第百八十二話「私の武器、私の戦場」
「できた、かな?」
端末に映る資料を、最初から最後まで見直す。
気付けば窓の外は、すっかり明るくなっていた。
「まぁ。まだエビデンスが薄いところはあるけど、な。」
「……エビ?」
「違うよ。えーっと、数値の根拠とかな。」
「……まだ、ダメかな?」
ジュディが、少し笑った。
「いや、大丈夫。本筋はズレてない。絶対に、伝わるさ。」
「……そっか。」
もう一度、画面を見る。
転送装置のことだけじゃない。
お金も、人も、仕事も、道路も。
何度も、二人で考えて作った資料。
端末を、胸の前で抱える。
「……これが、私の武器だ。」
「……それで、殴るの?」
「殴んないよ!でも私は、これで戦うんだもん。」
「……。」
「ジュディは、生きるために。私は、理想のために戦うんだ。」
「……あぁ。そう、だな。」
ジュディは、それだけ言って頷いた。
それで、十分だった。
—
「おはよう。準備はできたかい?」
少しして、エルドさんが部屋へと入ってくる。
今朝、エルドさんはアッシュタウンに戻ってきていた。
「はい!バッチリ……ではないですけど。」
持っていた端末を見せる。
エルドさんは、少しだけ笑った。
「うん。万全な状態で挑める方が、企業では稀だよ。」
「……そういう、ものですか?」
「あぁ。そういうものさ。恐れるだけ、損だ。」
……そうは言っても、怖いものは怖い。
「あ。エルドさん。」
「なんだい?」
「そういえば、アーヴィンさんにアポって……。」
「え、今かい?」
「……すみません。」
資料を作ることに夢中だったけど、そもそも提案できないんじゃ意味がないよね。
……本当に今さらだけど。
「昨日のうちに取ってあるよ。私の名義でね。」
「……あ、ありがとうございます。」
「礼なんていらないよ。私の仕事をしているだけさ。」
最近、一緒に仕事をしてて思う。
アルカナの人たちは、すごく仕事が早い。
……イグニスは、もっと、こう……色々雑だった。
「よぉし。じゃあぁ~。最後に確認するよぉ?」
部屋の端から、間延びした声が聞こえた。
長い髪に眼鏡。
リオ・サーンの姿をしたネルが、椅子へ座っている。
「エルドとカイラは、アーヴィンとの接見〜。なるべく話を長引かせて、奴をその場に拘束する。」
「……うん。やってみる。」
「やってみるじゃなくて、やるんだよぉ。」
「……はい。」
……こ、怖い。
ネルが、次にジュディを見る。
「んでぇ。私とジュディは、その間にエミリを奪取〜。」
「あぁ。詳細な位置も、送られてきてる。」
ジュディが、端末を開いた。
内部の協力者から、エミリの居場所と侵入経路が送られてきたらしい。
誰なのか聞いても、ジュディは詳しく教えてくれなかった。
「外への連絡は、もうつけてあるよぉ。エミリを確保したら、そのままアルカナの輸送車に乗せてカルディアへ。」
「……輸送車?」
「うん〜。便宜上はエルドの護衛車だねぇ。」
「なるほどね……。」
ネルが、あっけらかんと続ける。
「アッシュガードの内部でも、アルカナ名義の車に乗っちまえば、こっちのもんだねぇ。」
「……えっと。ちなみに、なんで?」
ジュディが、首を傾げた。
「アーヴィンは、アルカナと良好な関係を望んでるでしょぉ~?アルカナの護衛車に、おいそれと手出しはできないよぉ。」
「……本当かよ?」
「さぁ~?」
「適当だな。おい。」
……大丈夫かなぁ。
「まぁ。後は、その時に考えなぁ。」
「結局、最後は出たとこ勝負だな。」
「あっは!そゆこと〜〜。」
ネルが、笑った。
みんな、それぞれ準備を整えている。
ジュディが、みんなの顔を見た。
「よし!じゃあ、後は戦うだけだな。」
「うん。」
「じゃあ。それぞれの戦場で!」
「……うん。」
端末を、強く握る。
「それぞれの、戦場で。」
—
接見の場所は、前と同じ部屋だった。
中央に、アーヴィン・ロックウェル。
その右側には白衣を着た男。
そして、左側には仮面を被った男が座っている。
「……。」
……何でだろう。
前に見た時から。
この人を見ると、少しだけ胸がざわつく。
「さて、エルド坊ちゃん。社長は、何て?」
アーヴィンさんが、エルドさんを見る。
「……そんなに焦らないでくれ。少しくらい、世間話をしてからでもいいだろう?」
「ははは。いいね。久々の再会なのに、ゆっくり話す機会もなかったからね。」
「あぁ。今日はそこまで議題も多くない。」
「何について話そうか?昔話も、いいかもしれないね。」
エルドさんが、少しだけ笑った。
「いや。アッシュタウンの、これからの話なんてどうだろう?」
「……なるほどね。」
アーヴィンさんの視線が、私へ移った。
心臓が、大きく鳴る。
「カイラ・ドゥーナ。」
「……はい。」
「答えは、出たのかい?」
今までの私なら。
多分、出ましたって答えていたと思う。
でも、今は、違う。
「……いいえ。」
「ほう。」
「多分。これからも、出ないかもしれません。」
アーヴィンさんが、僅かに眉を上げた。
「でも。私がどうしたいのか。そのために何をするのかは、決めました。」
端末を、机の上へ置く。
「もう一度。私の提案を、聞いてくださいませんか?」
「……いいだろう。」
—
資料を、送信する。
「では、始めます。」
「あぁ。聞かせてくれ。」
資料を流しながら、私は喋り始めた。
転送利用料。
維持費と再投資。
道路整備。
市内物流。
雇用の移行。
段階的な導入。
アーヴィンさんは、何も言わずに。
ただ資料を眺め、私の話を聞いている。
……怖い。
また全部、否定されるかもしれない。
でも、止まらない。
そう覚悟して、私はここにいるんだから。
………………。
…………。
……。
「……以上と、なります。」
プレゼンが、終わった。
「……なるほどね。こう、来たか。」
静かに、アーヴィンさんが口を開いた。
「随分と、変わったね。」
「……はい。」
「転送装置の導入だけではなく、ライフラインやラストマイル。雇用、再投資まで踏み込んでいる。視点も広いし、細かいね。」
アーヴィンさんが、私を見る。
「誰かに、作ってもらったのかい?」
「……一緒に、考えてくれました。」
「ジュディか。」
「はい。」
ジュディと困って、考えて。
何度も間違えて、作り直した。
「彼と困って、考えて。私が、決めた。」
「……。」
「私の、新しいご提案です。」
アーヴィンさんは少しだけ黙って、もう一度資料へ視線を戻した。
「よく出来ているね。装置の提案で、ここまで社会基盤へ踏み込むとは思わなかったよ。」
「……ありがとうございます。」
「この資料の通りに進むのであれば、少なくとも犠牲は最小限に抑えられる。」
「……はい。」
少しだけ、胸が軽くなった。
でも、違う。
勝負は、ここからだ。
「しかし。前回、私が君へ投げた質問の回答にはなっていない。」
「……分かっています。」
「そうか。」
アーヴィンさんは、資料を開いたまま。
少しだけ、笑った。
「私がしたいのは、犠牲の総量の話ではない。覚悟と責任の話だよ?」
「はい。」
「では、この資料を元に。もう一度問おうか。」
息を、ゆっくり吸った。
「……はい。」
アーヴィンさんが、真っ直ぐ私を見る。
「再就職を拒む人もいる。支援を受けたくない人もいる。君たちが用意した選択肢を、どれも選びたくない人もいるだろう。」
「……。」
「君の仕組みに救われない人は、必ずいる。」
分かってる。
昨日、何度だって考えた。
——それでも、私は。
「君は、自分の理想のために。」
アーヴィンさんの声が、少しだけ低くなる。
「人から、奪う覚悟はあるかい?」
「……っ。」
—
——ピピッ。
私が、口を開こうとした時。
小さな音が、部屋に響いた。
アーヴィンさんが、自分の腕を見る。
腕時計の画面に、何かが表示されていた。
「……失礼。」
さっきまで笑っていた顔が、一瞬で変わった。
白衣の男と、仮面の男も何も言わずにアーヴィンさんを見る。
……何かの、通知?
胸が、大きく跳ねた。
多分、ジュディが、動いた。
「二人とも。」
アーヴィンさんは、左右にいる二人を交互に見た。
「現場へ。」
「よろしいのですか?」
白衣の男が、聞く。
「あぁ。問題ないさ。私も、すぐに行くよ。」
「……。」
「何。あと一つ、問答を終えるだけさ。」
「承知いたしました。」
二人が立ち上がる。
仮面の男も席を離れようとした時。
アーヴィンさんが、その肩を掴んだ。
「……。」
「本当に、いいんだね?」
仮面の男は、何も答えない。
……何の話だろう。
少しの沈黙の後。
初めて、その男が口を開いた。
「構わない。」
「……え?」
低い声。
でも、不思議と怖くない。
むしろ、何故か、ほっとした。
「俺は、もう託した。」
「……そうか。」
アーヴィンさんが、肩から手を離す。
仮面の男が、こちらへ歩いてくる。
そのまま私の横を、通り過ぎた。
「……っ。」
一瞬だけ。
硝煙と、古い革みたいな匂いがした。
——知ってる。
この匂いは、ずっと昔から。
「……待って!」
思わず、立ち上がった。
男が足を止める。
でも、振り返らない。
「……あなたは。」
その先の言葉が、出てこなかった。
何を聞けばいい?
名前?顔?
どうして。
なんで。
「……。」
「……っ。」
やがて男が、ゆっくり口を開いた。
「思いを大事に。な。」
「……え?」
それだけ言って。
男は、部屋から出ていった。
扉が閉じる。
もう、匂いもしない。
声も聞こえない。
—
追いかけたい。
だって、あの人は、きっと……。
顔を見たい。
もう一度、声を聞きたい。
「……追っても、いいんだよ?」
アーヴィンさんの声に、振り返った。
「気になるのだろう?」
「……はい。」
「なら、追えばいい。提案など、またいつでも出来るだろう。」
私は、扉を見た。
追えば、何か分かるかもしれない。
でも今、机の上には、私の資料がある。
私の、武器。
——思いを大事に。
私の、思い。
今は。それを貫いて、通す。
「……いえ。」
椅子へ、座り直した。
「……追いません。」
「何故だい?」
アーヴィンさんを見る。
「今、私が戦っているのは。」
「……。」
「あなたですから。」
アーヴィンさんが、少しだけ目を見開いた。
「……ふむ。」
それから、口元を僅かに上げる。
「いい目だね。では、話を戻そうか。」
「はい。」
胸は、まだざわついている。
でも。
ジュディは、今戦っている。
なら私も、自分の戦いをするんだ。
全力で。
—
「改めて、問おう。」
「……はい。」
「君は、自分の理想のために。人から奪う覚悟はあるかい?」
「……。」
前は、答えられなかった。同じ質問。
「……覚悟は、あります。でも——」
「……。」
「それは、奪う覚悟ではありません。」
……怖い。
口にした時、足が震えた。
でも、もう取り消さない。
震えていても、歩みは絶対に止めない。
「……前回とは、少し違う答えだね。」
「はい。」
「しかし、まだ理想論に縋っているようにも見えるね。君は、それでも救えない人を、どうするんだい?」
「なんとかします。」
少しだけ、沈黙が落ちた。
アーヴィンさんが、眉を上げる。
「それは、答えではないね。」
「そうかも、しれません。」
「……。」
「でも。なんとかします。」
「はは。」
アーヴィンさんが、小さく笑った。
「随分と、強引だね。」
「分かってます。」
手を、ぎゅっと握る。
私は、アーヴィンさんから目を逸らさない。
絶対に。
「仕事を失う人がいたら、その人と話します。嫌だって言われたら、別の方法を一緒に考えます。」
「……。」
「失敗したら、変えます。」
「それでも、救えない人はいるよ。必ずね。」
「……はい。」
いると思う。
どれだけ考えても。
どれだけ頑張っても。
それが、私の理想を阻む現実だ。
「それでも、なんとかします。」
「……。」
「その責任は、私が取ります。」
アーヴィンさんが、少しだけ首を傾げた。
「……責任といったかい?」
「はい。」
「ははは。一体、どうやって?」
「……。」
責任の、取り方。
辞めること。謝ること。罰を受けること。
それで、その人は幸せになるのだろうか。
それは、絶対に違う。
「私は、諦めません。」
「……。」
「それが、私の責任です。」
アーヴィンさんは何も言わない。
「私が選んで、誰かが困ったら。その人から、目を逸らしません。」
「……。」
「話して、考えて。また選択肢を作ります。」
「それでも駄目なら?」
「また、考えます。」
「何度でも?」
「何度でも、です。」
「……。」
「絶対に、何度でも。私は、私を諦めない。」
アーヴィンさんの目を、真っ直ぐ見る。
「……全員を幸せにできるなんて。もう、簡単には言えません。」
「……あぁ。」
口にすると、少しだけ苦しかった。
だって。
私は、みんなに幸せになってほしい。
「無理なのかもしれない。間違えるかもしれない。誰かを、傷つけるかもしれない。」
「……。」
「でも。」
自分の胸に、手を置く。
「みんなに幸せになってほしいって思うことまで、間違いにはしたくないです。」
ジュディが、言ってくれた。
私の思いは、間違いじゃないって。
なら、私は。
ジュディが信じてくれる私を、信じたい。
一度、息を吸う。
「私は、みんなが幸せになる方法を。」
「……。」
「探し続けます。」
……静かだった。
アーヴィンさんが、私を見ている。
終わりの見えない時間。
怖い。
足も、肩も、震えちゃう。
でも、絶対に、目だけは逸らさなかった。
「……うん。」
アーヴィンさんが、ゆっくり頷いた。
「正解ではないね。」
「はい。」
「君のやり方では、この先ずっと苦労する。」
「……覚悟してます。」
「理想と現実の間で、何度も選ばされる。誰かに恨まれることだってあるだろう。」
少しだけ笑った。
「その先は、地獄だ。引くなら今だよ?」
「引きません。」
すぐに答えた。
「……。」
「絶対に、引かないもん。」
アーヴィンさんは、少しだけ黙った。
「……そうか。」
資料へ視線を落とす。
何枚か、ゆっくりと画面を送って。
「やっと、君と仕事の話ができそうだね。」
「……っ。」
通った。……んだよね?
胸が、少しだけ熱くなった。
「ありがとうございます。他に懸念があれば、何でもどうぞ。」
「……いや。認めよう。カイラ・ドゥーナ。」
アーヴィンさんが、資料を閉じる。
「……え?」
「転送装置の導入を、是非お願いしたい。」
「……。」
……え?
「……んえ?」
間抜けな声が出た。
アーヴィンさんが、声を上げて笑う。
「ははは!意外だったかい?」
「え、えぇ。か、かなり……。」
「技術は、最初から認めていたよ。君の転送装置は、アッシュタウンの復興を大きく進める。」
机の上を、指で一度叩く。
「問題は、それを誰に任せるかだった。」
「……。」
アーヴィンさんが、もう一度資料を開いた。
「利用料の設定。雇用調整。道路整備。物流会社との交渉。この先も、問題はいくらでも出てくるだろう。」
「はい。」
「さて。ここで問題だ。その責任を、誰が持とうか?」
「……。」
「順当に言えば、私だろうけどね。」
——いや。
これは、私の提案だ。
私が、やると言った。
責任を取るって、言った。
「私が。」
「……うん。」
「私が、持ちます。」
アーヴィンさんが、少し笑う。
「では、一つ提案してもいいかな?」
「……提案、ですか?」
「君は、アルカナの社員ではないんだよね?」
「え、えぇ。はい。」
私は、アルカナの業務委託。
契約上は、所属しているわけじゃない。
「この事業を君が責任を持って運営するなら、責任主体が必要になる。」
「……。」
「会社を、立ち上げなさい。」
「……え?」
「支援しよう。」
思わず、隣のエルドさんを見る。
エルドさんも、少しだけ目を丸くしていた。
「わ、私が?」
「あぁ。」
「会社を?」
「そうだね。」
「……社長?」
「君が責任を持つと言ったんだろう?」
「……んえ。」
え。待って。
そんな話だったっけ?
「ははは!顔に出やすいのは、直した方がいいね。」
「……すみません。」
「いやいや。いいじゃないか。君は、これからだ。」
アーヴィンさんが、楽しそうに笑う。
「地獄へようこそ。カイラ・ドゥーナ。」
そして。
私へ、手を差し出した。
「理想という泥沼を、一緒に楽しもうじゃないか。」
その手を、見る。
今だって、怖い。
会社なんて分からない。
社長なんて、もっと分からない。
きっと、いっぱい間違える。
——それでも、私は。
「……はい。」
差し出された手を、握った。
「よろしく、お願いします。」
アーヴィンさんが、強く握り返す。
私の戦いは、多分今日で終わらない。
むしろ。
ここからが、始まりなんだと、思う。
——上等じゃねーか。
ジュディの声が、聞こえた気がした。
第百八十二話、お読みいただきありがとうございました!
カイラの、再戦でした。
回答は、まさかの「なんとかします」。
でも面構えが違いますね。
そして、何故か会社を作ることになりました。
……そんな話でしたっけ?
とりあえず、地獄へようこそ。
次回も20:10、更新予定です!
ブクマやコメントをいただけると、カイラの会社に社員が一人増えます(誰がいいかな)。
よろしくお願いします!




