第百六十九話「二つの窓口」
アルカナ本社。
週に一度のはずの、役員会議。
いつもの役員と、カイラとサヤが参加していた。
今日は、いつもの予定時間とは違い臨時の開催だった。
……それだけ、ジュディの時間がなくなってきてるんだろうな。
エルドが俺を見て、口火を切った。
「ではジュディ。事前に言われていたように報告を頼む。」
「……はい。」
いつもの場所に座ったまま、端末を操作する。
テーブルの中央に、事前に作成した資料が投影された。
「まず、アッシュタウンに出入りしてる人間をざっと調べてみた。」
説明に合わせて、投影された画面を切り替える。
運送業者。
建設関係。
資材を扱う企業。
「特に多いのが、運送と建設関係。食料もほとんど外から入れてる。入場にはアッシュガードの許可が必要だけど、思ったより閉じてないな。」
エルドが、手元の資料へ目を落とす。
「そうだな。現状、アッシュタウンだけで復興に必要なものを賄うのは難しい。建材、機材、食料、人員。外から入れざるを得ない。」
「えぇ。ガレスの話とも合ってます。」
資料をもう一枚送る。
「業者ごとに入れる区域は違うみたいだな。中に入れば通信も遮断される。……まぁ、バカンスに行ける街じゃねぇのは間違いないな。」
「……あぁ。以前のMANAほど、入り込むのは難しくないだろうね。」
「えぇ。どう中に入るかは、まだ課題ですね。今日は、その方針を相談できればと。」
「そうだな。接触できるルートを、この後整理していこう。」
俺は、会議室の参加者に目を向ける。
「——俺が調べた情報は以上だ。何か質問がある人は?」
「はい!」
カイラが、勢いよく手を挙げた。
この面子の中で、すげぇなカイラ。
「……カイラ、どうぞ。」
「資料の字、大きくない?」
「……え、そこなん?」
「うん。っていうか出す情報絞りすぎじゃない?もっといっぱい調べてたじゃん。」
「いいんだよ。資料は、一ページに言いたいこと一個あれば。」
「……そうなの?」
「細かい根拠とか数字は、後ろとか別紙につければいいの。」
「そういうものなの?」
「そういうものなの。後は質問来た時に答えれば十分だよ。」
これでも元の世界では会社員だったしな。
久々の会議資料の作成は、少し楽しかった。
カイラが、ほぅ、と資料を見る。
サヤは、飴を咥えながら髪の毛の毛先をいじっている。
……せめて資料開けや。おいこら。
「……いい資料だよ。端的で分かりやすい。」
エルドが言った。
「ふふん。ほらな?今の聞いたろ、カイラ?」
「……何その顔?」
「褒められたぞ?俺。」
「あはは。はいはい。」
……流された。
「次は、私からも報告しよう。」
エルドが資料を切り替えた。
画面に、アッシュガードの名前が表示される。
「ゼノ社長からアッシュガードへの正規の接触経路を探るよう指示を受けていたからね。」
「……お。」
「外部企業向けの受付を通して、こちらから問い合わせを入れた。その直後だ。向こうからもアルカナへ連絡があった。」
「……向こうから?」
「あぁ。」
俺は、少しだけ身を乗り出した。
「アッシュガードから、アルカナへ提案があるそうだ。詳細は直接会って話したいとのことだった。」
「誰と会う予定なんです?」
「アーヴィン・ロックウェル本人だ。」
すげぇ。
もう、そこまで行ってんのかよ。
「現在、接見の日程を調整している。」
思わず、エルドを見る。
「……エルドさん。これ、いつやったんです?」
「ん?質問の意図が分からないね。」
「いや。今、めちゃくちゃ忙しいはずですよね?」
「まぁ。君に八つ当たりするくらいには忙しいね。」
「え、えぇ。ハピレスに爆破されたビルの復旧やって。」
「あぁ。」
「他の支社も見て。」
「それは、元々の業務だね。」
「その間に、アッシュガードへの窓口を調査して連絡したんですか?」
「そうだよ?」
「……怖っわ。」
エルドが、よく分からないという顔をしている。
あぁ。この人、無自覚に優秀なタイプだ。
「エルド。」
ゼノが、口を開いた。
「あちらの提案内容は、まだ分からないのだな?」
「はい。接見の場で伝えるとのことです。」
「構わない。そのまま進めろ。」
「承知しました。」
相変わらず、決めるのが早ぇな。
ゼノが、俺を見る。
「あちらから接触してきたのであれば、話が変わってくる。アーヴィン・ロックウェルの協力を得る形の方がリスクは少ないだろう。」
「……レガシーコードは、どうすんだ。」
「そちらも並行して進める。アーヴィンは魔法使いだ。レガシーコードの欠損した記述の修復に加えて、直接世界のルールに干渉させる。」
「……。」
「あちらの提案内容次第だが、交換条件をこちらも出す形で交渉する。それが最善だろう。」
話に、筋は通ってる。
でも、それじゃあ俺の目的は半分しか達成できない。
それを察してか、ゼノは再び口を開いた。
「こうなっては、A-3Rについては不要だな。」
「……エミリ、だ。」
勝手に、口が動いていた。
「なに?」
「A-3Rじゃねぇ。名前は、エミリだ。」
「……。」
少しだけ、間ができた。
カイラとサヤは、特に反応しなかった。
ゼノが、俺を見る。
「くだらんな。何が違う?」
「ふざけんなよ。全然違ぇだろ。」
「ただの呼称だ。伝わるのであれば——」
「人の、名前なんだよ。」
ゼノの言葉を遮る。
「エミリ本人が、エミリだって名乗ってる。尊重しろよ。」
「……。」
ゼノが、少しだけ黙った。
「……不毛な会話だ。」
「そう思うなら、合わせろよ。時間もったいねぇだろ?」
「……エルド。『エミリ』について続きを話せ。」
……めんどくさくなったな。こいつ。
これで、ゼノが俺の意図を全て汲んだとは思わない。
でも、言い直してくれりゃなんでもいい。
「はい。では、エミリについて。」
エルドが、普通に続けた。
「現在は、アッシュガードが確保している。これはほぼ確定だね。」
「えぇ。エミリ本人からの情報だと、そうですね。」
「……ジュディ。」
「はい?」
「君は、なぜそこまで彼女を気にしている?」
……まぁ、気になるよな。
エミリと俺が共感覚で繋がっていること自体は、みんな知っている。
ただ、どのくらい話しているとか。
飯を食うたびに、勝手に味見してくるとか。
ソフトクリームを食っただけで、幸せスパイラルとか言い出すとか。
『エミリ自身』を知っているのは、俺だけだ。
「……俺は、彼女と直接話をしています。」
「情にほだされたということか?」
「いえ。そういうことじゃありません。単純な信頼性の問題です。」
「……それは?」
「アーヴィンとは、まだ話もしていないし狙いも分からない。」
「……。」
「エミリは、人となりや望みも知っている。そんだけですよ。」
エルドが、少しだけ眉を動かした。
「……そうか。まぁ。そういうことにしておこう。」
それ以上は聞いてこなかった。
ゼノが、机の上で手を組む。
「お前の言い分は分かった。それでも、エミリの確保は優先事項ではない。」
「……まぁ、そうだよな。」
「アーヴィンから協力を得られれば良い。余計な危険を増やす必要はない。」
「あぁ。」
「……。」
ゼノが、俺を見る。
俺も、ゼノを見た。
「あんたは、そう言うと思ってたよ。」
「私も、お前はそう言うと思っていた。」
「……っは。」
なんだ。
分かってんじゃん。
「じゃあ、もういいだろ。」
「……何がだ?」
「そっちはそっちで勝手にやれよ。」
椅子へ、背中を預ける。
「こっちはこっちで、勝手にやるさ。」
ゼノは、しばらく黙っていた。
「好きにしろ。どうせ聞かんだろう。」
「……あぁ。」
話が早い。
俺が頼んだわけでもないし。
ゼノが止めたところで、やめる気もない。
その辺は、もうお互い分かっている。
「では。アーヴィンとの接見については、引き続き私が調整しよう。」
エルドが、話を戻した。
「おそらく、研究者の同行も必要だろう。場合によっては、ネルにも同行してもらおう。詳細な人選については、日程が決まり次第こちらで整理する。」
「……あぁ。恙なくこなせ。」
ゼノが、頷いた。
これで、正面からアッシュガードへ接触する道はできた。
あとは、もう一つ。
俺とネルが、開いた道がある。
—
アルカナ、第七研究室。
机の上に、ミゼラから回収した端末が置かれている。
ネルがロックを解除したものだ。
「……。」
画面を見る。
通信履歴に残っている名前は、アーヴィン・ロックウェル。
——本人への直通回線。
「ジュディ。」
「ん?」
隣に座るネルが、俺を見る。
「緊張してないね?」
「え、なんで?」
「相手、アッシュガードの長だよぉ。普通、ビビるでしょぉ?」
「まだ話もしてねぇのに、ビビるだけ損だろ。」
「……そういうとこぉ。」
ネルが、少しだけ笑う。
「バカで、かっこいいよねぇ。」
「……褒めるなら、ちゃんと褒めてよ。」
「あっは★」
端末へ、視線を戻す。
「おし!んじゃ、掛けるぞ。」
「どぉぞ。」
指を伸ばして、一度止まった。
「……これ、普通に掛けていいんだよな?」
「え、知らなぁい。」
「……ネルが開けてくれたんじゃん?」
「開けただけだよぉ。後は知らなぁい。」
「……んだよ。役に立た——」
「あ?」
「掛けま~~す。」
画面の通話ボタンに、触れる。
呼び出し音が鳴った。
一回。
二回。
——繋がった。
端末の画面に、一人の男が映し出された。
後ろへ撫で付けた髪。
軍服に近い服装。
年齢は、六十前後だろうか。
背筋を真っ直ぐに伸ばし。
画面の向こうから、こちらを見ている。
この男が、アーヴィン・ロックウェル。
第二次魔術大戦を終結させた三英雄の一人。
そして、今のアッシュタウンを率いる魔法使い。
何を言うか考えるより先に。
向こうが、口を開いた。
『やぁ。キムラ・ジュディ。』
「……は?」
『待っていたよ。』
「……。」
『予想より早かったな。優秀だ。』
思わず、ネルを見る。
さっきまで笑っていた顔から、表情が消えていた。
「……俺から掛かってくるって、分かってたの?」
『あぁ。近いうちにな。』
「えっと~。なんで?」
『その説明には、時間がかかる。特に君の場合、時間は貴重だろう?』
「……。」
『そうだな。まずは礼を言おう。』
「礼だって?」
『あぁ。ハピレスを、よく潰してくれた。』
……どういうことだ?
ミゼラは、アッシュガードへ情報を流していた。
二つの組織は、協力関係じゃなかったのか?
「……ハピレスは、仲間じゃなかったのか?」
『仲間?』
アーヴィンが、少しだけ眉を上げた。
『ただ一度、契約をしただけだ。あのギャングには、こちらも手を焼いていた。』
「……へぇ。そういうもんか。」
いやに、あっさりしている。
まぁ、俺には関係ないな。
「あんたに聞きたいことがあって、連絡した。」
『分かっている。早速本題に入ろうか。』
「……あぁ。」
アーヴィンが、僅かに笑った。
『この連絡の意図は、まさしく君自身のことだろう?』
「……あ?」
『アルト・フェルン。』
ネルが、僅かに動いた。
珍しいな。
ネルが、相手の思考を掴みかねるなんて。
「……あんた。一体どこまで知ってんだ?」
『その質問も、回答に時間がかかるな。』
「……。」
『端的に言えば、君が『同一化』で死にかけていることは分かっている。』
……こいつ。
どこから、そこまで調べたんだ。
『A-3Rと同じ状況だ。』
「……エミリと同じ?」
『エミリ?』
「あいつの、名前だよ。」
『……なるほど。』
アーヴィンが、少しだけ間を置いた。
『では。今後は、エミリと呼ぼうか。』
「……。」
ゼノより、話が早いな。
『エミリと君に起きているのは、根本的には同じ事象だ。多少の差異はあるがね。』
「……。」
『エミリは、エルナ・クロイツ。君は、アルト・フェルン。手を打たなければ、それぞれ存在が置き換わる。』
……また、俺はネルを見る。
何も言わず、画面を睨むように見ていた。
「……アーヴィン。」
『なんだ?』
「知ってること、全部話してくれないか。」
『あぁ。構わない。』
「……え?」
あっさり返されて、逆に詰まった。
……なんなんだ。
親切すぎる。絶対に、何か裏がある。
アーヴィンが、口元を少しだけ緩める。
『……ただし、この場では話せないな。』
「なんだよ。もったいぶんなよ?」
『直接話した方が良いだろう?元々、君はそのために連絡を寄こしたはずだ。』
「……。」
『一度、会おうか。キムラ・ジュディ。』
画面の向こうで。
アーヴィンは、俺が来ることを当然のように待っていた。
第百六十九話、お読みいただきありがとうございました!
第五章「アッシュタウン編」開幕です。
情報屋の下っ端になったジュディ。
早速、前職の資料作成スキルが役立ちました。
何気に、会社員スキルがちゃんと役に立ったのは初めてでは?
そして、アーヴィン・ロックウェル。
意外と良い奴なのかもしれませんね。たぶん。きっと。
次回も20:10、更新予定です!
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よろしくお願いします!




