第百七十五話「敗北の後」
「……分かんねぇな。」
「分かんないねぇ。」
俺の背中の上で、ネルが端末を閉じた。
なぜか俺は、ネルをおんぶしている。
「本当にわかんないか?天才だろ?」
「天才でも、本当にわかんなぁい。」
「もう一回くらいさ。回ってみねぇか?」
「何回見ても、分かんないものは分かんないよぉ。」
昼過ぎから、アッシュタウンの中を歩き回っていた。
研究施設。医療設備。警備の厚い建物。
エミリを匿っている施設に、当たりを付けるためだ。
エミリを利用するつもりなら、それなりの設備が必要になるはず。
そう考えて、ネルと候補を潰していた。
そして、途中からネルが『もう歩けない』とか抜かしているので、この状態だ。
「表に出てる施設には、それらしい痕跡がないねぇ。」
「……じゃあ、地下とかか?」
「あるかもねぇ。でも~。」
「入口が分からなきゃ、意味ねぇな。」
「そ~いうことぉ。」
ネルが、肩を竦めた。
今は、リオ・サーンの姿をしている。
見た目だけなら、どこからどう見ても真面目な研究者だ。
喋らず、俺の背中の上にさえいなければ。
「アッシュガードの中でも、相当限られた人間しか知らないんじゃない~?」
「……アーヴィンは、まぁそうだとして。ショーンとか。あと、あの仮面の奴とか?」
「その辺りは、確実だろうねぇ。」
「他に心当たりあるか?」
「分かんなぁい。」
「……参ったな。」
午前中は、交渉で負けた。
今は、情報すら拾えない。
なかなか順調だな。
悪い意味で。
「とりあえず。一旦、戻るか。」
「ん~。賛成ぃ~。腕疲れたしぃ。」
「……それ俺のセリフじゃね?」
「そんなことないよぉ。しがみつくのも体力使うんだよぉ。」
……こ、こいつ。
「カイラ達も、そろそろ戻ってるだろ。」
「そうだねぇ。結構時間空いたしねぇ。」
「あぁ。一旦、お互いの情報を持ち寄ろう。」
「……カイラ。どうだったんだろうねぇ?」
「昨日、寝ないで資料作ってたからなぁ。」
視界の隅にある、通知を開く。
カイラから、まだ連絡は来ていない。
「……ま。帰れば分かるか。」
「だねぇ。」
二人で、宿泊施設へ戻った。
—
「戻りました。」
扉を開けるが、返事はなかった。
「……ん?」
共有スペースには、エルドがいた。
椅子へ座り、端末を眺めている。
「あぁ。お帰り、二人とも。」
「はい。ただいま戻りました。」
「……随分、疲れているようだね。」
「えぇ。何の成果もありませんでしたね。あと腕疲れました。」
「……ん?腕?」
「あっは!ホントに、何もなかったねぇ~。」
ネルが、外見に似合わない声を出す。
俺は、部屋の中を見回した。
「あれ?エルドさん。カイラは?」
「……。」
エルドさんが、隣の部屋を指差した。
扉は、少しだけ開いている。
そっと、覗く。
「……。」
カイラが使っていた、ベッドがあった。
正確には。
ベッドの上の布団が、人の形に膨らんでいた。
頭まで、完全に被っている。
「……カイラ?」
「……。」
「寝てんのか?」
「……はい。寝てます。」
「喋ってんじゃん。」
「寝てるの!うるさい!バカ!」
「……あ、荒れてんな……。」
扉を閉めた。
ネルが、俺を見る。
「何、あれぇ?」
「いや。全然わかんない。」
「……。」
二人で、エルドを見る。
少しだけ、困ったように笑っていた。
「……負けたんだよ。」
「……接見、そんなに酷かったんですか?」
「いや。これは、何と言ったらいいのか。」
俺とネルは、椅子へ座った。
「とりあえず、聞かせてくれませんか?」
「……そうだね。」
エルドが、端末を机に置いた。
それから、ぽつぽつと接見の内容を語りだした。
死者復活事業という計画。
エミリを依代に、エルナを復元しようとしていること。
そして、カイラが転送装置を使った物流改善を提案したこと。
提案そのものは、アーヴィンにも高く評価されたらしい。
しかし、問題になったのは、その先だった。
「転送装置を本格導入すれば、運送業者の仕事を奪う可能性がある。」
「……あぁ。なるほど。」
それは、まぁ、そうだよな。
新しい技術が導入されれば、ハレーションは少なからず起きる。
でも、それは人が生活をより良くしていく上で避けては通れないことだ。
ある意味、ここで順応できるかの生存競争が発生する。
社会なら、まぁ普通のことだとは思うけれど。
「そこを、アーヴィンに指摘された。」
「……それで、答えられなかった?」
「あぁ。」
「なるほど。」
それなら、まぁ、分かる。
でも、それだけでカイラがあそこまで凹むだろうか?
「ただ。問題は、その先だね。」
「……先?提案はダメだったんですよね?」
「あぁ。先だ。」
エルドが、少しだけ隣の部屋を見る。
「その後、アーヴィンはカイラ君自身の話へ踏み込んだ。」
「……何を?」
「彼女が紛争孤児だったこと。ライアスに育てられたこと。三年前のことまで、知っていた。」
「……なんで、そこまで。」
「それは、私にも分からない。その上で、カイラ君の理想を否定した。」
「……なんて、言ったんです?」
「……。」
「エルドさん。何て言ったんですか?」
エルドは、少しだけ間をおいた。
そして、静かに口を開いた。
「要約すると、そうだな。覚悟をしただけで、何も犯していない。」
「……。」
「子供の砂遊びに、付き合っている時間はない。だったかな?」
「……は?」
その言葉に、思わずエルドを睨んでしまう。
「事実だよ。アーヴィンは、カイラ君の過去を知っていた。」
「……聞こえてたよ。俺が突っかかったのはそこじゃねぇ。」
「……敬語が、抜けているよ。」
「提案が刺さらなかったなら、そう言えば終わりだろ。」
「……ジュディ。」
「理想まで否定する権利が、アーヴィンにあるのか。」
「少し、落ち着きなさい。」
エルドが、困ったように笑った。
「……落ち着いてますよ。」
「全然、見えないけどね。」
「……。」
隣の部屋は、静かだった。
「アーヴィンは、無駄なことをする人物じゃない。」
「……だから、何です?」
「……いや。」
俺は、椅子から立ち上がった。
「ジュディ君?」
「エルドさん。」
「……あ、あぁ。なんだい?」
「転送装置そのものは、刺さってたんですよね?」
「あぁ。間違いないよ。かなり高く評価していた。」
「……。」
上着を、手に取る。
「じゃあ、潰されたのは技術じゃねぇ。」
「……。」
「問題は、落とし込み方だ。」
「……ジュディ?」
ネルが、俺を見る。
上着を羽織った。
「……どこ、行くんだよ。」
「情報がいる。」
「情報?」
「これじゃあ、引っ込みつかねぇだろ。」
エルドが、座ったまま俺に尋ねた。
「……何をするつもりだい?」
「この街の情報を調べます。もっと細かく。」
運送業者は何人いる。
どういう会社が、ある。
何を、運んでいる。
どこからどこまでが仕事で。
転送装置を入れたら、何が消える。
「分からないなら、調べればいい。」
「……。」
「カイラは、まだ負けてない。」
「——ジュディ!!!!」
ネルの声が、響いた。
思わず、ネルを見る。
「……ネル?」
「お前、状況分かってる?」
「……分かってるよ。」
「分かってないだろ!!!」
ネルが、立ち上がった。
「いい加減にしろよ。お前、あと二十日なんだぞ。」
「……それも、分かってる。」
「じゃあ、今優先すべきは何だ?」
ネルが、俺を睨んだ。
「カイラを、負けさせないことか。違うだろ?」
「……。」
「お前は、まず生きるために動くべきだ。」
部屋が、静かになる。
隣の部屋からも、何も聞こえない。
「忘れてねーって。大丈夫。」
「……。」
「情報を集めるのは、何もカイラのためだけじゃねーよ。」
「……本当か?」
「本当だよ。」
ネルは。
しばらく、俺を見ていた。
「この街の情報が増えれば、エミリの居場所に繋がる可能性もある。」
「……。」
「アッシュガードの裏側が分かれば、アーヴィンの研究施設だって見つかるかもしれない。」
「……。」
「だから。俺のためでもある。」
嘘じゃない。
少なくとも、全部は。
「……分かった。ってことにしておく。」
「ネル。」
「……何だよ?」
「カイラ、頼むわ。」
「……。」
ネルの顔が。
一気に、険しくなった。
「じゃ。」
「おい!!!」
扉を開ける。
「ジュディ君。」
エルドから、声が飛んできた。
振り返る。
「……なんです?」
「私は、この後アルカナへ報告を行う。」
「はい。」
「アーヴィンの提案についても、カイラ君の件についても。」
「……。」
「君が動くことを止めるつもりはない。ただ、無茶はしないように。」
「……善処します。」
「それは、やる人間の言葉だね。ちょっとは忠告も聞いてくれよ?」
「ははは。すんません。」
表情だけは、笑いながら。
俺は、扉を閉めた。
………………。
…………。
……。
外へ出る。
日は、もう傾き始めていた。
脳内で、通信画面を開く。
この街の中から、外への通信は行えない。
それは分かってる。
でも外へ繋がる可能性を、一番持っていそうな奴なら知っている。
連絡先を開く。
通信技術に強い企業であるMANAの役員。
——ザイン・ヴァルト。
今、ザインはこのアッシュタウンにいる。
そして、アッシュタウンの中にいる者同士なら、通信は繋がる。
「……。」
呼び出しを押した。
—
「……あの野郎ぅ。」
扉が閉まった後、誰に言うでもなく呟いた。
ジュディは、行ってしまった。
自分のためでもある。
あいつは、そう言った。
嘘ではないんだと思う。
事実、アッシュガードの情報を集めれば、エミリにも繋がるかもしれない。
本当に、あいつは馬鹿だ。
自分のためだと言っておきながら。
その目には、いつも他人しか映っていない。
「……。」
私は、隣の部屋を見る。
エルドは、一旦カルディアへ帰った。
ゼノ社長に、判断を仰ぐのだろう。
今この部屋には、私と、もう一人。
「はぁ~。なんで。私がこんなこと……。」
らしくない。分かっている。
でも、今のジュディを止めるなら、根本から叩くしかない。
私は、部屋の扉をノックした。
「……カイラ。」
「……。」
返事はない。でも、起きている。
そのまま、扉を開けた。
「……。」
丸まった、布団。
さっきと変わらない。
ただ、先ほどとは違い、頭だけは、布団から出ていた。
片手には端末が握られている。
そして、もう片方の手には。
「……。」
——パリッ。
黄色い袋に手を突っ込んで、薄い何かを取り出す。
そのまま、口へと一定のリズムで運んでいた。
——パリッ。
「ポリッ。ポリッ。」
「……あれは。」
……ポテチ食ってる……。
「……。」
——パリッ。
片手に端末、片手にポテチ。しかも、布団の上で。
……怠惰の、極みだな。
「……カイラ。」
「……ポリ。ポリ。」
「カイラ・ドゥーナ。」
「……何でしょうか?今忙しいのです。」
「……。」
忙しいわけあるか。
こいつは、さっきの会話が聞こえていたはずだ。
「……立て。」
「嫌です。」
「いいから、とりあえず立て!」
「……嫌ですって!」
……こ、こいつ。
思考を、読むまでもない。明らかに、ふてくされてる。
私は、掛け布団を引っ剥がした。
「ポテチなんて、今食べてる場合なのか?」
「……布団返して。ちゃんと、考えてるもん。」
「考えてないだろ!!!」
「考えてるもん!!!」
片手から、袋を奪った。
「あ!何すんの!返してよ!ポテチ!!!!」
「うるさい!!いいから立て!!」
「ネルに、関係ないでしょ!!」
「関係ある!!」
「……何でよ!!!」
「お、お前が、腑抜けてると!!!」
思わず、声が震えてしまった。
あぁ。本当に、らしくない。
「ジュ、ジュディが、お前のために動いちゃうんだよ!!!」
「……っ。」
「お前が!!自分より大事だから!!動いちゃうんだ!!」
「……。」
カイラの顔から、少しだけ力が抜けた。
「……ジュディ。」
「そうだよ。」
「……。」
「お前が傷付いたままだと。あの馬鹿は、勝手に動く。」
「……止めてよ。」
「止められるわけないのは、カイラが一番分かってるでしょ?」
「……。」
「自分の命もまともに見ないで。……あと二十日しかないのに。」
「……っ。」
カイラが、端末を見る。
画面には、昨日作った資料が、まだ開かれていた。
「……私の、せいなの?」
「それは、違う。」
即答した。
「ジュディが馬鹿なのは、ジュディのせいだ。」
「……。」
「でもな。」
袋を、握る。
「お前が腑抜けてたら、あの馬鹿は何回でも勝手に動く。分かるだろ?」
「……うん。」
「だったら。あの馬鹿が大切なら……。」
カイラを見る。
「お前のためじゃない。ジュディのために、お前は立て!!!」
「……。」
カイラは、しばらく何も言わなかった。
布団の上で、端末の画面を見ていた。
「……ネル。」
「なに。」
「とりあえず、ポテチ、返して。」
「……嫌だ。」
「お願い。返して。」
「嫌だって。」
「……。」
「……。」
カイラが、布団から少しだけ上半身を起こした。
「考える。ちゃんと。考えるから。」
「……。」
袋を見て、カイラを見る。
そして、もう一度、袋を見た。
「……あー。」
袋を口元へ持っていった。
「……え?」
——ザザーッ!!!
「——あー!全部食べたぁ!!!」
「こんなもんに頼らずに、自分で立てよ!!」
「さ、最低!最低です!私のポテチなのに!!!」
「うるさい!!!」
「か、返してください!!!」
「もうない!食ったから!!」
「ネルの、バカぁ!!!」
知るか馬鹿。
ポテチなんて、また買えばいい。
私は、空になった袋を握り潰した。
第百七十五話、お読みいただきありがとうございました!
カイラ、絶賛ふて寝中。
そして、またジュディの悪い癖が出てましたね。
ネルも、バチギレしてます。
そして、色々重なった結果。
ポテチが、犠牲になりました。
次回も20:10、更新予定です!
ブクマやコメントをいただけると、カイラのポテチ代になります。
よろしくお願いします!




