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スペル・エラー ~娘が生まれるのに異世界へ召喚されたので、何があっても帰ります~  作者: とろたま愚鈍
第二部:第五章|アッシュタウン編

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第百七十八話「どうしよう」

……どうすれば、いいんだろう。


端末に表示された資料を、上から下まで眺める。

数字を変えて。文章を消して。また、書き直す。


「……違う。これじゃ結局……。」


全部、消した。


また最初から、やり直す。


転送装置を導入した場合の、輸送効率。

必要な設備に、導入までの期間。

それに、運用に必要な人員。


考えれば、考えるほど。

昨日作った資料よりは、ずっと具体的になっていく。

でも、具体的になることで、より犠牲も鮮明になっていった。


「……。」


指が、止まる。


違う。そうじゃない。

アーヴィンさんに言われたことは、そんなことじゃない。


——今、幸せになろうとしている人物から。奪う覚悟があるかい?


そう。これは覚悟の話だ。

私の理想の前提を崩してでも、現実を受け入れる覚悟があるのか。


アーヴィンさんは始めから、それだけを私に突きつけてきた。


「……。」


できない。できるわけがない。

私は、みんなを幸せにする理想を、捨てられない。


何も、変わってない。

少しだけ立ち上がったつもりだった。


考えるって、決めた。


でも、その先へ。

どうしても、足が動かなかった。




—




部屋の扉が、開いた。


「……ただいま。」

「……。」


ジュディだった。


私は、思わず顔を上げた。

少しだけ、嬉しくて。


無事に帰ってきた。

それだけで、胸の奥が少しだけ軽くなる。


「ん?カイラ。起きてたのか?」

「……うん。」

「……ネルは?」

「寝てるよ。慣れないことして疲れたって。」

「……あぁ。今日散々歩いたからなぁ。」


ジュディが、寝室へ繋がる扉を見る。


「……今度、なんか甘いもんでも買ってやるか。」

「……うん。」


ジュディは、口元だけを上げて不器用に笑った。

いつも、ジュディの表情はあんまり変わらない。


口では、ふざけたことも言うし、雰囲気も変わる。

でも、表情だけは、いつもぎこちなく動いていた。


その表情が、私は好きだ。

なんだか。一生懸命で。

……可愛い、なんて。思っちゃう。


「……ふぅ。」


ジュディは、上着を掛けてソファに腰を下ろした。

大分、ジュディも疲れたんだね。


エルドさんは、まだ帰ってきていない。

今この部屋には、私とジュディだけだった。


「……ジュディ。」

「ん~?」

「さっきまで、何してたの?」

「……え?」


ジュディが、少しだけ止まった。


「いや。アーヴィンとの交渉は、俺もダメだったからさ。」

「……うん。」

「エミリの場所を、探してたんだよ。それで——」

「嘘だよね?」

「……本当だよ。」

「ついでじゃ、なかった?」

「……何が?」

「自分のこと。」

「……そんなことないよ。」

「じゃあ、最初に何したの?」

「……。」


ジュディが、少しだけ黙った。


「もちろん。エミリの——」

「ジュディ。」

「……。」

「何、したの?」

「……アッシュタウンの物流を、もっと細かく調べようとしてた。」

「……なんで?」

「なんでって。」


ジュディが、首を傾げる。

本当に、分かってない顔だった。

……いつもの、不器用な顔。


「カイラも、失敗したんだろ?お互いに情報は必要だろ。」

「……。」

「カイラ?」

「ジュディ。」

「ん?」

「もう、やめてよ。」

「……何がだよ。」

「もう。」


喉が、少し詰まる。


「私のために生きるの。やめてよ。」

「……。」


ジュディが、また、黙った。


「……。」


何も、言わない。

やっぱり、そうなんだ。

この人は、『それ』を止められないんだ。


「……カイラは、平気なのか?」

「今、私の話はしてないよ。」

「いや。カイラと、俺の話だろ?」

「……平気って、何のこと?」

「……。」

「はっきり、言ってよ。」

「……。」

「ねぇ。ジュディ。」


ジュディは、俯いたまま。

小さく、呟いた。


「……カイラの理想は、無理だ。」

「……。」

「みんなを幸せになんて、できない。」

「……そんなの、分かんないじゃん。」

「認められない時点で、分かってんだろ?」

「……ジュディまで、言うの?」

「……。」

「私が、綺麗なままだって。」


ジュディが、目を逸らした。

そのまま、少し間を置いて、口を開いた。


「カイラは、自分も幸せになるって言ってたよな?」

「……うん。言った。」

「矛盾してんだよ。」

「……矛盾?」

「みんなを幸せにすることが不可能な時点で。その理想を持ったカイラは、幸せになれない。」

「……。」

「だから、さ。」


ジュディが、私を見る。


「カイラは、見えない必要がある。」

「……なに、それ。」

「誰かの不幸が見えないことが、カイラの理想を叶える方法なんだよ。」

「……。」


何、それ。

なんなの、それ。


じゃあ、最初からジュディは……。


「……ずっと、そう思ってたの?」

「……。」

「ねぇ。ジュディ。」

「……。」

「ずっと。ずっと、そうやって私のこと見てたの?」

「……あぁ。見てた、よ。」


その言葉で。

胸の奥が、一気に熱くなった。


「カイラが大切だからこそ。全てを見ないで生きることが、幸せなんだと思った。」

「……っ。」

「……。」



「——バカに、すんな!!!!」



私は、叫んでいた。

ジュディの肩が、跳ねた。


「……カイラ。」

「バカにすんな!バカにすんな!!バカに、すんなよ!!!」


立ち上がる。

椅子が、後ろへ倒れた。


「わ、私がどう思うかを。」

「……。」

「私の幸せを、勝手に決めんな!!!」

「……ごめん。」

「ごめんじゃない!!もう、何回目だ!!!」

「……。」


——あぁ。

違う。こんなことが、言いたいんじゃない。


私は、ただ、ジュディに。ジュディを——


「ずっと、ジュディはそうだ!!」


息が、苦しい。

それでも、止まらなかった。


「か、勝手に私を決めて!!私を、勝手に守って!!」

「……っ。」

「そんなこと!私は、一度だって——」



「当たり前だろ!!」



ジュディも、声を荒げた。


「守るのなんて、当たり前だ!!」

「……。」

「俺が、カイラに、どれだけ救われたと思ってる!!」

「……っ。」

「エルナを失って!!帰る場所まで失って!!最初から、俺は何者でもなくて!!」

「……そんなこと!」

「お、俺が。」


ジュディの声が、震えた。


「俺がこれ以上、何かを失ったら……。」

「……ジュディ。」

「怖いんだよ。カイラ。」

「……。」

「俺は、怖いんだ。」


さっきまで、怒鳴っていた声が。

急に、小さくなった。


「……うん。」

「俺は。」


ジュディが、自分の胸元を握った。

エルナの宝石が、服の隙間から、見える。


「俺を証明してくれた人たちを失うことが。俺自身が消えることよりも、怖いんだ。」

「……。」


言葉が、出なかった。

ジュディが、そんな顔をするなんて。

初めて見た、不器用じゃない、顔。


「……それってさ。」

「……あぁ。」

「結局。」


ジュディを、見る。


「自分のためだったってことだよね?」

「……。」

「私を守りたいんじゃなくて。私を失ったら、自分が壊れるから。」

「……それは。」

「違う?」

「……。」


ジュディが、歯を食いしばった。


「それは、カイラにも言えるだろ?」

「……何が。」

「誰が。」

「……。」

「誰が、カイラに幸せにしてほしいなんて頼んだんだよ?」

「……っ。」

「カイラだって!!」


ジュディが、立ち上がった。


「自分が壊れないために、そうやって立ってるだけだろう!!!」

「……っこの!!!」



——バン!!!




寝室の扉が、勢いよく開いた。



「うるせぇーーーーー!!!!!!」



「「……。」」


ネルが、部屋の入口に立っていた。

いつもの、ネルの姿だった。


髪はぐちゃぐちゃ。

目は、半分くらいしか開いていない。


「何時だと思ってんだ!!!お前ら、今何時だと思ってんだ!!!!」

「……いや。」


ジュディが、視界の時計を見る。


「まだ二十一時——」

「うるっさい!!口答えすんな!!バラすぞ!!!」

「バラすって……。」

「人が寝てんの知ってんなら、ボリューム落とせや!!!」

「……はい。」


ジュディが、小さくなった。


「二人とも!!!」


ネルが、私とジュディを順番に指差す。


「今日は、会話禁止!!!」

「え。」

「感情的になってて、全然生産性ない!!!」

「……えっと。」

「うるさい!!!寝ろ!!!バカどもが!!!死ね!!!」

「し、死ねって……。」

「死ね!!!」



——バタン!!!



扉が、閉まった。


「「……。」」


急に、静かになった。


さっきまで、あんなに怒鳴っていたのに。

急に、何も言えなくなった。


ジュディを見る。

ジュディも、こっちを見ていた。


「……。」

「……。」

「……シャワー。」

「……ん?」

「浴びてくるわ。」

「あ。う、うん。」


ジュディが、私の横を通る。


そのまま、その日は。

ジュディとは、話さなかった。




—




翌朝。


三人で、朝ご飯を食べていた。


「……。」

「……。」

「……。」


き、気まずい。

すごく、気まずい。


ジュディは、パンを食べている。

私は、スープを飲んでいる。


ネルは……。


「……あ゛ー。くっそ。」


……眠そうだった。


「とりあえずさぁ。」

「……。」

「……。」


ネルが、私とジュディを見る。


「お互い、謝ればぁ?」

「……。」

「……。」


ジュディと、目が合った。


逸らした。

向こうも逸らした。


「……ネル。」

「なぁに。」

「それで解決するなら、たぶん昨日やってる。」

「めんどくさぁ~~。」

「……。」

「……。」


ネルが、パンを齧る。


「じゃあさぁ。」

「ん?」

「二人とも、とりあえず好きにすればぁ?」

「……好きに?」

「そぉ。」


ネルが、大きく欠伸をした。


「ジュディは、ジュディのやりたいこと。」

「……。」

「カイラは、カイラのやりたいこと。」

「……。」

「今、相手のこと考えても。どーせ、また喧嘩するでしょぉ?」

「……。」


何も、言い返せなかった。


「だからぁ。」


ネルが、スープを飲む。


「一回、自分のことだけ考えればぁ?」

「……自分の。」

「そぉ。」


私の、やりたいこと。


みんなを、幸せにしたい。

でも、誰かを不幸にするかもしれない。


だったら、私は、どうしたい?


「……。」


……分からない。


隣を見る。

ジュディも、何かを考えていた。


「……ジュディ。」

「ん?」


思わず、名前を呼んだ。


「……。」

「何?」

「……なんでもない。」

「そっか。」


また、沈黙が落ちた。


何も、解決していない。


ジュディが言ったことも。

私が言ったことも。


たぶん、どっちも本当だった。


だからこそ。

余計に、どうすればいいのか分からなかった。


「……どうしよう。」


小さく、呟いた。

答えは、まだ出なかった。


第百七十八話、お読みいただきありがとうございました!


喧嘩しましたね。


ジュディとカイラ。

お互い優しい性格だから、真正面からぶつかったことなかったんですよね。

お互い気まずそうなの、まじウケる。


そして、今回犠牲になったのはネルの睡眠時間でした。


次回も20:10、更新予定です!

ブクマやコメントをいただけると、二人がもう少し静かに喧嘩します。

よろしくお願いします!


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