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スペル・エラー ~娘が生まれるのに異世界へ召喚されたので、何があっても帰ります~  作者: とろたま愚鈍
第二部:第五章|アッシュタウン編

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第百八十話「選択する責任」

「……マジか。お前。」

「あっは!」


ネルが、ストローを咥えたまま笑う。


「マジマジ。流石に各企業まで行くのは、効率悪すぎだってぇ。時間もないしぃ。」

「いや、でも。俺らは——」

「ストップ。」


ネルが、手のひらを俺へ向けた。


「分かってるよぉ。方針としては、『貰う』ためだもんね?」

「あ、あぁ。そうそう。『貰う』ためだ。」

「でも、向こうはそれ、知らないでしょ?」

「……まぁ。」

「今回、アーヴィンと話す目的は、あくまでも転送装置。」

「……。」

「しかもぉ。エルドの口ぶりだと、心証は悪くない。」

「……あぁ。かなり高く評価していた。とは言っていたしな。」


俺は、アイスコーヒーを一口飲んだ。


アーヴィンは、転送装置自体を否定したわけではない。

むしろ、技術としては評価していた。


否定したのは、あくまでも、その先だ。


「なら、必要な資料があるなら、協力的になると思うよぉ。」

「……それも、そうか。」

「はい。決まれば通話。」

「え、今?」

「何呑気なこと言ってんの?時間ねぇって言ってんだろ。」

「……。」

「あと十九日だからな?まじ、死ぬよ?」


……急に怖いんだよ。


懐から、ミゼラの端末を取り出す。

アーヴィン・ロックウェル本人に繋がる、直通回線。


「……。」

「ほらぁ。早くぅ~!!」

「分かってるよ!!」


端末を操作する。

少しだけ、躊躇った。


「……よし。」


俺は、アーヴィンに通話を掛けた。




—




数時間後。

俺とネルは、再びアッシュガードの本拠地にいた。


「やあ。わざわざ来てもらって、すまないね。」

「……まさか、すぐに会ってくれるとは思わなかったよ。」


案内されたのは、前回とは違う小さな応接室。

今日は、アーヴィン一人だけだった。


「ははは。実を言うと、昨日である程度山場は越えたんだ。時間の都合は、融通がきくよ。」

「そりゃ、ありがたいね。」

「それにね……。」


アーヴィンが、俺を見る。


「君には、貸しを作っておける時に作っておきたい。」

「……前に言ってた、協力か?」

「あぁ。どうだい?だんだん断りづらくなってきただろう?」

「それは、相手に善意がある場合に通用する手だぜ?」

「おや?」


アーヴィンが、笑う。


「君には、ないのかい?」

「さぁ?どうだろうな。」

「……はは。手厳しいね。」


この人。

やっぱり、何考えてるのか分かんねぇな。


敵意があるようには、見えない。

少なくとも、俺に対しては。


だから余計に、気味が悪い。


「さて。」


アーヴィンが、テーブルの上に何かを置いた。

……小さな、メモリーチップ。


「ほら。これだよ。」

「……あ?」

「通話で言われていた情報だ。」

「……。」

「物流従事者の前職や就業時期など、可能な限りまとめてある。」


メモリーチップを、見る。

この短時間で、まとめたってのか?


「どうしたんだい?欲しかったのだろう?」

「……やけに、あっさりしてんな。」

「そうかい?」

「いいのかよ?一応、機密情報じゃねーのか?」

「別に、構わないさ。機密情報というわけでもない。調べようと思えば、いずれ分かるものだしね。」


アーヴィンが、椅子へ深く腰掛ける。


「まだ、何に必要かも言ってなかったと思うけど。」

「転送装置だろう?」

「……。」


思わず、アーヴィンを見る。


「その件で、君が私へ接触してくることは予想していた。」

「……。」

「情報が欲しいと言われるとは、思わなかったがね。」

「……あんた、どこまで分かってんだ?」

「また、難しい質問だな。」


アーヴィンが、小さく笑った。


「正直に言えば。君が、もう少し乱暴な形で来ると思っていた。」

「……乱暴?」

「あぁ。」


少しだけ、間を置く。


「私は昨日、カイラ君を随分と追い詰めてしまったからね。」

「……。」


あぁ、そういうことか。


「俺が殴り込みに来るとでも思ったのか?」

「正直、可能性はあると思っていたよ。」

「……ひでぇ評価だな。」

「君は、カイラ君を守るためには手段を選ばないと思っていたからね。」

「……。」


ひ、否定しづれぇ。

横を見ると、ネルがめちゃくちゃ頷いていた。


「え、そんな分かりやすいか?俺。」

「隠す気あったのぉ?」

「……あった、と思う。」

「ねぇ?こいつバカでしょ~?」


「ははは!」


アーヴィンが、俺たちを見て笑う。


「ジュディ。一つだけ、質問しても?」

「……答えられる範囲なら。」

「あぁ。それで構わない。」


アーヴィンが、テーブルのメモリーチップを見る。


「この情報を、君はどう使うつもりだい?」

「……。」


少しだけ、考える。

昨日までだったら、俺はなんて答えただろう。


——カイラのため。


そんなことを。

当たり前のように、言っていたのかもしれない。


「……カイラが。」

「ん?」

「カイラが、選ぶために使う。」

「……。」


アーヴィンが、俺を見る。


その表情から。

何を考えているのかは、分からない。


「俺には、あいつの答えは分からない。」

「……。」

「正直、俺自身の答えだって。今は、よく分かってねぇよ。」

「……そうか。」

「でも。」


メモリーチップを見る。


「今のまま、選ばせたくはない。」

「……今の、まま?」

「誰が困るのか。何がなくなるのか。その先に何があるのか。」

「……。」

「少なくとも。選ぶために必要なもんくらいは、揃えてやりたい。」


アーヴィンは、何も言わなかった。

少しの間、沈黙が落ちた。


「……なるほど、ね。」

「これも、『やりすぎ』なんかな?」

「ははは。私に聞かれてもね。」


アーヴィンが、メモリーチップを指で俺の方へ押した。


「持っていくといい。」

「……いいのか?」

「最初から、そのつもりで用意したんだよ。」

「いや。そうだけどさ。」


メモリーチップを手に取る。


軽くて、小さい。

でも、この中に重たいものが、入っている。

さっきまで、知ろうともしなかった、人の情報が。


「転送装置は、アッシュタウンにとって有益だ。」

「……。」

「それは、昨日も言った通りだよ。」

「なら、なんであそこまでカイラを追い詰めたんだよ?」

「それと、これとは別の話だ。」


即答だった。


「良い技術だから、導入する。それで終わるのであれば、私も楽なのだがね。」

「……。」

「私は、この街を預かると。そう選択した。」


アーヴィンが、窓の外を見る。

復興途中の、アッシュタウン。


「ならば、その先の責任は、私が背負うべきだ。」

「……。」

「彼女が、その責任の一部を担える人物なのか。それを見定めたかったんだ。」


——責任、か。


重い。

でも、必要な言葉だよな。


「君たちが、どういう答えを出すのか。楽しみにしているよ。」

「あぁ。吠え面かかせてやるよ。カイラがな。」

「……ははは。他力本願だね。」

「違うさ。これは、信頼っていうんだよ。」

「……そうか。」


アーヴィンは、目を細めた。


……俺は、この人を裏切る。

少しだけ、胸がざわついた。

それも、この人の狙いなのかもしれねぇけど。


俺は、メモリーチップを懐へ入れた。


「じゃあ。ありがたく貰ってくよ。」

「あぁ。」


立ち上がる。

ネルも、隣で椅子から降りた。


「ジュディ。」

「ん?」


扉へ向かおうとしたところで。

アーヴィンから、声を掛けられた。


振り返り、アーヴィンを見る。


「一つだけ。」

「……何だよ?」

「情報を集めれば、答えが簡単になる。そうは、思わないことだ。」


アーヴィンが、少しだけ笑った。


「……んなもん分かってるよ。」

「ほう?」

「知れば知るほど。無視できなくなるもんだよな。」

「……そうか、君は分かっているんだね。」


アーヴィンが、机の上で指を組む。


「君の言う通りだ。誰が困るのか。誰が何を失うのか。」

「……。」

「それを知った上で、最後は選ばなければならない。」


胸の奥が、少しだけ重くなる。


「……分かってるよ。分かってるさ。」

「重いと思うかい?」


アーヴィンは、やっぱり笑っていた。


「しかしね。選択とは、そういうものだよ。」

「……。」


返す言葉は、見つからなかった。


「じゃあ。また、『明日』。待っているよ。」

「あぁ。」


アーヴィンに背を向ける。


手に入れた情報が。

また少しだけ、重くなった気がした。




—




「……ただいま。」


宿泊施設へと、戻った。

メモリーチップが、ポケットの中で揺れている。


共有スペースには、カイラが、一人で座っていた。

端末を両手で持って、何かを見ている。


「……。」


俺に気づいて。

カイラが、端末から顔を上げた。


「……おかえり。」

「……うん。」


昨日、あれだけ怒鳴り合って。

今日の朝も、まともに話せなかった。


「「……。」」


何を、話せばいいんだろう。

隣で、ネルが大きなため息を吐いた。


「……二人とも、うっざぁ。」

「ひどくねぇ?」

「どっちがぁ?私、昨日、睡眠時間削られてんですけどぉ?」

「……。」


「あはは。ごめんね?」


カイラが、少しだけ笑った。

久しぶりに、その顔を見た気がする。


「ネル。」

「なんだよぉ?」

「……ありがと、ね。」

「ん~?」


カイラが、何でもないように言った。

ネルは、一瞬だけカイラを見る。


「……別にぃ。大したこと、してなぁい。」


……なんだ?

二人で、何か話したのか?


「……ジュディ。」

「……カイラ。」


カイラが、立ち上がる。

そのまま、目が合った。


「あの、ね。」

「あの、な?」


少しだけ、沈黙。


「……え?」

「あ。カイラから、どうぞ?」

「……い、いや。ジュディからでいいよ?」

「いやいや。カイラからでいいって。」

「ジュディから。」

「……。」

「……。」


ネルが、頭を抱えた。


「え、うっそ!?え~~~!!!!め、めんどくさぁ~~~!!!」

「うるせぇな!」

「う、うるさいよ!」


ネルが、俺とカイラを交互に指差す。


「じゃあ、さっさとしろよぉ~~!!!言いたいこと言うだけだろぉ?」

「んな、無茶言うなよ。」

「首が痒いわ!!!はよしろよぉ!!!」

「く、首?歯じゃなくて?」

「細かいこと突っ込む余裕あんの?今。」


……なんなんだよ。


カイラを、見る。

カイラも、俺を見ていた。


「……。」


一度、息を吸う。


「カイラ、話がしたい。」

「うん。私も。ジュディと、話したい。」


第百八十話、お読みいただきありがとうございました!


ジュディ。

正面から、アーヴィンに資料を貰いました。

いやぁ~、聞いてみるものですね。


そして、やっとジュディとカイラが話せそうですね。

ネルは、めんどくさそうですが。


いや、よくやってるよネル。

偉いよ、ネル。

頑張れ、ネル。


次回も20:10、更新予定です!

ブクマやコメントをいただけると、ネルの負担が少し減り……ますん。

よろしくお願いします!



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