第百七十二話「そこで生きる人々」
宿泊施設へ戻る途中。
カイラが、突然足を止めた。
「……ジュディ。」
「ん?」
「お腹、空かない?」
「……そういえば、今日何も食ってなかったな。」
ネルが、手を挙げて口を開いた。
「私もぉ~。摂取摂取ぅ~。」
「……摂取って。じゃあ、なんか食ってくか。」
「さぁんせぇ~。」
「あ、エルドさんにも何か買っていくか?」
「えぇ~。大丈夫でしょ~?」
「手土産くらい、いいだろ。」
辺りを見ると、少し先に明かりの灯った店があった。
扉の向こうから、大きな笑い声が聞こえる。
カイラが、店に指刺した。
「……あそことか、どう?」
「お。いいんじゃないか?」
カイラが、先に扉を開けた。
「いらっしゃい!!」
「……三人、入れますか?」
「あいよぉ!」
店の中は、思ったよりも賑わっていた。
十人ほど座れるカウンター。
奥には、いくつかテーブルが置かれている。
酒を飲んでる奴。飯を食ってる奴。大声で笑ってる奴。
壁際では、アッシュガードの服を着た男が、作業着姿の男と肩を組んでいた。
「お前、明日こっちの現場こいよ!!人手が足りねぇ!!」
「無理だって何回も言ってんだろ!先約が二週間前からあんだよ!!」
「そっちの現場は、奥地の方だろうが!道路の舗装が優先に決まってんだろ!!」
「んなもん。俺が知るかよ!!」
……声でけぇな。
でも、二人とも笑っていた。
カイラが、その様子を見ながら小さく呟いた。
「……普通に、一緒に飲んでるんだね。」
「あぁ。みたいだな。」
俺たちは、カウンターの空いている席に並んだ。
店主が、こちらへやってくる。
「何にする?」
「ビール!」
「あー。スピリタスあるか?なければウィスキーで。」
「私はぁ。オレンジジュースぅ~。」
「……はいよ。」
……。
思わず、横を見る。
「ネ……。リオ。」
「ん。なぁに?」
「いや、飲まねーのか?」
「ん?飲んでるじゃん~?」
「いや。ジュースじゃん。」
「……アルコールはねぇ。」
「あぁ。」
「馬鹿が、より馬鹿になるために飲むんだよぉ?」
「……。」
結構、敵を作りそうな発言だった。
まぁ。言い得て妙ではあるのか?
「はいよ。ビールに、スピリタス。あと、オレンジだったな?」
それぞれの飲み物が、目の前に置かれる。
カイラが、嬉しそうに持ち上げた。
「うへへ!!かんっぱ~~い!」
「……何に?」
「なんでもいいじゃ~~ん!!」
「はは。そうだな。なんでもいいか!」
三つのグラスを軽くぶつける。
カイラが、ビールを飲んだ。
「ん~~!」
「美味い?」
「神の雫って感じ!」
「……良かったな。」
俺も、一口飲む。
……美味ぇ。
今日は、ずっと街を歩いていた。
見るもの全部が、なんというか。重かった。
……この街にも、こういう場所があるんだな。
「おい!!店主!!」
「うるせぇな!!聞こえてるよ!!」
「酒持ってこぉ~~い!!」
「んだよ!景気いいじゃね~か!」
「今日、施工が終わったからなぁ!!!いいから、酒ぇ~~!!」
「まだ、入ってんだろ!!それ飲んでから言え!!」
後ろから、笑い声が上がった。
カイラも、つられて笑っている。
「……なんか。思ってたより、元気だね。」
「あぁ。そうだな。」
確かに。
外を歩いていた時とは、随分印象が違う。
「……珍しいか?」
店主が、グラスを拭きながら言った。
「……え?」
「外から来た奴は、大体同じ顔するからな。」
「……そんな顔してました?」
「あぁ。してたね。」
カイラが、壁際の男たちを見る。
「……確かに。うまく言えないけど……。なんか変な感じがします。」
「こっちからしてみれば、ここに居る時点で同じ客だ。」
俺は、店主に尋ねた。
「……仲いいのか?」
「誰と誰が?」
「この街の人と、アッシュガード。」
「……括りがでけぇな。」
店主が、少しだけ笑った。
「他の街では、組織と市民は馬が合わねぇのが普通なんだろうな。」
「あぁ。カルディアじゃ、結構目に見えて違うぜ?」
「だが、ここじゃあ。そんなことは、どうでもいい。」
「……どうでもいい?」
「あぁ。」
拭き終わったグラスを、棚に戻す。
「お互いに、思うところがねぇわけじゃない。」
「……。」
「ただ、今は向いてる方向が同じだ。」
「……方向?」
「アッシュガードも、あいつらも。街を戻したい。」
「……。」
「俺も、この店を続けたい。」
店主が、肩をすくめた。
「だったら、今はそれで十分だろ。」
「……なるほどな。」
「おい!!バカ店主!!聞こえてんぞ!!」
さっきのアッシュガードの男が、後ろから声を上げた。
「減らず口叩く前に、お前はツケを払え!!」
「給料日前だよん!!」
「アッシュガードの事情なんて、俺が知るわけねーだろ!!」
また、店の中に笑い声が広がった。
……仲、いいじゃねーか。
カイラが、ビールを一口飲む。
何も言わずに、少しだけ笑っていた。
—
「……随分、楽しそうだな。」
声がした。
振り返ると、煙草を片手に男が立っていた。
「……ザイン。ザインじゃねーか!」
「久しぶりだな。ジュディ。」
「なんで、ここにいんだよ?」
「仕事だよ。そういうお前は、上手く潜り込んだようだな。」
「……いや。一応正式な招待だぜ?」
「なるほどな。俺もだ。」
「……ん?」
今、俺もって言ったか?
ザインが、正式ってことは……。
「MANAも呼ばれたのか?アッシュガードに。」
「あぁ。何か提案があると聞いていてな。」
ザインが、俺の隣に腰を下ろす。
「何か、詳細は聞いてるか?」
「いや。まだ聞いていない。明日だ。」
「へぇ……。」
アルカナだけじゃない。
MANAにも、声を掛けているのか。
ザインが、カイラとネルを見る。
「そっちの二人も、一緒か。」
「あぁ。カイラと——」
「知っている。リオ・サーンだろ?『表向き』はな。」
直接、ザインにこのことを伝えた記憶はない。
……相変わらずだな。
「何か飲むか?奢らねーけど。」
「……。」
「……なんだよ。」
ザインが、俺をじっと見ていた。
……というより、睨んでいた。
「この間は、随分と楽しんだらしいじゃないか。」
「……あ?」
「ジャス、ガレス。……後は、ロイド・カーターだったか?」
「……。」
以前の飲みの席に、ザインの姿はなかった。
もしかして、根に持ってんのか?
「いや、別に。わざと誘ってなかったわけじゃ……。」
「いい。事実を言っただけだ。」
「……一杯だけだからな?」
「何がだ?」
「……奢るよ。」
「っは。しばらく擦れるな。」
「勘弁してくれよ……。」
店主が、こちらへ顔を向けた。
「何にする?」
「ビール。適当な摘まみも貰おう。」
「あいよ。」
……ちゃっかり摘まみも頼みやがった。
こいつ、意外と面倒くせぇな。
突如、入口から大声が響いた。
「よぉ!店主!!今日もやってるか!!」
「おう。今日は、随分遅かったな。」
作業着姿の男が一人、入口に立っていた。
そのまま、こちらのカウンターへと歩いてくる。
この顔。……昼間の。
男とカイラの、目が合った。
「……ん?お前ら……。」
「……ど、どうも。」
「……前見てねぇ、嬢ちゃんじゃねぇか?」
「そ、その節は。ご、ごめんなさいでした!!」
カイラが、頭を下げる。
「気をつけろよ?この街じゃ、まともな医者に掛かるのも一苦労だぜ?」
「……本当、すんまへん。」
「お前は、引っ張った方だろ。彼女くらい、よく見ておけよ?」
「……いや。あ、まぁ。はい。」
「んだよ?煮え切らねぇな?」
ザインが、俺を見る。
「……何があったんだ?」
「カイラが、轢かれかけた。」
「……なるほどな。大方、この街の情景に気を取られていたんだろう。」
カイラが、小さくなりもじもじしていた。
運転手が、俺たちの少し離れた席へ座った。
「とりあえず、ビール。」
「飯は食うかい?」
「なんか適当に。腹減って死にそうだ。」
「おいおい。飯も食えなかったのか?」
「食えるわけねぇだろ。門の外で二時間だぞ。そっから中でも三回迂回だ。」
「……またか。」
「まただよ!ったく。勘弁してほしいぜ。」
ザインの手が、止まった。
「……二時間?」
「あ?」
「門の待機だ。」
「あぁ。今日はまだマシな方だ。」
「……マシなのかよ。」
思わず口を挟んだ。
運転手が、ビールを飲む。
「酷い日はもっと掛かる。なんせ入口が狭ぇからな。」
「……大変だな。なんか他にやりようないのか?」
「あるわけねぇだろ。一面外壁だ。門の数も少ねぇしな。ようやく入ったと思ったら、次は道だ。」
「……なるほどね。」
ザインが、煙草を指で弄ぶ。
「それでは、一日の搬入量にも限界があるだろう。」
「あぁ。もちろんあるさ。完全に物流が追いついてねぇ。」
「人を増やせばいいという訳でもなさそうだな。」
「あぁ。外壁がある限りは、意味ねぇな。」
ビールがザインの前に置かれた。
なんだかんだ、普通に運転手と会話してんな。
カイラが、運転手を見る。
「……毎日、こんな感じなんですか?」
「毎日ってわけじゃねぇが。まぁ、似たようなもんだ。」
「大変じゃないですか?」
「何当たり前のこと聞いてんだ。大変に決まってんだろ。」
「……辞めたく、ならないんですか?」
運転手が、カイラを見る。
「辞めて何すんだよ。」
「え?」
「この街じゃ、仕事ねぇ奴の方が多い。」
「……。」
「そんな中で、仕事にありつけてんだ。文句こそ言うが、辞めるなんて出来るわけねぇだろ?」
カイラが、俯いた。
「……。」
運転手が、ジョッキを持ち上げた。
「それに、忙しいのはいいことだぜ?忙しいってことは、街が戻ってるってことだからな。」
「……。」
「ここは、俺の故郷だ。戻すためなら、まぁなんだってやるわぁな。」
店主が、笑いながら皿を置く。
「その割に、文句は増える一方だけどな。」
「……うるせぇな。やることやってんだ。いいじゃねーか。」
「……また、やれるといいな。本業をよ。」
「うるせぇな。先の話だよ。ほら、酒くれよ。」
カイラは、静かに笑っていた。
でも。
少しだけ、さっきまでとは違う顔をしていた。
—
店を出た頃には、すっかり暗くなっていた。
ザインも、一緒に外へ出る。
店の前で、煙草に火をつけた。
「んじゃ。俺ら宿戻るわ。」
「あぁ。」
「ザインは、どこなんだ?」
「別の宿だな。」
「……そっか。」
ザインが、煙を吐く。
「ジュディ。」
「ん?」
「しばらく、俺はアッシュタウンにいる。」
「……あぁ。」
「アッシュタウン内であれば通信も繋がる。何かあれば、連絡を寄こせ。」
「あぁ。分かったよ。」
ザインが、少しだけ口の端を上げた。
「じゃあな。」
「あぁ。またな。」
ザインが、別の道へ歩いていく。
振り返らずに片手を上げたまま、帰路へとついていった。
………………。
…………。
……。
「……ジュディ。」
「ん?」
カイラが、少し先を見ていた。
「おぉら!!そっち持て!!」
「次の資材どこだ!!」
「三番!!それ二番だって!!」
「……んだよ。分かりづれぇな!!」
暗くなった街の中。
何人もの作業員が、運送車両から資材を降ろしている。
壊れた建物の横では、まだ修復作業が続いていた。
「……みんな、頑張ってるね。」
「……そうだな。」
カイラが、作業員たちを見る。
「幸せになるために、頑張ってるんだよね。」
「……あぁ。街は壊れてるけど、全部は壊れちゃいないな。」
俺は、それだけ答えた。
カイラが、少し黙る。
「……門で、止まる。」
「ん?」
「復興が進めば、運ぶ物はもっと増える。」
カイラが、言葉を止めた。
何かを考えている。
その目が、行き交う車両と、荷物を降ろす作業員を何度も往復していた。
「……だったら。入口を、変えれば……。」
「……カイラ?」
「……。」
カイラが、俺を見る。
少しだけ、笑った。
「私にも、できること、あるかも。」
「……そうか。」
「うん。」
カイラは、もう一度。
働いている人たちの方を見た。
第百七十二話、お読みいただきありがとうございました!
今回は、アッシュタウンで少し飲んでみました。
そして、まさかのザイン。
なんか、ネチネチしてましたね。
カイラも、何か思うところがあるようです。
次回も20:10、更新予定です!
ブクマやコメントをいただけると、次の飲み会にはザインも呼ばれます。
よろしくお願いします!




