を盗まれた三英雄ってか。名が廃ったな?」

「ははは。やっぱり、面白いね。君は。」


アーヴィンは笑いながら、一歩ずつ近づいてくる。

俺は、エミリを抱き直した。


「……さて。」


アーヴィンの目が、エミリへ向く。


「エミリを、返してもらおうか。」

「……嫌だね。消すんだろ?」

「無論だ。」


空気が、変わった。

アーヴィンが、片手を上げる。


その前へ。

ライアスが、立った。


「……ライアス。」

「アーヴィン。」


二人が、向き合う。


「退いてくれるかい?」

「無理だな。」

「……そうか。」


アーヴィンの表情は、変わらなかった。

ただ、その声だけが、少し低くなった。


「ジュディ。」

「……なんだよ。」

「行け。」

「……いや、ここは——」

「早くしろ。」


……動けない。

ライアスが、背中越しに俺を見た。


「娘は、お前と生きたいと願っている。」

「……。」

「キムラ・ジュディ。娘を、頼んだ。」

「……嫌だね。」


ライアスが、目を細める。


「前と、同じ答えだな。」

「あぁ。何度聞かれても、変わらねぇよ。」


エミリを抱えたまま、ライアスを見る。


「あんたの娘は。カイラは、人に頼らなきゃいけないほど弱くない。」

「……。」

「だから、一緒に。」


息を吐く。


「俺は、カイラと一緒に苦しむ。」

「……。」


ライアスが、笑った。


「はは。ダサいな、お前は。」

「……うるさいよ。」

「しかし。いい答えだ。」


ライアスが、アーヴィンに視線を戻した。


アーヴィンが、一歩進む。

ライアスは、退かなかった。


「行け。ジュディ。」

「……。」

「お前は、今。エミリを、選んだんだろう?」

「……あぁ。」

「なら、まずは。それを通せ。」


……くそっ。


本当に、嫌いだ。

理由が少しだけ、分かった。


こいつは、俺に、似ている。

それが、どうしようもなく、癪だった。


「……死ぬなよ。ライアス。」

「善処しよう。」


嘘つけ。

それだけは、分かった。


「エミリ。」

「……はい。」

「行くぞ。」

「……でも——」

「喋んなよ。舌、噛むぞ。」


俺は、ライアスに背を向けた。

両足に電撃を纏い、走る。


……振り返らなかった。


今、振り返ったら。

多分、止まる。


だから、俺は走った。




—




ジュディの姿が消えた。

目で追えないほどの速度で、遠ざかっていく。


……速いな。

本当に。


昔は、片腕を失って。

フラフラになりながら、走ってきたガキが。


今は、過去を千切れるほどの速度で。

走り抜けていく。


「……行ったか。」


小さく、呟く。


「あぁ。行ったね。」


アーヴィンが、答えた。

二人だけになった。


燃える車の音が、やけに大きく聞こえる。


「……ライアス。」

「あぁ。」

「君が、こうするんじゃないかとは思っていたよ。」

「分かっていたなら、止めればよかっただろう?」

「……そうだね。」


アーヴィンは、小さく息を吐いた。


「少し、希望を持ってしまった。」

「……。」

「君とは、長い付き合いだからね。」

「……あぁ。そうだな。」


本当に、長かった。


戦争が終わって。

何もなくなった、この街で。


瓦礫を退かして、人を集めて。

俺は、アーヴィンの指示の下で暗殺者として活動した。


何度も、何度も。

この街を、立て直そうとした。


「アッシュタウンの再建のために、よく尽力してくれていた。」

「あぁ。あなたの理想を支えることで、この街が幸せになると信じてたよ。」

「……ならば。」


アーヴィンの眉間に、僅かに皺が寄った。


「なぜなんだ。ライアス。」

「……。」


考えるほどでもない。

答えなど、ずっと前から決まっていた。


「娘の『想い』の方が、大切だった。」

「……。」

「それだけさ。」

「……そうか。」


アーヴィンが、静かに目を閉じる。

しばらくして、ゆっくり口を開いた。


「ライアス。こうしよう。」

「……なんだ。」

「君は、これから我々の捕虜となる。」

「……。」

「反逆者として拘束する。その上で、カイラ君との契約を有利に進める材料にする。」

「それを、俺が容認すると思うのか?」

「……ならば、こういうのは——」

「アーヴィン。」

「……。」

「分かっているだろう?」


俺は、笑った。


「もう、俺は選んだ。」

「……そうか。」


アーヴィンが、俺を見る。

その瞳が、揺れていた。


「アーヴィン。」

「……なんだい。」

「震えているぞ。」


僅かに、上げられた指先が揺れていた。


「……はは。痩せ我慢すら、ままならない。」

「そんな顔を、するなよ。」

「……。」

「このままでは、示しがつかないだろう?長として。」

「……そうだね。」

「裏切り者を、生かす訳にはいかない。今アッシュタウンは大切な時期だ。」

「ならば!!!なら、何故君は——」

「アーヴィン。」

「……っ。」

「すまない。」


一度、頭を下げた。


「また一つ、責任を乗っけることになる。」

「……覚悟はしていたけどね。」


アーヴィンが、空を見る。


「やはり、慣れないよ。人殺しは。」

「……あぁ。」


風が、吹いた。

アッシュタウンの、匂いがした。


埃と。鉄と。人。

まだ、少しだけ焦げた匂い。


昔は、もっと。

もっと、花の香りがしたものだ。

……その匂いを、この街でまた嗅ぎたかった。

それも俺にとっては、本当のことだった。


「……この道は、泥沼だ。」


アーヴィンが、呟いた。


「進めば進むほど、足は沈む。身体まで、地面へ引きずり込まれる。」

「その泥沼に、付き合うと決めていたんだがな。」

「……付き合ってくれよ。それに、娘にも会いたいだろう?」


一瞬だけ。

金髪の女の顔が浮かんだ。


泣いて。笑って。へこたれない。


俺の腕にしがみ付いて。

俺を、お父さんと呼んだ。


「……いいさ。言葉は、置いてきた。」

「そうか。」


もう、十分だ。

一度、ちゃんと別れた。


今度は、言葉じゃなくていい。

背中で、残す。


「ライアス。」

「あぁ。」

「……そちらに行くのは、少し遅れそうだよ。」

「ははは。」


思わず、笑った。

いつだって、俺の最後は穏やからしい。


「いいさ。俺は、人を待たせることの方が多かった。」

「……。」

「今度は、俺の番だろう。」

「理想の果てで、君とまた会えることを願う。」

「……あぁ。」


アーヴィンを見る。


「じゃあな。アーヴィン。」

「……あぁ。」


アーヴィンが、右手を上げた。

指先が、俺の胸へ向く。


心臓の代わりに。

今も動き続けている、ストーンウェア。


——キィン。


胸の周囲。

空間そのものが、固まった。


「……っ。」


駆動していたストーンウェアが。

一瞬で、動きを止める。


身体から、力が抜けていく。


倒れる前に、空を見る。

アッシュタウンの空。


昔、何も守れなかった場所。


この空の下の、どこかで。

一人の子供を、拾った。


——カイラ。


俺の娘。

彼女が笑う未来を願って。


俺の心臓は、止まった。




—




「……。」


アーヴィンは、動かなくなったライアスを見下ろしていた。

ゆっくりと、その場に膝をつく。


ライアスの瞼を、閉じた。


「……馬鹿な男だ。」


返事はない。


「馬鹿だよ。本当に。君は……。」


立ち上がった、その時。


「アーヴィン。」


声が、した。


振り返ると、少し離れた場所にエルドが立っていた。


「……見ていたのかい?」

「あぁ。少し、な。」

「……悪趣味だな。」

「すまない。見るつもりは、なかったんだ。」


エルドは、アーヴィンを見る。


「取引がしたい。個人的にな。」

「……。」


アーヴィンは、もう一度だけ。

足元の男を見た。


それから。


「……聞こうか。」


そう、答えた。


第百八十五話、お読みいただきありがとうございました!


ライアスのお話でした。


一度死んで、戻ってきて。

最後に、自分で親を張る話でした。


そして、ジュディへ残した言葉。


ジュディは、どう受け取るんでしょうか。


次回も20:10、更新予定です!

ブクマやコメントをいただけると、ライアスが、今度こそ安らかに眠ります。

よろしくお願いします!



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