第百七十七話「過去と今」
「久しぶりじゃないか。ジュディ。」
「……。」
——ライアス。
間違いない。
三年前に俺が撃った、カイラの父親。
「……どうした?面白い顔になってるぞ。」
「いや。なるだろ。」
「……それも、そうか。」
「……。」
何から聞けばいい。
聞きたいことが、多すぎる。
「……ライアス。あんたは、俺が、撃った。」
「あぁ。そうだな。」
「死んだ、はずだ。」
「あぁ。確かに、一度死んだ。」
「……なんなんだよ。」
ライアスが、小さく笑った。
「三年前。俺の死体は、アッシュガードに回収された。」
「……。」
「完全に、肉体は活動を停止していたらしい。」
「じゃあ、やっぱ死んでんじゃねぇか。」
「あぁ。死んでいた。」
「……はぁ?」
わけが、分からない。
「そこに、アーヴィンが魔法を使って俺を蘇らせた。」
「蘇らせた?……おい。それって——」
エルドから共有された。
アーヴィンの目論みを思い出す。
「……死者復活事業、か?」
「厳密には、その前段階だ。」
「……前段階?ってことは何か不備があんのか?」
「あぁ。意識は戻せても、肉体までは復元できなかったらしい。」
ライアスが、自分の胸へ手を置く。
「今、俺の心臓はストーンウェアだ。」
「……心臓?そんなストーンウェア、聞いたことねぇぞ。」
「事実として、ある。」
……まぁ。
目の前にいるしな。
「ただし。これだけで、生きているわけじゃない。」
「……。」
「アーヴィンの魔法があって、初めて動く。」
ライアスが、自分の胸を軽く叩いた。
「俺は、実験体だ。俺の命は、文字通りアーヴィンが握ってる。」
「……くそ。」
胸糞悪ぃことを、軽く言いやがって。
そんな俺とは裏腹に、ライアスは笑っていた。
……変わらねぇな。
「なんでだよ。」
「……何がだ?」
「理由はどうあれ、生きてたんだろ?」
「……生きていた。とは少し語弊があるな。」
「……あ?」
「俺が目覚めたのは、一年前だ。」
「……一年前?じゃあ、二年くらいは。」
「寝てたな。そりゃあもう、ぐっすりと。」
……昼寝みてぇに言うなよ。
「いつ起きた、とかは問題じゃねぇだろ。」
「……。」
「あんたは、今こうして話ができる。ならよ。何よりもあんたは……。」
言葉が止まる。
ライアスが、俺を見る。
「……カイラか?」
「あぁ。あんたの、娘だ。」
ほんの少しだけ、ライアスの顔が変わった。
「あんたは、カイラに会ってやるべきだろ。」
「会って、何になる?」
「何って……。親子だろ。理由なんていらねぇよ。」
「いいや。明確に会えない理由があるさ。」
「……気まずいとかだったら、ぶっ飛ばすからな?」
「そんなんじゃ、ないさ。」
じゃあ、何なんだよ。
煮え切らねぇな。
「……ライアス。あんたは、会いたくねぇのか?」
「もちろん、会いたいさ。」
「……ならいいだろ。カイラだって、あんたに——」
「だからこそ、会えないんだ。」
「……意味わかんねぇよ。」
ライアスが、倉庫の外を見る。
「俺は、カイラの理想を守るために生きてきた。」
「……あぁ。知ってるよ。」
「汚いことは、俺がやればいい。」
「……。」
「あいつは、綺麗なままで理想を追いかければいい。そう思っていた。」
「……答えに、なってねぇよ。」
綺麗なまま。
アーヴィンも、同じ言葉を使っていた。
「あんたさ。今日、聞いてたんだよな?アーヴィンが、カイラに言ったこと。」
「あぁ。全部な。」
「腹立たねぇのかよ?その場でアーヴィンを止めたって、よかっただろ。」
「止められるわけがない。アーヴィンの言っていることは、間違ってはいない。」
「……正論なら、何言ってもいいって訳じゃねーぞ。」
「いや。あの場でこそ、カイラは言われるべきだった。」
即答だった。
こいつは、カイラが折れるのを分かっていて、黙認したってことか?
「こうなってしまったのは、俺の責任でもある。」
「……なんだよ。自責の念があんなら止めるべきだろーが。」
「俺が守り続けたせいで。カイラ自身の、選択の機会を奪っていた。」
「……。」
ライアスが、一度言葉を止めた。
「だがな。三年前、カイラは自分で覚悟を決めた。俺を撃つ覚悟を。」
「……あんたを撃ったのは、俺だ。カイラは人殺しじゃねーよ。」
「あぁ。知っている。」
「だったら——」
ライアスは、俺を見た。
真っすぐに。
「実際に撃ったのが誰かは、関係ない。」
「……関係、ねぇだと?」
「あぁ。カイラは決めたんだ。理想のために俺を殺すことを、決意した。」
「……。」
「アーヴィンは、決意しただけと言っていたがな。俺はそうは思わない。」
「……だから、なんだよ。」
「ここで俺があいつに会えば、その決意までなかったことにしかねない。」
「……それが、会わない理由だってぇのか?」
ライアスが、少しだけ笑った。
「あぁ。俺はもう、あいつにとって過去でいい。」
「……全然、納得できねーよ。」
「お前の納得は求めてない。これも、カイラのためだ。」
「やっぱ、ただ気まずいだけじゃねーか。ふざけんな。」
「……はは。手厳しいな。」
ライアスは、ひとしきり笑って。
遠くを、見つめていた。
—
お互いに並んで、煙草を吹かした。
俺が懐から、煙草を取り出した時。
ライアスが、俺の煙草をねだったので一本差し出した。
お互いの吐いた煙が、空へと消えていく。
ライアスが、また、静かに口を開いた。
「……ジュディ。」
「なんだよ。」
「俺は、お前にカイラを託した。」
「それは、あんたが死んだらの話だったろ?」
「それは、違う。」
「……。」
「結果として、俺は生きている。でも、お前に託した事実は変わらない。」
「……それさ。」
「何だ?」
「重てぇよ。正直、当時の俺は折れかけた。」
「はははは。」
「笑うなよ!」
三年前。
ライアスと初めて会った日。
こいつは、脈絡もなく俺に言った。
——娘をどうかよろしくな。
意味が、分からなかった。
今でも、よく分からない。
「なんで、よりにもよって俺なんだよ。」
「……分からないか?」
「あぁ。分からねぇな。」
「娘が、お前に惚れると確信していたからさ。」
「——っぶ。」
思わず噴き出した。
煙草の煙が、気管に突っかかる。
「ごほっ。ごっほ。お前ふざけんなよ!」
「……ははは。ふざけてなんてないさ。現に惚れてるだろう?」
「……。」
「お前は、娘の好みのタイプ。ドンズバだ。」
「……おい。真面目に答えろよ。」
「十分真面目なんだけどな。……そうだな。」
ライアスが、少し考える。
「お前は、カイラを導かない。」
「……あ?」
「お前も、答えを持っていないからな。」
「……おい。急に悪口じゃねーか。」
「いや?褒めているさ。」
「……どこがだよ。」
ライアスが、俺を見る。
「あいつが転んだら、お前も一緒に転ぶだろ。」
「……。」
「で。一緒に困る。」
「……やっぱ、褒めてねぇだろ。」
「褒めてるさ。何度も言わせるな。」
「ぜってぇ違う。」
ライアスが、笑った。
「俺には、それができなかったんだ。」
「……。」
「俺は、いつだって、先に答えを勝手に決めた。カイラが、歩きやすいように。路上に転がる障害物をひたすらに排除した。」
「……親は、多少そうしちまうもんだろ。普通だよ。」
「いや。押し付け続ければ、それはあいつの選択じゃなくなる。カイラに必要なのは、険しい道の歩き方だった。」
少しだけ。
ライアスの声が、小さくなった。
「お前は、違う。お前も、正解が分からない。」
「うるせぇよ!」
「ははは。だからこそ、二人で険しい道を歩いていける。」
「……。」
「どうすればいいのか。お互いに傷つきながら、な。」
ライアスは、煙草を吸って。
空を仰いだ。
「……だから。」
「……。」
「今は、お前がいい。」
なんだよ。その言い方。
ライアスにつられて、俺も空を仰いだ。
—
「……で。本題入っていいか?」
「……なんだ?」
「俺を、呼んだ理由は?思い出話するためって訳じゃねーだろ?」
ライアスの顔から。
少しだけ、笑みが消えた。
「決まってるだろ?」
「……あんだよ。」
ライアスが、俺を見る。
「お前を生かすためだよ。」
「……は?」
思わず、面食らった。
予想していない言葉だった。
「まさか、お前が死に体だとはな。」
「……。」
「託した俺の目は、節穴だったかな。」
「……お前と一緒にすんなよ。まだ一回も死んでねぇ。」
「似たようなものだろ?」
「……違ぇよ。」
……違ぇよな?
あれ、自信なくなってきた。
「……でも、生かすたって、どうやって?」
「お前は、エミリを放って自分だけ助かる気はないんだろ?」
「……あぁ。もちろん。」
「なら、先にそっちを片付ける。」
「……。」
「お前の方針に、乗っかってやる。」
ライアスが、端末を取り出す。
その画面には、アッシュガードの施設図が表示されていた。
「……エミリの居場所か?」
「あぁ。察しがいいな。」
「……ここ、どこだよ?」
ライアスが、画面を指で拡大する。
「お前も午前中に来ただろ。アッシュガード本部、その地下だ。」
「……本部の、地下かよ。」
「エミリは、アーヴィンにとっては重要な人物だ。近くに置くのは当然だろう?」
「……確かにね。」
今日、ネルと散々アッシュタウンを探した。
……見つからないわけだ。
「ただし、場所は一定じゃない。」
「……ん。どういうことだ?」
「地下施設内を、定期的に移動している。」
「……それは、なんでだ?」
「外部に、詳細な位置を特定されないためだ。」
「……じゃあ、今の場所聞いても。」
「あぁ。明日には変わっている。」
ライアスが、端末を操作する。
俺の視界に、見知らぬ通信先が追加された。
「移動先は、確定したら俺から送る。」
「……それ、大丈夫なのか?」
「何がだ?」
「もし、アーヴィンにバレでもしたら……。」
「まぁ、死ぬだろうな。」
「……軽ぃんだよ。」
「一度死んでる。今さらだろ。」
「……それを、自分自身を蔑ろにする理由にすんなよ。」
「お前に、言われたくないな。」
「……。」
……痛ってぇ。言い返せねぇ。
「ただし。」
「……何だよ?」
「このまま突っ込むようなマネはするなよ?」
「んなこと、分かってるよ。」
「本部の地下。警備の数もそうだが、何かあればすぐにアーヴィンが降りてくる。」
「……そりゃ。そーだろ。」
「本当に分かってんのか?」
「……分かってるって。」
「本当に?」
「しつけぇよ!!!」
ライアスが、笑った。
俺は、ライアスの端末を見る。
ここから、エミリの場所が送られてくる。
「……ジュディ。」
「ん?」
「どうする?」
どうするも、何もねぇだろ。
「決まってるさ。」
「……。」
「エミリを、迎えに行く。」
「あー。決め顔のところ悪いがな。」
「……。」
「作戦は、立て次第こちらにも共有しろよ?」
……水、差すなよ。
第百七十七話、お読みいただきありがとうございました!
ライアス。
死に戻り心臓ストーンウェアおじさんです。怖いですね。
ジュディにカイラを託した理由も明らかになりましたね。
答えを用意するライアス。
一緒に困るジュディ。
……本当にジュディで、いいんでしょうか。
次回も20:10、更新予定です!
ブクマやコメントをいただけると、ライアスの心臓が元気になります。
よろしくお願いします!




