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スペル・エラー ~娘が生まれるのに異世界へ召喚されたので、何があっても帰ります~  作者: とろたま愚鈍
第二部:第五章|アッシュタウン編

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第百七十五話「敗北の後」

「……分かんねぇな。」

「分かんないねぇ。」


俺の背中の上で、ネルが端末を閉じた。

なぜか俺は、ネルをおんぶしている。


「本当にわかんないか?天才だろ?」

「天才でも、本当にわかんなぁい。」

「もう一回くらいさ。回ってみねぇか?」

「何回見ても、分かんないものは分かんないよぉ。」


昼過ぎから、アッシュタウンの中を歩き回っていた。


研究施設。医療設備。警備の厚い建物。


エミリを匿っている施設に、当たりを付けるためだ。

エミリを利用するつもりなら、それなりの設備が必要になるはず。


そう考えて、ネルと候補を潰していた。

そして、途中からネルが『もう歩けない』とか抜かしているので、この状態だ。


「表に出てる施設には、それらしい痕跡がないねぇ。」

「……じゃあ、地下とかか?」

「あるかもねぇ。でも~。」

「入口が分からなきゃ、意味ねぇな。」

「そ~いうことぉ。」


ネルが、肩を竦めた。

今は、リオ・サーンの姿をしている。


見た目だけなら、どこからどう見ても真面目な研究者だ。

喋らず、俺の背中の上にさえいなければ。


「アッシュガードの中でも、相当限られた人間しか知らないんじゃない~?」

「……アーヴィンは、まぁそうだとして。ショーンとか。あと、あの仮面の奴とか?」

「その辺りは、確実だろうねぇ。」

「他に心当たりあるか?」

「分かんなぁい。」

「……参ったな。」


午前中は、交渉で負けた。

今は、情報すら拾えない。


なかなか順調だな。

悪い意味で。


「とりあえず。一旦、戻るか。」

「ん~。賛成ぃ~。腕疲れたしぃ。」

「……それ俺のセリフじゃね?」

「そんなことないよぉ。しがみつくのも体力使うんだよぉ。」


……こ、こいつ。


「カイラ達も、そろそろ戻ってるだろ。」

「そうだねぇ。結構時間空いたしねぇ。」

「あぁ。一旦、お互いの情報を持ち寄ろう。」

「……カイラ。どうだったんだろうねぇ?」

「昨日、寝ないで資料作ってたからなぁ。」


視界の隅にある、通知を開く。

カイラから、まだ連絡は来ていない。


「……ま。帰れば分かるか。」

「だねぇ。」


二人で、宿泊施設へ戻った。




—




「戻りました。」


扉を開けるが、返事はなかった。


「……ん?」


共有スペースには、エルドがいた。

椅子へ座り、端末を眺めている。


「あぁ。お帰り、二人とも。」

「はい。ただいま戻りました。」

「……随分、疲れているようだね。」

「えぇ。何の成果もありませんでしたね。あと腕疲れました。」

「……ん?腕?」

「あっは!ホントに、何もなかったねぇ~。」


ネルが、外見に似合わない声を出す。

俺は、部屋の中を見回した。


「あれ?エルドさん。カイラは?」

「……。」


エルドさんが、隣の部屋を指差した。

扉は、少しだけ開いている。


そっと、覗く。


「……。」


カイラが使っていた、ベッドがあった。


正確には。

ベッドの上の布団が、人の形に膨らんでいた。

頭まで、完全に被っている。


「……カイラ?」

「……。」

「寝てんのか?」

「……はい。寝てます。」

「喋ってんじゃん。」

「寝てるの!うるさい!バカ!」

「……あ、荒れてんな……。」


扉を閉めた。

ネルが、俺を見る。


「何、あれぇ?」

「いや。全然わかんない。」

「……。」


二人で、エルドを見る。

少しだけ、困ったように笑っていた。


「……負けたんだよ。」

「……接見、そんなに酷かったんですか?」

「いや。これは、何と言ったらいいのか。」


俺とネルは、椅子へ座った。


「とりあえず、聞かせてくれませんか?」

「……そうだね。」


エルドが、端末を机に置いた。

それから、ぽつぽつと接見の内容を語りだした。


死者復活事業という計画。

エミリを依代に、エルナを復元しようとしていること。


そして、カイラが転送装置を使った物流改善を提案したこと。


提案そのものは、アーヴィンにも高く評価されたらしい。

しかし、問題になったのは、その先だった。


「転送装置を本格導入すれば、運送業者の仕事を奪う可能性がある。」

「……あぁ。なるほど。」


それは、まぁ、そうだよな。

新しい技術が導入されれば、ハレーションは少なからず起きる。


でも、それは人が生活をより良くしていく上で避けては通れないことだ。

ある意味、ここで順応できるかの生存競争が発生する。

社会なら、まぁ普通のことだとは思うけれど。


「そこを、アーヴィンに指摘された。」

「……それで、答えられなかった?」

「あぁ。」

「なるほど。」


それなら、まぁ、分かる。

でも、それだけでカイラがあそこまで凹むだろうか?


「ただ。問題は、その先だね。」

「……先?提案はダメだったんですよね?」

「あぁ。先だ。」


エルドが、少しだけ隣の部屋を見る。


「その後、アーヴィンはカイラ君自身の話へ踏み込んだ。」

「……何を?」

「彼女が紛争孤児だったこと。ライアスに育てられたこと。三年前のことまで、知っていた。」

「……なんで、そこまで。」

「それは、私にも分からない。その上で、カイラ君の理想を否定した。」

「……なんて、言ったんです?」

「……。」

「エルドさん。何て言ったんですか?」


エルドは、少しだけ間をおいた。

そして、静かに口を開いた。


「要約すると、そうだな。覚悟をしただけで、何も犯していない。」

「……。」

「子供の砂遊びに、付き合っている時間はない。だったかな?」

「……は?」


その言葉に、思わずエルドを睨んでしまう。


「事実だよ。アーヴィンは、カイラ君の過去を知っていた。」

「……聞こえてたよ。俺が突っかかったのはそこじゃねぇ。」

「……敬語が、抜けているよ。」

「提案が刺さらなかったなら、そう言えば終わりだろ。」

「……ジュディ。」

「理想まで否定する権利が、アーヴィンにあるのか。」

「少し、落ち着きなさい。」


エルドが、困ったように笑った。


「……落ち着いてますよ。」

「全然、見えないけどね。」

「……。」


隣の部屋は、静かだった。


「アーヴィンは、無駄なことをする人物じゃない。」

「……だから、何です?」

「……いや。」


俺は、椅子から立ち上がった。


「ジュディ君?」

「エルドさん。」

「……あ、あぁ。なんだい?」

「転送装置そのものは、刺さってたんですよね?」

「あぁ。間違いないよ。かなり高く評価していた。」

「……。」


上着を、手に取る。


「じゃあ、潰されたのは技術じゃねぇ。」

「……。」

「問題は、落とし込み方だ。」


「……ジュディ?」


ネルが、俺を見る。

上着を羽織った。


「……どこ、行くんだよ。」

「情報がいる。」

「情報?」

「これじゃあ、引っ込みつかねぇだろ。」


エルドが、座ったまま俺に尋ねた。


「……何をするつもりだい?」

「この街の情報を調べます。もっと細かく。」


運送業者は何人いる。

どういう会社が、ある。


何を、運んでいる。


どこからどこまでが仕事で。

転送装置を入れたら、何が消える。


「分からないなら、調べればいい。」

「……。」

「カイラは、まだ負けてない。」



「——ジュディ!!!!」



ネルの声が、響いた。

思わず、ネルを見る。


「……ネル?」

「お前、状況分かってる?」

「……分かってるよ。」

「分かってないだろ!!!」


ネルが、立ち上がった。


「いい加減にしろよ。お前、あと二十日なんだぞ。」

「……それも、分かってる。」

「じゃあ、今優先すべきは何だ?」


ネルが、俺を睨んだ。


「カイラを、負けさせないことか。違うだろ?」

「……。」

「お前は、まず生きるために動くべきだ。」


部屋が、静かになる。

隣の部屋からも、何も聞こえない。


「忘れてねーって。大丈夫。」

「……。」

「情報を集めるのは、何もカイラのためだけじゃねーよ。」

「……本当か?」

「本当だよ。」


ネルは。

しばらく、俺を見ていた。


「この街の情報が増えれば、エミリの居場所に繋がる可能性もある。」

「……。」

「アッシュガードの裏側が分かれば、アーヴィンの研究施設だって見つかるかもしれない。」

「……。」

「だから。俺のためでもある。」


嘘じゃない。

少なくとも、全部は。


「……分かった。ってことにしておく。」

「ネル。」

「……何だよ?」

「カイラ、頼むわ。」

「……。」


ネルの顔が。

一気に、険しくなった。


「じゃ。」

「おい!!!」


扉を開ける。


「ジュディ君。」


エルドから、声が飛んできた。

振り返る。


「……なんです?」

「私は、この後アルカナへ報告を行う。」

「はい。」

「アーヴィンの提案についても、カイラ君の件についても。」

「……。」

「君が動くことを止めるつもりはない。ただ、無茶はしないように。」

「……善処します。」

「それは、やる人間の言葉だね。ちょっとは忠告も聞いてくれよ?」

「ははは。すんません。」


表情だけは、笑いながら。

俺は、扉を閉めた。


………………。

…………。

……。


外へ出る。

日は、もう傾き始めていた。


脳内で、通信画面を開く。


この街の中から、外への通信は行えない。

それは分かってる。


でも外へ繋がる可能性を、一番持っていそうな奴なら知っている。


連絡先を開く。

通信技術に強い企業であるMANAの役員。


——ザイン・ヴァルト。


今、ザインはこのアッシュタウンにいる。

そして、アッシュタウンの中にいる者同士なら、通信は繋がる。


「……。」


呼び出しを押した。




—




「……あの野郎ぅ。」


扉が閉まった後、誰に言うでもなく呟いた。

ジュディは、行ってしまった。


自分のためでもある。


あいつは、そう言った。

嘘ではないんだと思う。


事実、アッシュガードの情報を集めれば、エミリにも繋がるかもしれない。


本当に、あいつは馬鹿だ。

自分のためだと言っておきながら。


その目には、いつも他人しか映っていない。


「……。」


私は、隣の部屋を見る。


エルドは、一旦カルディアへ帰った。

ゼノ社長に、判断を仰ぐのだろう。


今この部屋には、私と、もう一人。


「はぁ~。なんで。私がこんなこと……。」


らしくない。分かっている。

でも、今のジュディを止めるなら、根本から叩くしかない。


私は、部屋の扉をノックした。


「……カイラ。」

「……。」


返事はない。でも、起きている。

そのまま、扉を開けた。


「……。」


丸まった、布団。

さっきと変わらない。


ただ、先ほどとは違い、頭だけは、布団から出ていた。


片手には端末が握られている。

そして、もう片方の手には。


「……。」


——パリッ。


黄色い袋に手を突っ込んで、薄い何かを取り出す。

そのまま、口へと一定のリズムで運んでいた。


——パリッ。


「ポリッ。ポリッ。」

「……あれは。」


……ポテチ食ってる……。


「……。」


——パリッ。


片手に端末、片手にポテチ。しかも、布団の上で。

……怠惰の、極みだな。


「……カイラ。」

「……ポリ。ポリ。」

「カイラ・ドゥーナ。」

「……何でしょうか?今忙しいのです。」

「……。」


忙しいわけあるか。

こいつは、さっきの会話が聞こえていたはずだ。


「……立て。」

「嫌です。」

「いいから、とりあえず立て!」

「……嫌ですって!」


……こ、こいつ。

思考を、読むまでもない。明らかに、ふてくされてる。

私は、掛け布団を引っ剥がした。


「ポテチなんて、今食べてる場合なのか?」

「……布団返して。ちゃんと、考えてるもん。」

「考えてないだろ!!!」

「考えてるもん!!!」


片手から、袋を奪った。


「あ!何すんの!返してよ!ポテチ!!!!」

「うるさい!!いいから立て!!」

「ネルに、関係ないでしょ!!」

「関係ある!!」

「……何でよ!!!」

「お、お前が、腑抜けてると!!!」


思わず、声が震えてしまった。

あぁ。本当に、らしくない。


「ジュ、ジュディが、お前のために動いちゃうんだよ!!!」

「……っ。」

「お前が!!自分より大事だから!!動いちゃうんだ!!」

「……。」


カイラの顔から、少しだけ力が抜けた。


「……ジュディ。」

「そうだよ。」

「……。」

「お前が傷付いたままだと。あの馬鹿は、勝手に動く。」

「……止めてよ。」

「止められるわけないのは、カイラが一番分かってるでしょ?」

「……。」

「自分の命もまともに見ないで。……あと二十日しかないのに。」

「……っ。」


カイラが、端末を見る。

画面には、昨日作った資料が、まだ開かれていた。


「……私の、せいなの?」

「それは、違う。」


即答した。


「ジュディが馬鹿なのは、ジュディのせいだ。」

「……。」

「でもな。」


袋を、握る。


「お前が腑抜けてたら、あの馬鹿は何回でも勝手に動く。分かるだろ?」

「……うん。」

「だったら。あの馬鹿が大切なら……。」


カイラを見る。


「お前のためじゃない。ジュディのために、お前は立て!!!」

「……。」


カイラは、しばらく何も言わなかった。

布団の上で、端末の画面を見ていた。


「……ネル。」

「なに。」

「とりあえず、ポテチ、返して。」

「……嫌だ。」

「お願い。返して。」

「嫌だって。」


「……。」

「……。」


カイラが、布団から少しだけ上半身を起こした。


「考える。ちゃんと。考えるから。」

「……。」


袋を見て、カイラを見る。

そして、もう一度、袋を見た。


「……あー。」


袋を口元へ持っていった。


「……え?」


——ザザーッ!!!


「——あー!全部食べたぁ!!!」

「こんなもんに頼らずに、自分で立てよ!!」

「さ、最低!最低です!私のポテチなのに!!!」

「うるさい!!!」

「か、返してください!!!」

「もうない!食ったから!!」

「ネルの、バカぁ!!!」


知るか馬鹿。

ポテチなんて、また買えばいい。


私は、空になった袋を握り潰した。


第百七十五話、お読みいただきありがとうございました!


カイラ、絶賛ふて寝中。

そして、またジュディの悪い癖が出てましたね。


ネルも、バチギレしてます。



そして、色々重なった結果。

ポテチが、犠牲になりました。



次回も20:10、更新予定です!

ブクマやコメントをいただけると、カイラのポテチ代になります。

よろしくお願いします!


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