第百七十六話「仮面の男」
通話は、すぐに繋がった。
『……なんだ。』
開口一番、それだった。
こいつは、もっと愛想ってものを覚えた方がいいな。
(……ザイン。今どこ?)
『お前は、もっと愛想ってものを身につけた方がいい。今は、宿泊施設だ。』
(うるせぇな……。ちょっと、頼みがあんだけど。)
『……碌なことではないな。』
(まだ、何も言ってねぇけど。)
『いい。ただの愚痴だ。で、頼み事とはなんだ?』
(ガレスと、通信したい。)
『ガレス。それは、アッシュタウンから、外と通信がしたいと?』
(あぁ。できるか?)
『できるな。』
思わず、足を止めた。
(え、できんの?)
『なんだ。都合がいい回答だろう?』
(……いや、そうなんだけどさ。)
アッシュタウンは、外部との通信を遮断している。
それは、何度も確認していた。
『とりあえず、座標を送る。一人で来い。』
(……なんで、一人?)
『不特定多数の人間に、知られたくない。』
(ってことは、裏口なんだな?)
『……来れば分かる。』
通信が、切れた。
……怖ぇな。
届いた座標を確認する。
宿泊施設から、そう遠くはない。
俺は、そのまま指定された場所へ向かった。
—
指定された場所は、再開発区域の端にある古い三階建ての建物だった。
外壁は崩れ。
窓も、ほとんど割れている。
その入口で、ザインが煙草を吸っていた。
「……よぉ、ザイン。」
「あぁ。」
「なんで、ここ?廃墟じゃねーか?」
「意味もなく、ここに呼ぶわけないだろう。中は生きている。」
「……何が?」
「通信設備だ。」
ザインは、煙草を足元へ落とし、もみ消した。
そのまま、建物の奥へと歩いていく。
「あ、おい!」
「……いいから、ついて来い。」
「……。」
ザインの後を追う。
埃っぽい廊下を抜け、階段を降りる。
地下の壁際に、古い端末が置かれていた。
「ここ、何なんだ?」
「元々は、何かの事務所だったようだな。」
「……そこに、何でお前が使える端末があんだよ?」
「俺が、残しておいた。」
「……。」
ザインが、端末へ触れる。
——ピッ。
死んでいたはずの画面に、光が灯った。
「……これで、繋がんのか?」
「あぁ。MANAの技術を使って、バックドアを仕込んである。」
「一応聞いておくけど、勝手にだよな?」
「当然だろう。」
「……怖ぇな。お前。」
「今さらだろう?」
ザインが、端末を操作する。
「アッシュタウンには、外壁を起点として強力なジャミングが張ってある。街全体を覆うようにな。」
「あぁ。だから、外と通信できねぇんだろ。」
「しかし、全てをジャミングするわけではない。アッシュガードのIDを使えば、外と通信が行える。」
「……んで?」
「この端末からの通信を、アッシュガードのIDだとシステムに誤認させる。」
「……完全に、アウトじゃん。」
「あぁ。アウトだな。」
「どう考えてもリスクだろ?なんで、こんなもん仕込んでんだ?」
「当然だ。依頼主を信用していなかったからな。」
「……依頼主?」
「無論、アッシュガードだ。」
思わず、ザインを見る。
「MANAって、アッシュガードと仕事してたのか?」
「いや。厳密には俺が、傭兵として受けた。」
「……アルカナの情報を、探ってた時か。」
「あぁ。この端末を仕込んだのは三年前。カリドでの依頼を受けた時だ。」
「……カリド?」
三年前の、カリド。
確か、ザインと最初に出会ったのは……。
「おい、ザイン。それって——」
「……繋がったぞ。」
ザインが、端末から手を離した。
画面に、見慣れた男の顔が映る。
『……誰だ。』
「よぉ。ガレス。」
『ジュディ?なぜ非通知の回線でお前が出てくる。アッシュタウンはどうした?』
「まだアッシュタウンだ。どうしても声が聞きたくてさ。」
『止めろ。気持ちが悪い。……この識別パターンは、MANAの通信か?』
その言葉で、ザインが眉を上げた。
「……ほう。分かるのか?」
『その声は、ザインか?……なるほどな。』
「あぁ。ジュディに頼まれてな。無償で。」
『っふ。無償かどうかはこれからだろう?』
「あぁ。たんまり請求するさ。飲み会もハブられたからな。」
「……怖ぇこと言うなよ。」
思わず、声が出た。
画面の向こうで、ガレスが葉巻を咥えている。
『それで?わざわざリスクを冒してまで通信を繋いだ理由は?』
「あぁ。追加で調べてほしいことがある。」
『……聞こう。』
「アッシュタウンの再開発に関わってる企業のリストがほしい。」
『……随分と、広いな。』
「運送。建設。食料。資材。人材。なるべく詳細に。」
『なんだ。いつもと違って表の情報だな。一体何に使うんだ?』
「アーヴィンとの交渉に使えるかなってさ。まだどう使うかは分かんねぇけど。」
『……なるほど。』
ガレスが、少しだけ目を細める。
『元請け。主要取引先。契約規模。搬入量。その辺りまでは追える。』
「あー、もっと下も知りたい。子会社とか、実際の働き手のリストとか。」
『アッシュタウンは通信が遮断されている。外から取れるのは概要までだ。』
「……分かった。リスト貰えれば、こっちで内側から動く。」
『ふむ。らしくなってきたじゃないか。……いつまでだ?』
「早いほど、助かるな。」
『……今夜中に、今通話している端末に送っておく。朝、回収しに来い。』
「悪いな。助かるよ。」
これで、少なくとも足場はできる。
外から骨組みを調べて。
中にいる人間は、この街で見る。
『では、他にないなら切るぞ。早速取り掛かろう。』
「……あぁ。」
通信を切ろうとして、手が止まった。
「あ、ザイン。」
「……何だ。」
「さっきの、三年前って何のことだ?」
『……三年前?』
「あぁ。さっき、ザインが三年前にアッシュガードから傭兵として仕事を受けたって。」
『……ほう?』
「俺にも、関係ある……らしんだけどさ。」
ザインが、ガレスの映る画面を見る。
「丁度いい。その辺りは、こいつの方が詳しいだろう。」
「……ガレスが?」
『……何だ。』
「三年前に、ザインが受けたアッシュガードの仕事ってなんだ?」
『……それは、カリドでの仕事か?』
「あぁ。」
『……。』
ガレスが、少しだけ間を置いた。
『当時、ザインを傭兵として雇っていた依頼主は、ライアス・ドゥーナだ。』
「……は?」
『他にも、マグとシン。合計で、三人を雇用していたな。』
「……。」
思考が、止まった。
三人の護衛。カリドでの依頼。
俺たちが、転送装置を奪取する時に相対した人数と、同じ。
「それは、おかしい。」
『何がだ?』
「……ライアスは、カリドの企業。イグニスの所属だろ?」
『違うぞ。ジュディ。』
「……は?」
『カイラは、イグニスの所属だった。しかし、ライアスは、イグニスの外部顧問にすぎん。』
ガレスが、葉巻を置く。
『ライアス・ドゥーナの本来の所属は、アッシュガードだ。』
「……はぁ?」
ライアスが、アッシュガード?
俺は、過去の記憶を探る。
ライアスと出会った時。三年前。
「……。」
あいつは、確かに言っていた。
——一応、イグニスの外部顧問を務めている。
外部顧問。確かに、本人はそう言っていた。
——そうだ。
あいつは一度も、イグニスの人間だとは言っていない。
『もっとも。本人は三年前に死亡している。』
「……あぁ。」
『今さら所属を知ったところで、どうにもならんがな。』
指先が、少しだけ止まった。
「……そう、だよな。」
『なんだ。他に気になることがあるのか?』
「いや。今のところは、なんも。情報、頼むよ。」
『……あぁ。』
「ザインも、ありがとな。」
「礼はいらん。きっちり請求するさ。」
「……なんか、お前ら似てるよな。」
「『やめろ。』」
「……息、ぴったりじゃん。」
通信が、切れた。
地下に、静けさが戻る。
「……。」
「どうした?ジュディ。」
「……いや。」
ライアスが、アッシュガード。
……知らなかった。
「もう、用はないだろう。長居したくない。さっさと戻るぞ。」
「……あぁ。」
ザインが、階段へ向かう。
その背中を追おうとして。
——ピッ。
視界の隅に。
見慣れない表示が出た。
「……ん?」
送信者が、ない。
履歴にも、何も残っていない。
表示されているのは、短い数字の羅列だけ。
どこかの、座標だった。
—
ザインと別れ、指定された座標へと向かった。
「……なんだ?ここ。」
指定された場所は、アッシュタウンの西側だった。
復旧の手が、まだ入っていない区域。
崩れた建物に、割れた道路。
街灯すら、ほとんど点いていない。
「……。」
安易に、来るべきじゃなかったかもな。
ザインに、同行してもらうべきだったかもしれない。
……いや、今さらだな。
太もものホルスター。
そこに格納されている銃へ、手を添える。
座標の場所へ近づくと、そこには古い倉庫があった。
扉は、開いている。
「……嫌な予感しかしねぇ~。」
中へと、入る。
やけに、暗い。
天井の一部が崩れ、夕方の光が細く差し込んでいる。
「……あ?」
その中央に。
一人の男が、立っていた。
「……。」
黒いスーツ。顔には、仮面。
午前中に、アーヴィンの隣にいた男。
「……お前。」
男は、何も答えない。
「アーヴィンの、側近だよな?」
「……。」
「俺を呼んだのは、あんたか?」
「……。」
「……だんまりかよ。」
返事は、ない。
右手を、銃へ掛ける。
「悪いけど。俺もあんまり時間がなくてな。」
「……。」
「何もねぇなら、さっさと——。」
——ヒュッ。
瞬間。
頬の横を、何かが通り抜けた。
「……っ!」
反射的に、身体を横へ倒す。
——バシャッ!
背後の壁へ、水が叩きつけられた。
「……水?」
男が、片手を上げている。
足元から、水が浮かび上がった。
「……おいおいおい!」
銃を引き抜き、発砲。
——パンパンパン!
男が手を前にかざす。
そこから、水の盾が出来上がった。
弾丸は、水の壁に弾かれ、そのまま床へと落ちる。
……水の魔術属性。
嫌なことを、思い出させる。
「……ちっ。」
迷わず、水の壁へ電撃を流す。
——バヂンッ!!!
男は、すぐに水を切り離した。
電流が、床へ落ちた水だけを走る。
「……へぇ。」
両足へと、電撃魔術を流す。
一歩、踏み込む。
強化した脚で、一気に距離を詰める。
「……っ!!」
男の懐へ、右腕を振るった。
——ガンッ!!!
義手が、水で作られた細い刃に止められた。
「……。」
男と、至近距離で目が合う。
……どこか、懐かしい。そう感じる瞳。
「急に、随分なご挨拶じゃねぇか?」
「……。」
「あんた、誰だよ。目的は?」
男は、俺の義手を見た。
次に、脚。
最後に、俺の顔を見た。
「……強くなったな。」
「……あ?」
聞いたことがある、低い声。
まずい。体が、動揺した。
まずは、距離を——。
「……っち。」
細い刃を弾く。
俺は、男と距離を取った。
「……ふぅー。」
「判断も適切だな。三年前とは、別人のようだ。」
三年前。アッシュガード。
……先ほど、聞いた話。
「……あんた。まさか。」
男が。
ゆっくりと、仮面へ手を掛ける。
「あぁ。」
仮面が、外れた。
「……。」
息が、止まった。
見間違えるはずがない。
——三年前。
俺が撃った。死んだはずの男。
「……ライアス。」
昔と変わらない顔で、俺を見る。
そして、少しだけ、笑った。
「久しぶりじゃないか。ジュディ。」
第百七十六話、お読みいただきありがとうございました!
仮面の男。
正体は、ライアスおじさんでしたね。
三年前に、ジュディが確かに撃ったはずの男です。
なんで生きてるんでしょうね。
いやぁ、次回が気になりますね!!
ね!!気になりますよね!!
次回も20:10、更新予定です!
ブクマやコメントをいただけると、ザインがバックドアをもう一本増やします。
よろしくお願いします!




