第百六十七話「脳内会議」
アルカナ本社を後にして、昼過ぎのカルディアを歩いた。
大通りには、人の流れが絶えない。
露店の声。車の音。頭上を走る広告。
この街はいつだって騒がしい。
特に急ぐ理由もなく。
俺は、仮住まいへ向かって歩いていた。
『……どもです。』
頭の中に、声が響いた。
(……お。)
隣を見ると、いつの間にかエミリがいた。
エルナと同じ顔に、同じ姿。
だけど、相変わらず。
歩き方も、表情も、全然違っていた。
(……なんか、久しぶりか?)
『……まぁ、そうですね。』
(見張りとか、厳しくなったのか?)
『……いえ。』
(何だよ?なんか歯切れ悪いな。)
『……気まずかったので。』
(ん?何かあったっけ?)
エミリが、目を逸らした。
『……いい大人が、ギャン泣きしたので。』
(……ギャン泣き。)
『はい。ギャン泣きです。』
(っふ。いや、ギャン泣きって程でもなかったぞ?)
『今、笑いました?』
(……いや?)
『笑いましたな。』
(……笑って、ないよ?)
『嘘が下手です。ジュディは。』
(……。)
『むー。』
エミリが、少し頬を膨らませる。
『……もういいです。サヨウナラ。』
(待て待て待て!悪かった!悪かったって!)
『……。』
(謝るよ。ごめんな?)
『……まぁ、いいでしょう。片腹痛いので。』
(……。)
め、面倒くせぇ……。
あと、片腹痛いは意味が多分違げぇ……。
そのまま、カルディアの街を歩く。
エミリが、俺の横から顔を覗き込んだ。
『……ジュディ。』
(ん?)
『何か食べてください。』
(……なんで?)
『プリンでいいです。この際。』
(お前、それ目当てで繋いだな?)
『……。』
(目ぇ逸らすなよ。)
辺りを見渡すと、少し先に露店が見えた。
あれは、ソフトクリームか?
……あれで、いいか。
店の前へ寄る。
「一つください。」
金を払って、白いソフトクリームを受け取った。
『……おぉ。』
(食ったこと、あるか?)
『ありません。でもなんか白いうん——』
(止めろや。)
余計なことを言われる前に、一口。
冷たくて、甘い。
ミルクの味が、口いっぱいに広がる。
そういえば、久々に食べたな。
『……ほぉっ。』
エミリが、目を見開いた。
(美味いか?)
『……。』
(……おい?)
『最高です……。』
(そりゃ、よかった。)
正直、先ほどゼノと大福を食べたばかりだ。
……食いすぎだよな。甘いもの。
『これって、かなり便利ですよね。』
(何の話だ?)
『共感覚を使えば、一つのソフトクリームで二人が幸せです。お買い得です。』
(……そもそも、俺は別に食わなくても良かったんだけど?)
『幸せスパイラル~。』
(……意味わかんねぇよ。)
もう一口。
『あ……。もう少しゆっくり……。』
(注文多いな。早く食わないと溶けるんだよ。)
『知ったこっちゃありません。私は味しか興味ないので。』
(……こ、こいつ。)
今度は、ゆっくりと。
ソフトクリームを舐めながら、街を歩く。
『どこへ、向かってるんです?』
(ん?家だよ。今日はもう用事済んだしな。)
『あの、工房ですか。』
(……。)
『……ジュディ?』
そう言えば、エミリと話したのは工房がまだある時だったか。
(工房は、無くなった。)
『……無くなった?』
(ハピレスに、さ。爆破された。)
『……そう、ですか。』
少しだけ、エミリの声が沈んだ。
(エミリ。)
『……はい?』
(今は、仮住まいにいる。心配すんなよ。)
『……では、工房のお二人も?』
(あぁ。三人で住んでる。狭ぇけどな。)
『……それは、それで。楽しそうですね。』
(あぁ。住めば都ってな。)
狭い部屋に、小さい机。
そこで、三人で鍋を囲むのは、悪くなかった。
(色々あったけど、お前に繋がる手がかりもあった。)
『……本当ですか?』
(あぁ。ハピレスを潰した時にな。)
『……さっすがー。』
(褒めるの、下手すぎだろ。)
『……素直に受け取ってくださいよ。頑張って褒めたんですから。』
(……へい。)
エミリが俺を見て、えへへと笑った。
—
歩いているうちに、大通りを抜けた。
少しずつ、建物の高さが低くなっていく。
『ジュディ。一つ、聞いてもいいですか?』
(なんだよ?)
『ロイドとは、あれからどうですか?』
(……一応、協力はしてるよ。この間も、会ってるしな。)
『……そうですか。』
(……なんか、伝えておくか?)
『いえ。ただ、一つだけ気になって。』
(……なんだよ?)
『ジュディは、ロイドのことを、どう思ってますか?』
なんだよ。
なんか、急だな。
(……どうって言われてもなぁ。)
『ふんふん。』
(……まぁ、堅物だよな。)
『えへへ。ですねぇ。』
(そこは否定しねぇのかよ。)
『事実ですから。』
なんだか、エミリは嬉しそうだった。
俺は、残っていたソフトクリームを口へ放り込む。
コーンが、サクサクと鳴る。
(まぁ、でも。ハピレスの時は助けられたよ。)
『……ロイドは、強いですからね。』
(いや、そうじゃなくてさ。)
『?』
俺は、少しだけ言葉を探す。
(……あいつは、あいつなりの理論で人を大切にしてる。)
『……えぇ。』
(あの時、さ。)
『あの時?』
(……あいつの方が、よっぽど人を見てた。)
『……。』
(……。)
少しだけ、沈黙が流れた。
エミリは両手で口を覆って、笑っていた。
『えへへ。意味分かりません。伝える気あります?』
(……語気、強くねぇ?)
『へへへ……。』
エミリの、笑みが少しだけ曇った。
呟くように、言葉を紡ぐ。
『……ジュディ。』
(ん?)
『あの人は、折れそうな理論を支えに、やっとの思いで立っています。』
(……そうだな。)
エミリは、ゆっくりと言葉を続ける。
『自分の思想に、間違いがあることも。』
(……。)
『人は、役割だけではないことも。きっと、分かっています。』
(……あぁ。)
『それでも。その上で、自分で決めて立っているんです。』
ロイドの思想と、その矛盾。
あの男は「役割。任務。A-3R」と、言葉ではずっと、そう言い続けている。
それなのに、あいつは、ハピレスの人質を守ろうとした。
俺が、切り捨てた人間を。
『多分。役割がなくなったら、ロイドは立っていられません。』
(……本人も、そう言ってたよ。)
『……そうですか。』
(あぁ。今まで、自分がしてきたことも。殺してきた人も。役割って言葉を支えに正当化してる。)
『……。』
(いや、違うな。そうやって、間違いを背負ってる。)
『……えぇ。』
(正直、傍から見てるとチグハグだ。矛盾してるよ。)
『……で、でも!』
エミリが、俺を見る。
『でも。その矛盾が、私を私にしてくれました。』
足が少しだけ、止まりそうになった。
『私を、A-3Rではなく、エミリに、してくれました。』
(……。)
ロイドが、本当に役割だけで生きていたのなら。
エミリという名前は、きっと存在していなかった。
(なら、尚更だ。認められねぇ部分がどうしてもある。)
『……それは、私のことでしょうか?』
(あぁ。エミリを大切にすることと、エミリに役割を押し付けること。)
『……。』
(それは、話が別だろ。)
少し先に、高台へ続く坂道が見えた。
(多分。そこでは喧嘩すんだろうな。)
『……え、嫌だぁ。』
(嫌だって……。)
『嫌なものは、嫌です。』
(俺だって、嫌だよ。)
『……。』
(でも。俺は、あいつの言ってること全部を認める気はねぇ。)
『……そうですか。』
坂道を上る。
徐々にカルディアの景色が俯瞰で見えるようになってきた。
『私は、どちらのことも全部は分かりません。』
(……そりゃ。そうだろ。)
『でも。落としどころは、あるはずです。』
(……あるといいよな。)
『ありますよ。』
(……。)
『絶対、あります。』
根拠あんのかよ……。
でもエミリは、そう言い切った。
気がつけば、高台へ着いていた。
以前、ロイドと初めて会った場所。
カルディアの街が、遠くまで見渡せる。
『あと。』
(まだ、何かあんの?)
『喧嘩するのは諦めました。男の子はそういうものなんですね。』
(……どっちも、いい歳だけどな。)
『ちゃんと、仲直りしてください。』
(……それは、約束できねぇな~。)
『絶対です。絶対約束してください。』
(……はい。)
『はいは、一回で結構です。』
(……一回しか言ってねぇよ。)
エミリが、満足そうに笑った。
『では。そろそろ切ります。』
(もういいの?)
『はい。ソフトクリームも食べられましたので。本当はプリンが良かったのですが。』
(……てめぇ。)
『幸せスパイラル~。』
(流行んねぇよ、それ。)
『では、また。』
——ぺこり。
エミリの姿が、ゆっくりと薄くなっていく。
最後に。
『ジュディ。』
(……ん?)
『私も、ちゃんと選びたいです。』
(……。)
『ジュディと、ロイドと、ちゃんと選びたいです。』
(……選べると、いいな。)
エミリが、消えた。
—
高台に、俺一人だけ残された。
いや、最初から一人ではあったんだけど……。
仮住まいに帰るはずだったのに、いつの間にか足が向いてしまっていた。
胸ポケットから、煙草を取り出す。
口に咥え、火をつけた。
——すぅ。
肺へ入れて、ゆっくりと煙を吐いた。
『——よぉ。ヘタレ。』
(……。)
……また、うるせぇのが来たな。
とりあえず、無視を決め込む。
『あぁ~。この景色に煙草。最高だよなぁ?』
(……。)
『おい。無視すんなよ。凹むぜ?』
(……お前が凹むタマかよ。)
『おいおい、ひでぇな。』
アルトの声が、脳内に響く。
……今日は人との会話が多いな。
(……エミリと話してる間は、やっぱなんも分かんねぇのか?)
『あぁ。意識が途切れる。相変わらずな。』
(……できれば、ずっとエミリでお願いしたいね。)
『それは俺も賛成だな。野郎と一生じゃあテンションもナニも上がんねぇよ。』
(相変わらず下品だな。お前は。)
『んなことはいいだろ。何話してたんだよ?』
(何って……。ロイドの話かな?)
『……あの堅物か。』
(へぇ。お前もそう思うんだな。)
『一目瞭然だろ。思想を捨てれば死ぬと思ってる企業のワンちゃんだ。』
(……。)
『扱いやすいだろうなぁ。企業にとっちゃよ。』
(……止めろ。気分悪ぃ。)
煙草を吸う。
眼下に、カルディアの街が広がっていた。
道路を走る車。
遠くの工場から上がる煙。
点みたいに小さい人の群れ。
いつもの、街だった。
『……ジュディ。』
(あんだよ。)
『いつまで、そんな負け犬みてぇな面してんだ?』
(……どんな面だって?)
『ヘタレの面だ。ロイドよりひでぇ。』
(てめぇ。さっきから何なんだよ。喧嘩売ってんのか?)
『……なんだよ、今更気付いたのか?特売だ。お買い得だぜ?』
(いらねぇ。んなもん、犬でも食わねぇよ。)
アルトが、鼻で笑った。
『お前が、なんでそんな面してんのか。当ててやろうか?』
(……当てるも何もねぇだろ。もう分かってんだろ?)
『あぁ。ハピレスの件だよな。』
煙草を、人差し指と親指で挟む。
そのまま、前髪を掻き上げた。
(俺は、ハピレスの連中を大量に殺した。)
『そうだな。』
(人質に取られていた五人を、切り捨てた。)
『あぁ。知ってる。』
(……ロイドを裏切った。)
『知ってるな。』
(ミゼラを痛めつけて。あいつが怯えてるの見て、俺は……。)
言葉が、少しだけ止まった。
(……笑いながら、殺した。)
『それも、知ってる。』
どれも、即答だった。
でも俺は、アルトに伝えるのを止められなかった。
(……俺は、どうすれば、間違わずにいられたんだ。)
『それは、知らねぇよ。』
(……は?)
『知らねぇって言ってんだ。』
アルトの声は、いつも通りだった。
怒ってもいない。呆れてもいない。
ただ、淡々と俺に言葉を向けた。
『俺からしてみりゃ、正しいか間違いかは重要じゃねぇ。』
(……とことん、お前とは価値観が合わねぇな。)
『じゃあ、逆に聞くぜ?お前がそうやってナメクジになってりゃよ?』
(……。)
『戻んのかよ?切り捨てた五人や、笑いながら殺した連中は。』
(戻るわけ、ねぇだろ……。)
『なら。そんなもん、今更俺に聞いてどうすんだよ。』
(……っち。)
煙を吐く。
白い煙が、風に流されていった。
『そもそも、だ。お前は聖人君子にでもなりてぇのか?』
(……意味分かんねぇよ。)
『この世界で、何も間違えずに生きるなんて。土台無理な話だ。』
(……。)
『お前も、俺も。誰だってな。』
(……だからって。間違っていい理由にはならねぇだろ。)
『誰が、いいって言った?』
(……あ?)
『間違えるんだよ、人は。どうせ、どこかでな。』
アルトが、吐き捨てるように言った。
『だったら、自分が納得できる間違いを選べ。』
(……納得できる、間違い?)
『あぁ。』
——納得できる間違い。
そんなもん、あるわけねぇだろ。
(お前。マジでふざけんなよ?)
『……。』
(間違えた結果。取り返しのつかないことになったら、どうすんだ。)
『……。』
(間違えて、自分が失う。他人も何かを失う。)
『あぁ。』
(その結果に、納得なんてできるわけねぇだろ。)
少しだけ、沈黙があった。
『できるかどうか、じゃねぇ。』
(……。)
『やるか、やらねぇかだ。』
(……んだよ、それ。)
『腹をくくれって話だよ。』
煙草を咥え、吸う。
先ほどと違って、ひどく苦く感じる。
(そうやって、割り切った事にすりゃあ楽だろうな。)
『何言ってんだ?俺だって、割り切ってねぇよ。』
(……。)
『俺は、俺なりに考えて。俺が納得する方を選んでるだけだ。』
アルトは、少しだけ間を置いた。
『……今のお前は、慎重になってんじゃねぇ。』
(……。)
『選びたくねぇだけだ。』
(……は?)
『選んで。また間違って。誰かが傷つくのが怖ぇんだろ。』
(……そんなもん、当たり前だろうが。)
『そうだな。だから、正しい答えが出るまで。選ばずにいようとしてる。』
(……悪いかよ。)
『悪いなんて言ってねぇだろ。』
……なんなんだよ。
こいつは、正しいとも、間違ってるとも言わない。
でも、この先の正解も教えてはくれない。
話しているのが、正直ストレスだ。
『……ただな。』
(……。)
『正しい答えなんざ。いつまで待っても、出てこねぇぞ。』
俺は、何も言えなかった。
—
新しい煙草に、火をつけた。
『……一個だけ、聞くぞ。』
(今度は、何だよ。)
『エミリは、どうすんだ?』
(助けるに決まってんだろーが。)
『知ってる。』
(じゃあ、何だよ。何が聞きてぇんだ。)
『どう助けんだって聞いてんだ。』
意味が、分からなかった。
(どうって。アッシュガードから取り返して。同一化を——)
『止めんのか?』
(……あぁ。止めるだろ。普通に。)
『それは、何でだ?』
(何でって……。)
そんなもの、決まってる。
(このまま進めば、エミリが消えるからだろ。)
『……。』
(助けることは、お互いに利がある。だから——)
『放っておけば、エルナが戻るかもしれねぇぞ。』
(……。)
言葉が、止まった。
風が、頬を撫でる。
『お前と俺が、今こうなってる。』
(……。)
『だとしたら。エミリの中でも、同じことが起きてんだろ。』
(……そ、れは。)
『同一化が進めばよ。エルナが表に出てくるかもしれねぇ。』
(……アルト、お前。)
『俺なら、そうするね。』
その言葉が、刺さった。
今まで考えてなかったわけじゃない。
でも、無意識に。
その選択肢そのものを、排除していた自分を突きつけられた。
『俺は、エルナが蘇るなら、そっちを選ぶ。』
(そうなったら。エミリが消えるんだぞ。)
『んなもん、分かってる。』
(分かってて、言ってんのかよ。)
『分かってるから、言ってんだよ。』
声が、少しだけ低くなった。
(お前、前に言ってたよな。)
『……あ?』
(俺は、間違った選択も含めて俺として死んだ。だから、俺を否定すんなってよ。)
『あぁ。言ったな。』
(なら、それは。エルナの選択を否定することにならねぇのかよ?)
『なるな。だけど、エルナが生きれるんなら。』
(……。)
『俺は、あいつの選択を踏みにじったっていい。』
その言葉だけは。
やけに、静かだった。
『エルナが、このクソみてぇな世界で。』
(……。)
『幸せだと言えるなら、俺はそれでいい。』
そんなもん、俺だって……。
俺だって。
——エルナに、会いたい。
ふっと、そう思った。
でも、その先を考えようとすると。
エミリの顔が浮かぶ。
ソフトクリームを食べて。
幸せスパイラルなんて、意味の分からない言葉を紡いで笑った。
あいつの、顔が。
(……どっちにしろ、よ。)
『……あ?』
(今は、エミリを取り返さないと始まらねぇな。)
『……。』
(同一化をうんぬんの前に。アッシュガードから出さねぇと、何もできねぇ。)
『逃げたな。』
(……うるせぇ。)
『っは。』
アルトが、笑った。
『まぁ。いいけどよ。』
(いいのかよ。)
『今決めたところで、どうにもならねぇのは事実だ。』
煙草を、最後まで吸う。
短くなったそれを、携帯灰皿へ押し込んだ。
カルディアの街を、見る。
人がいて。
家があって。
それぞれ、勝手に生きている。
『ジュディ。』
(……何だよ。)
『俺は、エルナを選ぶぜ。』
アルトの声が、頭の奥で響く。
『正しいか、間違ってるかなんて知らねぇ。』
(……。)
『だから、お前も。自分で決めろ。』
少しだけ、間があった。
『お前が納得できる間違いは、何だ?』
第百六十七話、お読みいただきありがとうございました!
今回は、脳内会議でした。
エミリはアホで、アルトは辛口ですね。
アルトは、エルナが戻る可能性があるなら。
明確に、そちらを選ぶようです。
覚悟ガン決まりです。
ジュディと言えば、とりあえず逃亡。
まぁ、今決めても、何も出来ないからね?
次回も20:10、更新予定です。
ブクマやコメントをいただけると、エミリがソフトクリームをもう一つ要求します。
よろしくお願いします!




