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スペル・エラー ~娘が生まれるのに異世界へ召喚されたので、何があっても帰ります~  作者: とろたま愚鈍
第二部:第五章|アッシュタウン編

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第百七十四話「砂の理想」

昼を少し過ぎた頃。

端末に、メッセージが届いた。


ジュディからだった。

アーヴィン・ロックウェルと話した内容が、箇条書きでまとめられている。


アッシュガードの企業化。

エミリが、これから始める事業の要であること。

アーヴィンさんが、ジュディとアルトさんの同一化を止められること。


それから、エミリの引き渡しは拒否された。


「……。」


やっぱり。

そんな簡単には、いかないよね。


画面を下へ送る。

最後に、一文だけ書いてあった。



『ファイト!』



「……はは。」


……何それ。

思わず、笑ってしまった。


もう少し、なんかあるよね?

でも、ジュディらしい。


「……うん。」


端末を閉じる。


——ファイト、だよね!


私も、出来ることをやらないと。




—




「エルドさん。」

「……なんだい?」

「今日の、打ち合わせなんですけど。」

「あぁ。」

「私からも、一つ提案していいですか?」


アッシュガードの本拠地へ向かう途中。

隣を歩くエルドさんへ、声を掛けた。


「もちろん構わないよ。」

「……いいんですか?」

「カイラ君は、アルカナの技術協力員だ。今回、君を連れてきたのも私だよ。」

「……。」

「それに、昨日から随分と端末に噛じりついていたみたいじゃないか。」

「……見てたんですか?」

「見てはいないさ。ジュディから聞いただけだ。多分、君から相談があるとね。」

「……ジュディ。」


……言ったな。帰ったら覚えてろよ。

ぎゅって、してやる。


「ただし。」

「……はい。」

「提案する以上、その場では私は力になれない。」

「……もちろんです。」

「横から、健闘を祈っているよ。」

「ありがとう、ございます。」


エルドさんは、いい人だ。

端末を、胸の前で抱える。


大丈夫だ。私は、考えた。

昨日、見て、話も聞いた。


私にできることを、ちゃんと考えた。




—




案内された部屋には、既に三人がいた。


中央に、アーヴィン・ロックウェル。

その右側に、白衣を着た男。

確か、ショーン・プライド。


左側には。


「……。」


仮面を被った男。

さっき、ジュディのメッセージにも書いてあった人だ。


何も喋らない。

ただ、こちらを見ている。


「久しいな。エルド坊ちゃん。」

「……坊ちゃんは止めてくれ。社員に示しがつかない。」

「はは。お母様は、息災かい?」

「……あぁ。相変わらずだよ。」

「そうか。それは何より。」


アーヴィンさんが、笑う。

エルドさんは、少しだけ眉を下げた。


「……アーヴィン。あなたは、変わらないな。」

「そうかい?そう言われると、若作りをしたかいがあるものだ。」

「やはり、変わらない。」

「はは。」


……。

随分、親しそうだ。


「おっと。これは、いけない。」

「……え?」

「失礼したね。君がカイラ・ドゥーナかな?」

「は、はい!」

「君のことは、知っているよ。転送装置の開発者だろう?」

「……まさか、ご存知だとは。」

「もちろん。大事な商談相手だからね。」


アーヴィンさんが、手で席を示した。


「さぁ。座ってくれたまえ。」

「失礼します。」


エルドさんの隣へ座る。


「さて、話を始めようか。」


机の上に置かれた端末が、起動した。

空中に、資料の表紙が投影される。


「……聞いたところによると、MANAもアッシュタウンに呼んでいるらしいな。」

「そうだね。MANAだけではないよ。」

「……他企業もなのか?」

「あぁ。生活工房に、イグニス。バイオストーン以外の主要企業には、既に話を通している。」

「それだけ肝煎り、というわけか。」

「そうだね。正念場だよ。」


アーヴィンさんが、画面を操作する。


「この事業の完成目処が立つまでに、およそ十五年の歳月を費やした。」

「……十五年。」

「長かったよ。」


……十五年。

私が転送装置を作ってきた時間より、ずっと長い。


「では、聞かせてくれ。」


エルドさんが、腕を組んだ。


「アルカナを呼び寄せるほどだ。余程の内容なのだろう?」

「あぁ。少し、アルカナと領域は被るかもね。」

「……エネルギー事業とか?」

「いや。」


アーヴィンさんが、笑った。


「君たちが、これから行おうとしていることに、近いかな?」

「……何の話だ。」

「さてね。」


エルドさんは、何も言わなかった。

その横顔だけが、少し険しくなったように見えた。


「二十年前。」


アーヴィンさんが、話を続ける。


「私は、一人の人間を救った。」

「……救った?」

「あぁ。本来であれば、助からない人間だった。肉体の損傷は激しく、生存できる状態ではなかった。」

「そんな人間の状態を、どうやって?」

「もちろん、魔法だよ。」


画面に、いくつもの数式が表示される。

詳細は、分からない。


ただ、これは魔法理論だ。

最近やっていたレガシーコードの分析で出た記述と、いくつか酷似していた。


「死んではいない。しかし、生きているとも言い難い。その境界へ干渉した。」

「……。」

「結果として、その人間は生き残った。」


エルドさんが、僅かに目を細めた。


「それが、今回の提案とどう関係があるんだ?」

「今回、私が提案するのは、『死者復活事業』だ。」

「……言い過ぎだな。完全な死者を復活させた事例はあるのか?」


アーヴィンさんが頷く。


「粗があることは認めるよ。三年前にも、同じ境界への干渉を行った。」

「……それで?」

「もちろん成功したよ。今は、次のステップへと進んでいる。」

「……。」


画面が切り替わった。


人体と魔法陣。

そして中央に、人の形をした黒い影。


「次は、その境界を越える。」

「……まさか、本当に。」

「あぁ。死者を、生き返らせる。」


「……死んだ、人を?」


思わず、口から声が出た。

アーヴィンさんが、私を見る。


「あぁ。」

「そんなこと……できるんですか?」

「そのための、十五年だよ。」


淡々としていた。

まるで、新しい機械を作る話でもしているみたいに。


「既に基礎研究は終えている。次に必要なのは、死者の情報を肉体へ定着させるための依代だ。」

「……依代。」

「そうだ。そこで、手に入ったのが。」


画面に、文字が表示された。


——A-3R。


エミリという女の子。その識別番号。


「……っ。」

「A-3Rという被検体。それを利用して、実験は最終段階に入る。」

「……まだ、成功には至っていないと?」


エルドさんが尋ねた。


「あぁ。だが——」


アーヴィンさんは、笑った。


「彼女を依代に、エルナ・クロイツを復元できれば。この事業は成功だ。」

「……え?」


頭が。

一瞬、止まった。


——エル、ナ?


「……エルナ、を?」

「あぁ。」

「本当に?」

「この場で嘘をつくことは、デメリットしかないだろう?」

「……。」


もう一度、会えるの?

エルナに?


あの声を。あの顔を。

あの耳の赤くなるエルナに。

もう一度。


「……っ。」


——駄目だ。


ジュディは、A-3Rを、エミリだと言っていた。

話したことが、あると。


なら、エミリは。

エミリだ。


「そして、これがアルカナへの提案だ。」


アーヴィンさんが、次の資料を表示した。


「アッシュタウン内に、死者復活施設を建設する。その建設、研究設備、人員面での支援をアルカナへお願いしたい。」

「……見返りは?」


エルドさんの声は、変わらない。


「事業に関する研究成果の共有。技術提供。そして、復活させたい人物がいるのであれば、優先的に受け入れよう。」

「……少し、利が少ないように思えるな。」

「ほう?それは、何故だい?」

「研究設備、人員の支援を行う時点で、こちらに情報が共有されることは前提だろう?」

「……はは。流石だよ、坊ちゃん。」

「……。」

「もちろん。それだけではないさ。」


アーヴィンさんが、エルドさんを見る。


「アルカナがこれから始める新規事業。その支援も約束しよう。」

「……新規、事業?」

「あぁ。先ほど話した、アルカナが『これから行おう』としていることさ。」


私は、エルドさんを見る。

エルドさんは、何も答えなかった。


「君の父の狙いは、分かっているよ。」

「……。」

「ゼノ社長にとって、この事業は無視できないはずだ。必ずね。」

「……知らないな。」

「ほう?しかし、予想はついているだろう?」


アーヴィンさんが、楽しそうに笑った。


「あぁ。確証がないまでもね。」

「はは。なら、いいさ。今日、君だけで判断できることでもないだろう。」

「……あぁ。社長に報告の上で検討しよう。」

「良い返事を、期待しているよ。」


二人の間に、少しだけ沈黙が落ちた。




—




話は、一度途切れた。

私は、膝の上に置いた端末を見る。


——今だ。


「……あの。アーヴィンさん。」


アーヴィンさんが、私を見る。


「ん。なんだい?」

「私からも、ご質問をしてもよろしいでしょうか?」

「構わないよ。今日、この後に予定はないからね。」

「……この事業を行うのは、アッシュタウンを再建したいからで、間違いありませんか?」


アーヴィンさんは、少しだけ目を細めた。


「あぁ。間違いない。」

「……。」

「正直に言えば、別の思惑もある。しかし、アッシュタウンの再建は目的であり、我々の悲願だよ。」

「……そうですか。」


少しだけ、力が抜けた。


「それを聞いて、安心しました。」

「はは。安心、か。」

「……変ですか?」

「いや。」


アーヴィンさんが、首を振る。


「君は随分と優しいね。」

「……恐縮です。」


端末を持ち上げる。


「アーヴィンさん。その上で、ご提案があります。」

「……聞こうか。」


画面を、机の端末へ共有する。

昨夜、眠い目を擦りながら作った資料。


「私の研究している、転送装置です。」


アーヴィンさんが、画面を見る。


「現在、アッシュタウンでは外部からの搬入が、ほぼ門に集中しています。」

「……あぁ。それは私も、問題視しているよ。」

「門の数が少なく、通過にも時間が掛かる。その後も道路の破損や、工事による迂回で、物資の搬入に更に時間が掛かっています。」

「うん。そうだね。」

「そこで。アッシュタウンの内部と、外部に転送装置を設置できればと思います。」


資料を送る。


外部の倉庫と、アッシュタウン内部の受け入れ拠点。

その二つを、直接繋ぐ。


「現状の装置では、一度に運べる量に限界があります。ですが、転送口を複数設置すれば対応できます。」

「……。」

「食料。建材。医療品。必要なものを、街の中へ直接送れます。」

「……なるほど。」

「導入すれば、輸送に掛かる時間も減ります。物流量も増える。今より、物価も下げられるはずです。」


私は、確かに昨日見た。


高いパン。古いストーンウェア。門の前に並ぶ車。

夜になっても、荷物を降ろしていた人たち。


「復興が進めば、もっと物が必要になります。」

「……。」

「今の入口だけじゃ、いつか限界が来ます。いえ、もう限界なのかもしれません。」


一度、息を吸う。


「だったら。入口を、変えればいい。」


よし、言えた。言い切れた。


アーヴィンさんは、資料を見ていた。

何も、言わない。


「……。」


心臓が、うるさい。


駄目だった?

やっぱり、何か変だった?


「……なるほど。」


アーヴィンさんが、口を開いた。


「面白い。」

「……。」

「実に、面白い提案だよ。」

「……あ、ありがとうございます!」


良かった。

思わず、声が大きくなった。


「しかし、詳細は詰めなければいけないね。」

「はい!もちろんです!」

「一つ、聞いてもいいかい?」

「はい!」

「……この資料は、いつ作成したんだい?」

「……それは。」

「ん?」

「さ、昨日です。」

「昨日?」


アーヴィンさんが、少し驚いたように笑った。


「ははは。君は、正直だね。」

「……すみません。」

「何故、謝るんだい?むしろ優秀だ。」

「……え?」

「一晩で、ここまでまとめたのだろう?これまで、真摯に転送装置の研究へ取り組んできたことが分かる。」

「……ありがとうございます。」


嬉しい。

ちゃんと、見てもらえた。


「では。前向きに、ご検討いただけますか?」

「——その前に。」


アーヴィンさんが、私を見る。


「一つだけ、聞いてもいいかな?」

「……はい。」

「カイラ・ドゥーナ。」

「……。」


少しだけ。

空気が、変わった。


「君は、何のために、これを私に提案したんだい?」

「……それは——」

「焦らないことだ。よく、考えなさい。」


その言葉に思わず、アーヴィンさんを見る。

アーヴィンさんは、笑っていなかった。


「ここは、君にとって岐路になる。」

「……。」

「おや。脅してしまったかな?」

「い、いえ。」

「正直でいい。」


また、少しだけ笑った。


「君という人間を、教えてくれないか?」

「……。」


何のため。何のため?

そんなの、決まってる。


私の、理想は——。


「み、みんなを……。」

「……。」

「みんなを幸せにすることが、私の目標だからです。」

「ふむ。それで?」

「……このアッシュタウンは、壊れていました。」


昨日の街を、思い出す。


「食べ物も高い。仕事も足りない。道も壊れてる。」

「うん。そうだね。」

「でも。」


みんな、笑っていた。


「ここに生きる人たちは、幸せになろうとしていました。」

「……。」

「街を戻そうとして。働いて。文句も言っていましたけど……。」

「うん。……よく、見てくれているね。」

「私も、その手助けがしたい。」


端末を、見る。


「この技術で、この場所を幸せにできると思うんです。」

「……。」

「お願いします。前向きに、検討いただけませんか?」

「……っふ。」


アーヴィンさんが、口元を押さえた。


「……ふふ。」

「……?」


肩が、小さく揺れる。


「ふ……はは。」

「……アーヴィンさん?」

「ははははははは!!!」


大きな笑い声が、部屋に響いた。


「……え。」


何。なんで。

なにに、笑っているんだろう。


「ははは!!これはいい。傑作だ。」

「……あ、あの?」

「はぁー。いやいや。すまないね。」


笑いながら、アーヴィンさんが目元を拭った。


「貶める意図はないんだよ。」

「……は、はい。」

「技術は、本当に素晴らしいと思うよ。」

「……。」

「それこそ、私の提案する事業に代わるほどのポテンシャルを持っている。」

「じゃあ、なんで……。」

「し、しかし。」


また、笑う。

何が、おかしいんだ。

この人は。


「これは……。くくく。」


アーヴィンさんが、仮面の男へ視線を移した。


「なぁ。どう思う?」

「……。」

「はぁー。まぁ、いいか。君がいいなら。」


男は、答えなかった。

ただ静かに、私を見ている。


「……カイラ・ドゥーナ。」


アーヴィンさんの視線が、戻る。

笑顔だった。笑顔の、ままだった。


「君は、本当に。『綺麗なまま』だね。」

「……え。」

「その理想を、今までずっと。何の疑念もなく続けてこれたのかい?」

「……っ。」


胸の奥。触られたくないところを。

急に、掴まれた。


「君は、気付いているはずだ。その上で、目を逸らしている。」

「そ、そんなことない。」

「……。」

「分かってる!!!」


声が、大きくなった。


「分かっています!!目を逸らしてなんて、ない!!」

「……そうだね。」


アーヴィンさんは、怒らなかった。


「しかし、直視もしていないだろう?」

「……あなたに、何が分かるっていうんですか?」

「……分かる。よく分かるさ。」


それだけ言って、資料へ視線を戻した。


「……すまない。少し脱線してしまったね。」

「……。」

「では。」


画面を、指で叩く。


「この提案を、否定しよう。」

「……っ。」




—




「君は、この街を見たと言っていたね?」

「……はい。だから——」

「何を見ていたんだ。君は。」

「……え?」


意味が、分からなかった。


「転送装置を導入すれば、運送コストが下がり、物流量も増加する。そうだね?」

「……はい。確かに、転送装置側の調整は必要ですけど。」

「違う。そこではないよ。」

「……。」

「物流が増加すれば、より早くアッシュタウンを再建できる。」

「……ですから、さっきからそう言って——」

「運送業者は、どうするんだい?」

「……え?」


アーヴィンさんが、言葉を差し込んで来た。

頭が、止まった。


「現在、この街の復興で最も需要が伸びている仕事の一つが物流だ。」

「……。」

「君の装置が本格導入されれば、当然、外部からこの街まで物を運ぶ仕事は減る。」

「……。」

「それは、今ある仕事を奪うことにはならないかね?」


違う。そんな。だって、それは——


「本当に、その可能性を思いつきもしなかったと?」

「……でも。」

「うん?」

「復興が進めば、他の仕事も増えると思います。」

「それは、いつだい?」

「……。」

「明日かい?」

「……。」

「それとも、来月かな?」

「それは……。」

「その間、彼らの生活は誰が保証する?」

「……。」


答え。

早く、答えないと。


「新しい仕事を……。」

「誰が作る?」

「……。」

「誰が教育する?」

「……。」

「その費用は?」

「……。」

「その仕事に就けない人間は?」

「……。」


出てこない。

何も、答えられなかった。


「いや。すまない。」


アーヴィンさんが、首を振った。


「考えていなかったんだよね?」

「……っ。」


昨日の酒場にいた、あの人。


『辞めて何すんだよ。この街じゃ、仕事ねぇ奴の方が多い。』


——違う。


『そんな中で、仕事にありつけてんだ。』


私は、あの人と、話した。


『忙しいってことは、街が戻ってるってことだからな。』


聞いた。全部、聞いてたはずだ。


「では、聞き方を変えようか。」


アーヴィンさんの声が、遠くに聞こえる。


「今、幸せになろうとしている人物から。」

「……。」

「君は、奪う覚悟があるかい?」

「……っ。」


あると、言えない。

考えもしなかったことに、簡単に頷けない。


「君は理想を見上げすぎている。」


顔を上げる。


「しかし、そのせいで。足元がおろそかになっているね。」


違う。違う。違う。

私は。


私は、ただ。


「確かに、君は街を見たのだろう。人とも話した。」

「……。」

「そして、見たものを自分の理想へ都合よく当てはめた。気持ちよかったかい?」

「……がう。」

「うん?」



「——違う!!」



思わず、立ち上がっていた。


「当てはめてなんかない!!私は、本当に!!本当に!!」

「カイラ。」


エルドさんの声が、響いた。

やけに、静かだった。


「それ以上は、止めておきなさい。」

「……。」

「この場は、冷静に。ね?」

「……っ。」


深呼吸を、する。

そうだ。冷静に。冷静になろう。


「……少しだけ。」


アーヴィンさんが、私を見る。


「アドバイスというか。君の病理を、話そうか。」

「……何?」


病理って何?

私が、病気だっていうの?


「君は、紛争孤児だった。」

「……っ。」

「その強迫観念から、人を救う術を探していたね。」

「……なんで。」

「……。」

「なんで。そんなことまで。」

「そして、君の理想は。」


アーヴィンさんが。

仮面の男を、一度だけ見た。


「父。ライアスに守られてきた。」

「……。」

「汚いものは、彼が処理をした。」

「どうして……。」

「君が見なくて済むように。」

「どうして!!」


なんで、知ってる。

この人が。

なんで。


「そして、君は覚悟を決めたね。」

「……。」

「父を撃つ。」

「……やめて。」

「その理想の責任を、自分で背負う覚悟をした。」

「やめて!!!」


三年前の、あの日。

銃を、ライアスに向けた。


「しかし。」


アーヴィンさんの声は、止まらない。


「結果は違う。」

「……。」

「キムラ・ジュディ。」

「……っ。」

「君の父を撃ったのは、彼だ。」

「なんで!!!」


机を、手で叩いた。


「なんで!!!あなたが!!!」

「事実だからだよ。」

「……。」

「君はまだ、何も背負ってはいない。」

「……。」

「何も、犯してはいない。」

「……違う。」

「違わない。」

「私は……。」

「覚悟をした?」

「……。」

「それだけだ。」


何も、返せなかった。

先ほどから、ずっと。何一つとして。


「カイラ・ドゥーナ。」


アーヴィンさんが、端末を見る。

私が昨日、作ったもの。


「君は、優秀だ。技術者として、非常に優秀だと思う。」

「……。」

「しかし、このままでは。」


その画面を、閉じた。


「ただ、子供が自分の作りたいものを作り。それを眺めているのと、変わらないよ。」

「……そんな。そこまで。」

「ん?」

「そんなこと……あなたに言われる筋合いは……。」

「ないとは、言わせない。」


声が少しだけ、低くなった。


「君は、私へ提案をしたのだから。」

「……。」


もう、言えない。

私には、何も言えなかった。


「——さて。」


アーヴィンさんが、椅子から立ち上がった。


「提案は、以上かね?」

「……。」

「では、お引き取り願おうか。」

「……待って。」

「ん?」

「待って、ください。」

「今日は、時間があるとは言ったがね。」

「お願い。待って。」

「……。」


アーヴィンさんが、私を見る。


「子供の砂遊びに付き合っていられるほど。」

「……。」

「私は、暇ではない。」


「お願い!!!待って!!!」


声が、部屋に響いた。

誰も、何も言わなかった。




—



「……。」


立ち上がれなかった。


しばらく椅子に座ったまま、端末を握っていた。

画面は、もう消えている。


「……エルド坊ちゃん。」

「止めてくれと、言ったはずだが?」


アーヴィンさんの声が聞こえた。


「何も、言わなくていいのかな?」

「……これは、カイラの提案だ。」

「……。」

「私が何かを言うのは、筋が違う。」

「……ふむ。」


少し、笑う声がした。


「成長しているね。」

「……止めてくれ。」

「はは。また、時間を設けよう。また後日。」

「あぁ。」


エルドさんが、立ち上がった。

私を、見る。


「カイラ君。」

「……。」

「行こう。」

「……はい。」


足に、力が入らなかった。

それでも、なんとか立ち上がった。




—




帰り道。


エルドさんは、何も言わなかった。

私も、何も言えなかった。


端末を開いて、昨夜作った資料を見る。


物流量。搬入時間。食料価格。建材費。


全部、数字は合ってる。

転送装置を導入すれば、物流は改善するはずだ。


食料は安くなるし、建材も、もっと届く。

復興だって、きっと早くなる。


「……。」


なのに。

昨日の人の顔が浮かんだ。

笑っていた、顔が。


『ここは、俺の故郷だ。戻すためなら、まぁなんだってやるわぁな。』


文句を言いながら。

酒を飲んで、笑っていた。


「……。」


私は、あの人も、幸せにするつもりだった。


でも、私の作ったものは。

あの人から、仕事を奪うのかもしれない。


——端末を、閉じた。


「……ぐず。」


みんなを、幸せに。

したかっただけなのに。


第百七十四話、お読みいただきありがとうございました!


アーヴィン、オーバーキルでしたね。

カイラが凹んでいるので、今日はこのへんで。


次回も20:10、更新予定です!

ブクマやコメントをいただけると、カイラの砂のお城が少し頑丈になります。

よろしくお願いします!


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