第百八十四話「私の心」
「ジュディ~。」
「ん。」
「先、行っててぇ~~。」
「あ?いや、ここは——」
「いいから!!!」
思わず、声を張った。
ジュディが、少しだけ目を見開く。
腕の中に抱えられたエミリも、驚いた顔でこちらを見ていた。
通路の先には、白衣を着た男。
ショーン・プライド。
「……ネル。」
「あいつにはね。私も、用があるんだよ。」
ショーンを、真っ直ぐに見る。
「パフパラのこと。聞かせてもらえる?」
ショーンは何も答えず、私を見る。
正確には、今の私。リオ・サーンの姿を。
しばらくして、小さく笑った。
「……構いませんよ。」
「……あ?」
ジュディが、怪訝そうな声を出す。
「あなた方は、行って結構です。」
「何言ってんだ?」
「あなた方を追う者は、既に向かっています。それより私は——」
ショーンの視線が、私へ向いた。
「ネル・クライス。あなたと話がしたい。」
「……へぇ。」
最初から、バレてたんだ。
私は、偽装ストーンウェアを解除する。
意味ないなら、もういいでしょ。
「ネル。」
「大丈夫だよぉ。エミリ連れて、行きなぁ。」
「いや。でも——」
「助けたいんでしょ?」
ジュディが、黙る。
「だったら、ちゃんと連れてってあげなよぉ。」
「……本当に、大丈夫なんだよな?」
「バカは同じことを、何度も聞くよねぇ?」
「いや、だってよ……。」
心配してる。
こういう顔も、前より分かるようになった。
嬉しい、かも。
「ジュディ。」
あえて、声を落とす。
温度を落とせば、ジュディは聞いてくれる。
「行って。」
「……。」
ジュディは、しばらく私を見ていた。
「……死ぬなよな?」
「あっは!何?心配してくれんのぉ~?」
「……当たり前だろ。お前が必要だって言ったよな?」
「んふふぅ。きっくぅ~~~!」
「お前なぁ……。」
呆れた顔で、ジュディが私を見ていた。
エミリが、ジュディの腕の中からこちらを見る。
「ネル……さん?」
「ん~?」
「……あの。えっと……。また、会いましょう?」
「……。」
あっは。
なんだそりゃ。
「うん~。またねぇ~。」
ジュディが、ショーンの横を通る。
ショーンは、動かなかった。
「死ぬなよぉ~~~!」
手を振って、二人を送り出す。
そのまま、足音が少しずつ遠ざかっていった。
よぉし。
んじゃ、聞きたいこと聞いて。
さっさと殺すかなぁ。
—
「随分と、あっさり行かせましたね。」
「ん?そぉ~?」
「以前のあなたなら。研究対象を逃がすために、自分が残るなどしなかったでしょう。」
どっかで話したこと、あったけぇ?
私は、こめかみを指で叩いて脳内を検索する。
……ん~。出てこないなぁ。
「私のこと、よく知ってるんだぁ?まぁ、有名人?だしねぇ。」
「……何年、あなたの背中を見てきたと思っているんですか。」
「……何年?背中?」
「……。」
私の背中を見る、研究者。
少し考えて、思い出した。
「あぁ。元々バイオストーンにいた人かなぁ?」
「……。」
「あぁ~~~!!二番君かぁ!!!」
ショーンの顔が、僅かに歪んだ。
あぁ。思い出した。
バイオストーンに、共同開発で出向していた頃。
私の研究の次に、名前が載ってた奴。
その、研究者ってわけだぁ。
「……忘れていたのですか?」
「あっは。興味なかったからぁ。」
「……ネル・クライス。」
分かりやすく、声が低くなる。
感情が、漏れてる。
あっは。面白ぉ~。
私じゃなくたって、バレバレだぁ。
「まぁ、いいや。『そんなこと』より、聞きたいことがあるんだ。」
「……『そんなこと』ですか。」
「あぁ。いい。いい。時間勿体ない。」
「……なんでしょうか?」
「さっきも聞いたでしょ?なんで、この街にパフパラがあるの?」
ショーンは少し黙った後、ゆっくり口を開いた。
口角を、歪めながら。
「……アッシュガードの生業は、軍事力の提供です。」
「へぇ~。なるほどね。」
「……今ので、分かりましたか?」
「凡人が考えそうなことだ。」
ショーンの眉が、僅かに動く。
「パフパラ中毒者は、一時的に魔力が向上する。痛覚も普通の人間より薄くなる。その代わり、思考力は落ちる。」
「……えぇ。その通りです。」
ショーンが、嬉しそうに両手を広げる。
「命令への抵抗も薄くなる。軍事利用には、最適ですよ。」
「……おっけ。もう喋んなくていいよ。」
「はい?」
「殺すから。」
眼鏡を、上げる。
ショーンは一瞬黙り、それから声を上げて笑った。
「ははは。あなたは、相変わらずですね。」
「何がぁ?」
「結論を急ぐ、癖がある。」
「別に急いでないよ?バカの思考が遅いだけだって。」
「ですが——」
ショーンが白衣のポケットへ手を入れた。
「それは、悪癖ですよ。」
魔石が、床にばら撒かれる。
——カラン。カラン。
「……。」
……あぁ。これかぁ。
胸が、震えた。……ん?震えた?
合ってる?これ。
「刮目して、ご覧ください。」
ショーンが、指を鳴らした。
床に落ちた魔石が震え、少しずつ形を変えていく。
腕。足。頭。
一つ一つが、人の形へと変わっていった。
気付けば、通路いっぱいに魔石人が立っている。
「これは、魔石人。魔石となって死んだ人間を研磨し、持ち運べるようにしました。」
「……へぇ。」
「これなら、少ない輸送コストで大量の軍事力を派遣できる。」
ショーンが、誇らしげに笑う。
「いかがでしょうか?」
「……何がぁ?」
「あなたの理論の、その先ですよ。」
胸を、張る。
笑みを貼り付けたまま、ショーンは叫んだ。
「あなたが作ったパフパラは、中毒性と拡散力!!その二点ばかりに重点が置かれていた!!!」
「……。」
「私は、その先を作った!!魔石化した人間を、兵士として再利用する!!!」
「……。」
「あなたは!!今まさしく!!私の背中を見ているのですよ!!!」
「……。」
……。
あ。ダメだ。
も、無理。
「……っぷ。」
「……はぁ?」
「あ、あっは。」
駄目。
げ、限界。
バカ過ぎる。こいつ。
「あ、あっはははははははは!!!」
「何が、おかしいのですか?」
ひ~。
腹が痛い。腹が、痛い。
わ、笑い死ぬ。
「お、おまっ!!お、オワコンすぎでしょ~~!!!」
「……何が、面白いのですか?」
「そんな理論~~~!!もう一年前に完結してるってぇ!!」
「……。」
「あ~~。やば。滑稽~★」
ショーンの顔から、笑顔が消える。
「やっぱ、人間って面白いねぇ?」
「……あなたは、殺す。」
「あっは!」
魔石人が、一斉にこちらを向く。
「……できるのぉ?」
腕を広げる。
「万年二番の、凡人にぃ?」
「……っ。」
ショーンの顔が、歪んだ。
あ~、やっぱ。
そこは、嫌なんだね。
—
——パチンッ
ショーンが指を鳴らすと同時に。
魔石人が、一斉に走り出した。
速くはないけど、数が多いなぁ。
「……え~。」
全部で、二十三体かな?
私は、その場から動かない。
一メートル。五十センチ。十センチ。
拳が、目の前まで迫って。
……止まった。
「……な、に?」
隣の魔石人も、その後ろも。
全部が、動かなくなる。
「な、なぜ。」
「あっは。」
「何をした!!!」
「魔石人は、魔力に反応して敵を識別する。それくらいは、知ってるよねぇ?」
「当然です!だからこそ、人を、敵を感知して殲滅する命令を——」
「ならさ。魔力を、感知できなきゃ。どうなると思う?」
軽く、手を振る。
バカはヒントをあげなきゃ、気付きもしない。
「……ネル・クライス。まさか——」
「あっは!正解~。」
魔力遮断。
至極単純で、真っ当な手。
ただそれだけの対策で、魔石人は動きを止める。
「……ですが。」
ショーンが、歯を噛んだ。
「それだけなら、次から対策できます。視覚情報も識別へ組み込めば——」
「うんうん。そうだねぇ~。次から気をつけようね?」
「……。」
私は、一番近くにいる魔石人の額へ指を当てた。
「でもね。もう一個、あるよ?」
「……何が、ですか?」
「あっは!分かってること聞くなよぉ。弱点に決まってるでしょ~?」
ポケットから、小さな魔石を取り出す。
「魔石人は、魔石の性質を持つ。魔石には、魔術式を保存できる性質があるよね?」
「……はい。だからこそ、単純な命令であれば指示を保存できる。」
「うんうん。お利口さんだねぇ。そうだよねぇ。」
動かない魔石人の額に、取り出した魔石を充てがった。
そのまま、魔石に魔力を練り込んでいく。
「じゃあさ。次の問題でぇす。」
「……。」
「大量の魔術式を。魔石人に一気に注入したら、どうなると思う?」
——ヴン。
目の前の魔石人に、光が走った。
魔術式を、一気に流し込んでいく。
魔術式は、魔石人へ伝播していく。
一体から、隣へ。
さらに、その隣へ。
またさらに、その隣へ。
保存できる量を無視して。
押し込む。詰め込む。流し込む。
——パキキ。
目の前の魔石人に、亀裂が入った。
胸が、ざわつく。
「……ごめんね。」
思わず、小さく、呟いた。
やがて、亀裂は次々と連鎖する。
——パッキン!
魔石人は、一斉に砕け散った。
石の破片が、床を転がる。
さっきまで人の形をしていたもの。
ずっと昔に、人だったもの。
「……ほらね。これが、正解。」
ショーンを、見る。
「対策として魔術式を用意すれば、簡単に制圧できる。軍事利用?」
「……ネル。」
「無理無理。対策知られたら、意味ないもん。」
「ネル!!!!クライス!!!!」
「聞こえてるよぉ!!!大声出すなよ凡夫がぁ!!!」
ショーンが、怒りで身体を震わせている。
知ったことじゃない。
バカに苛ついてるのは、こっちも同じだ。
「……もう一つ。やらない理由も、あるよ。」
「……まだ、弱点が?」
「違う。」
床に散らばる、魔石を見る。
「これ、胸糞悪いらしいよ?」
「……らしい?」
「うん。サヤがねぇ。ゲス野郎だって。」
胸の辺りが、相変わらず気持ち悪い。
「私も最近。そう思うよ。」
「……あなたが?」
ショーンが、信じられないものを見るように私を見た。
「人を使い潰してきた。あなたが?」
「うん。私はどうとか、関係ある?」
「随分と、丸くなったものですね。」
「……そぉ?んふふ。研究は順調だねぇ。」
白衣の袖を、捲る。
「でも。それはそれ。これはこれ。」
「……。」
「邪魔する奴は、殺すよ?」
「……いいでしょう。」
——突如。
ショーンの右腕が、ゆっくり変形した。
—
ショーンの右腕。
皮膚の下から、黒い物質が浮かび上がる。
石。……いや、違うねぇ。
皮膚とストーンウェアの境界が、曖昧だ。
「……あなたは。やはり、直接叩き潰すしかないようですね。」
「あっは!出来ることと出来ないこと、区別するところから始めよっか?」
「……潰す。」
「殺すって言えよ。耳障りの悪い言葉を避けるな。」
「……何とでも言ってください。」
右腕が歪み、肘から先が異様に長く伸びていく。
「ん?」
刃。槍。そして、鞭。
「ストーンウェアじゃない、のかなぁ?」
「……はははは!いえ?」
ショーンが、笑った。
「ストーンウェアですよ。私の、オリジナルですがね。」
「……へぇ。」
伸びた腕が、有機物みたいにうねる。
「有機的に制御することで、形状そのものを変化させる。」
「……。」
「硬度も、伸縮率も、使用者の意思で自由自在です。」
……ほぇ~。
なるほどね。無形か。それ故に、無限。
面白い。
これは、面白いね。
「あっは!」
「何を笑っている。何がおかしい。何が。」
「いやぁ?」
「……。」
「これは、すごいねぇ。」
ショーンの動きが、一瞬止まる。
「……私を、認めるのですか?」
「うん。すごいよぉ。この技術はねぇ。」
眼鏡を、上げる。
使っている、魔術式を観察する。
……魔術式を、身体に直接記述してる。
境界線を跨いで記述することで、境界線が曖昧なまま制御を可能にしてるっぽいね?
いやぁ。本当に面白い。
「私じゃ、この発想はしなかった。」
「……っ。」
口元が、僅かに上がる。
あ。嬉しいんだ。
……分かりやすぅ。
「でも。研究者としては、まだまだ浅いねぇ。」
「……もう十分です。その言葉で、証明された。」
腕が、消えた。
「死ね!!!ネル・クライス!!!」
「あっは!!何だ!!言えんじゃん~!!」
——バン!!!
咄嗟に、魔術防壁を張る。
凄まじい衝撃に、身体が後ろへ押された。
数え切れないほどの、連撃。
黒い鞭となった腕の猛攻が、止まらない。
……強いねぇ。
でも。この防壁は、私の特別製。
「……あっは。」
反魔術銃弾すら、この防壁は弾く。
魔術を中和するものであっても、意味ないね。
——ミシィ!!!
「……ん?」
鞭が、防壁の横へ回り込む。
そのまま、防壁そのものへ巻き付いた。
「あはは!!!流石は、ネル・クライス!!!」
「……へぇ。やるねぇ。」
「反魔術加工を施していても、ここまで耐えるとは!!!しかし——」
鞭が、締まる。
——ミシミシ。
防壁が、軋んだ。
「反魔術の対策をしていても!!!」
「うん~?」
「物理的な破壊からは、逃れられませんよ!!!」
——バキッ。
防壁に、亀裂が走った。
思ってたより、ずっと強いねぇ。
「これでは!時間の問題ですよ!!!」
ショーンが、笑う。
……あぁ。やっぱり、甘い。
私も、つられて笑った。
「あっは!!」
「……いい加減!!笑うのを!!止めろぉ!!!」
「……そうだねぇ~~。」
防壁が、もう一度軋む。
その間に、私は魔術式を、解析した。
「時間の問題だねぇ~~。」
「……もう、手遅れですよ!!!」
——バギィ!!!
防壁が、砕けた。
「……っ!」
鞭が、肩を掠める。
身体が大きく持っていかれ、壁へ背中を打ち付けた。
「ぐっ……!!」
肩を、見る。
白衣が裂けて、血が流れている。
「……。」
あ、痛い。
あぁ。あはは!!痛いねぇ!!!
「あはっ。」
「まだ、笑えるのですか!?」
「うん。いいねぇ。」
指で、肩から流れる血に触れる。
赤い、な。
久々に自分の血を見て、なんだかほっとした。
ジュディのと、同じ色だったから。
「やるじゃん。二番君?」
「……っ。」
いいねぇ。
二番君は、ちゃんと二番だ。
「これで、終わりです。」
ショーンの鞭が、もう一度動く。
「次の防壁も、同じように破壊する。あなたに、私を傷付ける手段はない。」
「……え。そぉなの?」
「おやおや。結果の予測すら出来ないのですか?」
「……喧嘩の売り方が、下手くそだなぁ。」
「……。」
「買うけどね★」
もう一度、防壁を張る。
鞭が巻き付き、締め上げた。
——ミシ。
「ははは!!!もうすぐ。もうすぐだ!!!」
「……あっは。」
「もうすぐ!!!私が!!」
——ミシミシ。
ん~~。暇だな。
そうだな。ちょっとだけ。
「ショーン。お話、しよっかぁ?」
「……何だって?」
「だって。時間あるしぃさぁ?」
「ははは。」
ショーンが、声を上げる。
「いいですね!辞世の句ならば、聞きましょうか。」
「いらなぁいよ?」
眼鏡を外し、袖で汚れを拭う。
そのまま、視線をショーンへと移した。
「聞きたいのは、こっちだから。」
「……。」
「なんで、パフパラを劣化させたの?」
鞭の動きが、一瞬だけ止まった。
「……分かっていたのですか?」
「あっは。もちろん~。」
「一体、いつから……?」
「最初からだよぉ?」
気付かないと思ってたのか。
本当、こいつは浅いなぁ。
「均一すぎるんだよねぇ。身長、体重、魔力量。全部。」
「……。」
「仕上がりが揃いすぎ。私のパフパラじゃ、こうはならない。」
「……ふふ。」
ショーンが、また笑った。
「劣化などと。あれは、改良ですよ。」
「へぇ。改良?」
「あなたが作成したパフパラは、変数が多すぎる。」
「……変数ねぇ。」
「えぇ。変数です。服用者の体格。魔力量。精神状態に、ストーンウェアとの適合率。死んだ人間によって、仕上がる魔石人に差異が出過ぎる。これでは、研究など出来ませんよ。」
「……ん~。何が悪いのぉ?」
「軍事利用としても、あのままでは使えません。品質にバラつきがある商品など、売れないでしょう?」
「……ふ~~ん。」
なるほど~。これも、私にはない視点だ。
……でも。
「まぁ。商品としては、正しいかもねぇ?」
「……なら、どこかに間違いでも?」
「いやぁ?」
ショーンの表情が、変わった。
「軍事物資として均一化する。安定した品質で量産する。その考え方自体は、正しいよぉ。」
「ならば——」
「二番君の言う変数っていうのは。邪魔なものってこと?」
「えぇ!!!」
即答だった。
あ。分かった。
だから、こいつは、二番なんだ。
「邪魔なものでしょう!?研究にとっても!!事業にとっても!!!人の感情!!外れ値!!変数!!」
「……。」
「それらは全て!!!妨げる要因にしかならない!!!」
「……っふ。」
あ。また。やば。
……吹き出しそう。
「あはっ。」
駄目だ。
速攻で吹き出した。
「あっは。あはははははは!!!」
「何が、おかしいのですか!!!」
「ははははwww」
ひぃ~。腹が、痛い。
この人、最高のエンタメかもしれない。
「あっさぁ~~~。」
「……何?」
「浅い。浅すぎ~~。」
「……。」
「だから、あんたは二番なんだよ?」
「……っ。」
ショーンの顔が、また変わる。
あ~。コロコロと変わって、やっぱり面白い。
「汚いもの。邪魔なもの。全部取り除いて、綺麗な数字だけで研究してんだねぇ?」
「それの何が——」
「綺麗な数字で遊ぶんなら、ナンプレでもやってなよぉ?」
「……。」
「私は、違う。」
胸へ、手を置く。
ここに最近。
出来たものが、気付いたものが。ある。
「私はね。その汚さを、邪魔なものを、変数を、愛してる。」
「……何を。」
人が、好きだ。
人が、私を好きでなくても。
私は、昔から好きだった。
だってさ。
分かんないから。面白いから。
コロコロ。変わるから。
「研究するときに、思うんだよ。」
私は、ショーンに笑いかけた。
この愛おしい。
愛すべきバカな、人間を。
「どこが痛いの?どうすれば怒るの?何が辛い?どうやったら泣いて、どうなったら折れる?生きたいが、死にたいに変わる瞬間は?助けてくれが、殺してくれにどう変わるの?殺してくれが、生きたいに戻る瞬間は?憎しみは、どうやって懇願に変わるの?どこが痛い?どうやったら苦しい?どこで死にたくなる?どこで生きたくなる?何が欲しい?何が欲しくない?痛い?苦しい?泣きそう?愛おしい?気持ちいい?ここはどう?これはどう?もっと聞きたい。もっと聞かせて。もっと死なせて。もっと生かせて。もっと見せて。もっと。もっともっともっともっともっと!!!!!」
防壁が、軋み続けている。
気づけば。
ショーンの顔は、引き攣っていた。
「……狂ってる。」
「あっは。」
私は、笑う。
笑って、その歪みを見つめ続ける。
「愛だよ、ショーン。研究にはねぇ。愛が必要なんだ。」
「……。」
「いい?ショーン。」
指を、立てる。
「愛なき、汚れなき探究に。世界の真理は、微笑まない。」
——ズズズ。
「……は?」
その瞬間。
ショーンの右腕。
黒いストーンウェアの一部が、さらに黒く濁った。
「な……。」
濁りが、ゆっくりと広がる。
「何をした!?」
「あっは。」
「ネル・クライス!!!何をしたんだ!!!」
「……だからさぁ。」
指を、防壁へ当てる。
「言ったじゃん?」
「……。」
「時間の問題だってさぁ。」
「……何を、した?何をしたんだ!!!」
ショーンの顔が、引き攣る。
バカは、すぐに答えを求める。
「何をしたと聞いている!!!」
「はぁ~。魔術防壁を加工しただけだよ。」
「……は?」
「そっちのストーンウェアが、ずっと巻き付いてたでしょぉ?」
ショーンが、目を見開いた。
「その間に、魔術式を流し込んでただけぇ。」
「はぁ!?」
「有機的なストーンウェアにしたのが、まずかったねぇ。」
黒い濁りが、肩へと進んでいく。
「普通のストーンウェアなら、身体との境界がはっきりしてる。だから、こんな風に身体側へ式が侵食することはない。」
「……。」
「でも。君のは違う。」
性能を上げるために。
その無形を保つために。
身体とストーンウェアを、綺麗に混ぜて、繋いだ。
「まだぁ、試作品だよねぇ?」
「……ならば——」
ショーンが、即座に右腕を硬質化させた。
——ギギ。
侵食が、一瞬で止まる。
「……へぇ。」
「は、ははは!!!舐めるなよ!!ネル・クライス!!!」
ショーンが、叫ぶ。
「異常を感知した部位を硬質化し、術式の伝播を遮断すれば!!!」
「……へぇ。」
「あなたの目論見は、終わりです!!!」
「あっは!」
「何がおかしい!!!」
「いやぁ。」
やっぱ。ちゃんと二番だねぇ。
「すごいねぇ。ショーン。」
「……。」
「ショーン・プライド。」
ほんとに。
ちゃんと、優秀な研究者だ。
「あはは。」
指を、動かす。
魔術式を、一つ書き換える。
「その反応も、面白いね。」
「……何?」
止まっていた黒い濁りが、枝分かれする。
「な——」
硬質化した箇所を迂回して、細い線が皮膚の内側を走った。
「あ、ああぁぁぁぁ!!!」
「硬質化で、止まるならさぁ?」
「……。」
「止まらない経路を、作ればいい。」
「な、何なんだ!!!これは!!!」
「感染する、魔術式。」
ショーンの膝が、崩れ落ちる。
自身の右肩を掴んで、のたうち回る。
神経に、到達したみたいだね。
「今、組んだばっかの式だけどねぇ。」
「機能は、身体活動の停止。ストーンウェアから、身体そのものへ式を流し込む。」
「や、やめ——」
「有機的にしたの、ほんと凄いよぉ。」
「……。」
「だからこそ。」
私は、笑う。
人を見て、いつだって笑って、慈しんで。
笑って、愛する。
「最悪の入口にもなったけどねぇ。」
—
「あああぁぁぁぁぁ!!!」
ショーンが、床の上で暴れている。
身体を押さえながら、必死に這う。
「や、止めろ!!!」
「……。」
「止めてくれ!!!」
……あぁ。いい顔だ。
こういう顔は、そのうち諦めて、目が虚ろになって。
痛みから解放されたくて、生きるのを諦める。
「……。」
昔なら、もっと見ていたかった。
どこまで、壊れるんだろう。
どの言葉で、泣くんだろう。
どうすれば。
生きたいが、殺してくれに変わるんだろう。
「……。」
——くしゃ。
頭を、撫でられた気がした。
温かくて。気持ちいい。
乱暴で、優しい。心。
——ジュディ。
あいつは。
多分、私がこいつを殺したら。
「昔なら、殺してたけどなぁ……。」
「……止め……。」
「でも。私が人殺すとさぁ。」
ジュディの顔を、思い出す。
不器用に、口元だけ動かす笑い方。
心は読めるのに。それを意にも介さない変な奴。
「多分、ジュディは。パクチー食った時みたいな顔すんだよなぁ。」
「……は?」
眉間に、皺寄せてさ。
すっげぇ、不味そうな顔。
「あっは。」
私も。
私もね。
最近はね。
「それが、なんなのか。ちょっと、分かってきたんだ。」
「……。」
嫌だなぁって。
多分、そういう感じ?
「だからぁ。君は、『半殺し』で勘弁してあげるぅ。」
指を鳴らす。
感染を、制御する。
「……あ、あぁぁぁぁ。」
「文字通り、ね。『半殺し』。」
「ああぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「君の左半身は。もう二度と、動かない。」
「あ……。あぁぁぁぁぁ!!!!!!」
「じゃあねぇ?ショーン・プライド。」
眼鏡を上げて、背を向ける。
そのまま、廊下を歩き出した。
「ああぁぁぁぁぁあああああああ!!!!」
通路に、ショーンの叫び声が響いた。
少しだけ、肩が痛い。
血も、止まってない。
「……。」
赤い血を見るのは、悪くない。
……さて、と。
私は、走り出した。
この傷を見せたら。
多分ジュディは。
干し梅を食べた時みたいな顔をするんだろうな。
早く、見てみたい。
それを見て、私はまた、笑うんだろう。
第百八十四話、お読みいただきありがとうございました!
ネル回でした。
研究者同士の、殴り合い。
それ故に、ちょっと長くなりました。
最近長いね。ごめんね?
さて、ネルの「心の研究」。
少しだけ、進んでいるみたいです。
……結果は、半殺しですけどね。ひぇ。
次回も20:10、更新予定です!
ブクマやコメントをいただけると、ネルの研究倫理がほんの少しだけ改善します。
よろしくお願いします!




