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スペル・エラー ~娘が生まれるのに異世界へ召喚されたので、何があっても帰ります~  作者: とろたま愚鈍
第二部:第五章|アッシュタウン編

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第百八十二話「私の武器、私の戦場」

「できた、かな?」


端末に映る資料を、最初から最後まで見直す。

気付けば窓の外は、すっかり明るくなっていた。


「まぁ。まだエビデンスが薄いところはあるけど、な。」

「……エビ?」

「違うよ。えーっと、数値の根拠とかな。」

「……まだ、ダメかな?」


ジュディが、少し笑った。


「いや、大丈夫。本筋はズレてない。絶対に、伝わるさ。」

「……そっか。」


もう一度、画面を見る。


転送装置のことだけじゃない。

お金も、人も、仕事も、道路も。


何度も、二人で考えて作った資料。

端末を、胸の前で抱える。


「……これが、私の武器だ。」

「……それで、殴るの?」

「殴んないよ!でも私は、これで戦うんだもん。」

「……。」

「ジュディは、生きるために。私は、理想のために戦うんだ。」

「……あぁ。そう、だな。」


ジュディは、それだけ言って頷いた。

それで、十分だった。




—




「おはよう。準備はできたかい?」


少しして、エルドさんが部屋へと入ってくる。

今朝、エルドさんはアッシュタウンに戻ってきていた。


「はい!バッチリ……ではないですけど。」


持っていた端末を見せる。

エルドさんは、少しだけ笑った。


「うん。万全な状態で挑める方が、企業では稀だよ。」

「……そういう、ものですか?」

「あぁ。そういうものさ。恐れるだけ、損だ。」


……そうは言っても、怖いものは怖い。


「あ。エルドさん。」

「なんだい?」

「そういえば、アーヴィンさんにアポって……。」

「え、今かい?」

「……すみません。」


資料を作ることに夢中だったけど、そもそも提案できないんじゃ意味がないよね。

……本当に今さらだけど。


「昨日のうちに取ってあるよ。私の名義でね。」

「……あ、ありがとうございます。」

「礼なんていらないよ。私の仕事をしているだけさ。」


最近、一緒に仕事をしてて思う。

アルカナの人たちは、すごく仕事が早い。

……イグニスは、もっと、こう……色々雑だった。


「よぉし。じゃあぁ~。最後に確認するよぉ?」


部屋の端から、間延びした声が聞こえた。


長い髪に眼鏡。

リオ・サーンの姿をしたネルが、椅子へ座っている。


「エルドとカイラは、アーヴィンとの接見〜。なるべく話を長引かせて、奴をその場に拘束する。」

「……うん。やってみる。」

「やってみるじゃなくて、やるんだよぉ。」

「……はい。」


……こ、怖い。

ネルが、次にジュディを見る。


「んでぇ。私とジュディは、その間にエミリを奪取〜。」

「あぁ。詳細な位置も、送られてきてる。」


ジュディが、端末を開いた。


内部の協力者から、エミリの居場所と侵入経路が送られてきたらしい。

誰なのか聞いても、ジュディは詳しく教えてくれなかった。


「外への連絡は、もうつけてあるよぉ。エミリを確保したら、そのままアルカナの輸送車に乗せてカルディアへ。」

「……輸送車?」

「うん〜。便宜上はエルドの護衛車だねぇ。」

「なるほどね……。」


ネルが、あっけらかんと続ける。


「アッシュガードの内部でも、アルカナ名義の車に乗っちまえば、こっちのもんだねぇ。」

「……えっと。ちなみに、なんで?」


ジュディが、首を傾げた。


「アーヴィンは、アルカナと良好な関係を望んでるでしょぉ~?アルカナの護衛車に、おいそれと手出しはできないよぉ。」

「……本当かよ?」

「さぁ~?」

「適当だな。おい。」


……大丈夫かなぁ。


「まぁ。後は、その時に考えなぁ。」

「結局、最後は出たとこ勝負だな。」

「あっは!そゆこと〜〜。」


ネルが、笑った。


みんな、それぞれ準備を整えている。

ジュディが、みんなの顔を見た。


「よし!じゃあ、後は戦うだけだな。」

「うん。」

「じゃあ。それぞれの戦場で!」

「……うん。」


端末を、強く握る。


「それぞれの、戦場で。」




—




接見の場所は、前と同じ部屋だった。


中央に、アーヴィン・ロックウェル。

その右側には白衣を着た男。


そして、左側には仮面を被った男が座っている。


「……。」


……何でだろう。


前に見た時から。

この人を見ると、少しだけ胸がざわつく。


「さて、エルド坊ちゃん。社長は、何て?」


アーヴィンさんが、エルドさんを見る。


「……そんなに焦らないでくれ。少しくらい、世間話をしてからでもいいだろう?」

「ははは。いいね。久々の再会なのに、ゆっくり話す機会もなかったからね。」

「あぁ。今日はそこまで議題も多くない。」

「何について話そうか?昔話も、いいかもしれないね。」


エルドさんが、少しだけ笑った。


「いや。アッシュタウンの、これからの話なんてどうだろう?」

「……なるほどね。」


アーヴィンさんの視線が、私へ移った。

心臓が、大きく鳴る。


「カイラ・ドゥーナ。」

「……はい。」

「答えは、出たのかい?」


今までの私なら。

多分、出ましたって答えていたと思う。


でも、今は、違う。


「……いいえ。」

「ほう。」

「多分。これからも、出ないかもしれません。」


アーヴィンさんが、僅かに眉を上げた。


「でも。私がどうしたいのか。そのために何をするのかは、決めました。」


端末を、机の上へ置く。


「もう一度。私の提案を、聞いてくださいませんか?」

「……いいだろう。」




—




資料を、送信する。


「では、始めます。」

「あぁ。聞かせてくれ。」


資料を流しながら、私は喋り始めた。


転送利用料。

維持費と再投資。

道路整備。

市内物流。

雇用の移行。

段階的な導入。


アーヴィンさんは、何も言わずに。

ただ資料を眺め、私の話を聞いている。


……怖い。


また全部、否定されるかもしれない。

でも、止まらない。

そう覚悟して、私はここにいるんだから。


………………。

…………。

……。


「……以上と、なります。」


プレゼンが、終わった。


「……なるほどね。こう、来たか。」


静かに、アーヴィンさんが口を開いた。


「随分と、変わったね。」

「……はい。」

「転送装置の導入だけではなく、ライフラインやラストマイル。雇用、再投資まで踏み込んでいる。視点も広いし、細かいね。」


アーヴィンさんが、私を見る。


「誰かに、作ってもらったのかい?」

「……一緒に、考えてくれました。」

「ジュディか。」

「はい。」


ジュディと困って、考えて。

何度も間違えて、作り直した。


「彼と困って、考えて。私が、決めた。」

「……。」

「私の、新しいご提案です。」


アーヴィンさんは少しだけ黙って、もう一度資料へ視線を戻した。


「よく出来ているね。装置の提案で、ここまで社会基盤へ踏み込むとは思わなかったよ。」

「……ありがとうございます。」

「この資料の通りに進むのであれば、少なくとも犠牲は最小限に抑えられる。」

「……はい。」


少しだけ、胸が軽くなった。


でも、違う。

勝負は、ここからだ。


「しかし。前回、私が君へ投げた質問の回答にはなっていない。」

「……分かっています。」

「そうか。」


アーヴィンさんは、資料を開いたまま。

少しだけ、笑った。


「私がしたいのは、犠牲の総量の話ではない。覚悟と責任の話だよ?」

「はい。」

「では、この資料を元に。もう一度問おうか。」


息を、ゆっくり吸った。


「……はい。」


アーヴィンさんが、真っ直ぐ私を見る。


「再就職を拒む人もいる。支援を受けたくない人もいる。君たちが用意した選択肢を、どれも選びたくない人もいるだろう。」

「……。」

「君の仕組みに救われない人は、必ずいる。」


分かってる。

昨日、何度だって考えた。


——それでも、私は。


「君は、自分の理想のために。」


アーヴィンさんの声が、少しだけ低くなる。


「人から、奪う覚悟はあるかい?」

「……っ。」




—




——ピピッ。


私が、口を開こうとした時。

小さな音が、部屋に響いた。


アーヴィンさんが、自分の腕を見る。

腕時計の画面に、何かが表示されていた。


「……失礼。」


さっきまで笑っていた顔が、一瞬で変わった。

白衣の男と、仮面の男も何も言わずにアーヴィンさんを見る。


……何かの、通知?


胸が、大きく跳ねた。

多分、ジュディが、動いた。


「二人とも。」


アーヴィンさんは、左右にいる二人を交互に見た。


「現場へ。」

「よろしいのですか?」


白衣の男が、聞く。


「あぁ。問題ないさ。私も、すぐに行くよ。」

「……。」

「何。あと一つ、問答を終えるだけさ。」

「承知いたしました。」


二人が立ち上がる。


仮面の男も席を離れようとした時。

アーヴィンさんが、その肩を掴んだ。


「……。」

「本当に、いいんだね?」


仮面の男は、何も答えない。


……何の話だろう。


少しの沈黙の後。

初めて、その男が口を開いた。


「構わない。」

「……え?」


低い声。

でも、不思議と怖くない。


むしろ、何故か、ほっとした。


「俺は、もう託した。」

「……そうか。」


アーヴィンさんが、肩から手を離す。


仮面の男が、こちらへ歩いてくる。

そのまま私の横を、通り過ぎた。


「……っ。」


一瞬だけ。

硝煙と、古い革みたいな匂いがした。


——知ってる。


この匂いは、ずっと昔から。


「……待って!」


思わず、立ち上がった。


男が足を止める。

でも、振り返らない。


「……あなたは。」


その先の言葉が、出てこなかった。

何を聞けばいい?


名前?顔?


どうして。

なんで。


「……。」

「……っ。」


やがて男が、ゆっくり口を開いた。


「思いを大事に。な。」

「……え?」


それだけ言って。

男は、部屋から出ていった。


扉が閉じる。


もう、匂いもしない。

声も聞こえない。




—




追いかけたい。

だって、あの人は、きっと……。


顔を見たい。

もう一度、声を聞きたい。


「……追っても、いいんだよ?」


アーヴィンさんの声に、振り返った。


「気になるのだろう?」

「……はい。」

「なら、追えばいい。提案など、またいつでも出来るだろう。」


私は、扉を見た。

追えば、何か分かるかもしれない。


でも今、机の上には、私の資料がある。

私の、武器。


——思いを大事に。


私の、思い。

今は。それを貫いて、通す。


「……いえ。」


椅子へ、座り直した。


「……追いません。」

「何故だい?」


アーヴィンさんを見る。


「今、私が戦っているのは。」

「……。」

「あなたですから。」


アーヴィンさんが、少しだけ目を見開いた。


「……ふむ。」


それから、口元を僅かに上げる。


「いい目だね。では、話を戻そうか。」

「はい。」


胸は、まだざわついている。


でも。

ジュディは、今戦っている。


なら私も、自分の戦いをするんだ。

全力で。




—



「改めて、問おう。」

「……はい。」

「君は、自分の理想のために。人から奪う覚悟はあるかい?」

「……。」


前は、答えられなかった。同じ質問。


「……覚悟は、あります。でも——」

「……。」

「それは、奪う覚悟ではありません。」


……怖い。

口にした時、足が震えた。


でも、もう取り消さない。

震えていても、歩みは絶対に止めない。


「……前回とは、少し違う答えだね。」

「はい。」

「しかし、まだ理想論に縋っているようにも見えるね。君は、それでも救えない人を、どうするんだい?」



「なんとかします。」



少しだけ、沈黙が落ちた。

アーヴィンさんが、眉を上げる。


「それは、答えではないね。」

「そうかも、しれません。」

「……。」

「でも。なんとかします。」

「はは。」


アーヴィンさんが、小さく笑った。


「随分と、強引だね。」

「分かってます。」


手を、ぎゅっと握る。

私は、アーヴィンさんから目を逸らさない。

絶対に。


「仕事を失う人がいたら、その人と話します。嫌だって言われたら、別の方法を一緒に考えます。」

「……。」

「失敗したら、変えます。」

「それでも、救えない人はいるよ。必ずね。」

「……はい。」


いると思う。


どれだけ考えても。

どれだけ頑張っても。


それが、私の理想を阻む現実だ。


「それでも、なんとかします。」

「……。」

「その責任は、私が取ります。」


アーヴィンさんが、少しだけ首を傾げた。


「……責任といったかい?」

「はい。」

「ははは。一体、どうやって?」

「……。」


責任の、取り方。


辞めること。謝ること。罰を受けること。

それで、その人は幸せになるのだろうか。


それは、絶対に違う。


「私は、諦めません。」

「……。」

「それが、私の責任です。」


アーヴィンさんは何も言わない。


「私が選んで、誰かが困ったら。その人から、目を逸らしません。」

「……。」

「話して、考えて。また選択肢を作ります。」

「それでも駄目なら?」

「また、考えます。」

「何度でも?」

「何度でも、です。」

「……。」

「絶対に、何度でも。私は、私を諦めない。」


アーヴィンさんの目を、真っ直ぐ見る。


「……全員を幸せにできるなんて。もう、簡単には言えません。」

「……あぁ。」


口にすると、少しだけ苦しかった。


だって。

私は、みんなに幸せになってほしい。


「無理なのかもしれない。間違えるかもしれない。誰かを、傷つけるかもしれない。」

「……。」

「でも。」


自分の胸に、手を置く。


「みんなに幸せになってほしいって思うことまで、間違いにはしたくないです。」


ジュディが、言ってくれた。

私の思いは、間違いじゃないって。


なら、私は。

ジュディが信じてくれる私を、信じたい。


一度、息を吸う。


「私は、みんなが幸せになる方法を。」

「……。」

「探し続けます。」


……静かだった。


アーヴィンさんが、私を見ている。


終わりの見えない時間。


怖い。

足も、肩も、震えちゃう。


でも、絶対に、目だけは逸らさなかった。


「……うん。」


アーヴィンさんが、ゆっくり頷いた。


「正解ではないね。」

「はい。」

「君のやり方では、この先ずっと苦労する。」

「……覚悟してます。」

「理想と現実の間で、何度も選ばされる。誰かに恨まれることだってあるだろう。」


少しだけ笑った。


「その先は、地獄だ。引くなら今だよ?」

「引きません。」


すぐに答えた。


「……。」

「絶対に、引かないもん。」


アーヴィンさんは、少しだけ黙った。


「……そうか。」


資料へ視線を落とす。

何枚か、ゆっくりと画面を送って。


「やっと、君と仕事の話ができそうだね。」

「……っ。」


通った。……んだよね?

胸が、少しだけ熱くなった。


「ありがとうございます。他に懸念があれば、何でもどうぞ。」

「……いや。認めよう。カイラ・ドゥーナ。」


アーヴィンさんが、資料を閉じる。


「……え?」

「転送装置の導入を、是非お願いしたい。」

「……。」


……え?


「……んえ?」


間抜けな声が出た。

アーヴィンさんが、声を上げて笑う。


「ははは!意外だったかい?」

「え、えぇ。か、かなり……。」

「技術は、最初から認めていたよ。君の転送装置は、アッシュタウンの復興を大きく進める。」


机の上を、指で一度叩く。


「問題は、それを誰に任せるかだった。」

「……。」


アーヴィンさんが、もう一度資料を開いた。


「利用料の設定。雇用調整。道路整備。物流会社との交渉。この先も、問題はいくらでも出てくるだろう。」

「はい。」

「さて。ここで問題だ。その責任を、誰が持とうか?」

「……。」

「順当に言えば、私だろうけどね。」


——いや。

これは、私の提案だ。


私が、やると言った。

責任を取るって、言った。


「私が。」

「……うん。」

「私が、持ちます。」


アーヴィンさんが、少し笑う。


「では、一つ提案してもいいかな?」

「……提案、ですか?」

「君は、アルカナの社員ではないんだよね?」

「え、えぇ。はい。」


私は、アルカナの業務委託。

契約上は、所属しているわけじゃない。


「この事業を君が責任を持って運営するなら、責任主体が必要になる。」

「……。」

「会社を、立ち上げなさい。」

「……え?」

「支援しよう。」


思わず、隣のエルドさんを見る。

エルドさんも、少しだけ目を丸くしていた。


「わ、私が?」

「あぁ。」

「会社を?」

「そうだね。」

「……社長?」

「君が責任を持つと言ったんだろう?」


「……んえ。」


え。待って。

そんな話だったっけ?


「ははは!顔に出やすいのは、直した方がいいね。」

「……すみません。」

「いやいや。いいじゃないか。君は、これからだ。」


アーヴィンさんが、楽しそうに笑う。


「地獄へようこそ。カイラ・ドゥーナ。」


そして。

私へ、手を差し出した。


「理想という泥沼を、一緒に楽しもうじゃないか。」


その手を、見る。


今だって、怖い。

会社なんて分からない。

社長なんて、もっと分からない。


きっと、いっぱい間違える。


——それでも、私は。


「……はい。」


差し出された手を、握った。


「よろしく、お願いします。」


アーヴィンさんが、強く握り返す。


私の戦いは、多分今日で終わらない。


むしろ。

ここからが、始まりなんだと、思う。



——上等じゃねーか。



ジュディの声が、聞こえた気がした。


第百八十二話、お読みいただきありがとうございました!


カイラの、再戦でした。


回答は、まさかの「なんとかします」。

でも面構えが違いますね。



そして、何故か会社を作ることになりました。

……そんな話でしたっけ?


とりあえず、地獄へようこそ。


次回も20:10、更新予定です!

ブクマやコメントをいただけると、カイラの会社に社員が一人増えます(誰がいいかな)。

よろしくお願いします!


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