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スペル・エラー ~娘が生まれるのに異世界へ召喚されたので、何があっても帰ります~  作者: とろたま愚鈍
第二部:第五章|アッシュタウン編

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第百八十三話「彼女じゃない、彼女の選択」

薄暗い通路を、ネルと二人で進む。


アッシュガード本部の地下。

一般の人間が入れるような場所じゃない。


当然、案内板なんてものもない。

ネルが端末に表示された情報を確認しながら、先を歩いていた。


「はいぃ~。次右ぃ~~。」

「あぁ。」


角を曲がる。


人の気配はない。

さっきから、妙に静かだった。


「その先の階段。降りて、三つ目の通路ぉ。」

「……ライアスから送られてきた情報が正しいなら、もうすぐか。」

「んだねぇ。」


——ライアス。


あいつが、アッシュガードの幹部だったからこそ。

俺達は今、ここまで来られている。


……変な感じだな。


「ジュディぃ。」

「ん?」

「ぼーっとしないのぉ。敵地だよぉ?ここ。」

「……分かってるって。」


階段を降りる。

三つ目の通路へ入ると、その突き当たりに扉があった。


他の場所よりも、少しだけ分厚い。

ネルが、扉の横にある端末へ近づく。


「うん~。ここだねぇ。」

「……。」


この向こうに、エミリがいる。

ずっと、頭の中でしか会えなかった。


エルナと同じ顔をした。

でも、エルナじゃない奴。


「じゃあ、開けるよぉ?」

「……頼む。」


ネルが端末を操作する。

数秒経って。


——ピピッ。


小さな音が、鳴った。

そのまま、扉のロックが外れる。


「……。」


それっきり。何も、起きない。

少し、拍子抜けだった。


「ネ……。リオ。」

「はぁ~。もういいよぉ。ネルで。」

「……ネル。」

「んなぁにぃ?」

「なんか、変じゃないか?」

「何がぁ?」

「いや。地味っていうか……。」


辺りを、見渡す。


警報も鳴らない。

赤いランプが回るわけでもない。


誰かが走ってくる気配もなかった。


「もっと、こう。侵入者です!!!みたいになると思ってた。」

「あっは!はははは!確かにねぇ!」


ネルが、声を上げて笑った。


「この扉を開けられること自体が、大したことじゃないのかもねぇ。」

「……どういうことだ?」

「アーヴィンが来れば、終わりってだけでしょ~?」

「……なるほど、ね。」


侵入を防げる自信があるんじゃない。


侵入されたところで。

あいつが来れば、どうにでもなる。


「……自信満々ってわけか。」

「そゆことぉ。」


……笑えねぇな。


「んじゃあ、入るよぉ?」

「……あぁ。行こう。」


ネルが、扉へ手を掛けた。

ゆっくりと、扉が開いた。




—




——白い部屋。


最初に目に入ったのは。

ベッドだった。


その上に、一人の女の子が座っている。


「……。」


痩せていた。


頬も。腕も。

頭の中で見ていた姿より、ずっと細い。


でも、その姿は確かにエルナだった。


「……っ。」


いや、違う。

この子は、違う。


分かってる。

何度も、そう思った。


それでも。


直接、目の前にすると。

嫌でも、思い出してしまう。


纏う空気。ほのかに香る匂い。

視線を動かす、その癖。


俺が、失った。

俺のために、命を懸けた。


彼女の、面影を。


「……え。」


少女が、俺を見た。

目が、大きく開く。


「ジュディ?」

「……。」


その声まで、似ている。

でも、違うんだ。


俺は、自分に言い聞かせた。


「……よっす。」


手を、上げる。

なるべく、いつもの調子で。平然を装って。


「えっと……。な、なんで。」

「ん?」

「早くないですか?」

「……まぁ。結構急いでたからな。」

「……。」

「……。」


エミリが、俺をじっと見る。

上から、下まで。じっくりと視線を移す。


「……なんだよ。」

「実物ですか?」

「いや、実物だろ。ずっと。」

「なんか、ほら。有名人を間近で見たみたいな感じです?」

「……え。」


ちょっと、悪くないな。

まぁ。結構見てくれはいい方だしな。


「なんか、気分いいな。」

「思ったより、なよっとしてますね。」

「……。」

「大丈夫かなぁ。この人。」

「お前、会って早々失礼じゃない?」

「へへ!」


エミリが、少しだけ笑った。


……あぁ。

この笑い方は、やっぱり違う。


「つーか。お前も結構細くないか?」

「……えぇ。」


エミリが、自分の腕を見る。


「恐らく。魔法が使えないように、最低限の栄養しか貰えてません。」

「……そういうことすんのかよ。」

「効率的では、ありますね。」

「感心するところじゃねーだろ……。」


ベッドへ近づく。


「立てるか?」

「立てませんね。」

「即答じゃん。」

「ふらついてしまいます。いと不甲斐なしです。」

「……そっか。」


……語呂は相変わらず終わってるな。

でも、内容はちっとも笑えなかった。


「……。」


少しだけ、拳を握った。

でも、ここで怒ってる場合じゃない。


「……エミリ。」

「……はい。」


目を見る。

エルナと同じ目。


でも、俺が今、聞きたい相手は。

エルナじゃない。


「お前は、どうしたい?」

「……え、えっと。それは、どういう?」


「は、はぁ~~~!?」


後ろから、ネルの声がした。

思わず、振り返る。


「……なんだよ。」

「それ、今必要ぅ!?」

「……必要だよ。めっちゃ大事だ。」

「時間んんんんん!!!!」

「すぐ済むから!!!ごめんって!!!」

「なんでだよぉ!!!」


ネルが、頭を抱える。


「いいだろ!!ぱぱっと攫っちまえばよぉ!!!」

「それは、できないの!」

「え~~!!なんでぇ!!??」

「俺が助けたいからって、こいつの答えまで勝手に決めたくないんだよ!」

「……はぁ!?」


ネルが、信じられないものを見る目で、俺を見る。


……いや、分かるけどさ。

でも、今の俺には大切なことなんだ。

間違いを犯した、俺にとっては。


「ネル。」

「……何だよぉ。」

「ごめんな。でも、大事なことなんだ。」

「……。」

「今じゃなきゃ、ダメなんだよ。」

「……くそっ。」


ネルが、頭を掻きむしった。


「……早くしろよぉ!!!」

「分かったって!!!」


エミリに、向き直る。


「……ごめんな。変なこと聞いて。」

「いえ……。大切な、ことなのでしょう?」

「あぁ。エミリにとっても、大切なことだと思う。」


エミリは、少しだけ困ったような顔をしていた。

そのまま、俯いて考える。


「どうしたい、ですか。」

「……あぁ。」


自分の手を、見る。

しばらく、何も言わなかった。


「……正直、分かりません。」

「そっか。そう、だよな。」

「何をしたいのかは。まだ、分からないです。」

「……うん。」


それでも、いい。

俺だって、全然分かってねぇんだから。


「でも。外は、見たいです。」

「あぁ。」

「プリンも、直接食べてみたい。」

「……おう。」

「もっと。もっともっと。色々、見てみたいです。」

「うん。」


少しだけ、エミリが笑った。

でも、すぐに、その顔は曇った。


「人を殺めるのは、嫌です。」

「……。」

「兵器に戻るのも。」

「……。」

「エルナ・クロイツに、なるのも。」


一度、唇を噛む。


「嫌です。」

「……そっか。」


それだけ言った。

それ以上、俺が何かを言う必要はない。


エミリが、ゆっくり顔を上げた。


「ジュディ。」

「あぁ。」


少しだけ、肩が震えている。


「私は。」

「……。」


エミリが、自分の胸に手を置いた。


「私は、私として。」

「……。」

「生きてみたい。」


一度、目を閉じる。

そして、また俺を見た。


真っすぐに。


「……生きてみたいです。」

「……うん。」


……そっか。

なら、俺は——。


「よし。じゃあ、行くか。」

「……いいの、ですか?」

「いいんだよ。んなこと聞かなくて。」


手を、差し出す。


「さっさと連れてけ。くらい言えよ。」

「……だっさいです。」

「……ひどくない?」

「えへへ。」


エミリが、笑う。


「嘘です。」


その手が、ゆっくりと伸びてくる。

細い指が、俺の手に触れた。


そのまま、エミリが俺の手を握る。


「……ありがとう、ございます。」


今度は、すり抜けなかった。


……少しだけ、冷たい。

でも、ちゃんと、ここにいる。


本人が、望んで手を伸ばした。


なら、俺は離さない。

今は、これで進む。




—




「あ~~!!!」


後ろから、ネルの声がした。

……声でっか。


「……今度は、何だよ?」


また、ネルに振り返って、聞いた。


「ジュディ。かっけぇ~~~。」

「茶化すなよ……。」

「マジで思ってるよぉ。キュンキュンしてる。」


ネルが、ニヤニヤしている。


「やっぱ。茶化してんじゃねーか!」

「あっは!マジなのに~~!!」


ネルが、白衣のポケットを漁った。

そのまま何かを取り出し、エミリへと手渡す。


「ほい。」

「……えっと。これは、なんです?」

「栄養剤ぃ~。」

「栄養剤?」

「とりあえず飲んどきなぁ。回復までは時間掛かるけど、ちょっとはマシになるでしょ~。」

「……ありがとうございます。」


エミリが、容器を開ける。

一気に飲んだ。


「……おふぅ。」

「あっは!顔、おもろぉ!!」

「ゲロ不味いんですけど……。」

「効けばいいんだよぉ~~。苦味で意識もはっきりしただろぉ?」


……研究者って、みんなこんな感じなのか?

いや、ネルだからだよな。多分。


「んじゃぁ~~。」


ネルが、開いたままの扉を見る。


「そろそろ、本気で行こっかぁ。」

「あぁ。」


エミリを見る。


「エミリ。立てそうか?」

「……ちょっとマテ茶。」

「……ちょいちょい語彙壊れてるよな。」


ベッドから、ゆっくり足を下ろす。

床に、足をつけて。


「……っ。」


身体が、傾いた。


「おっと!」


慌てて、支える。


「……無理でした。」

「あぁ。見てたよ。」

「片腹痛いです。……すみません。」

「いいよ。謝んなって。」


……しょうがない。


「……よいしょ。」

「……わ。」


身体を、持ち上げる。

そのまま、抱え込むようにエミリを抱きあげた。


「……。」

「……。」

「……ジュディ。」

「なんだよ?」

「この持ち方しか、ダメでした?おんぶとかじゃダメですか?」

「え。そこ重要?」


腕の中で、エミリが微妙な顔をしている。


「いや、なんていうか。気まずいっす。」

「……注文つけんなよ。」

「もっと……。最初なら、もっと……。」

「ん?」

「どうせ!!お姫様抱っこなら!!!」

「……。」

「最初は!!!もっと!!!かっこいい人が良かったぁ!!!」


「お前!!ふざけんなよ!!」


思わず、大声が出た。


「帰ったら、しばく!!!」

「理不尽ではないですか!?」

「どっちがだよ!!!」


「あっはははは!!!」


ネルが、腹を抱えて笑っている。


「笑ってないで、行くぞ!時間ねぇんだろ!」

「はいはい~。っぷ。くくく。」


……くそ。

絶対、元気になったら一発しばく。




—




来た道を、三人で走る。


正確には、俺とネルの二人で走って。

エミリは、俺の腕の中で揺れている。


「……ジュディ。」

「何。」

「揺れます。すっごい揺れます。」

「……走ってるからな。」

「酔いそうです。」

「お前、さっきから注文多いよ!?」

「こちとら、病人ですよ?」

「ならちょっとは、大人しくしててくんねぇかなぁ!」


……なんなんだ。


助けに来た時は、もっとこう……。

感動的な感じになると思ってた。


「次ぃ~!!右ぃ!!!」

「分かってる!!!」


角を曲がる。


まだ、誰も来ない。

警報も、相変わらず鳴っていない。


「……ネル。」

「ひぃひぃ。な、何ぃ?」

「マジで、誰も来ねぇな。」

「だ、だから言ったじゃぁん。」


ネルは、走りながら笑った。

汗すご。


「アーヴィンが来れば、終わりだってぇ。ひぃひぃ。」

「……笑えねぇよ。」


だったら。

あいつが来る前に、出るしかない。


本当なら、とっくにアーヴィンが来ていてもおかしくない。

多分、希望も入ってるけど。


——カイラも、戦ってる。


そう、思った。


「よぉ~~し!!ラストぉ~~~!」


ネルが、叫ぶ。

ここを抜ければ、外へ続く通路。

その先に、アルカナの護衛車が待っている。


「……っ。」


角を、曲がった瞬間。

足が、止まった。


「……。」


通路の先に、一人の男が立っていた。


白衣に、細い身体。


この前、アーヴィンの横に座っていた男。


「……ショーン・プライド。」


ネルの声が、少しだけ低くなった。


男は、こちらを見る。

俺と、ネル。

そして、腕の中にいるエミリ。


「やはり、あなた達でしたか。」

「……。」

「……申し訳ございませんが、そこまでです。」


静かな声だった。


エミリの身体が、少しだけ強張る。

俺も、身体に力を入れた。


「……ネル。ここは——」

「ジュディ~。」

「ん。」

「先、行っててぇ~~。」

「あ?いや、ここは——」


「いいから!!!」


ネルが一歩、前へ出た。

いつもの、間延びした声じゃなかった。


「……ネル。」

「あいつにはね。」


白衣の男を、真っ直ぐ見る。


「私も、用があるんだよ。」

「……。」


ネルの口元が、ゆっくりと上がった。


「パフパラのこと。」


一歩、また前へ出る。


「聞かせてもらえる?」


第百八十三話、お読みいただきありがとうございました!


エミリと、ようやく直接会えました。


な、長かった。

……本当に長かった。


直接会っても、キャラは相変わらずですね。


次回も20:10、更新予定です!

ブクマやコメントをいただけると、エミリの栄養剤が少しだけ美味しくなります。

よろしくお願いします!


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