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スペル・エラー ~娘が生まれるのに異世界へ召喚されたので、何があっても帰ります~  作者: とろたま愚鈍
第二部:第五章|アッシュタウン編

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第百七十一話「壊れた都市」

アッシュガードが用意した宿泊施設は、思っていたよりも立派だった。


外壁に囲まれたアッシュタウンの中。

外は壊れているのに、ここはかなり綺麗に整備されていた。


受付を済ませ、四人で割り当てられた部屋へ集まる。


「……外と、全然違うね。」


カイラが、窓の外を見る。


少し離れた場所には、さっき通った道が見えた。

テントの間を住民が歩き、その脇を何台もの運送車両が行き交っている。


「まぁ、向こうからしたら取引相手だ。丁重に扱ってくれてるってことなんだろうな。」

「それは、ありがたいんだけど……。」


カイラは、まだ窓の外を見ていた。

エルドが、端末を取り出して口を開いた。


「明日の予定だけ、確認しておこう。午前にジュディとリオ。午後に私とカイラ君が、アーヴィンと接見する。」

「はい。」

「今日は、この後特に予定は入っていない。移動もあったし、休んでいても構わないよ。」


カイラが、窓に張り付いたまま動かない。

視線を外に向けたまま、呟いた。


「……街。」

「ん?」

「……街、見に行きたい。」

「街?」

「うん。街。」


カイラが、俺たちを見る。


「せっかく中に入ったんだし。明日、アーヴィンさんと話す前に、ここがどんな場所なのか見ておきたい。」

「いやいやいや。危ないって。ここの治安、カルディアと比べても相当悪そうだし。」

「で、でも!!カリドも結構悪かったよ!!」

「でもって言われてもな……。」


エルドが、少し考えるように腕を組んだ。


「私は、賛成だよ。」

「……いいんですか?」

「あぁ。交渉に使える情報が見つかるかもしれないしね。何かあれば、君が守るだろう?」

「それは、まぁそうですけど……。エルドさんは、どうするんです?」

「私は、流石にやめておこう。」

「……えぇー。」

「私は、アルカナの役員だ。物珍しそうに街を歩いていたら目立つだろう?」

「……それも、そうですね。」


エルドは、普通に顔が知られている。

そういう意味で言うと、ネルもなんだけど。


「ジュディとカイラ君。それと、ネル……リオなら問題ないだろう。」

「はいぃ〜。エルド減点〜〜。」

「あぁ、くそ。しまったな。」

「罰金だよぉ〜。」

「この賭けは、私に利がないと思わないか?」

「んふふ。ないねぇ?」


いつの間にか、賭けをしていたらしい。

てか、何やってんの、この二人。


ネルは、エルドから金を受け取った。

そのまま、こちらを振り向く。


「軍資金も手に入ったしぃ〜。いくかぁ。」

「やっぱ来んだな。」

「当然!ジュディに何かあったら困るからねぇ〜。」

「その見た目で、その喋り方やめてくんない?」

「あっは★」


……慣れねぇな。




—




宿泊施設を出て、アッシュタウンの中を歩く。

改めて見ると、酷い街だった。


建物の半分以上は、どこかしら壊れている。

壁が崩れたままの家もあれば、屋根そのものがなくなっている建物もあった。


空いた土地には、いくつものテントが張られている。

その間に細い道が作られ、人が行き交っていた。


「……。」


カイラが、辺りを見渡している。

さっきまで宿泊施設の中にいたから、余計に差が目につくんだろう。


「ジュディ。」

「ん?」

「……。」


カイラが視線を向けた先。


道端に、痩せ細った男が座り込んでいた。

服は汚れ、頬もこけている。


俺たちが横を歩くと、男がゆっくり手を伸ばしてきた。


「……なんか、くれねぇか。」


思わず、足が止まった。

男の手を見る。

細い。骨が、浮いていた。


「——。」


無意識に、ポケットへ手が伸びた。


金なら、ある。

少しくらい渡したところで、俺は困らない。

これで、今日くらいは何か食えるだろう。


「……。」


そこで。

手が、止まった。


今、俺が金を渡せば、この男は今日飯を食えるかもしれない。


でも、それでどうなる?

明日は?

俺が、ここを出た後は?



「……。」


分からない。

助けたいと思ったから、助ける。


それで、本当にいいのか?


一度選んだだけで、誰かを幸せにできるほど、そんな簡単じゃないことくらい。

もう、分かってる。


「……ジュディ?」


カイラの声で、顔を上げた。


「あぁ。いや。」

「……。」

「……カイラ?」


カイラが、男へと近寄った。

懐から小銭を取り出し、男の手にそっと握らせる。

男が、静かにカイラを見た。


「……少ないけど。」

「とんでもねぇよ……。あ、ありがとう。ありがとうな。嬢ちゃん。」

「……ううん。」


カイラが立ち上がり、俺を見る。


「行こう?ジュディ。」

「……あぁ。」


胸の奥が、少しだけ重くなる。

俺は、何も言えなかった。


どうすれば良かったのか。

分からなかった。




—




「待て!!」


街を歩いていると突然、怒鳴り声が響いた。

反射的に振り返る。


「……うぉ!?」


少年が俺を押し退けて、走り去っていった。


「……。」


まだ、十歳にもなっていないように見えた。

両腕には、パンのようなものを抱えている。


「クソ!!あのガキ!!よりにもよって高ぇパン盗りやがった!!!」


店主が店の外まで出てくる。

子供は、そのまま細い路地の奥へ消えていった。


店主は、その場に立ったまま追い掛けようとしない。


「……あの、追わないんですか?」


カイラが聞く。

店主が、面倒そうに頭を掻いた。


「捕まえてどうすんだよ。」

「え?」

「金持ってねぇ奴から、金取れねぇだろ。」

「……。」

「毎日やられちゃ困るけどな。」


少しだけ、違和感があった。

俺は、店主に聞いた。


「……まるで、取られるのが分かってるみたいだったな。」

「あ?」

「いや、なんとなくだけど。あんた、さっき『よりにもよって高ぇパン』って言ってたろ?」

「……。」

「安いパンなら、いいのかよ?」


店主が、また面倒そうに頭を掻いた。

そのまま、吐き捨てるように呟く。


「……耳。」

「耳?」

「あぁ。パンの耳なら、多少は分けられる。」

「……ん?なんだよ。分けられるんじゃねーか。じゃあ、なんで……。」

「大手を振って渡すわけにはいかねぇんだよ。ガキ全員は無理だ。」

「……なるほど、な。」

「まぁ。捕まえられたら、殴るけどな。」

「……矛盾してねぇ?」

「こっちも商売だ。示しは必要なんだよ。」


……なんだよ。いい奴じゃねーか。


「おっと、お客さんだ。あんたらも、何か買うかい?」

「いんや。また今度寄らせてもらうよ。」

「っは。こりゃー二度と来ねぇな。」


店主は、それだけ言って店へ戻っていった。


カイラは、子供の消えた路地を見ていた。

何も、言わなかった。


「カイラ。」

「うん。」

「……行こう。」

「……うん。」


また、俺たちは歩き出した。




—




路地を進むと、小さな食料品店があった。

店先には、野菜や保存食が並んでいる。


カイラが、値札を見た。


「……え、高っ。」

「どれ?」

「これ。」


横から覗く。


「……高ぇな。てか、全部高ぇ……。」


カルディアで買うより、かなり高い。

多分、相場の二倍はするんじゃねーか?


品数自体も、少なかった。


「生活物資は、ほとんど外から入れてるらしいからな。」

「……うん。運ぶだけでも、お金掛かるもんね。」

「あぁ。それに、あの門も通さなきゃならねぇし。」

「……。」


カイラが、もう一度値札を見る。


「昨日、ジュディの資料で見た時は、ただ外から運んでるんだって思ったけど。」

「……ん?」

「こういうこと、なんだね。」

「……まぁな。」


数字で見ていた時には、分からなかった現実。

目の前の値札が、それを訴えかけていた。


ただ、高い。

ただそれだけで、買えない人間がいる。


——くいっ


服の裾を、何かに引っ張られた。

……ネルだった。


「……ジュディ。」


声が、いつもより低かった。


「ん。どうした?」

「……あれ。」


ネルの視線を、追う。


建物と建物の間。

男が一人、壁にもたれ掛かっていた。


「あ。あーーー。あぅぅ。」


男は、体を小さく揺らしている。

目の焦点は合っていなかった。


その手元には、錠剤の入った小さな容器。

足元には、半分魔石になった死体が転がっていた。


「……あれは。」


錠剤。焦点の定まらない瞳。そして、魔石化。

全て、見覚えがあった。


「……パフパラ、か?」


ネルが、小さく頷いた。


「……なんで、ここにあんだよ。」

「分からない。一年前に利用価値がなくなって、流通自体は止めたはずなんだけどねぇ。」

「……。」

「どこかに残ってたのか。それとも、誰かがまだ作ってるのか。」


男が、壁に頭を預ける。

口元だけが、僅かに笑っていた。


通り過ぎる人間は、誰もそいつを見ない。

もう、慣れているように見えた。


「……胸糞悪ぃな。一体、誰が流してんだ?」

「……。」

「おい。ネ——」

「私はリオだ。馬鹿。」

「……。」


いつもの、口調じゃなかった。

ネルは、しばらく男を見ている。


「……空腹に、耐えられなかったのか。」

「それが、パフパラに手を出す理由になるか?」

「食べ物より安いんだろうね。しかも、こっちは気持ちよくなれる。」

「……。」

「それで、理由としては十分だよ。」


少しだけ、沈黙が落ちた。

ネルが、静かに口を開く。


「……なんか。」

「ん?」

「すごく、痛い。」


ネルが、自分の胸元を軽く押さえた。


「ここら辺が、痛い。」

「……そうか。」

「うん。」


それだけだった。


ただ、ネルの中で何かが増えた。

そう思った。


「……行こっかぁ?」

「……あぁ。」


いつもの声に戻る。

俺も、それ以上は聞かなかった。




—




また、歩き始める。


道沿いには、簡単な露店がいくつも並んでいた。

食料以外にも、工具や衣服、何に使うのか分からない部品まである。


その中の一つで、カイラが急に立ち止まった。


「……これ。」

「……。」


店先に、大量のストーンウェアが積まれていた。


腕。脚。指。装甲。


綺麗に並んでいるわけでもなく、箱の中にそのまま放り込まれている。

形だけを見れば、人間の体の一部にも見える。


「……古いな。」

「うん。かなり。」


カイラが、一つの腕を持ち上げる。

表面は傷だらけで、装甲も所々欠けている。


「これ、三世代くらい前の規格だ。」

「それって、どんくらい古いんだ?」

「十年とか、かな。」


カイラが、腕を裏返した。


「……あ。」

「どうした?」

「識別番号が、削られてる。」

「ってことは、盗品か?」


前に、ジャスから提供された資料で見た覚えがあった。

ハピレスが人から奪ったストーンウェアも、識別できないように加工されていた。


「……うん。多分……。」

「……ハピレスと、同じようなことをしてるってことか。」

「違うと、思う。」


カイラが、別の部品も確認する。


「型が古すぎる。今これを付けてる人はそんなにいないよ。」

「……ってことは。」


カイラが、黙った。

手に持った腕を見ている。


「うん。死体から、剥ぎ取ってると思う。」

「……。」


何も言えなかった。


戦争で死んだ人間か。その後に死んだ人間か。

誰の物だったのかも、もう分からない。


「……使えんのか?ジャンク品みたいなもんだろ?」

「そのままじゃ、厳しいね。」

「……。」


「おい。姉ちゃん。」


露店の奥から、声がした。

店主らしい男が、古い義手を分解している。


「買わねぇなら、あんまり触んなよ。」

「わ!あ、すみません!」


カイラが、慌てて腕を戻した。

店主の前には、一人の男が座っていた。


……片脚が、なかった。

膝の上には、ボロボロになった義足が置かれている。

男が、店主へと声を掛けた。


「おい。それ、本当に動くのかよ?」

「……知らねぇよ。動きゃあいいだろ?」

「……頼むよ。仕事にいかねぇと、クビになっちまう。」

「わーってるよ!急かすなって。」


店主が、箱の中から一つの部品を取り出す。

さっきカイラが見ていたものと、似たような古い部品だった。


「あ、あの!!」


カイラが、突然声をあげた。

店主が訝しげに、カイラを見る。


「……なんだ?姉ちゃん。」

「そ、それ女性用のストーンウェアです。」

「だから?」

「義足に、するんですよね?男性だと出力が……。あと、長さだって足りてません。最悪バランスを崩して横転しちゃいます。」

「……だから?」

「え、えっと……。」


店主が、男へと向き直る。


「男性用の在庫は今はねぇ。動きゃ何でもいいだろ?」

「あぁ。違ぇねぇな。仕事に行ければなんでもいい。」


男が、笑った。

店主は、カイラへと視線を移す。


「ってわけだ。何か文句あるか?」

「……。」

「茶々入れるだけなら、帰ってくれねーか?」

「……っ。」


カイラは、何も言えずに俯いてしまった。

俺は、カイラの肩を掴み店主へと声を掛けた。


「……邪魔して、悪いな。この街は初めてなもんで。」

「あぁ。身なり見てりゃあ分かるよ。」

「……出力設定、オーバークロックにしとけよ。」

「あ?」

「バランスまではどうにもならねぇけど、出力はそれで多少マシになる。」

「……そりゃ。どーも。」

「そんじゃ。失礼。」


そのまま、露店を後にした。


死んだ誰かが使っていたものを、生きている誰かが使う。

気持ちのいい話ではない。


でも。


「……ジュディ。」

「ん?」

「ここでは、これも必要なんだね。」

「……みたいだな。」


少し離れてから、露店を振り返る。

店の男は、手慣れた様子で部品を組み替えていた。

それを待っている男も、別に悲しそうな顔はしていなかった。


必要だから、使う。

ただ、それだけだった。




—




アッシュタウンの陽は、もう沈み掛けていた。

巨大な外壁に遮られるせいか、日が落ちるのが心なしか早く感じる。


「……カイラ。」

「ん?」


カイラが、キョロキョロと視線を泳がせながら歩いていた。


「前、ちゃんと見て歩きな?」

「見てるもん。」

「いや、見てないから。」

「見てるも~ん!」


瞬間。

大型の運送車両が、目の前の角から飛び出してきた。


「——カイラ!」


考えるより先に、体が動いた。

カイラの腕を掴み、そのまま自分の方へ抱き寄せる。


「ん、んぇ!?」


——プァーーーー!!!


けたたましいクラクションが鳴った。

車両が、目の前を通り過ぎる。

風圧で、髪が揺れた。


「うっわ!!」


運転席の窓から、男が顔を出す。


「おい!!あぶねぇだろ!!!気をつけろ!!!」

「すんまへん!!!」

「ったく!!」


男が、大きく舌打ちする。

そのまま車両は、狭い道の奥へ走り去っていった。


腕の中を見る。

カイラが、固まっていた。


「前、見てたか?」

「……み、見てませんでした。」

「言うことは?」

「……ごめんなさい。」

「よろしい。」


カイラを、解放した。

ネルが、後ろでクネクネしていた。

……なんだよ。


「ひゅ~ひゅ~!超ヒロイックぅ~!」

「……それ、止めろな?」

「あっは!」


改めて、辺りを見る。

さっきから何台も車両が通っている。


大型の運送車。資材を積んだ車。食料を運んでいるらしい小型車両。

舗装されていない道を、無理やり走っている。


「……トラック、多いね。」

「あぁ。」


調べた情報の通りだ。

復興に必要なものは、ほとんど外から入れている。


食料。建材。機材。ストーンウェア。

必要なものが増えれば、当然運ぶ車両も増える。


「……。」


カイラが、少し先を見る。

一台の大型車両が、曲がろうとして止まっていた。


道が狭い、というより道がない。

崩れた建物が邪魔をして、何度も切り返している。


その後ろには、別の車両が待っていた。

さらに後ろにも、一台。


「……これ、進めないね。」

「だな。」


別の道では、工事が行われている。

人と資材で、半分近く塞がっていた。


作業員が、通り掛かった運送車に向かって手を振っている。

運転手が、窓から顔を出して怒鳴った。


「おい!!ここ塞がれたら、どっから行きゃいいんだ!!」

「知らねぇよ!!ぐるっと回れ!!」

「ふざけんじゃねぇよ!!道ねぇだろが!!」


……大変そうだな。

カイラが、苦笑いしている。


「かなり、入り組んでるね。」

「元々の道が残ってる上に、瓦礫と工事で更に狭くなってんだろうな。」

「それなのに、運ぶ物は増えてる。」

「……まぁ。復興してるからな。」


カイラが、行き交う車両を見る。

少し離れた場所では、荷物を降ろす作業員が声を掛け合っていた。


壊れた家の隣では、誰かが新しい壁を作っている。

テントの脇を、食料を積んだ車両が走っていく。


「……。」

「どうした?」

「ううん。」


カイラが、小さく首を振る。


「……そろそろ、帰ろうか。」

「あぁ。」


また、歩き出す。


正直、酷い街だ。


——それでも。


店は開いている。

道を、人が歩いている。

壊れた建物を直す音が聞こえる。

運送車両が、ひっきりなしに走っている。


復興しているから、人と物が動く。


人と物が動くから。

壊れた街の方が、それに追いついていなかった。


第百七十一話、お読みいただきありがとうございました!


今回は、アッシュタウンの中を歩いてみました。

すみません。ちょっと長くなっちゃいましたね。


なかなか、治安のよろしくない街です。

カイラも、色々と思うところがありそうですね。


次回も20:10、更新予定です!

ブクマやコメントをいただけると、カイラがちゃんと前を見て歩きます。

よろしくお願いします!


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