第百七十四話「砂の理想」
昼を少し過ぎた頃。
端末に、メッセージが届いた。
ジュディからだった。
アーヴィン・ロックウェルと話した内容が、箇条書きでまとめられている。
アッシュガードの企業化。
エミリが、これから始める事業の要であること。
アーヴィンさんが、ジュディとアルトさんの同一化を止められること。
それから、エミリの引き渡しは拒否された。
「……。」
やっぱり。
そんな簡単には、いかないよね。
画面を下へ送る。
最後に、一文だけ書いてあった。
『ファイト!』
「……はは。」
……何それ。
思わず、笑ってしまった。
もう少し、なんかあるよね?
でも、ジュディらしい。
「……うん。」
端末を閉じる。
——ファイト、だよね!
私も、出来ることをやらないと。
—
「エルドさん。」
「……なんだい?」
「今日の、打ち合わせなんですけど。」
「あぁ。」
「私からも、一つ提案していいですか?」
アッシュガードの本拠地へ向かう途中。
隣を歩くエルドさんへ、声を掛けた。
「もちろん構わないよ。」
「……いいんですか?」
「カイラ君は、アルカナの技術協力員だ。今回、君を連れてきたのも私だよ。」
「……。」
「それに、昨日から随分と端末に噛じりついていたみたいじゃないか。」
「……見てたんですか?」
「見てはいないさ。ジュディから聞いただけだ。多分、君から相談があるとね。」
「……ジュディ。」
……言ったな。帰ったら覚えてろよ。
ぎゅって、してやる。
「ただし。」
「……はい。」
「提案する以上、その場では私は力になれない。」
「……もちろんです。」
「横から、健闘を祈っているよ。」
「ありがとう、ございます。」
エルドさんは、いい人だ。
端末を、胸の前で抱える。
大丈夫だ。私は、考えた。
昨日、見て、話も聞いた。
私にできることを、ちゃんと考えた。
—
案内された部屋には、既に三人がいた。
中央に、アーヴィン・ロックウェル。
その右側に、白衣を着た男。
確か、ショーン・プライド。
左側には。
「……。」
仮面を被った男。
さっき、ジュディのメッセージにも書いてあった人だ。
何も喋らない。
ただ、こちらを見ている。
「久しいな。エルド坊ちゃん。」
「……坊ちゃんは止めてくれ。社員に示しがつかない。」
「はは。お母様は、息災かい?」
「……あぁ。相変わらずだよ。」
「そうか。それは何より。」
アーヴィンさんが、笑う。
エルドさんは、少しだけ眉を下げた。
「……アーヴィン。あなたは、変わらないな。」
「そうかい?そう言われると、若作りをしたかいがあるものだ。」
「やはり、変わらない。」
「はは。」
……。
随分、親しそうだ。
「おっと。これは、いけない。」
「……え?」
「失礼したね。君がカイラ・ドゥーナかな?」
「は、はい!」
「君のことは、知っているよ。転送装置の開発者だろう?」
「……まさか、ご存知だとは。」
「もちろん。大事な商談相手だからね。」
アーヴィンさんが、手で席を示した。
「さぁ。座ってくれたまえ。」
「失礼します。」
エルドさんの隣へ座る。
「さて、話を始めようか。」
机の上に置かれた端末が、起動した。
空中に、資料の表紙が投影される。
「……聞いたところによると、MANAもアッシュタウンに呼んでいるらしいな。」
「そうだね。MANAだけではないよ。」
「……他企業もなのか?」
「あぁ。生活工房に、イグニス。バイオストーン以外の主要企業には、既に話を通している。」
「それだけ肝煎り、というわけか。」
「そうだね。正念場だよ。」
アーヴィンさんが、画面を操作する。
「この事業の完成目処が立つまでに、およそ十五年の歳月を費やした。」
「……十五年。」
「長かったよ。」
……十五年。
私が転送装置を作ってきた時間より、ずっと長い。
「では、聞かせてくれ。」
エルドさんが、腕を組んだ。
「アルカナを呼び寄せるほどだ。余程の内容なのだろう?」
「あぁ。少し、アルカナと領域は被るかもね。」
「……エネルギー事業とか?」
「いや。」
アーヴィンさんが、笑った。
「君たちが、これから行おうとしていることに、近いかな?」
「……何の話だ。」
「さてね。」
エルドさんは、何も言わなかった。
その横顔だけが、少し険しくなったように見えた。
「二十年前。」
アーヴィンさんが、話を続ける。
「私は、一人の人間を救った。」
「……救った?」
「あぁ。本来であれば、助からない人間だった。肉体の損傷は激しく、生存できる状態ではなかった。」
「そんな人間の状態を、どうやって?」
「もちろん、魔法だよ。」
画面に、いくつもの数式が表示される。
詳細は、分からない。
ただ、これは魔法理論だ。
最近やっていたレガシーコードの分析で出た記述と、いくつか酷似していた。
「死んではいない。しかし、生きているとも言い難い。その境界へ干渉した。」
「……。」
「結果として、その人間は生き残った。」
エルドさんが、僅かに目を細めた。
「それが、今回の提案とどう関係があるんだ?」
「今回、私が提案するのは、『死者復活事業』だ。」
「……言い過ぎだな。完全な死者を復活させた事例はあるのか?」
アーヴィンさんが頷く。
「粗があることは認めるよ。三年前にも、同じ境界への干渉を行った。」
「……それで?」
「もちろん成功したよ。今は、次のステップへと進んでいる。」
「……。」
画面が切り替わった。
人体と魔法陣。
そして中央に、人の形をした黒い影。
「次は、その境界を越える。」
「……まさか、本当に。」
「あぁ。死者を、生き返らせる。」
「……死んだ、人を?」
思わず、口から声が出た。
アーヴィンさんが、私を見る。
「あぁ。」
「そんなこと……できるんですか?」
「そのための、十五年だよ。」
淡々としていた。
まるで、新しい機械を作る話でもしているみたいに。
「既に基礎研究は終えている。次に必要なのは、死者の情報を肉体へ定着させるための依代だ。」
「……依代。」
「そうだ。そこで、手に入ったのが。」
画面に、文字が表示された。
——A-3R。
エミリという女の子。その識別番号。
「……っ。」
「A-3Rという被検体。それを利用して、実験は最終段階に入る。」
「……まだ、成功には至っていないと?」
エルドさんが尋ねた。
「あぁ。だが——」
アーヴィンさんは、笑った。
「彼女を依代に、エルナ・クロイツを復元できれば。この事業は成功だ。」
「……え?」
頭が。
一瞬、止まった。
——エル、ナ?
「……エルナ、を?」
「あぁ。」
「本当に?」
「この場で嘘をつくことは、デメリットしかないだろう?」
「……。」
もう一度、会えるの?
エルナに?
あの声を。あの顔を。
あの耳の赤くなるエルナに。
もう一度。
「……っ。」
——駄目だ。
ジュディは、A-3Rを、エミリだと言っていた。
話したことが、あると。
なら、エミリは。
エミリだ。
「そして、これがアルカナへの提案だ。」
アーヴィンさんが、次の資料を表示した。
「アッシュタウン内に、死者復活施設を建設する。その建設、研究設備、人員面での支援をアルカナへお願いしたい。」
「……見返りは?」
エルドさんの声は、変わらない。
「事業に関する研究成果の共有。技術提供。そして、復活させたい人物がいるのであれば、優先的に受け入れよう。」
「……少し、利が少ないように思えるな。」
「ほう?それは、何故だい?」
「研究設備、人員の支援を行う時点で、こちらに情報が共有されることは前提だろう?」
「……はは。流石だよ、坊ちゃん。」
「……。」
「もちろん。それだけではないさ。」
アーヴィンさんが、エルドさんを見る。
「アルカナがこれから始める新規事業。その支援も約束しよう。」
「……新規、事業?」
「あぁ。先ほど話した、アルカナが『これから行おう』としていることさ。」
私は、エルドさんを見る。
エルドさんは、何も答えなかった。
「君の父の狙いは、分かっているよ。」
「……。」
「ゼノ社長にとって、この事業は無視できないはずだ。必ずね。」
「……知らないな。」
「ほう?しかし、予想はついているだろう?」
アーヴィンさんが、楽しそうに笑った。
「あぁ。確証がないまでもね。」
「はは。なら、いいさ。今日、君だけで判断できることでもないだろう。」
「……あぁ。社長に報告の上で検討しよう。」
「良い返事を、期待しているよ。」
二人の間に、少しだけ沈黙が落ちた。
—
話は、一度途切れた。
私は、膝の上に置いた端末を見る。
——今だ。
「……あの。アーヴィンさん。」
アーヴィンさんが、私を見る。
「ん。なんだい?」
「私からも、ご質問をしてもよろしいでしょうか?」
「構わないよ。今日、この後に予定はないからね。」
「……この事業を行うのは、アッシュタウンを再建したいからで、間違いありませんか?」
アーヴィンさんは、少しだけ目を細めた。
「あぁ。間違いない。」
「……。」
「正直に言えば、別の思惑もある。しかし、アッシュタウンの再建は目的であり、我々の悲願だよ。」
「……そうですか。」
少しだけ、力が抜けた。
「それを聞いて、安心しました。」
「はは。安心、か。」
「……変ですか?」
「いや。」
アーヴィンさんが、首を振る。
「君は随分と優しいね。」
「……恐縮です。」
端末を持ち上げる。
「アーヴィンさん。その上で、ご提案があります。」
「……聞こうか。」
画面を、机の端末へ共有する。
昨夜、眠い目を擦りながら作った資料。
「私の研究している、転送装置です。」
アーヴィンさんが、画面を見る。
「現在、アッシュタウンでは外部からの搬入が、ほぼ門に集中しています。」
「……あぁ。それは私も、問題視しているよ。」
「門の数が少なく、通過にも時間が掛かる。その後も道路の破損や、工事による迂回で、物資の搬入に更に時間が掛かっています。」
「うん。そうだね。」
「そこで。アッシュタウンの内部と、外部に転送装置を設置できればと思います。」
資料を送る。
外部の倉庫と、アッシュタウン内部の受け入れ拠点。
その二つを、直接繋ぐ。
「現状の装置では、一度に運べる量に限界があります。ですが、転送口を複数設置すれば対応できます。」
「……。」
「食料。建材。医療品。必要なものを、街の中へ直接送れます。」
「……なるほど。」
「導入すれば、輸送に掛かる時間も減ります。物流量も増える。今より、物価も下げられるはずです。」
私は、確かに昨日見た。
高いパン。古いストーンウェア。門の前に並ぶ車。
夜になっても、荷物を降ろしていた人たち。
「復興が進めば、もっと物が必要になります。」
「……。」
「今の入口だけじゃ、いつか限界が来ます。いえ、もう限界なのかもしれません。」
一度、息を吸う。
「だったら。入口を、変えればいい。」
よし、言えた。言い切れた。
アーヴィンさんは、資料を見ていた。
何も、言わない。
「……。」
心臓が、うるさい。
駄目だった?
やっぱり、何か変だった?
「……なるほど。」
アーヴィンさんが、口を開いた。
「面白い。」
「……。」
「実に、面白い提案だよ。」
「……あ、ありがとうございます!」
良かった。
思わず、声が大きくなった。
「しかし、詳細は詰めなければいけないね。」
「はい!もちろんです!」
「一つ、聞いてもいいかい?」
「はい!」
「……この資料は、いつ作成したんだい?」
「……それは。」
「ん?」
「さ、昨日です。」
「昨日?」
アーヴィンさんが、少し驚いたように笑った。
「ははは。君は、正直だね。」
「……すみません。」
「何故、謝るんだい?むしろ優秀だ。」
「……え?」
「一晩で、ここまでまとめたのだろう?これまで、真摯に転送装置の研究へ取り組んできたことが分かる。」
「……ありがとうございます。」
嬉しい。
ちゃんと、見てもらえた。
「では。前向きに、ご検討いただけますか?」
「——その前に。」
アーヴィンさんが、私を見る。
「一つだけ、聞いてもいいかな?」
「……はい。」
「カイラ・ドゥーナ。」
「……。」
少しだけ。
空気が、変わった。
「君は、何のために、これを私に提案したんだい?」
「……それは——」
「焦らないことだ。よく、考えなさい。」
その言葉に思わず、アーヴィンさんを見る。
アーヴィンさんは、笑っていなかった。
「ここは、君にとって岐路になる。」
「……。」
「おや。脅してしまったかな?」
「い、いえ。」
「正直でいい。」
また、少しだけ笑った。
「君という人間を、教えてくれないか?」
「……。」
何のため。何のため?
そんなの、決まってる。
私の、理想は——。
「み、みんなを……。」
「……。」
「みんなを幸せにすることが、私の目標だからです。」
「ふむ。それで?」
「……このアッシュタウンは、壊れていました。」
昨日の街を、思い出す。
「食べ物も高い。仕事も足りない。道も壊れてる。」
「うん。そうだね。」
「でも。」
みんな、笑っていた。
「ここに生きる人たちは、幸せになろうとしていました。」
「……。」
「街を戻そうとして。働いて。文句も言っていましたけど……。」
「うん。……よく、見てくれているね。」
「私も、その手助けがしたい。」
端末を、見る。
「この技術で、この場所を幸せにできると思うんです。」
「……。」
「お願いします。前向きに、検討いただけませんか?」
「……っふ。」
アーヴィンさんが、口元を押さえた。
「……ふふ。」
「……?」
肩が、小さく揺れる。
「ふ……はは。」
「……アーヴィンさん?」
「ははははははは!!!」
大きな笑い声が、部屋に響いた。
「……え。」
何。なんで。
なにに、笑っているんだろう。
「ははは!!これはいい。傑作だ。」
「……あ、あの?」
「はぁー。いやいや。すまないね。」
笑いながら、アーヴィンさんが目元を拭った。
「貶める意図はないんだよ。」
「……は、はい。」
「技術は、本当に素晴らしいと思うよ。」
「……。」
「それこそ、私の提案する事業に代わるほどのポテンシャルを持っている。」
「じゃあ、なんで……。」
「し、しかし。」
また、笑う。
何が、おかしいんだ。
この人は。
「これは……。くくく。」
アーヴィンさんが、仮面の男へ視線を移した。
「なぁ。どう思う?」
「……。」
「はぁー。まぁ、いいか。君がいいなら。」
男は、答えなかった。
ただ静かに、私を見ている。
「……カイラ・ドゥーナ。」
アーヴィンさんの視線が、戻る。
笑顔だった。笑顔の、ままだった。
「君は、本当に。『綺麗なまま』だね。」
「……え。」
「その理想を、今までずっと。何の疑念もなく続けてこれたのかい?」
「……っ。」
胸の奥。触られたくないところを。
急に、掴まれた。
「君は、気付いているはずだ。その上で、目を逸らしている。」
「そ、そんなことない。」
「……。」
「分かってる!!!」
声が、大きくなった。
「分かっています!!目を逸らしてなんて、ない!!」
「……そうだね。」
アーヴィンさんは、怒らなかった。
「しかし、直視もしていないだろう?」
「……あなたに、何が分かるっていうんですか?」
「……分かる。よく分かるさ。」
それだけ言って、資料へ視線を戻した。
「……すまない。少し脱線してしまったね。」
「……。」
「では。」
画面を、指で叩く。
「この提案を、否定しよう。」
「……っ。」
—
「君は、この街を見たと言っていたね?」
「……はい。だから——」
「何を見ていたんだ。君は。」
「……え?」
意味が、分からなかった。
「転送装置を導入すれば、運送コストが下がり、物流量も増加する。そうだね?」
「……はい。確かに、転送装置側の調整は必要ですけど。」
「違う。そこではないよ。」
「……。」
「物流が増加すれば、より早くアッシュタウンを再建できる。」
「……ですから、さっきからそう言って——」
「運送業者は、どうするんだい?」
「……え?」
アーヴィンさんが、言葉を差し込んで来た。
頭が、止まった。
「現在、この街の復興で最も需要が伸びている仕事の一つが物流だ。」
「……。」
「君の装置が本格導入されれば、当然、外部からこの街まで物を運ぶ仕事は減る。」
「……。」
「それは、今ある仕事を奪うことにはならないかね?」
違う。そんな。だって、それは——
「本当に、その可能性を思いつきもしなかったと?」
「……でも。」
「うん?」
「復興が進めば、他の仕事も増えると思います。」
「それは、いつだい?」
「……。」
「明日かい?」
「……。」
「それとも、来月かな?」
「それは……。」
「その間、彼らの生活は誰が保証する?」
「……。」
答え。
早く、答えないと。
「新しい仕事を……。」
「誰が作る?」
「……。」
「誰が教育する?」
「……。」
「その費用は?」
「……。」
「その仕事に就けない人間は?」
「……。」
出てこない。
何も、答えられなかった。
「いや。すまない。」
アーヴィンさんが、首を振った。
「考えていなかったんだよね?」
「……っ。」
昨日の酒場にいた、あの人。
『辞めて何すんだよ。この街じゃ、仕事ねぇ奴の方が多い。』
——違う。
『そんな中で、仕事にありつけてんだ。』
私は、あの人と、話した。
『忙しいってことは、街が戻ってるってことだからな。』
聞いた。全部、聞いてたはずだ。
「では、聞き方を変えようか。」
アーヴィンさんの声が、遠くに聞こえる。
「今、幸せになろうとしている人物から。」
「……。」
「君は、奪う覚悟があるかい?」
「……っ。」
あると、言えない。
考えもしなかったことに、簡単に頷けない。
「君は理想を見上げすぎている。」
顔を上げる。
「しかし、そのせいで。足元がおろそかになっているね。」
違う。違う。違う。
私は。
私は、ただ。
「確かに、君は街を見たのだろう。人とも話した。」
「……。」
「そして、見たものを自分の理想へ都合よく当てはめた。気持ちよかったかい?」
「……がう。」
「うん?」
「——違う!!」
思わず、立ち上がっていた。
「当てはめてなんかない!!私は、本当に!!本当に!!」
「カイラ。」
エルドさんの声が、響いた。
やけに、静かだった。
「それ以上は、止めておきなさい。」
「……。」
「この場は、冷静に。ね?」
「……っ。」
深呼吸を、する。
そうだ。冷静に。冷静になろう。
「……少しだけ。」
アーヴィンさんが、私を見る。
「アドバイスというか。君の病理を、話そうか。」
「……何?」
病理って何?
私が、病気だっていうの?
「君は、紛争孤児だった。」
「……っ。」
「その強迫観念から、人を救う術を探していたね。」
「……なんで。」
「……。」
「なんで。そんなことまで。」
「そして、君の理想は。」
アーヴィンさんが。
仮面の男を、一度だけ見た。
「父。ライアスに守られてきた。」
「……。」
「汚いものは、彼が処理をした。」
「どうして……。」
「君が見なくて済むように。」
「どうして!!」
なんで、知ってる。
この人が。
なんで。
「そして、君は覚悟を決めたね。」
「……。」
「父を撃つ。」
「……やめて。」
「その理想の責任を、自分で背負う覚悟をした。」
「やめて!!!」
三年前の、あの日。
銃を、ライアスに向けた。
「しかし。」
アーヴィンさんの声は、止まらない。
「結果は違う。」
「……。」
「キムラ・ジュディ。」
「……っ。」
「君の父を撃ったのは、彼だ。」
「なんで!!!」
机を、手で叩いた。
「なんで!!!あなたが!!!」
「事実だからだよ。」
「……。」
「君はまだ、何も背負ってはいない。」
「……。」
「何も、犯してはいない。」
「……違う。」
「違わない。」
「私は……。」
「覚悟をした?」
「……。」
「それだけだ。」
何も、返せなかった。
先ほどから、ずっと。何一つとして。
「カイラ・ドゥーナ。」
アーヴィンさんが、端末を見る。
私が昨日、作ったもの。
「君は、優秀だ。技術者として、非常に優秀だと思う。」
「……。」
「しかし、このままでは。」
その画面を、閉じた。
「ただ、子供が自分の作りたいものを作り。それを眺めているのと、変わらないよ。」
「……そんな。そこまで。」
「ん?」
「そんなこと……あなたに言われる筋合いは……。」
「ないとは、言わせない。」
声が少しだけ、低くなった。
「君は、私へ提案をしたのだから。」
「……。」
もう、言えない。
私には、何も言えなかった。
「——さて。」
アーヴィンさんが、椅子から立ち上がった。
「提案は、以上かね?」
「……。」
「では、お引き取り願おうか。」
「……待って。」
「ん?」
「待って、ください。」
「今日は、時間があるとは言ったがね。」
「お願い。待って。」
「……。」
アーヴィンさんが、私を見る。
「子供の砂遊びに付き合っていられるほど。」
「……。」
「私は、暇ではない。」
「お願い!!!待って!!!」
声が、部屋に響いた。
誰も、何も言わなかった。
—
「……。」
立ち上がれなかった。
しばらく椅子に座ったまま、端末を握っていた。
画面は、もう消えている。
「……エルド坊ちゃん。」
「止めてくれと、言ったはずだが?」
アーヴィンさんの声が聞こえた。
「何も、言わなくていいのかな?」
「……これは、カイラの提案だ。」
「……。」
「私が何かを言うのは、筋が違う。」
「……ふむ。」
少し、笑う声がした。
「成長しているね。」
「……止めてくれ。」
「はは。また、時間を設けよう。また後日。」
「あぁ。」
エルドさんが、立ち上がった。
私を、見る。
「カイラ君。」
「……。」
「行こう。」
「……はい。」
足に、力が入らなかった。
それでも、なんとか立ち上がった。
—
帰り道。
エルドさんは、何も言わなかった。
私も、何も言えなかった。
端末を開いて、昨夜作った資料を見る。
物流量。搬入時間。食料価格。建材費。
全部、数字は合ってる。
転送装置を導入すれば、物流は改善するはずだ。
食料は安くなるし、建材も、もっと届く。
復興だって、きっと早くなる。
「……。」
なのに。
昨日の人の顔が浮かんだ。
笑っていた、顔が。
『ここは、俺の故郷だ。戻すためなら、まぁなんだってやるわぁな。』
文句を言いながら。
酒を飲んで、笑っていた。
「……。」
私は、あの人も、幸せにするつもりだった。
でも、私の作ったものは。
あの人から、仕事を奪うのかもしれない。
——端末を、閉じた。
「……ぐず。」
みんなを、幸せに。
したかっただけなのに。
第百七十四話、お読みいただきありがとうございました!
アーヴィン、オーバーキルでしたね。
カイラが凹んでいるので、今日はこのへんで。
次回も20:10、更新予定です!
ブクマやコメントをいただけると、カイラの砂のお城が少し頑丈になります。
よろしくお願いします!




