第百六十八話「情報屋(下っ端)」
「……おし。これで全部か?」
最後の段ボールを畳み、ガレスへ声を掛けた。
「あぁ。これで最後だな。ご苦労だった。」
「……情報屋って言うわりには、物少なくねぇ?」
「なんだ。端末だらけで不衛生な場所がお望みか?」
「いや、そういうんじゃねーけどさ。」
今日は、ガレスの拠点の引っ越しだった。
ハピレスの件で。
以前の居場所は、ミゼラに割れてしまった。
用心のため場所を移すと連絡をもらい。
俺も、荷物運びを手伝うことになった。
「……。」
新しい拠点を見渡す。
やけに、広い。
壁はコンクリート。
奥には机と端末。
入口近くには、ソファとテーブル。
部屋の中央にはアイランドキッチン。
棚には、酒瓶が綺麗に並び。
所々には、観葉植物まで置いてある。
「……なんか、しゃれてるな。」
「せっかくの拠点移動だ。少し凝っても構わんだろう。」
「……このキッチン、俺も使っていい?」
「好きにしろ。」
「え、マジで?いいの?」
「当然だろう。私の足になるのだからな。」
「ラッキー。」
「……ほう。」
「なんだよ。」
「幸運だと言うのか。地獄はこれからだぞ。」
「やめろよ。こえぇよ。」
ガレスが、僅かに笑う。
……冗談、だよな?
この拠点があるのは、カルディア中央区。
四十階建ての企業ビルだった。
ただし。
ここは、四十一階。
エレベーターには存在しない階層だ。
決められたボタンを順番に入力し。
内部のカメラによる認証を通して、初めて入ることができる。
「前より、随分厳重になったよな。」
「一度殺されかければ、誰でも用心深くなる。」
「でも、中央区は居場所が割れやすいんじゃねーか?人目もあるし。」
「だからこそだ。今回は場所よりもセキュリティに重きを置いている。」
「……へぇ。」
改めて部屋を見る。
家具の間隔も広い。
床には、ほとんど物が置かれていない。
「あぁ。なるほどな。」
「……なんだ。」
「広いのって、車椅子だから?」
「……今気付いたのか?」
「いや。おしゃれのためなのかと。」
「お前は、私をなんだと思っている。」
「シャレオツな意識高い系の情報屋。」
「……。」
無言で見られた。
「嘘ぴょん。」
「……喧嘩を売っているのか?」
「……売ってないです。」
「ふざけたことを言うなら、少しは表情も変えたらどうなんだ。」
「……へい。」
俺は、ソファへ腰を下ろす。
「脚。その後どうなんだ?」
「一応、回復には向かっているらしい。」
「お!」
「ただ。以前のように歩けるかは、まだ分からんな。」
「……そうか。」
ガレスが、葉巻を取り出した。
「そんな顔をするな。」
「してねぇよ。」
「している。」
火をつけ、煙を吐く。
「神経系に回復が見込めるのであれば。最悪、ストーンウェアへ換装する。」
「あぁ。」
自分の右腕を見る。
「そういうとこ、便利だよな。この世界。」
「あぁ。金さえあれば、身体の欠損はほぼ補える。」
「……だからって、別によかったとはならねーけどな。」
「……そうだな。」
ガレスは、淡々と答えた。
「それでも。失ったものと今後どうするかは、別の話だ。」
……相変わらずだな。
—
早速、キッチンでコーヒーを入れた。
カップをガレスに手渡し、自分も口をつける。
シャレオツな拠点で飲むコーヒーは美味い。
「ガレス。今後、俺はどうすればいい?」
「……なんだ、珍しいな。」
「何が?」
「お前が、他人に指示を求めるとは。」
「いや。俺、今後あんたの足になんだろ?」
「……。」
「何するか聞くのは、普通じゃねぇ?」
「それも、そうか。」
……なんなんだよ。
変に、深読みされた気がする。
「まずは、私の仕事を理解してもらおう。」
「理解も何も、あんたは情報屋だろ?」
「お前は、今まで私の何を見てきたんだ。情報だけを手渡す仕事の方が少なかっただろう?」
「……んえ。」
ガレスが、葉巻の灰を落とす。
そのまま、コーヒーを一口飲んだ。
「私の仕事のメインは情報だが、傭兵のアテンドや仕事の斡旋。俗に言うブローカー業も担っている。」
「……そう言えば、そうだったな。」
「あぁ。私の仕事の売りはそこだ。」
「……情報の提供だけじゃなく、その情報を活用した実行まで請け負うって感じ?」
「話が早いな。その通りだ。」
「今まで、ガレスとしか仕事したことねーけど。それって普通なのか?」
「いや、普通ではないな。それが私の競合優位性というやつだ。」
「……なるほどね。」
俺は、胸ポケットから煙草を取り出し火をつけた。
ガレスも吸ってるんだし、問題ないよな?
「お前に一つ。心得を伝えよう。」
「……心得?」
「情報屋は、情報以上に人を見る。」
「……人を見る、か。」
「あぁ。依頼人が、その情報の先に何を望むのか。」
ガレスが、俺を見る。
仕事人の顔だった。
「例えば。ある人物の居場所を調べてほしい、と依頼されたとする。」
「あぁ。」
「お前なら、どうする?」
「……そりゃ~、調べるだろ。」
「駄目だな。ゼロ点だ。」
「……でしょうね。」
「その依頼主は、何故その情報を求めるのか。」
「……。」
「恋人を探しているのか。借金の取り立てか。殺すためか。」
「あぁ……。」
「同じ情報でも、意味は全く異なるだろう?」
なんとなく、腑に落ちたような。
落ちないような。
ガレスが、少しだけ笑った。
「正直、お前には向いていると思うぞ。」
「えぇ~。そうかぁ?」
「あぁ。お前は、人を見る癖がある。私の仕事相手の中では、かなりまともな部類だ。」
「……初めて言われたんだけど。」
「私の依頼人は、ギャングの抗争。暗殺。企業間での覇権争い。そんなものばかりだからな。」
「……比較対象が悪くね?」
「それでも、まともはまともだろ?」
なんか、褒められてる気がしねぇな。
煙草の灰を、キッチンのシンクに落とした。
「おい。灰皿を使え馬鹿者。」
「……え?」
「シンクに落とすな。」
「……へい。すんません。」
……怒られてしまった。
俺は、懐から携帯灰皿を取り出し、左手に持った。
「……ジュディ。」
「ん?」
「情報屋は、人を前に進ませる仕事だ。善悪は置いておいてな。」
「……あぁ。」
「そのためには、我々が立ち止まる必要がある。」
「……言いたいことが、分かんねぇんだけど。」
「一度止まって。相手が何を考えているのかを知る。」
「……。」
「その上で、正しいと思う方へ進む。お前が、やってきたことだ。」
「……今は、難しいと思う。」
「……ほう。」
「人には散々講釈垂れてたけどさ。怖いよな、それって。」
「……。」
正しいと思える心。
そんなものが俺にあるんなら、あんなことにはならなかった。
「随分と、臆病になったな。お前は。」
「……。」
昨日も、似たようなこと言われたなぁ。
「……もうちょっと、優しくしてくんない?」
「断る。私は部下を甘やかすつもりはない。」
「即答かよ。ってか、部下なんだ俺……。」
「当然だろう。お前は下っ端だ。」
Sランクの傭兵から、情報屋の下っ端か。
なんか、グレードダウンしてねぇ?
まぁ、肩書きなんて。
どうでもいいけど。
……いや、やっぱちょっと、癪だった。
—
「まずは。色々と仕事を頼みたいところだが。」
「お。早速やるか?」
「まずは、お前だな。」
「……あ?」
「お前が消えてしまっては、元も子もない。」
まぁ、そりゃそうだ。
この間のバーでも、同じことを言われたな。
「なら、ちょっと聞いていいか?」
「なんだ。」
「あ、金取る?」
「それは質問次第だ。さっさと言え。」
……取るかもしんねーのかよ。
「あー。アッシュタウンって、どの程度知ってる?」
「よく、知っている。」
「え、マジ?」
「あぁ。アッシュガードの部隊は、私の依頼先の一つでもある。」
「おぉ。じゃあ、アッシュタウンに行ったことあんの?」
「それは、ないな。」
「……へぇ。」
なんだよ。
ちょっと、期待しちゃったじゃん。
「……アッシュタウンは、排他的な街だ。」
「排他的?」
「あぁ。戦場となった過去がある。都市全体が、高い外壁で覆われている。」
「……おいおい。都市が丸ごとか?スケールでけぇな。」
「あぁ。どうやってその外壁を作ったのか見当もつかん。見張りも巡回しているしな。」
「つまり。他の都市と違って、自由に出入りできるわけじゃねぇんだな。」
「あぁ。MANAと同等か、それ以上のセキュリティだ。正式な手順を踏まなければ、まず無理だな。」
ガレスが、こめかみを指で抑えた。
直後、俺の脳内へ。
一つ、連絡先が送られてきた。
「……ん?何これ。」
「アッシュガードの窓口だ。」
「なんだよ。ハピレスに接触しなくても、連絡先あったんじゃねーか。」
「あくまでも、仕事の受付窓口だ。それ以外の連絡では、まず相手にされん。」
「……意味ねぇじゃん。」
「持っておくに越したことはないだろう?」
……まぁ、そうだけどさ。
「それと。中へ入れば、私とも連絡は取れん。」
「なんで?」
「都市全域に、外部通信を遮断するジャミングが掛けられている。」
「……徹底してんな。」
壁に、見張りに、通信遮断。
こんな状況じゃなければ、入りてぇとは思わねぇな。
「ただ最近は、少し事情が変わっているようだ。」
「……あ、なんか嫌な予感がする。」
「っふ。珍しく、お前の勘は外れだな。」
「んだよ。じゃあ、一体何だよ?」
「都市の、再開発だ。」
「……再開発?」
ガレスが、端末を取り出した。
画面に、地図を表示する。
「アッシュタウンでは、戦争で破壊された地区の復旧が進んでいる。」
「……へぇ。」
「恐らく、アッシュガードが蓄えてきた資金を使っているのだろう。」
「……ってことは——」
「あぁ。街を直すには、外から物を入れる必要がある。」
「……あぁ。」
「建材。機材。食料。人員。それぞれが活発に動いている。」
「つまり、外部との接触が以前より増えてる?」
「その通りだ。」
運送業者に、資材を扱う企業。
復興工事に関わる人間。
閉じた街でも。
街を直すなら、外と繋がる必要がある。
「入り口は、昔より格段に増えているということだ。」
「……ガレス。」
「なんだ。」
「ちょっと、希望見えてきたな。」
「あぁ。まずは誰が、何のために出入りしているのかを見ろ。」
「……情報よりも人を見る。だよな?」
「少しは、分かってきたじゃないか。」
「下っ端ですから。」
「自覚があって何よりだ。精進しろ。」
……なんか、腹立つな。
—
しばらく、ガレスと話した後。
残っていた荷物を片付ける。
酒だけは、妙に細かく場所を指定された。
「ジュディ。それは右だ。」
「……ここか?」
「違う。もう一つ右だ。」
「あーもう!細けぇよ!」
「酒の配置だぞ?何よりも重要だ。」
「結局飲むんだろ?同じじゃねーかよ。」
「四の五の言わずに、手を動かせ。」
「へいへい。」
——ピピピッ。
脳内に、突如として着信があった。
「ん?」
視界の隅に、ネル・クライスのアイコンが表示されている。
「あー、もしもし?」
『ジュディ~?』
「はい。ジュディだよ?」
『開いたぁ。』
「……何が?」
『ミゼラの端末ぅ。』
思わず、ガレスに振り返った。
ガレスは何も言わずにこちらを見ていた。
「……マジ?早くね?」
『マジ~。褒めてぇ。』
「ネル。天才、無敵、最強。」
『……雑だなぁ~。』
「それで、なんかあったか?」
『うん。』
声から少しだけ、いつもの間延びした調子が消えた。
『通信履歴に、アッシュガードとの回線が残ってた。』
「……。」
『しかも。普通の窓口じゃない。』
「……じゃあ、何だよ?」
少しだけ、間があった。
ネルが、その名前を口にした。
『アーヴィン・ロックウェル。』
「……。」
『アッシュタウンの支配者への、直通回線だ。』
第百六十八話、お読みいただきありがとうございました!
情報屋(下っ端)になりました。
ガレスも、新しい拠点で仕事を再開です。
新居のシンクに平然と灰を落とすジュディ。最低。
そして、アーヴィン・ロックウェルへの直通回線。
ゲットだぜ。
次回から、第五章開幕です!
次回も20:10、更新予定です。
ブクマやコメントをいただけると、ジュディの下っ端仕事が増えます。
よろしくお願いします!




