第百八十話「選択する責任」
「……マジか。お前。」
「あっは!」
ネルが、ストローを咥えたまま笑う。
「マジマジ。流石に各企業まで行くのは、効率悪すぎだってぇ。時間もないしぃ。」
「いや、でも。俺らは——」
「ストップ。」
ネルが、手のひらを俺へ向けた。
「分かってるよぉ。方針としては、『貰う』ためだもんね?」
「あ、あぁ。そうそう。『貰う』ためだ。」
「でも、向こうはそれ、知らないでしょ?」
「……まぁ。」
「今回、アーヴィンと話す目的は、あくまでも転送装置。」
「……。」
「しかもぉ。エルドの口ぶりだと、心証は悪くない。」
「……あぁ。かなり高く評価していた。とは言っていたしな。」
俺は、アイスコーヒーを一口飲んだ。
アーヴィンは、転送装置自体を否定したわけではない。
むしろ、技術としては評価していた。
否定したのは、あくまでも、その先だ。
「なら、必要な資料があるなら、協力的になると思うよぉ。」
「……それも、そうか。」
「はい。決まれば通話。」
「え、今?」
「何呑気なこと言ってんの?時間ねぇって言ってんだろ。」
「……。」
「あと十九日だからな?まじ、死ぬよ?」
……急に怖いんだよ。
懐から、ミゼラの端末を取り出す。
アーヴィン・ロックウェル本人に繋がる、直通回線。
「……。」
「ほらぁ。早くぅ~!!」
「分かってるよ!!」
端末を操作する。
少しだけ、躊躇った。
「……よし。」
俺は、アーヴィンに通話を掛けた。
—
数時間後。
俺とネルは、再びアッシュガードの本拠地にいた。
「やあ。わざわざ来てもらって、すまないね。」
「……まさか、すぐに会ってくれるとは思わなかったよ。」
案内されたのは、前回とは違う小さな応接室。
今日は、アーヴィン一人だけだった。
「ははは。実を言うと、昨日である程度山場は越えたんだ。時間の都合は、融通がきくよ。」
「そりゃ、ありがたいね。」
「それにね……。」
アーヴィンが、俺を見る。
「君には、貸しを作っておける時に作っておきたい。」
「……前に言ってた、協力か?」
「あぁ。どうだい?だんだん断りづらくなってきただろう?」
「それは、相手に善意がある場合に通用する手だぜ?」
「おや?」
アーヴィンが、笑う。
「君には、ないのかい?」
「さぁ?どうだろうな。」
「……はは。手厳しいね。」
この人。
やっぱり、何考えてるのか分かんねぇな。
敵意があるようには、見えない。
少なくとも、俺に対しては。
だから余計に、気味が悪い。
「さて。」
アーヴィンが、テーブルの上に何かを置いた。
……小さな、メモリーチップ。
「ほら。これだよ。」
「……あ?」
「通話で言われていた情報だ。」
「……。」
「物流従事者の前職や就業時期など、可能な限りまとめてある。」
メモリーチップを、見る。
この短時間で、まとめたってのか?
「どうしたんだい?欲しかったのだろう?」
「……やけに、あっさりしてんな。」
「そうかい?」
「いいのかよ?一応、機密情報じゃねーのか?」
「別に、構わないさ。機密情報というわけでもない。調べようと思えば、いずれ分かるものだしね。」
アーヴィンが、椅子へ深く腰掛ける。
「まだ、何に必要かも言ってなかったと思うけど。」
「転送装置だろう?」
「……。」
思わず、アーヴィンを見る。
「その件で、君が私へ接触してくることは予想していた。」
「……。」
「情報が欲しいと言われるとは、思わなかったがね。」
「……あんた、どこまで分かってんだ?」
「また、難しい質問だな。」
アーヴィンが、小さく笑った。
「正直に言えば。君が、もう少し乱暴な形で来ると思っていた。」
「……乱暴?」
「あぁ。」
少しだけ、間を置く。
「私は昨日、カイラ君を随分と追い詰めてしまったからね。」
「……。」
あぁ、そういうことか。
「俺が殴り込みに来るとでも思ったのか?」
「正直、可能性はあると思っていたよ。」
「……ひでぇ評価だな。」
「君は、カイラ君を守るためには手段を選ばないと思っていたからね。」
「……。」
ひ、否定しづれぇ。
横を見ると、ネルがめちゃくちゃ頷いていた。
「え、そんな分かりやすいか?俺。」
「隠す気あったのぉ?」
「……あった、と思う。」
「ねぇ?こいつバカでしょ~?」
「ははは!」
アーヴィンが、俺たちを見て笑う。
「ジュディ。一つだけ、質問しても?」
「……答えられる範囲なら。」
「あぁ。それで構わない。」
アーヴィンが、テーブルのメモリーチップを見る。
「この情報を、君はどう使うつもりだい?」
「……。」
少しだけ、考える。
昨日までだったら、俺はなんて答えただろう。
——カイラのため。
そんなことを。
当たり前のように、言っていたのかもしれない。
「……カイラが。」
「ん?」
「カイラが、選ぶために使う。」
「……。」
アーヴィンが、俺を見る。
その表情から。
何を考えているのかは、分からない。
「俺には、あいつの答えは分からない。」
「……。」
「正直、俺自身の答えだって。今は、よく分かってねぇよ。」
「……そうか。」
「でも。」
メモリーチップを見る。
「今のまま、選ばせたくはない。」
「……今の、まま?」
「誰が困るのか。何がなくなるのか。その先に何があるのか。」
「……。」
「少なくとも。選ぶために必要なもんくらいは、揃えてやりたい。」
アーヴィンは、何も言わなかった。
少しの間、沈黙が落ちた。
「……なるほど、ね。」
「これも、『やりすぎ』なんかな?」
「ははは。私に聞かれてもね。」
アーヴィンが、メモリーチップを指で俺の方へ押した。
「持っていくといい。」
「……いいのか?」
「最初から、そのつもりで用意したんだよ。」
「いや。そうだけどさ。」
メモリーチップを手に取る。
軽くて、小さい。
でも、この中に重たいものが、入っている。
さっきまで、知ろうともしなかった、人の情報が。
「転送装置は、アッシュタウンにとって有益だ。」
「……。」
「それは、昨日も言った通りだよ。」
「なら、なんであそこまでカイラを追い詰めたんだよ?」
「それと、これとは別の話だ。」
即答だった。
「良い技術だから、導入する。それで終わるのであれば、私も楽なのだがね。」
「……。」
「私は、この街を預かると。そう選択した。」
アーヴィンが、窓の外を見る。
復興途中の、アッシュタウン。
「ならば、その先の責任は、私が背負うべきだ。」
「……。」
「彼女が、その責任の一部を担える人物なのか。それを見定めたかったんだ。」
——責任、か。
重い。
でも、必要な言葉だよな。
「君たちが、どういう答えを出すのか。楽しみにしているよ。」
「あぁ。吠え面かかせてやるよ。カイラがな。」
「……ははは。他力本願だね。」
「違うさ。これは、信頼っていうんだよ。」
「……そうか。」
アーヴィンは、目を細めた。
……俺は、この人を裏切る。
少しだけ、胸がざわついた。
それも、この人の狙いなのかもしれねぇけど。
俺は、メモリーチップを懐へ入れた。
「じゃあ。ありがたく貰ってくよ。」
「あぁ。」
立ち上がる。
ネルも、隣で椅子から降りた。
「ジュディ。」
「ん?」
扉へ向かおうとしたところで。
アーヴィンから、声を掛けられた。
振り返り、アーヴィンを見る。
「一つだけ。」
「……何だよ?」
「情報を集めれば、答えが簡単になる。そうは、思わないことだ。」
アーヴィンが、少しだけ笑った。
「……んなもん分かってるよ。」
「ほう?」
「知れば知るほど。無視できなくなるもんだよな。」
「……そうか、君は分かっているんだね。」
アーヴィンが、机の上で指を組む。
「君の言う通りだ。誰が困るのか。誰が何を失うのか。」
「……。」
「それを知った上で、最後は選ばなければならない。」
胸の奥が、少しだけ重くなる。
「……分かってるよ。分かってるさ。」
「重いと思うかい?」
アーヴィンは、やっぱり笑っていた。
「しかしね。選択とは、そういうものだよ。」
「……。」
返す言葉は、見つからなかった。
「じゃあ。また、『明日』。待っているよ。」
「あぁ。」
アーヴィンに背を向ける。
手に入れた情報が。
また少しだけ、重くなった気がした。
—
「……ただいま。」
宿泊施設へと、戻った。
メモリーチップが、ポケットの中で揺れている。
共有スペースには、カイラが、一人で座っていた。
端末を両手で持って、何かを見ている。
「……。」
俺に気づいて。
カイラが、端末から顔を上げた。
「……おかえり。」
「……うん。」
昨日、あれだけ怒鳴り合って。
今日の朝も、まともに話せなかった。
「「……。」」
何を、話せばいいんだろう。
隣で、ネルが大きなため息を吐いた。
「……二人とも、うっざぁ。」
「ひどくねぇ?」
「どっちがぁ?私、昨日、睡眠時間削られてんですけどぉ?」
「……。」
「あはは。ごめんね?」
カイラが、少しだけ笑った。
久しぶりに、その顔を見た気がする。
「ネル。」
「なんだよぉ?」
「……ありがと、ね。」
「ん~?」
カイラが、何でもないように言った。
ネルは、一瞬だけカイラを見る。
「……別にぃ。大したこと、してなぁい。」
……なんだ?
二人で、何か話したのか?
「……ジュディ。」
「……カイラ。」
カイラが、立ち上がる。
そのまま、目が合った。
「あの、ね。」
「あの、な?」
少しだけ、沈黙。
「……え?」
「あ。カイラから、どうぞ?」
「……い、いや。ジュディからでいいよ?」
「いやいや。カイラからでいいって。」
「ジュディから。」
「……。」
「……。」
ネルが、頭を抱えた。
「え、うっそ!?え~~~!!!!め、めんどくさぁ~~~!!!」
「うるせぇな!」
「う、うるさいよ!」
ネルが、俺とカイラを交互に指差す。
「じゃあ、さっさとしろよぉ~~!!!言いたいこと言うだけだろぉ?」
「んな、無茶言うなよ。」
「首が痒いわ!!!はよしろよぉ!!!」
「く、首?歯じゃなくて?」
「細かいこと突っ込む余裕あんの?今。」
……なんなんだよ。
カイラを、見る。
カイラも、俺を見ていた。
「……。」
一度、息を吸う。
「カイラ、話がしたい。」
「うん。私も。ジュディと、話したい。」
第百八十話、お読みいただきありがとうございました!
ジュディ。
正面から、アーヴィンに資料を貰いました。
いやぁ~、聞いてみるものですね。
そして、やっとジュディとカイラが話せそうですね。
ネルは、めんどくさそうですが。
いや、よくやってるよネル。
偉いよ、ネル。
頑張れ、ネル。
次回も20:10、更新予定です!
ブクマやコメントをいただけると、ネルの負担が少し減り……ますん。
よろしくお願いします!




