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スペル・エラー ~娘が生まれるのに異世界へ召喚されたので、何があっても帰ります~  作者: とろたま愚鈍
第二部:第五章|アッシュタウン編

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第百七十話「アッシュタウンにようこそ」

「接見の日程が、決まったよ。」


全員が席についたところで、エルドが口を開いた。


アルカナの第七研究室。

工房のメンバーに加えて、エルドとネルが集まっていた。


「明後日の午後。アッシュタウンで、アーヴィン本人と接見する。」

「明後日……。俺が接見する日と一緒ですね。」

「ジュディは、いつの予定なんだい?」

「午前です。これは、かなり……。」

「あぁ。向こうも、かなり急いでいるね。」


アーヴィンは、俺から連絡が来ることを予想していた。

エルドとこちらが繋がっていることも、承知の上なのかもな。


「それと、アッシュガード側から一つ要望があった。」


エルドが、端末を取り出した。

何かのメモを見ているみたいだ。


「レガシーコードに関わる研究者を、一名同行させてほしいそうだ。」

「レガシーコードの研究までバレてるんですね……。でも、何で同行者が必要なんでしょう?」

「あちらからの提案は、専門知識がなければ信憑性を判断できない可能性があるらしい。自分たちの話が絵空事ではないと、その場で理解してもらうためにも専門家を同席させてほしいとのことだ。」

「……随分、自信満々ですね。」

「そうだね。かなり、きな臭いよ。」


エルドが、ネルを見る。


「ネル。私に同行してもらえるかい?」

「え、嫌だぁ。」


はっや。即答かよ。


エルドが、目頭を抑えた。

……頑張れ。エルドさん。


「……一応、理由を聞いても?」

「私がエルドと一緒に行ったらさぁ。」

「あぁ。」


ネルが、俺を指差した。


「ジュディと、離れちゃうでしょ?」

「……それが、何か問題なのか?」

「今私は、ジュディ以外は結構どうでもいい。」


「……。」


沈黙が、流れた。


エルドが、俺を見る。

カイラも、俺を見る。

サヤまで飴を咥えたまま、こっちを見た。


「……なんで、俺を見るんです?」

「随分と、仲がいいじゃないか。」

「……まぁ。」


ネルが、椅子へ深く座り直す。


「結構マジな話だよぉ。今のジュディは、いつどうなるか分かんないし。」

「……そんなもん、今に始まった話じゃねーだろ?」

「いんやぁ?警戒はしておくべきでしょ。私がアーヴィンと話してる間に、コロッとアルトになってる可能性だってある。」

「そんな、虫みてぇに……。」

「絶対ないって言い切れるぅ?アッシュガードに何かされるかもよ?」

「……。」


それは、何とも言えねぇな。


ネルが、ふふん、と笑う。

くそ、腹立つな。


「同一化について、一番詳しいのは私。今のジュディの状態を見ながら、その場で対処できるのも私。だから私は、ジュディと一緒にいた方がいい。」

「……それは、もっともだね。」


エルドが、少し考えるように腕を組んだ。


「では。私に同行する研究者を、別に用意する必要があるね。」

「カイラでいいんじゃなぁい?」


ネルが、すぐに答えた。


「……え、私?」

「レガシーコードの装置、私と一緒に作ってるでしょぉ。向こうの提案が実現可能かどうか判断するくらいなら、十分できるよ。」

「え、いや。でも。」


カイラが、俺の腕を掴む。


「私だって、ジュディといたいんですけど。」

「じゃあ、ジュディになんかあった時、カイラ対処できんの?」

「……それは。」

「ジュディの今の状態、私より詳しい?」

「……分かんない、です。」

「はいぃ~。適任は私ぃ~。」


ネルが、勝ち誇った顔をする。

カイラが、むすっと頬を膨らませた。


「……ネル、ずるいと思います。」

「悔しかったらぁ~。もっと頑張んなぁ~?」

「むぅ。」


ネルが、楽しそうに笑った。


「大丈夫だよぉ。離れるって言っても、接見してる間だけでしょ。それ以外は普通に一緒にいればいいじゃん。」

「……本当に?」

「そりゃそうでしょ。ジュディはアルカナの外部顧問なんだから、アッシュタウンの中で話してたって何もおかしくないよ。」

「まぁ……それなら。」


カイラが、渋々俺の腕を離した。

エルドが、そんなカイラを見る。


「ただ、カイラ君を私の同行研究者として連れていくなら、問題があるね。」

「問題があるそうですよ!ネル!!!」

「カイラ君。静かにね?」

「はい~。」


そのままエルドは言葉を続けた。


「カイラ君と、アルカナとの関係を説明できる必要がある。」

「そ、そうだ!そうだ!私、部外者だもん!」

「カイラ君。」

「はいん。」


カイラが、ネルを見る。


「カイラはアルカナと業務委託契約を結んでるよぉ。研究を手伝ってもらうことになった時に、契約してるぅ~。」

「なるほど。それなら問題ない。アルカナから研究業務を委託している技術者として説明できるね。」

「……。」


最後の砦が、崩れた。

ネルの、完全勝利だった。


「では、私にはカイラ君が同行する。」

「……はぁい。」

「そしてジュディには、ネル——。」


エルドが、そこで言葉を止めた。


「いや。それも少し不自然ではないか?」

「……ん?何がですか?」

「ネルが、君の同行者として行動することだよ。」

「そんな事ないですよ。仲いいですし。」


「あっは!ジュディ止めてよぉ~。」


ネルが、なんかクネクネしていた。

そんなネルを横目に、エルドが続ける。


「ネルはアルカナの役員で、記述研究の第一人者でもある。それなりに世間にも顔が知られている。」

「……あぁ。なるほど。」

「そんな人間が、会社としての正式な交渉ではなく、外部顧問である君に付きっきりで行動していれば、余計な疑念を持たれるかもしれないだろ?」

「……でも、アーヴィンと通話した時は、ネルも一緒にいましたよ?」

「私は、映ってないよぉ。」

「……へ?」


ネルが笑う。


「端末のカメラ、偽装してたから。向こうから見たら、ジュディ一人。」

「……いつの間に。」

「最初からぁ。相手に渡す情報は少ない方がいいでしょ~?」


全然、気付かなかった。

確かに、通話中は一言も喋ってなかったな。


「じゃあ、俺とネルが繋がってることも知られてない?」

「いや。さすがに知ってるでしょぉ。」

「……もう、なんなん。」

「ジュディは、アルカナの外部顧問じゃん。私との接点がないなんて、あり得ないでしょ。」

「……じゃあ、意味ねーじゃん。」


エルドが、小さく息を吐いた。


「ジュディ。これは建前の話だよ。」

「……いや。まぁ、そうなんですけど。」


それは、分かってる。

分かってるけど、なんか納得いかねぇな。


「じゃあ、どうすんだよ?結局ネルも俺に同行できねぇじゃん。」

「……あっは!」


ネルが、急に笑った。


「ジュディは、やっぱ馬鹿だねぇ?」

「……。」

「私が、ネル・クライスじゃなければいいだけの話でしょ~。」

「……あ?」


ネルが、首筋へ手をかざした。


瞬間。

ネルの姿が、ディスプレイの映像を切り替えるように変わっていく。


髪が短くなり、後ろで一つに束ねられた。

顔と眼鏡の形も、変わっていく。


姿勢まで伸びると、そこにいたのは二十代半ばくらいの女だった。

この鋭い目付き、見覚えがあった。


「……あ。」


女が、俺を見る。


「お久しぶりですね。ジュディさん。」

「……お前、それ。」

「お元気そうで、何よりです。」

「……やめろ。腹立つ。」

「何故でしょうか?」

「いい思い出じゃねーだろ。俺をその姿で騙しただろ?」

「……あっは★」


一瞬で、中身がネルに戻った。

カイラが、女の顔を覗き込む。


「……え、えぇ!?へ、変身した!!!だ、誰?」

「……リオ・サーン。」

「えっと。やっぱり誰?」

「……俺と最初に会った時の姿だよ。」


ネルが、得意気に胸を張る。


「そぉ~。私オリジナルのストーンウェアだよぉ~~。」

「……こんなことまで、出来るなんて……。」


カイラが、目を丸くしている。

サヤも、じっとリオを見る。


「……全然、違ぇじゃん。」

「んふふ~。でしょぉ?」

「こっちの方が、仕事できそう。普段からそうしてれば?」

「あ?」

「……なんでもないっす。」


サヤまで、姿勢を正した。

エルドは、リオの姿を一通り確認してから頷く。


「その身分は、今も有効なのかい?」

「アルカナの研究員として登録は、残してるよぉ。」

「なら問題ないね。ジュディには、リオ・サーンとして同行してもらおう。」

「はぁい~。」

「カイラ君は、私と。」

「……はい。」


まだちょっと不満そうだ。

まぁ、接見の時だけだしな。


「ちょい待った。」


サヤが、飴を口から出した。


「私も、行くから。」

「……サヤ。」

「あんだよ。別に問題ないでしょ?」

「……肩、どうなんだよ。」

「モウ、ナオッタヨ。」

「……腕上げてみ。」

「……。」


サヤが、ゆっくりと右腕を上げる。

肩の辺りで、動きが止まった。


「……上がってねぇじゃん。」

「四十肩なんだよ。」

「あり得ねぇから。」

「……チッ。クソボンクラ。」


舌打ちされた。

ひどいと思った。


サヤは何度か肩を動かしてから、自分でも諦めたように腕を下ろした。


「……今行っても、足手まといか。」

「そうだな。」


——ペシン


「いってぇ!!」


反対側の腕で、頭をはたかれた。


「即答すんなよ。腹立つな。」

「……はたくなよ!馬鹿になんだろ!」

「それは、ごめん!」

「……。」


なんか。なんなん。こいつ。

サヤが、椅子へ座り直す。


「はぁ~。今回は、ここに残るよ。」

「……あぁ。」

「でも、無茶すんなよ?」

「分かってるよ。」

「あとは……。」


サヤが、カイラを見る。


「カイラ。」

「うん。」

「ボンクラ。また暴走しそうだったら、ぶん殴れ。」

「任せて!」


「……なんで、即答なの?」


思わず、口に出た。

二人とも、俺を見る。


……なんなんだよ。

サヤが、また飴を口へ戻した。


「……ちゃんと帰ってこいよ。」

「あぁ。」

「カイラもね。」

「うん!」


ネルが、フラフラとサヤに近づいた。


「サ~ヤちゃん!」

「……んだよ?」

「私にもぉ。なんかないのぉ~?」

「……何もないけど?」

「あっは!酷くなぁい?」

「んはは!酷くな~い!」


そんなこんなで。

アッシュタウンへ向かう、四人が決まった。




—




その日の夜。

仮住まいの屋上から、カルディア中央区を眺めていた。


高層マンションだけあって、景色だけはかなりいい。

遠くにはアルカナ本社が見え、その周囲を無数のEVAirが行き交っている。


煙草に火をつけ、一度煙を吐いた。

脳内通信で、ロイドとの回線を繋いだ。


(よ。)

『……なんだ。』

(アッシュタウンに入れることになった。一応、伝えておこうと思ってさ。)

『……分かっているのか?私はバイオストーンだぞ。』

(別に構いやしねーよ。昔の仕事仲間と雑談するくらい。)

『……律儀な奴だ。』

(明日、早速向かう。一応、アーヴィンからの正式な招待だ。)

『……そうか。』

(そっちは、どうなんだよ。)

『……無理だな。バイオストーンは、ハピレスの件で警戒されている。』


煙草を咥えたまま、街を見る。


(じゃあ、エミリを助け出せんのは、こっちだな。)

『仕方がないな。ひとまず、A-3Rの確保はそちらに譲ろう。』

(……。)

『なんだ?』

(……まぁ、今はいいや。)


いつかは、こいつにも名前を呼ばせたい。

でも、今じゃない。


(……ロイド。)

『なんだ。』

(ハピレスの件では、世話になった。)

『……。』

(それでも、ここから先はお互いの望みが違う。)

『あぁ。そうだな。』

(エミリを、アッシュガードから逃がす。その上で、あんたらにも渡す気はねぇ。)

『……。』


しばらく、風の音だけが聞こえた。


『いいだろう。』

(……お?)

『アッシュガードの手元にあるより、お前の手元にある方が都合がいい。』

(……。)

『私は、お前からA-3Rを確保する。それだけだ。』

(っは。いいね。かかって来いよ。)

『っふ。首を洗って待っていろ。小僧。』


それ以上は話さなかった。


(……またな。ロイド。)

『……あぁ。ではな。ジュディ。』


通信を切る。

吸い終わった煙草を、携帯灰皿へ入れた。


カルディアの街は、今日も普通に動いている。

……明日には、ここから連絡も届かない場所へ行く。




—




翌日。


アッシュタウンへ向かう車両の窓から、外を眺めていた。

カルディアを離れてから、建物は少しずつ減っていった。


舗装された道路にも所々ひび割れが目立ってきた。

戦地だった頃の名残なのか、壊れた建物がそのまま残っている場所もある。


そして、遠くに巨大な壁が見えた。


「……でっけぇな。おい……。」


近付くほど、上を見上げなければ全体が見えなくなる。


壁の上には一定間隔で監視塔が並んでいる。

外側からでも何人ものアッシュガード兵が確認できた。


「こんな大きな壁。昔から、あったんですか?」


カイラが窓の外を見る。


「戦時中に増築された部分が多いらしい。」


向かいに座るエルドが答える。


「第二次魔術大戦の主戦場だったからね。都市そのものが、防衛拠点として使われていた。」

「……。」

「もっとも。残りの外壁や補強は、アッシュガードが行ったものらしい。」

「そんなこと。いったいどうやって……。」

「さぁね。アーヴィンは魔法使いだ。何が出来ても不思議じゃないさ。」


さらに近付くと、壁の前には何台もの車両が列を作っていた。


大型の運送車。

建設用の機材を積んだ車両。

食料や資材を運び込む業者。


昨日調べた通り、人の出入り自体はかなり多い。


「……うわぁ。やっぱ入りたくねぇな。」


カイラが、こっちを見る。


「え、今さら?」

「実際これ見るとさぁ。中も、実際どうなってるか分かんねぇし。」

「え、もう着いちゃったよ?」

「……分かってるよ。」


車両がゆっくり進み、俺たちの番になった。


エルドがアッシュガードから送られてきた招待状を提示する。

身分の確認も、荷物の確認も思っていたより淡々と進んだ。


潜り込むわけじゃない。

名前も隠さず、キムラ・ジュディとして普通に正門から入る。


……なんか変な感じだな。

思えば、正式な手続きをして都市に入ることは少なかった気がする。


「……よし。確認した。」


アッシュガードの兵士が、端末から顔を上げる。


「ここから先、都市外部との通信は遮断される。外部へ連絡は一切禁止だ。」

「……えぇ。分かっています。」


エルドが、淡々と答える。

巨大な門が、低い音を立てながら開き始めた。


その向こうに、街があるはずだ。


『……ジュディ。』


頭の中に、ガレスの声が響いた。

ここまで、念のため通信を繋いでもらっていた。


(あいよ。)

『ここから先、私はサポートできない。』

(……あぁ。ここまで、ありがとな。)

『内部へ入れば、こちらから情報を送ることもできん。何かあれば、自分で判断しろ。』

(へいへい。)


少しずつ、ガレスの声にノイズが混じり始める。


『……生きて帰ってこい。仕事が山ほどあるからな。』


思わず、笑った。


(分かってますよ。社長さん。)

『っふ。生意気な下っ端だな。』


ノイズが、さらに強くなる。


『ではな。ジュディ。』

(あぁ。またな。ガレス。)


そこで、通信が途絶えた。


視界の隅にある通信アイコンを見る。

外部との接続表示にバツ印がついていた。


「……マジで切れたな。」


カイラも端末を確認する。

リオの姿をしたネルも、自分の端末を何度か操作した。


「完全に、遮断されてるねぇ。」


……見た目と声が合わねぇな。


車両が、門を越える。


ここから先、外には頼れない。

何かあれば、ここにいる人間でどうにかするしかない。


「……行くしかねぇな。」


車両が、そのまま街の中へ進んでいく。


背の高い建物は、数えるほどしか見当たらない。


窓の外には、崩れた建物がいくつも残っていた。

そんな建物に混じって、テントも張られている。


崩れた建物に、一時的なテント。

そこで、ここの街の人々は暮らしているらしい。


「……。」


その隣では、新しい建物を建てるための足場が組まれ、作業員が資材を運んでいる。

道端にはストーンウェアの部品が積まれ、運送車両が何台も行き交っていた。


アッシュガードの兵士。

作業着を着た人間。

小さな店。

歩いている住民。


門の内側に立っていた兵士が、俺たちの車両へ軽く頭を下げた。


「ようこそ。アッシュタウンへ。」

「……どうも。」


窓の外を見る。

思っていたより、人の匂いのする街だった。


壊れていることを、除けば。


第百七十話、お読みいただきありがとうございました!


早速、アッシュタウンへと赴きましたね。

今回は、頭脳派パーティです。


ネルさん。

最近もう、ジュディのこと好きなの隠す気ないですね。


そして、久しぶりのリオ・サーン。


覚えている方はいるでしょうか。

第一部でジュディを騙した、仮の姿です。


次回も20:10、更新予定です!

ブクマやコメントをいただけると、サヤの肩がちょっとだけ上がります。

よろしくお願いします!


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