第百八十三話「彼女じゃない、彼女の選択」
薄暗い通路を、ネルと二人で進む。
アッシュガード本部の地下。
一般の人間が入れるような場所じゃない。
当然、案内板なんてものもない。
ネルが端末に表示された情報を確認しながら、先を歩いていた。
「はいぃ~。次右ぃ~~。」
「あぁ。」
角を曲がる。
人の気配はない。
さっきから、妙に静かだった。
「その先の階段。降りて、三つ目の通路ぉ。」
「……ライアスから送られてきた情報が正しいなら、もうすぐか。」
「んだねぇ。」
——ライアス。
あいつが、アッシュガードの幹部だったからこそ。
俺達は今、ここまで来られている。
……変な感じだな。
「ジュディぃ。」
「ん?」
「ぼーっとしないのぉ。敵地だよぉ?ここ。」
「……分かってるって。」
階段を降りる。
三つ目の通路へ入ると、その突き当たりに扉があった。
他の場所よりも、少しだけ分厚い。
ネルが、扉の横にある端末へ近づく。
「うん~。ここだねぇ。」
「……。」
この向こうに、エミリがいる。
ずっと、頭の中でしか会えなかった。
エルナと同じ顔をした。
でも、エルナじゃない奴。
「じゃあ、開けるよぉ?」
「……頼む。」
ネルが端末を操作する。
数秒経って。
——ピピッ。
小さな音が、鳴った。
そのまま、扉のロックが外れる。
「……。」
それっきり。何も、起きない。
少し、拍子抜けだった。
「ネ……。リオ。」
「はぁ~。もういいよぉ。ネルで。」
「……ネル。」
「んなぁにぃ?」
「なんか、変じゃないか?」
「何がぁ?」
「いや。地味っていうか……。」
辺りを、見渡す。
警報も鳴らない。
赤いランプが回るわけでもない。
誰かが走ってくる気配もなかった。
「もっと、こう。侵入者です!!!みたいになると思ってた。」
「あっは!はははは!確かにねぇ!」
ネルが、声を上げて笑った。
「この扉を開けられること自体が、大したことじゃないのかもねぇ。」
「……どういうことだ?」
「アーヴィンが来れば、終わりってだけでしょ~?」
「……なるほど、ね。」
侵入を防げる自信があるんじゃない。
侵入されたところで。
あいつが来れば、どうにでもなる。
「……自信満々ってわけか。」
「そゆことぉ。」
……笑えねぇな。
「んじゃあ、入るよぉ?」
「……あぁ。行こう。」
ネルが、扉へ手を掛けた。
ゆっくりと、扉が開いた。
—
——白い部屋。
最初に目に入ったのは。
ベッドだった。
その上に、一人の女の子が座っている。
「……。」
痩せていた。
頬も。腕も。
頭の中で見ていた姿より、ずっと細い。
でも、その姿は確かにエルナだった。
「……っ。」
いや、違う。
この子は、違う。
分かってる。
何度も、そう思った。
それでも。
直接、目の前にすると。
嫌でも、思い出してしまう。
纏う空気。ほのかに香る匂い。
視線を動かす、その癖。
俺が、失った。
俺のために、命を懸けた。
彼女の、面影を。
「……え。」
少女が、俺を見た。
目が、大きく開く。
「ジュディ?」
「……。」
その声まで、似ている。
でも、違うんだ。
俺は、自分に言い聞かせた。
「……よっす。」
手を、上げる。
なるべく、いつもの調子で。平然を装って。
「えっと……。な、なんで。」
「ん?」
「早くないですか?」
「……まぁ。結構急いでたからな。」
「……。」
「……。」
エミリが、俺をじっと見る。
上から、下まで。じっくりと視線を移す。
「……なんだよ。」
「実物ですか?」
「いや、実物だろ。ずっと。」
「なんか、ほら。有名人を間近で見たみたいな感じです?」
「……え。」
ちょっと、悪くないな。
まぁ。結構見てくれはいい方だしな。
「なんか、気分いいな。」
「思ったより、なよっとしてますね。」
「……。」
「大丈夫かなぁ。この人。」
「お前、会って早々失礼じゃない?」
「へへ!」
エミリが、少しだけ笑った。
……あぁ。
この笑い方は、やっぱり違う。
「つーか。お前も結構細くないか?」
「……えぇ。」
エミリが、自分の腕を見る。
「恐らく。魔法が使えないように、最低限の栄養しか貰えてません。」
「……そういうことすんのかよ。」
「効率的では、ありますね。」
「感心するところじゃねーだろ……。」
ベッドへ近づく。
「立てるか?」
「立てませんね。」
「即答じゃん。」
「ふらついてしまいます。いと不甲斐なしです。」
「……そっか。」
……語呂は相変わらず終わってるな。
でも、内容はちっとも笑えなかった。
「……。」
少しだけ、拳を握った。
でも、ここで怒ってる場合じゃない。
「……エミリ。」
「……はい。」
目を見る。
エルナと同じ目。
でも、俺が今、聞きたい相手は。
エルナじゃない。
「お前は、どうしたい?」
「……え、えっと。それは、どういう?」
「は、はぁ~~~!?」
後ろから、ネルの声がした。
思わず、振り返る。
「……なんだよ。」
「それ、今必要ぅ!?」
「……必要だよ。めっちゃ大事だ。」
「時間んんんんん!!!!」
「すぐ済むから!!!ごめんって!!!」
「なんでだよぉ!!!」
ネルが、頭を抱える。
「いいだろ!!ぱぱっと攫っちまえばよぉ!!!」
「それは、できないの!」
「え~~!!なんでぇ!!??」
「俺が助けたいからって、こいつの答えまで勝手に決めたくないんだよ!」
「……はぁ!?」
ネルが、信じられないものを見る目で、俺を見る。
……いや、分かるけどさ。
でも、今の俺には大切なことなんだ。
間違いを犯した、俺にとっては。
「ネル。」
「……何だよぉ。」
「ごめんな。でも、大事なことなんだ。」
「……。」
「今じゃなきゃ、ダメなんだよ。」
「……くそっ。」
ネルが、頭を掻きむしった。
「……早くしろよぉ!!!」
「分かったって!!!」
エミリに、向き直る。
「……ごめんな。変なこと聞いて。」
「いえ……。大切な、ことなのでしょう?」
「あぁ。エミリにとっても、大切なことだと思う。」
エミリは、少しだけ困ったような顔をしていた。
そのまま、俯いて考える。
「どうしたい、ですか。」
「……あぁ。」
自分の手を、見る。
しばらく、何も言わなかった。
「……正直、分かりません。」
「そっか。そう、だよな。」
「何をしたいのかは。まだ、分からないです。」
「……うん。」
それでも、いい。
俺だって、全然分かってねぇんだから。
「でも。外は、見たいです。」
「あぁ。」
「プリンも、直接食べてみたい。」
「……おう。」
「もっと。もっともっと。色々、見てみたいです。」
「うん。」
少しだけ、エミリが笑った。
でも、すぐに、その顔は曇った。
「人を殺めるのは、嫌です。」
「……。」
「兵器に戻るのも。」
「……。」
「エルナ・クロイツに、なるのも。」
一度、唇を噛む。
「嫌です。」
「……そっか。」
それだけ言った。
それ以上、俺が何かを言う必要はない。
エミリが、ゆっくり顔を上げた。
「ジュディ。」
「あぁ。」
少しだけ、肩が震えている。
「私は。」
「……。」
エミリが、自分の胸に手を置いた。
「私は、私として。」
「……。」
「生きてみたい。」
一度、目を閉じる。
そして、また俺を見た。
真っすぐに。
「……生きてみたいです。」
「……うん。」
……そっか。
なら、俺は——。
「よし。じゃあ、行くか。」
「……いいの、ですか?」
「いいんだよ。んなこと聞かなくて。」
手を、差し出す。
「さっさと連れてけ。くらい言えよ。」
「……だっさいです。」
「……ひどくない?」
「えへへ。」
エミリが、笑う。
「嘘です。」
その手が、ゆっくりと伸びてくる。
細い指が、俺の手に触れた。
そのまま、エミリが俺の手を握る。
「……ありがとう、ございます。」
今度は、すり抜けなかった。
……少しだけ、冷たい。
でも、ちゃんと、ここにいる。
本人が、望んで手を伸ばした。
なら、俺は離さない。
今は、これで進む。
—
「あ~~!!!」
後ろから、ネルの声がした。
……声でっか。
「……今度は、何だよ?」
また、ネルに振り返って、聞いた。
「ジュディ。かっけぇ~~~。」
「茶化すなよ……。」
「マジで思ってるよぉ。キュンキュンしてる。」
ネルが、ニヤニヤしている。
「やっぱ。茶化してんじゃねーか!」
「あっは!マジなのに~~!!」
ネルが、白衣のポケットを漁った。
そのまま何かを取り出し、エミリへと手渡す。
「ほい。」
「……えっと。これは、なんです?」
「栄養剤ぃ~。」
「栄養剤?」
「とりあえず飲んどきなぁ。回復までは時間掛かるけど、ちょっとはマシになるでしょ~。」
「……ありがとうございます。」
エミリが、容器を開ける。
一気に飲んだ。
「……おふぅ。」
「あっは!顔、おもろぉ!!」
「ゲロ不味いんですけど……。」
「効けばいいんだよぉ~~。苦味で意識もはっきりしただろぉ?」
……研究者って、みんなこんな感じなのか?
いや、ネルだからだよな。多分。
「んじゃぁ~~。」
ネルが、開いたままの扉を見る。
「そろそろ、本気で行こっかぁ。」
「あぁ。」
エミリを見る。
「エミリ。立てそうか?」
「……ちょっとマテ茶。」
「……ちょいちょい語彙壊れてるよな。」
ベッドから、ゆっくり足を下ろす。
床に、足をつけて。
「……っ。」
身体が、傾いた。
「おっと!」
慌てて、支える。
「……無理でした。」
「あぁ。見てたよ。」
「片腹痛いです。……すみません。」
「いいよ。謝んなって。」
……しょうがない。
「……よいしょ。」
「……わ。」
身体を、持ち上げる。
そのまま、抱え込むようにエミリを抱きあげた。
「……。」
「……。」
「……ジュディ。」
「なんだよ?」
「この持ち方しか、ダメでした?おんぶとかじゃダメですか?」
「え。そこ重要?」
腕の中で、エミリが微妙な顔をしている。
「いや、なんていうか。気まずいっす。」
「……注文つけんなよ。」
「もっと……。最初なら、もっと……。」
「ん?」
「どうせ!!お姫様抱っこなら!!!」
「……。」
「最初は!!!もっと!!!かっこいい人が良かったぁ!!!」
「お前!!ふざけんなよ!!」
思わず、大声が出た。
「帰ったら、しばく!!!」
「理不尽ではないですか!?」
「どっちがだよ!!!」
「あっはははは!!!」
ネルが、腹を抱えて笑っている。
「笑ってないで、行くぞ!時間ねぇんだろ!」
「はいはい~。っぷ。くくく。」
……くそ。
絶対、元気になったら一発しばく。
—
来た道を、三人で走る。
正確には、俺とネルの二人で走って。
エミリは、俺の腕の中で揺れている。
「……ジュディ。」
「何。」
「揺れます。すっごい揺れます。」
「……走ってるからな。」
「酔いそうです。」
「お前、さっきから注文多いよ!?」
「こちとら、病人ですよ?」
「ならちょっとは、大人しくしててくんねぇかなぁ!」
……なんなんだ。
助けに来た時は、もっとこう……。
感動的な感じになると思ってた。
「次ぃ~!!右ぃ!!!」
「分かってる!!!」
角を曲がる。
まだ、誰も来ない。
警報も、相変わらず鳴っていない。
「……ネル。」
「ひぃひぃ。な、何ぃ?」
「マジで、誰も来ねぇな。」
「だ、だから言ったじゃぁん。」
ネルは、走りながら笑った。
汗すご。
「アーヴィンが来れば、終わりだってぇ。ひぃひぃ。」
「……笑えねぇよ。」
だったら。
あいつが来る前に、出るしかない。
本当なら、とっくにアーヴィンが来ていてもおかしくない。
多分、希望も入ってるけど。
——カイラも、戦ってる。
そう、思った。
「よぉ~~し!!ラストぉ~~~!」
ネルが、叫ぶ。
ここを抜ければ、外へ続く通路。
その先に、アルカナの護衛車が待っている。
「……っ。」
角を、曲がった瞬間。
足が、止まった。
「……。」
通路の先に、一人の男が立っていた。
白衣に、細い身体。
この前、アーヴィンの横に座っていた男。
「……ショーン・プライド。」
ネルの声が、少しだけ低くなった。
男は、こちらを見る。
俺と、ネル。
そして、腕の中にいるエミリ。
「やはり、あなた達でしたか。」
「……。」
「……申し訳ございませんが、そこまでです。」
静かな声だった。
エミリの身体が、少しだけ強張る。
俺も、身体に力を入れた。
「……ネル。ここは——」
「ジュディ~。」
「ん。」
「先、行っててぇ~~。」
「あ?いや、ここは——」
「いいから!!!」
ネルが一歩、前へ出た。
いつもの、間延びした声じゃなかった。
「……ネル。」
「あいつにはね。」
白衣の男を、真っ直ぐ見る。
「私も、用があるんだよ。」
「……。」
ネルの口元が、ゆっくりと上がった。
「パフパラのこと。」
一歩、また前へ出る。
「聞かせてもらえる?」
第百八十三話、お読みいただきありがとうございました!
エミリと、ようやく直接会えました。
な、長かった。
……本当に長かった。
直接会っても、キャラは相変わらずですね。
次回も20:10、更新予定です!
ブクマやコメントをいただけると、エミリの栄養剤が少しだけ美味しくなります。
よろしくお願いします!




